第237話 人の話はちゃんと聞きましょう
で。
一息付いて、俺が出したコーヒーを少女が半分ほど飲み干した頃。少女は来る時に持っていた鞄から、俺に一通の手紙を渡した。
今更魔導士らしさを演出した所で意味など無いと判断した俺は、豪華な椅子を下げ、いつも食卓かスケゾーとのチェスに使っている椅子とテーブルを用意し、少女をそこに座らせた。そして、少女の渡した手紙の内容を一読する。
……なるほど。確かに、村としては一大事なのか。でも、村の名前が書いてないな。
「あんた、どこから来たんだ?」
問い掛けると、少女はどこか切羽詰まったような顔をして言う。
「自分の家からです!」
そりゃあそうだろうよ。
「いや、そうじゃなくて。村。村の名前」
「あ、村ですか……サウス・ノーブルヴィレッジです。海沿いの小さな村で……魚を売って暮らしています」
すぐ近くだ。俺も確か、何回か魚を買いに行った事がある。寂れた小さな村だが。
「ゆ、夕暮れになると光の影響で、海が七色に光ります!! いつも見ているのですが、とても綺麗です!!」
何故か、謎の村アピールをされる俺だった。
……まあ、七色。七色ね、うん。
手紙の内容は、得体が知れない。どうやら、支援をしろという事らしいが……差出人の名前も無ければ、セントラル・シティからの郵便物でも無さそうだ。支援に協力しないのであれば、五日後に村を滅ぼす。単刀直入に言えば、手紙にはそう書かれていた。
村長の名前を書く場所があり、その周囲に複雑な魔法陣が描かれている。……恐らく、一度決定した契約を白紙に戻させない為。という事はこれは、魔物がやっているのだとすれば魔法陣が書ける高位の魔物、人間だとすれば魔導士によって創られたものだ。
俺は手紙そのものにトラップが無いかどうか、慎重に確認しながら聞いた。
「支援ってのは、どんな内容なんだ? ここには、書いてないけど」
普通、こういう契約書には一通りの内容が記述してある筈だけどな。
「あのっ、それはっ、二枚目に書いてありまして」
二枚目があるのかよ。
「二枚目は?」
「村にあります!!」
そこは持って来いよ。
俺の表情に気が付いたのか、少女は少し小さくなって言った。
「すいません。……急いでいたもので」
「まあ、良いけどさ。……じゃあ、当時の経緯も含めて話してくれるか?」
俺の要望に、少女は頷いた。コホンと咳払いをする様は、どうにも可愛らしい。……まあ、それ以上に天然っぷりが目立ってしまって、今の所は可愛らしさが台無しだが。
少女は目を閉じて、言った。
「むかしむかし、あるところに」
「いつだよ……」
「……二日前ですね」
要らねえだろ、その大昔みたいなニュアンス。後にお爺さんとか続きそうだったぞ。
「魔物が現れ、言ったそうです。毎年、季節の変わり目に、その時までに収穫していた食物の半分と、村で一番綺麗な処女を差し出すようにと」
季節の変わり目……って事は、収穫時期か。作物の半分って言ったら、結構な大打撃だ。村がやって行けるかどうかは微妙な所だな。
なるほど。ノーブルヴィレッジって、セントラル・シティとは契約していないのか。あの大きな街と契約さえしていれば、普通はセントラル・シティの方で護ってくれるものだけどな。
……ん?
「『言ったそうです』って? あんたは居なかったのか?」
「はい、私は眠っていました」
いや、そこは起きろよ。村が襲われてるんじゃないのかよ。
そういえば、来た時も寝ていた。この娘は何か、眠ってしまう病気でも抱えているんだろうか。
季節の変わり目、食い物、処女。……求める内容を考えると、こいつの差出人は人間の可能性が高そうだ。
なんとまあ、悪趣味な。小さな村を襲うこと自体についてもそうだが、村で一番綺麗な処女とは。魔導士の風上にも置けない奴だ。綺麗な娘を独り占めにしやがって。しかも、村で一番綺麗な処女とは。
知らず、俺は苦い顔になっていた。
「魔導士様、お願いします。……どうか、私の村を救ってください!」
なるほど、事情は分かった。つまりは、この手紙の差出人とやらをぶっ飛ばせば良いのだ。これ以上分かり易い仕事はなく、俺にも出来そうな内容だ。
それに俺とて、それだけ拝み倒されれば動かない訳にも行かない――……。
俺は少女に手渡された手紙をテーブルの上に置いて、言った。
「それで、金は幾ら出してくれるんだ?」
少女は目を丸くして、俺を見た。
「……えっ?」
だが、それは勿論、報酬が入る場合に限る。
こればっかりは、相手がいくら可愛い女の子でも無条件にとは行かない。地獄の沙汰も何とやらとはよく言うが、何の見返りも無い案件を引き受ける訳には行かないのだ。
魔導士としては、頼み事を引き受けるのが本業。ここで金を取らなければ、俺のスキルで金を稼ぐ事などできない。
どうやら少女はそんな事を言われるとは思っていなかったらしく、完全に戸惑っていた。
いや、何処の魔導士もやっている事なんだが。……気付けよ。慈善事業じゃねえんだぞ。
「えっと……すいません、私は今、ほとんどお金を持ってなくて……」
「別に今じゃなくても良いよ。問題を解決したら金が入って来れば、それでいい」
「あ、あの、手持ちは無いのですが……三千トラルくらいなら、今……」
三千トラルって。宿にも泊まれないじゃないか。……俺の金銭事情より、彼女の金銭事情の方が余程問題だ。
だがまあ、金を出すのは彼女じゃない、か。俺は二つ指を立てて、少女に示した。
「そうだな……見積もりで言うと、二百セルだ。プラス、宿代と経費。それなら引き受けてもいい」
少女は咄嗟に、肩に掛けていた鞄を手に取った。……いや、入ってないって。
「はい、分かりました。二百トラルですね……えっ?」
「お嬢さん、トラルじゃねえっス。二百セルっス。もっと言うと、二百万トラルになるっスね」
俺の言葉を、スケゾーが補足する。一万トラルで一セルだからな。田舎とはいえ、流石にそれが分からないという事はないだろうけど。
鞄を開きかけた少女は、その状態のままで固まった。俺は腕を組んだまま、少女の反応をじっと見詰める――……目を白黒させて、一体それがどれ位の金額になるのかと、試算しているようだった。
次第に、驚きに染まっていた表情が、絶望へと変わって行く。額に汗を浮かべて、視線の焦点が定まらなくなった。
「……に、二百セル……?」
無理もない。特に村で暮らしていたのなら、有り得ない金額だろう。この娘が新米剣士だと仮定すると、セントラル・シティで何処かの兵として雇われたとして、およそ九ヶ月ほど働き続けて得る程度の金額だ。
だが、一つの村から頼み事をされているのだから、二百セルなんて寧ろ安すぎる位の金額だろう。初めてのお客様である事を考慮し、これでも良心的な額を設定したつもりだ。
俺は少女の目をしっかりと見据える。
「金額を変える気はない。……村が支配下に置かれるまでは、後五日は残ってるんだろ。一度村に戻って、重役とでも相談してくれ」
後は、この村にどれだけの支払い能力があるのか、という問題に尽きるが……。
ショックを受けているようだ。……その顔には少し申し訳無い気持ちにもなるが、ここはしっかりと話し合って貰わないとな。どうせ、どこの剣士や魔導士に依頼した所で、二百セルを下回る事は無いだろうし。
「あ……あの、実は今、村にはあんまりお金が無いと聞いて……ですね」
「言ったろ。金額を変える気はない。それが無理なら、手紙の主ってのがどこの誰なのかは分からないが、支援に協力するしかないな」
スケゾーがじっと、俺の目を見る。……こいつも俺の事情はよく知っている。高いどころか、安すぎると言われてもおかしくない金額だ。村から金が出るんだぞ。二百セルくらい貯蓄が無けりゃ、発展もさせられないだろう。
今は黙っているが、スケゾーもきっと、同意してくれているはずだ。
「ご主人、イジメっスか?」
「ちげーよ!!」
前言撤回。こいつは一度、飢餓の境地にでも陥ればいい。
少女は青い顔をしていたが、俺に向かって頭を下げた。
「一度戻ったら、もう間に合わないんです……!! 金額は後で村長さんと相談して頂く事として、ひとまず今、来て頂く事は出来ませんか……!?」
何やら、時間が無い事をアピールして来た。
……金額を後にするのはなあ。なあなあになって、最終的に助けて貰おうと考える輩も居るし……俺としては、あまり良い話ではない。
俺は眉をひそめて、少女に言った。
「何でだよ。まだ次に奴等が現れるまで、五日はあるんじゃないのか?」
「あの、実は私、この手紙を受け取ってからここに来るまでに、丸二日掛かっていまして……」
丸二日……と言う事は、これから仮に少女がサウス・ノーブルヴィレッジまで戻ったとして、戻るのに二日、またここまで来るのに二日……ああ、確かに間に合わないな、うん。
しかし、その話には決定的におかしい部分がある。
「サウス・ノーブルヴィレッジだろ。剣士だったら馬に乗りゃ、ここまで一日掛かんねえぞ」
俺の言葉を予め想定していたのか、少女は顔を真っ赤にして、どんどんと小さくなっていく。
「あの……私、実は……馬に乗れず……」
……呆れてしまった。
「やっぱり……それじゃあ、駄目ですか……」
魔法使いは空を飛ぶが、剣士は馬に乗って移動する。傭兵は遠方に出る事も多いから、普通は真っ先に乗馬を練習するものだ。
どうやら初来訪のお客様は、大層面倒な奴らしい。それじゃあ、歩いてここまで来たって言うのかよ……魔物もいる。この山を登るのに、一体どれだけの時間が掛かった事やら。三千トラルじゃ、馬車にも乗れない。
そうか。だから、目を覚ました直後にこの娘は、『良かった、もう会えないかと思って』と言ったのだ。ぶっ倒れるほど歩いて、精魂尽き果てて倒れたのも頷ける。
しかし、剣士の癖に馬に乗れないとなると……まともな所で剣士の修行をしたとは思えないな。それにしては、剣が上級者向け過ぎるし、防具は宴会装備だし……バランスが悪い。
少女は俺を睨むほど真剣に見詰め、固く唇を閉じていた。……今にも泣き出してしまいそうで、それは居心地が悪い。
……まあ、行くだけならさしたる苦労も無い、か。
「仕方ねえな。分かったよ、それじゃあ村まで――――」
「あ、あの!! 私は、お金を持っていませんが!!」
……………………ん?
一体どうしたんだ、この娘は。急に涙目になって、立ち上がる――……何かのスイッチが入ってしまったのだろうか。……何で急に、震えているんだ。
ビキニアーマーの胸元を押さえて、少女はベッドまで歩く。腰掛けると、アーマーの背中に手を掛けた。
「かっ……身体で、お支払い致します!!」
声を掛けようとして伸ばした手が、そのまま空中にフリーズした。
……今、何を言ったんだ、この娘は。何かで支払うって言ったような気がする。……その言葉は、なんと言うかあまりにも、突拍子もない言葉で。俺の耳には、入って来なかった。
だけど、少女は勝手に俺のベッドで、ビキニアーマーの紐を解いていた。
「おい、ちょっと待て落ち着け。あのな、俺は行くって」
「そのくらい、本気なんです!! このままじゃ、村の人達が大変な事になってしまうんです!! わ、私、何の収穫もなく帰るなんて許されないんです!!」
あれ、どうしよう。ちっとも話を聞いて貰えない。どうやら、興奮すると人の話が聞こえなくなる癖のようなものがあるらしい。
……あるらしい、って。出会って数十分の会話で、そんなに多くの事が分かる訳ではないけれど。
いけない。悠長な事を考えている場合じゃなかった。……胸のプレートが外され、その……下着的なものが露わになった。こっちもサイズが全然合ってない。……協力してやれよ、村の女共。
既に少女は、全力で泣いていた。
「いや、だからな。俺は行……」
「ううっ……お願いします。……大切なんです。来るだけでも村に来て、話を聞くだけでも聞いて欲しいんです」
俺は、息を大きく吸い込んだ。
「俺は!! 行くって!! 言ってるんだアアァァァ――――――――!!」
「ひうっ!?」
雷のように落下した一言に、びくんと身体を跳ねさせて涙を止める、半裸のビキニアーマーの少女。
俺は彼女を直視する事ができなかった。……ヘタレとでも何とでも言え。できないものはできない。
*
急な斜面だ。雑草を踏み付けるだけで、砂利が転がる。
「俺はグレンオード・バーンズキッドだ。……お前は?」
「リーシュ・クライヌと申します。……よろしくお願いします」
ファンタジスタトークの弊害による、遅過ぎる自己紹介。少女の名前は、リーシュと言うらしい。
あまりにも酷い格好だったので、俺の黒いローブを着せる事にして、ようやくサイズの合っていないビキニアーマーを隠す事に成功した。山を降りるのに、生足では良くないという事もあった。登る時に肌が傷付かなかったのが奇跡だ。
そうして、ようやく俺とリーシュは山を降り始めたのだが。
足首まで隠れ、さながらてるてる坊主のようになってしまった少女。銀色の長い髪がそこから覗いている様は、何とも愛らしい。先程まで裸も同然のような格好をしていたので、俺としては一安心である。
第一印象は、興奮すると暴走する癖のある、会話のテンポが激しくズレた娘、といった具合だが――……良い印象が全く無いな。顔がこんなに綺麗なのが少しネタに思える位だ。
俺と目が合うと、リーシュは微笑んだ。
「グレンオード様が、お優しい方で良かったです。……ぶっきらぼうだって言われませんか?」
……本当に、普通にしていれば可愛いんだけどな。
「さあな。あんまり、こうやって人と話をする機会自体が無いからな」
「そうなんですか?」
目を丸くして、リーシュが俺に問い掛ける。
そりゃあ、こんな山奥で魔導士をやっているのは、そういう理由だからな。……とは、リーシュには言わなかったが。
木々の隙間を通り抜けながら、ふと俺は苦笑した。
「よく脱ぐ気になったもんだな、そのぶっきらぼうな方の前で」
そう言うと、リーシュは真剣な眼差しになった。少し頬を赤らめながらも俺にファイティングポーズをすると、言った。
「かっ、身体が資本です!!」
意味が違う。
初対面であんな事をされたから、未だに心臓の音がうるさい。……あまり悟られたくないが、俺の女の子に対する恋愛経験値はゼロだからな。
……まあでも、この必死ぶりからして、悪い奴では無さそうだ。
「それでお前、剣士なのか?」
「はい。あまり強くはないのですが……一応、セントラル・シティで傭兵登録をしています」
そうなのか。……とても、そのようには見えないが。身体も小さければ腰も細く、戦闘経験がある手にも見えない。この細い腕で、本当に腰のでかい剣を振るのだろうか。
強く握っただけで壊れてしまいそうな見た目をしているのに。
何を恥ずかしい事を考えているんだ、俺は。
「これまでに、仕事は何件くらい受けたんだ?」
「漁のお仕事なら、毎日お手伝いしていますよ!!」
「いや、違うだろ。そこは会話の流れ的に考えて、剣士の仕事の方だろ」
今ようやく気付いたが、リーシュの頭は天辺の辺りから飛び跳ねている毛があって、これがビコンビコン左右に揺れている。
どことなく……いや、かなりアホっぽい。可愛いが。
ビコンビコン。
「……剣士のしごと?」
お前、剣士じゃないだろ。
「セントラル・シティに、仕事を受ける機関があるだろ。傭兵依頼所。そこで受ける依頼の事を、剣士の仕事って言ってるつもりなんだけど」
「あっ、傭兵さんのお仕事ですね」
この娘から『傭兵さん』なんて言われると、おもちゃの兵隊を思い浮かべてしまうが。
説明すると、リーシュは暫し俺を見ていたが……やがて、視線を地に落とした。
何だ? 急に、リーシュの覇気が無くなったように感じる。
「あの、それは一応、見た事があるんですけど……一人で受けられるお仕事は、あまり無かったもので」
思わず俺はその言葉を聞いて、先に続く台詞を予想してしまった。
少し、胸の辺りが締め付けられるような感覚があった。
「依頼所で声を掛けた事はあるんですけど、誰も私とは組んでくれなくて、ですね……あはは」
俺と同じだ。
何とも言えない気持ちになった。
そう、傭兵の仕事は多くの場合、二人から始まる。片方が仮に死んでしまった場合でも、もう片方が報告出来るようにと配慮されての事だ。中には危険な仕事も多いので、いつの間にか『二人以上』というのは一般的な話になってしまった。
俺はリーシュから目を逸らした。木々の隙間に広がる青空を見ると、曇った気持ちにも光が差し込むだろうか。
「……まあ、俺も似たようなもんだけどな」
きっとその言葉は、言わない方が良かった。これまでも一切公開して来なかったし、頑なに認めていなかった部分でもあった。
リーシュが顔を上げて、俺の真意を確認しようと、顔を見る。
「えっ?」
「俺も、魔導士の仕事は殆どやってないんだ。しかも頼まれる仕事としては、お前が初めての依頼人なんだよ」
「そ……そうなんですか!? とても、そのようには見えなくて……」
そりゃ、そう見えないように振る舞っていたからな、さっきまでは。
もうこの際、隠す事も無いだろう。俺の素顔も性格も見られている事だし、今更プロフィールを公開した所で何かが変わるとも思えなかった。
どの道セントラル・シティに行けば、俺の悪評なんて探せばすぐに見付かる。話に尾ヒレが付いて、もう収拾がつかない事になっているから、リーシュも剣士を続けていれば、どこかで話を聞く事になるだろう。
俺は彼女の半裸も見てしまっている事だし……。
……。
俺は努めて、何も考えないようにした。
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