第236話 ビキニアーマーはサイズが大事

 落雷か、それとも誰かが巨大な鐘でも持って来たのか。

 ものすごい音がして、俺とスケゾーは思わず互いの顔を見合わせてしまった。

 部屋もろくに仕切られていない、木造の一軒家が振動する。あちらこちらに散乱した家具が音を立てた。


 ここは、人里離れた山奥。こんな場所に居るのは俺とこいつと、森に住む傍迷惑な魔物位のものだ。傍迷惑の内訳はリザードマン、古代の翼竜、それからゴブリン。彼等はそれぞれこの山に集落を持っていて、極稀に現れる旅人を獲って喰らう事を目的としている。

 奴等が戦う時も、これ程に大きな音はしない。俺からしてみれば大して強くもない連中だから、人を襲うと言ってもその殆どは虫か植物が主な食い物で、この山で畑作をして暮らしていたりもする。


 雷でも落ちたかのような轟音。しかし、今日は晴れているし、この辺りはあまり地震も起きない。だから、その音はここで生活している俺にとって、かなり異常な出来事だった。


「……落ちたか?」

「落ちましたね」


 何が『落ちた』のか。それさえも分からない状況で、俺とスケゾーは互いにそんな事を呟いていた。

 沈黙、およそ五秒。


「ご主人、そろそろ街に出ないとっスね。準備しましょう」

「ああ、そうだな」


 俺とスケゾーは特に何の不安もなく、元の生活へと戻った。


 ……まあ、気にする程の事でもないだろう。

 大方、何処ぞの旅人がゴブリンだかリザードマンだかを蹴散らしたのだろう。仮に人間だったとしたら、単にこの山を通り抜けている最中なのだろうし。魔物だとしたら見えないように結界を張っているから、ここには来ない。ゴブリンだかリザードマンだかが怖い訳ではなく、単なる異常事態対策だ。

 依頼人の来ない俺にとって、重要なのは日銭を稼ぐこと。仕方がないので街に出て、薬の原料となる素材を買っては魔力調合して、薬を売る事でマージンを得ている。

 何時の時代も自身の技術を使って元の値段を二倍、三倍にするのは、技術職としての常套手段だ。俺が魔導士になって、唯一まともに続いている仕事でもある。


「スケゾー、薬瓶くれ」

「あいあいっス」


 衣装棚の上に置かれた薬瓶を、スケゾーが俺に向かって幾つか投げる。俺はそれを受け取って、テーブルに置いた。

 ……本当は、こんな事をしていては、いつまで経ってもまともな金は作れない。そんな事は分かっている。俺は大きく金を稼がなければいけない人間だ。薬のマージンなど、高が知れている。

 だが密に情報収集をしても、そう簡単に金目の話が転がっている筈もない。

 俺はいつも通りの身支度をして、黒いローブを手に取った。


「はあ……ったく、しかし閑散としたもんだよな、ここも」


 窓の外を眺めれば、いつもと変わらない晴天だ。にも関わらず、ノックの音どころか、閑古鳥も寂しがって寄って来ない程の静けさである。

 俺の魔導士としての評判を静かに物語っているようで、何とも言えない気持ちになる。


「街で宣伝でもすりゃ良いじゃないっスか。知らなきゃ誰も来ねえと思いますがね」

「宣伝ってお前な。何宣伝すんだよ。『魔法とかできます』って看板でも立てるか? 魔導士のイメージ丸潰れじゃねえか」

「ちょっと可愛いっスね」

「可愛くねえよ」


 やはり、この骨はどこかズレている。三十センチ程しか無い全長にそこまで大きな脳は積めないので、やはりそれ相応の思考といった所だろうか。

 これでも、咄嗟のひらめきや機転、洞察力なんかには目を見張る所があるんだけどな。この、普段の抜け具合よ。


「ご主人はあれですよ、傭兵の仕事でも見付けて来た方が稼げるんじゃないっスかねえ」

「それは、あれか。傭兵の仕事は大体二人からだって知っての発言か」

「仲間を作れば良いじゃないっスか」

「居たら苦労しねえよ、そんなもん」

「コミュ症」

「なんだと?」

「いいえー、何でもねーです」


 スケゾーは溜め息をついて、テーブルにお茶を用意して飲み始めた。……全く、いつ見ても可愛くない使い魔だ。第一、そろそろ家を出ようって言ったのはお前だろうが。何で呑気に茶なんか飲んでるんだよ。

 こいつはこんな事を言っているが、正直な所、普通に働くのだったら今のように、薬を作って売る事と大して変わりない。少しはマシな金が入ると言ったって、やはり高が知れているというものだ。目標に届く頃には、俺は白髪になっているだろう。


 そんなモノでは駄目だ。大金を稼ぐには、もっと挑戦をしなければならない。それこそ街を一つ救うとか、大富豪の婿養子になるとか、とにかく鮮やかな何かだ。

 ……だが、そう簡単にピンチなど転がっている筈もない、か。いや、世界の何処かには山程転がっているんだろうけど、残念ながら俺の手元には転がって来ない。

 俺の今立っている場所は、まるで小さな無人島。噂話のひとつでさえも、転がる道すら無いと来ている。

 誰でも良いから俺の所にも、新聞を運んでくれよカモメよ。


「はー。……まあ、ご主人は夢追い人っスからね。仕方ないっスね」

「なんだよ、その諦めたような態度は。何が悪いんだよ」

「いいえー、何でもねーです」

「ところで、準備は終わってるのかよ。家出るぞ、もう」

「へーい」


 俺はスケゾーに文句を言いながら、黒いローブの袖に腕を通した。……ん?

 ……これ、酒瓶じゃねえか。どこにあったんだ、こんなもん。


「スケゾー。俺は薬瓶を取れと言っただろう」


 不意に、スケゾーは少し格好付けた声で言った。


「時にご主人。オイラは思うんですよ。――酒は百薬の長と言うので、これを薬として売」


 スケゾーが言い終わる前に俺は便所の扉を開けて、酒瓶を逆さまにした。


「あああアアアシングルモルトオオォォォ――――――――!!」


 全く、この酔いどれ悪魔は……。



 その時、ノックの音がした。



 突然の事で、俺とスケゾーは再び、互いの顔を見合わせる事となった。


「……新聞勧誘か?」

「何言ってんスか。来ねえっスよ、こんな所に。セントラルじゃあるまいし」


 確かに、スケゾーの言う通りだ。

 表に書かれた、『魔導士相談所』の看板。始めはピカピカだったものも、気が付けばすっかりくたびれてしまったが……この扉、過去に何回ノックされたっけ? 師匠が来た時と、あと……何かあっただろうか?

 慌てて中途半端に羽織っていた黒のローブをちゃんと着て前を閉じ、フードを被った。棚の上に置かれた魔法の杖を手に、何処ぞの家具屋から買った『少し良い椅子』を用意する。

 急いで、ルームメイクを開始した。


「ご主人、何やってんスか! 居ねえと思われちまいますよ!」

「うるせえ、仕方ねえだろ!!」


 まずは、第一印象を作る。これは意外と大事なことだ。

 相手によっては、こんな若造が魔導士をやっている、等と馬鹿にされ兼ねない。魔導士はイメージが命だ。第一印象で『こいつは役に立つ』と思われなければ、仕事の依頼も来ない。

 俺にとって、この黒いローブと椅子、それに使いもしない魔法の杖は戦闘態勢である事の証なのだ。

 椅子に座り、俺は小さな声で自分の発声を確かめた。


「ゴホン。ア、アー」

「なんで発声練習してんスか……」


 スケゾーが呆けた顔で俺を見ていたが。

 心して、俺は言う。


「入り給え」


 本当か。……本当に、『初めてのお客様』なのか。俺は湧き上がる歓喜の衝動を押し殺しながら、来客が顔を出すのを待ち構えた。……あれか、セントラル・シティで薬を作っていたのが、意外に評判が良かったのだろうか。

 いい加減に拠点を移した方が良いだろう、いやその方が絶対に良い、なんて考えていたものだが。うっかり移動しなくて良かった。

 こんな辺境の地まで、よくぞ辿り着いたものだ。本当は暖かいコーヒーか、夜はラムコーラの一杯でも奢ってやりたいものだが。

 少し椅子の上で跳ねながら、扉が開くのを待つ。


「恐れる事はない。入り給え」


 少し椅子の上で跳ねながら、扉が開くのを待つ。


「給え」


 待つ。


「たま」


 ……いや、ちょっと待て。

 誰も入って来ないぞ。


 一応、外にも聞こえる声で言ったつもりだったが、扉は一向に開く事は無かった……風の音か? しかし、それにしては随分と綺麗なノックの音だった。四回鳴ったし……多分、風の音じゃない。何かが扉に当たった音で規則正しく四回は、流石に無いだろうと思う。

 ならば、扉の外で躊躇しているのだろうか。


「ご主人」

「ああ、そうだな……」


 スケゾーの囁きに合わせて、俺は頷いた。椅子から立ち上がり、恐る恐る、玄関扉に近付く。

 普通、仮に恐怖していたとして、入って来られなかったとしても、『入り給え』と言われたら何かを喋るものではないだろうか。そうでなければ、魔物に俺の結界が破られたという事も考えられるのかもしれない。

 それ相応の強さを持った、魔物に。

 鬼が出るか、蛇が出るか。俺は少しばかりの緊張と、何時でも本物の戦闘態勢に入る事が出来るように、意識を集中させた。



 ドアノブを握る――――…………



「――――えっ」



 瞬間、俺の視界に飛び込んで来たのは、髪だった。


 ふわりと目の前で踊る、長い銀色の髪。扉を開けた俺に倒れ込んでくる少女の僅かな重みと、微かな女の子の香りが鼻孔をくすぐる。

 カランと音がしたのは、彼女の長剣が玄関に倒れる音だ。その身体に似合わない、屈強な男が握る逞しい剣。彼女を支えた衝撃で俺のフードがめくれ上がり、顔が見えてしまった。


 助けてください、か?


 何か急ぎの事情があったのかもしれない。咄嗟に泣き付かれたような気がして、俺は慌ててフードを被り直した。……と同時に、俺に向かって倒れて来た小さな身体は、かくん、と膝が動き、バランスを崩した。

 俺は、その少女の体勢を立て直させる為、抱きかかえるようにして全身を支える他に手段を持たなかった。


「……ええっ」


 改めて、顔を見る。そして、気が付けば俺はどうしようもなく、間抜けな声を出していた。



 何故かその少女は――――寝ていた。



 *



 めっちゃ可愛い。


 どうしよう。めっちゃ可愛い。

 一先ず少女をベッドに寝かせた俺はローブを脱ぎ、忙しなく部屋の中を歩き回っていた。銀髪の少女は何故か眠ったまま、一向に目を覚ます気配を見せない。

 扉を開けたら、急に女の子が倒れ掛かって来たのだ。慌てて支えてしまったが……まだ、両手に少女の感触が残っている。女の子に触れる事など、何年振りの出来事だろうか。

 立っては歩き、椅子に座り、そしてまた立って歩き、座る。


「お、落ち着かねえ……!! 何なんだよ……さっさと起きてくれよ……!!」


 何故かビキニアーマーだったので、止むを得ず素肌を触る事になってしまった。少女が居る以上、外に出る訳にも行かない。最初はベッドの隣に椅子を置いて座り、ガタガタと貧乏揺すりをしていたが……何が起きているのか分からず、どうしても焦りを感じてしまう。


「……ご主人」

「なんだよ」


 スケゾーが俺の様子を見て、溜め息を付いた。


「ご主人って……結構、ヘタレっスよね」

「うるせえな」


 仕方ないだろうが!! 街で売れっ子のイケてる魔導士とは訳が違うんだ、俺は!!

 この五年間、脇目も振らずにせっせと働き倒してきたんだ。……仕方ないじゃないか。……段々と惨めな気持ちになってきたので、この一件について考えるのはもうやめよう。

 第一、少女という事を差し引いたとしても、かなり特殊な状況だぞ、これは。


「スケゾー。……依頼人が女の子だった場合、俺はどうすれば良いだろうか」

「知らねーっスよ!! 普通に対応すれば良いだろ!!」

「だって寝てるんだよ!! 何なの!? 女の子って依頼する時は寝てるもんなの!? そういう文化なの!?」

「だから知らねーって!!」


 確かに、スケゾーの言う通りだ。

 しかし、慌てずにはいられない。出会い頭に倒れ込んで来るなり、もうかれこれ一時間だぞ。これが若い娘の最近のブームなのか……? それは、分からないが。

 落ち着いて、よく考えるんだ。俺はどうすればいい……。この少女を攻略する方法は……そうだ……!!


「スケゾー、確かこういう時、モテる男は取り乱さないんだよな?」

「まあ、そうっスね。そうだと思いますが」

「まずは胸のサイズを見るんだよな?」

「何知識だよ。とてつもなく失礼だよ」


 あれ……おかしいな。確か俺がセントラル・シティで本好きな男から熱心に勧められた恋愛小説には、そう書いてあった筈なんだが。

 改めて俺は、少女を見た。


 しかし、この少女も大概、普通じゃない。

 肌は雪のように白くて、指はほっそりとしている。腰は細いし、身長は低いし、銀色の長髪はセントラル・シティでもかなり珍しい。まるで居ない訳じゃないが、こんなに美しく光っているのは見た事がない。透明度が高いと言えば良いのか、表現できる言葉が見つからない。

 目を閉じて横たわっている姿は、まるで精巧に作られた人形のようだ。……とても俺と同種族とは思えない。


 まさか、こんな人間が存在しているとは……。

 俺はじっと、少女を見詰めた。


 ……でも、胸は無いな。あまりに無さ過ぎて、アーマーのサイズが全く合っていない。

 俺がセントラル・シティで勧められた恋愛小説では、胸がない女は『美しくない』とされたものだが。……本当に合ってるのかな、この知識。俺が持つ唯一の恋愛に対する知識だが……あまり自信が無くなって来たぞ。


「ご主人、視姦」

「してねえよ」


 不意に、少女の双眸がぱっちりと開いた。

 その瞬間、俺は椅子から立ち上がり、物凄い勢いで後方へと後退った。別に何かを考えてやった訳ではない、身体が勝手に動いてしまったのだ。

 そのまま、一度は閉めた玄関扉に背中から激突した。


「おごっ……!!」


 ……玄関扉の上に掛けてあった壁掛け時計が落下したのか、気が付けば俺は後頭部を打っていた。

 星が見えた。


「ええっ」


 少女が起き上がって、俺を見て言った。

 わりと当然の反応だと思う。


「あ……あの、大丈夫ですか?」


 目が覚めた次の一瞬に、衝撃的な光景を見せてしまっただろうか。

 あまりの出来事に、少女は仰天と言うよりは呆気に取られたような顔で、ベッドから俺の様子を窺っていた。


「お、おう……。気にしないでくれ……」


 とりあえず俺は、手を振って適当に誤魔化す事にした。

 しまった、ローブ。

 今更ながらに現実を再確認する。……寝ていたとしてもいつかは起きるんだから、少女が眠っている間も脱がなければ良かったのに。顔が見えないというのが重要だった。そうすれば、俺の悪評を知っている人間でもある程度、誤魔化す事が出来たかもしれないのに。

 ……まあ、この少女とは文句無しに初対面だ。そのアドバンテージについては、この際目を瞑る事にしよう。

 少女は現状を再確認したのか、部屋の中を見回して――……ふと何かに気付いたのか、ベッドから飛び降りた。


「あの、すいません!! 私、魔導士の方を探しているのですが……!!」


 こうなったらもう、正攻法しかない。俺は立ち上がり、壁掛け時計アタックによってふらついた頭を振って目覚めさせる。

 正攻法とは何か。それは笑顔だ。


「ああ、それは俺だけど」

「えっ? ……あの、私、魔導士様を探しているのですが……!!」


 おい聞き直されたぞ。……そんなに俺は、魔導士に見えないのか。

 俺と少女は、視線を合わせた。

 無言の空間。少女は目をぱちくりとさせて……ちくしょう、可愛いな。


「あなたが魔導士様、ですか?」


 純粋な疑問をぶつけられると、少しばかり胸が痛い。……その少女は、まるで予想外みたいな顔をしていた。


「ああ、それは俺だけど……」


 再び、同じ返答をする俺。スケゾーが緊張した面持ちで、場の状況を見守っていた。

 ……なんだよ。一体何を考えているんだ。

 沈黙に耐え切れず、俺は顔を引き攣らせる。少女は口元に手を当てて、俺の事を上から下までまじまじと眺めた。たったそれだけで、俺は滝のように汗を流している。


 これは、アレではないだろうか。少女の予想と俺の実態がかけ離れ過ぎていて、絶望されている最中なのではないだろうか。

 そりゃ、そうだよな……。ローブを脱いだ俺の格好は、少し変わった戦闘服。魔導士と言うより格闘家に近い格好で、それは体術を鍛えているからだが……普通に考えればこんな魔導士、有り得ない。

 いきなり幻滅されて、仕事の依頼人からただの観客に変わったりするんだろうか。

 いつまで見てんだよ……!!

 思わず俺は、喉を鳴らした。

 少女は透き通るような瞳で、真っ直ぐに俺の方を見ていたが。


「……良かったです、もう会えないかと思って……!!」


 違う。……テンポが悪いだけだ。


 脱力してその場に崩れ落ちそうになった身体を、どうにか支えた。

 なんか、調子狂うな……。

 しかし、金色の瞳というのは珍しいな。街を歩いても、中々お目に掛かる事は出来ない。目を閉じている時は分からなかったが……丸くてくりくりとした、愛らしい瞳だった。


 改めて、俺は少女の全身を目の当たりにした。ぞくりとする程に整った容姿は、相変わらずどこか現実離れした空気を感じさせる。そして、彼女の肌を惜しげもなく晒すビキニアーマーの存在。


 童顔で可愛い系、だ。ビキニアーマーの剣士といえば、ボンキュッボンの美女みたいなイメージがあるが、全くそんな雰囲気ではない。むしろ身体の方はエロさが足りない。主に胸。

 こんな顔立ちにこんな体型だったら、間違いなく普通のローブに普通のアーマーの方が可愛いと断言できる。……何故、ビキニアーマーを。

 重いし露出していて隙だらけだし、その手の趣味を持っている酒場で、別に戦闘訓練した訳でもないおねーちゃんが着ているイメージしかない。強いビキニアーマーは大抵魔法が掛かっているものだが、そうではないと魔導士の俺には分かる。

 大した強度があるとも思えない……紛れも無く、ただの宴会装備だ。


 その割には、剣はかなりまともな雰囲気だ。剣士じゃないから詳しい事は分からないが、異質な魔力を漂わせている。そこらにある剣じゃない、おそらく業物……この少女が振るという事を度外視すれば、良い剣だろう。少女の身の丈程もあるから、使い難そうではあるが。


「ここは、魔導士様のお家ですか?」

「ああ、まあ……あんたが訪ねてきた家の内側だよ。で、俺はこの家の主人だよ」


 少女は再び驚いて、俺を見る。……この視線、耐えられない。珍獣か何かにでもなったような気分だ。

 身体に合わないビキニアーマーを着て、少女は花のように可憐な笑顔を見せた。……何だ、このギャップは。


「想像していたよりも大分幼い感じで、安心しました!」


 いや、そこは『若い』って言えよ。何だよ、幼いって。まるで子供みたいじゃないかよ。

 落ち着け、俺。まずは聞くべき事を聞かないと。


「ところで、どうして気を失っていたんだ? 外で何か危険な目に遭ったのか?」


 問い掛けると、少女は暫くの間、考えているようだった。


「……つい? 眠ってしまったんでしょうか?」


 俺に聞くなよ。


 どうしよう。何度か質疑応答を繰り返した筈なんだが、何一つ現状が理解できていないぞ。

 テンポも相まって、少女の訳の分からないファンタジスタトークに付いて行く事が出来ない。俺はよろめきながら棚へと移動し、この意味不明空間に終止符を打つべく、少女に笑みを向けた。

 駄目だ。笑いたくても、笑えない。


「……それで、何か用があって来たんじゃないのか?」

「あっ……!!」


 少女は気付いて飛び跳ね、そして床に額を付けた……って、おいおい……土下座? 何で俺、土下座されてんの?


「魔導士様、お願いします……!! どうか、お願いします……!!」


 俺が制止するよりも早く、気が付けば少女は、俺を拝み倒していた。


「い、いや、ちょっと」

「お願いしますっ!!」


 何をだよ。


「いや、『お願いします』って言われてもさ……まだ、何も聞いて無いんだが……」


 俺がどうしようもなく苦い顔をしてそう言うと、少女は額に汗を浮かべて、張り詰めたような空気の中、顔を上げて俺を見た。


「あっ!!」



 テンポが息してない!! 誰かヒーラーを呼んでくれ!!

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