第153話 だが、責任者はお前だろう!

 唖然として、リーシュとチェリアがトムディを見た。


「えっ……? 『もっこり村』ですか?」


 呆けた顔で、リーシュがトムディに問い掛ける。……どうやら、流石にリーシュ本人も当たっているとは思っていなかったらしい。

 トムディは咳払いをして、海の方を指さした。


「ほら、あれ見て。僕らが泊めている船が、あそこにあるでしょ? その左右から、小道が二つ通ってる。僕達は立て札の所から入ったから、あれはきっと、『入口』と『もっこり村』。その先、どうなってるか分かる?」


 リーシュとチェリアは小道を目で追い掛け、そうして、気付いたようだった。


「……あ。どっちも、『カブキ』に繋がっています……!!」


 トムディは、頷いた。


「そう。連中は初めから、僕らを『カブキ』の町に向かわせるつもりだったんだ。……あの小道は通らなかったから、本当に罠があったのかどうかは、正直言うと分からない。けれど……罠が張られている可能性は、極めて高かっただろうね」

「き、極めて……それって、『入口』と『もっこり村』、どっちにですか」

「多分、両方じゃないかな?」


 リーシュは思わずといった様子で、喉を鳴らした。

 そう。それが真実だったとするなら、連中の目的は定まっている。グレンが罠を回避して『カブキ』に入る可能性。それがどのような状況であれ、必ず想定していた筈だ。トムディは思考を巡らせ、山頂の岩場に腰を下ろした。


「どの道、僕達は罠を潜れば、『カブキ』に到着する予定だったんだよ。立て札の所から入っても、事情は変わらなかった……『入口』から入っても、『もっこり村』から入っても、『カブキ』までの小道には、待ち伏せして迎撃し易そうな場所はない。とすると、連中は初めから、『カブキ』で僕達を、そして――グレンを待ち受けるつもりだったんだ」


 そうだ。そう考えれば、全て辻褄が合う。やたらと準備の良い迎撃態勢。出会ってしまったから攻撃をした、という雰囲気ではなかった。あの見晴らしの良い場所で、連中は自分達を待っていたのだろう。

 見晴らしが良く、敵の姿が確認し易い事こそが、連中にとっての最大のフェイクだったのだ。


「そ、それじゃあ……!!」

「そう。つまり今の状況も、連中の想定通りだって言う訳なんだ。僕達がバラバラになって逃げた時、あのチュチュって娘が、僕とリーシュを追い掛けたんだ。最初はただの偶然かと思ったけど、やっぱり違うな」

「違う?」


 トムディは、チェリアを指さした。


「ほら。あの化物が、僕達を探していただろ? ……あれは多分、僕達を探していたんじゃないよ。チェリア、君を探していたんだ」


 背筋が寒くなったのか、チェリアが青い顔をした。


「『カブキ』の大通りを、金色の建物から弓士が攻撃する。見て、僕達はバラバラになろうと思ったら、どうしてもあの道か、あの道か……道が四つあるよね。森の中じゃ満足に逃げられなくて、鎧の兵士に捕まっちゃう。とすると、どうする?」

「道を通ります……!!」


 リーシュの言葉に、トムディは頷いた。


「そう。……金色の建物に弓士、チェリアの所に化物、僕とリーシュの所に魔導士が来た。連中の仲間は知っている限りではあと、ミューと……リーガルオン、って剣士だけだ」


 そして、道は二つしかない。この事から、容易に立つ推測がひとつ、あった。


「僕達はバラバラにされたんだ。そうして、一人ずつ始末される予定だった……と、いうことは」


 切羽詰まった様子で、リーシュが言った。


「トムディさん……!! グレンさんとキャメロンさんが、危ないです……!!」


 トムディは、頷いた。

 ここまでは仮説ではあったが、チュチュを退けた時から、トムディの頭の中にはあった。『カブキ』であんなにも用意周到に自分達を待ち構えていた人間が、その場の思い付きで自分とリーシュを追い掛ける筈が無い。そもそも、そう考えていたのだ。

 そうだとすれば、何れにしても――……どちらかはミューと当たり、どちらかはリーガルオンと当たっている。キャメロンはミューに手出しが出来ない。グレンはスケゾーを失っている。……どちらがどう当たっても、最悪の状況は逃れられない。

 トムディは振り返り、リーシュとチェリアを見た。


「…………よく、聞いて欲しい」


 リーシュとチェリアは、それぞれ何かを考えている様子ではあったが、トムディに頷いた。


「状況は、最悪だ。……地の利を活かして、まんまと僕達は嵌められてしまったんだ。バラバラになってからもう、結構な時間が経ってる。何らかの形で、グレンとキャメロンは何かをされているだろうと思う」

「は、はい……!!」


 そう。……本当に、冗談を言っていられるような状況ではないのだ。

 例えそれが、冗談みたいなメンバーで挑む事になった戦いだったとしても。



「どうにかできるとしたら、僕達だけだ」



 トムディは、出来事の危機感を伝えるように、そう言った。


「リーシュ。……確か、グレンはあっちの……何だろう、あの広場? っぽい所に行ったはずだ。今の状況だと、グレンとキャメロンでは、スケゾーが居ない分、グレンの方が状況が悪いと思う。……だから、僕とリーシュでグレンの所に行こう」


 トムディの言葉に、リーシュは頷いた。


「は、はいっ……!! キャメロンさんは、どうしましょう!?」

「キャメロンの所へは……チェリアに行って欲しい。何かあるとしたら、攻撃されているんだと思う。……キャメロンは一人でも戦える。回復役が必要な筈だ」


 チェリアも頷き、トムディに言う。


「はい、任せてください!!」


 どうにかこれで、事態を逆転させられるだろうか。トムディは山を下りるルートを決めた。

 二人共、無事だと良いが。トムディは、心の内側ではそのような事を考えながら。


「すぐ、向かおう。時間がない……!!」


 その時だった。


「ぎゃはは!! ――――見付けたぞ!!」


 全員、一斉に背後を振り返った。

 先程の化物が、山を登って来ていた。筋骨隆々な身体、巨大で太い上半身。下半身との釣り合いがまるで取れておらず、上半身は裸で、皮膚は黒い。

 白と黒のコントラストが恐ろしい、悪魔のような見た目。

 ロング・ジョンと名乗っただろうか。

 こうなっては、仕方が無い。トムディはリーシュに、山の麓を指さした。


「リーシュ!! ……ここは僕とチェリアでどうにかする、早くグレンの所に行ってあげて!!」


 今にも剣を抜こうとしていたリーシュは驚いて、トムディを見た。


「えっ!? ……だ、大丈夫ですかっ!?」

「グレンが一番やばいんだ……!! あのリーガルオンとかいう剣士と当たってたら、最悪なんだ!!」


 大丈夫。……これが、最善の筈だ。

 トムディは、リーシュと目を合わせた。



「グレンを頼むよ……!!」



 その言葉に、リーシュは。


「……よろしくお願いします!! どうか、ご無事で……!!」


 それだけを二人に言い残し、一目散に山を下りて行った。

 体力に余裕があったからか、かなり速い。この様子なら、すぐにグレンの所へと辿り着いてくれるだろうか。

 トムディは、杖を握り締めた。チェリアも戦闘態勢に入ったが。


「さ、流石ですねトムディさん……!! やっぱり本当に、グレンさんとキャメロンさんと、互角になったんですね……!!」


 チェリアは笑みを浮かべて、これから迫る戦いに若干の余裕を持ったようだったが。トムディは微笑みを浮かべ、チェリアを見た。


「……はは、そんな事ないよ」


 言おうとした。チェリアの魔物が頼りだ、と。自分は何も出来ない。この状況を打破するのは、自分ではなくチェリアなのだ。

 チェリアは眩しい笑顔を見せた。


「あの、実は僕、まだ魔物使いとして日が浅いので……あんまり役に立つ技は無いんですけど、頑張りますから……!!」


 笑顔が硬直する。

 化物……ロング・ジョンと呼ばれていただろうか。トムディとチェリアの二人を指さすと、裂けたような口一杯に笑みを浮かべて、言った。


「――――お前等二人共、喰ってやる」


 トムディは、思った。

 これは、ダメかもしれない。



 *



 ミュー・ムーイッシュは、驚きを隠せない様子だった。


「…………あなた……大丈夫なの……?」


 ミューの用意していたアイテム――半透明の箱の中――で、スケゾーが滝のように汗を流していた。立つこともままならず、四つん這いになって、どうにか耐えている様子だったが。

 リーガルオンが拠点を構えている、金色の建物――『キンパクジ』に戻って来るなリ、スケゾーはこんな様子だった。ミューは別に、スケゾーに対して何かをした訳ではない――……だからこそ、不思議だった。

 スケゾーは視線だけをミューに向けて、言った。


「これが、大丈夫に見えるなら……相当、おめーもイカれてるっスね……」


 ミューは、眉を怒らせた。

 それきり、スケゾーとミューの間に会話は無かった。

 ある程度の覚悟をしてきたつもりだったが、ミューの心の中は不安に満たされていて、ふとすれば零れてしまいそうだった。内から湧き出る感情に支配されないようにと、やっとの所でそれを抑える。


 不意に、扉が開いた。外から入って来たのは、ミューのよく知る人間の姿だった。自分と同じ、あまり恵まれない立場に居る人間。額が丸ごと出る程に短い髪、ぎょろりとした目が印象的な。


「……ビビォン」

「うへえ!! ……なんだ、ミューか。リーガルオンさん、いねーのか」

「まだ……戻って来て、ないわ」


 見ているこちらが不安になる程焦っていて、その様子は痛々しかった。それも無理はない――……彼は先程まで、入口付近のトラップを担当していたのだ。それが、気が付けばグレン達は『カブキ』の大通りに姿を現していた。

 失態だ。これは、目に見えるミスである。ビビォンはミューを発見すると安堵したのか、水が零れるように焦り始めた。


「やべー……やべーよ、ミュー。どうしよう……くそ、何でこんなことに……!!」


 ミューは、何も言わなかった。


「何がやばいんだ、ビビォン」


 その背後には、既にリーガルオン・シバスネイヴァーが戻って来ていたからだ。

 ビビォンはその声を聞いて固まると、恐る恐る、視線を背後のリーガルオンに向けた。焦燥から絶望に変わるまでは早く、ビビォンはすっかり、何も言えなくなっていた。


「あァ、入口のトラップはお前の担当だったよな。……一人も欠けずに、大通りまで来てたみたいだが?」

「そ、それがよリーガルオンさん……!! 奴等、二つの入口のどちらからも入って来なかったもんで、俺にはさっぱり……」


 リーガルオンは冷めた目で、ビビォンを見詰めていた。


「ち、違うんだよリーガルオンさん!! チュチュの奴が、適当な立て札作りやがるから……!! それを立てたせいだ!! 入口から入って来なかったのは、チュチュのせいじゃねえのか……!?」


 ビビォンは精一杯の言い訳を考えて来たようだったが。リーガルオンはそれを聞いて、何も言わずにビビォンを見ていた。リーガルオンの表情が読めないからか、ビビォンはすっかり縮こまって、リーガルオンを見上げている。


「……………………くっ」


 やがて、リーガルオンの唇から声が漏れた。


「え?」


 ビビォンは、ぎこちない笑みを浮かべた。


「……そうか、そういやチュチュの奴、変な看板作ってたなァ、楽しそうによ。なんだっけ、『もっこり村』? ……くははははは、そりゃ面白れぇよなァ!! 確かに、入口からは入り難くなるよな!!」


 リーガルオンは声を上げて、笑い出した。ビビォンは動揺していたが、リーガルオンの言葉に少し、笑い始めた。


「くははははは!!」

「……へ、へへ」

「くははははは!!」

「…………へへへへへ。……そう、そうなんすよ。チュチュの奴がね、あんな看板を作りやがるから……!!」

「くはははは、はっはっは!!」

「ぎゃははは……!!」


 ビビォンは一瞬、リーガルオンに合わせて本当に、笑った。

 次の瞬間、ミューは思わず、目を逸らした。


 それは、ほんの僅かな時間だった。ミューの視界に映っている生物は、リーガルオンただ一人だけになっていた。

 一刀両断されたビビォンの首が、転がる。リーガルオンはいつの間にか抜いていた剣を下ろし、ビビォンに向けて微笑みを浮かべた。


「――――――――だが、責任者はお前だろう?」


 首の飛んだビビォンは、その場に崩れ落ちた。

 いや、それはもう――『ビビォン』と呼べるものではなかった。


「俺の言った通りに行動するんじゃねえよ。俺が望む通りに行動しろ。……思考停止したら、それはただのゴミクズじゃねえか」


 ミューはその出来事について、心を動かされないよう、感情を揺さぶられないように、衝撃を押し殺した。


「仕方ねえ奴だなあ。……死んじまったら、全て終わりだぜ? 死なないようにしてりゃ、いつかはチャンスがあったかもしれねえのによ」


 この場所では、リーガルオン・シバスネイヴァーの感情ひとつで、命が奪われるのだ。

 だから、何も考えてはいけない。ミューはそう、自分に言い聞かせた。


「なァ、ミュー」


 ミューはリーガルオンの言葉に、無心のままで言った。


「……ええ。全く……その通りだわ」


 どんよりとした曇り空は、まだ晴れない。


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