第十一章 絶対無敵の(物理系)魔法少女(漢)
第151話 野獣の咆哮
剣士と戦ったことは、実は何度もある。リザードマンなんかは魔物でも剣を持っているし、戦う手段に刃物を用いるなんていうのは、どの種族だろうが割とポピュラーなものだ。だから、それに対する対策なんかも、大体は共通したモノになる。
多くの場合、剣を使う相手というのは、その剣のリーチで戦う事を得意としているからこそ、剣を使う。だから、例えばリーシュのように――……余程の事が無ければ、そのリーチの外から攻撃する、なんていう技を覚えようとする事がそもそもない。
相手の遠距離攻撃に対する対策は講じるが、自分が遠距離で戦う必要は無いもんだ。と言うよりも、遠距離攻撃がしたいのなら剣を使うな、という話。持っているだけ邪魔なんだからな。
リーガルオンと距離を取り、俺は拳を構えた。
「もう、無かった事にはしてやらねえが、良いな?」
その言葉に、俺は思わず笑ってしまった。
「良いとか悪いとかの問題じゃねえだろ。寝惚けてんのかよ」
リーガルオンに意識を集中させる。
以前、『魔法剣士』なんてジャンルが流行った事もあった。けれど、武器を多く持つという事はつまり、器用貧乏になるという事でもある。前になんとかって国の王子が、剣士と魔法を両方極めて達人になろうとしたが、結局どちらも微妙になってしまって、使い物にならなかった、という話も聞いた事があるような気がする。
だからきっと、リーガルオンも小細工を使うタイプではないだろう、と推測する。接近戦でゴリ押しするタイプじゃないだろうか。
……スケゾーが居ない今、俺は剣士の剣を拳で弾く、という事が出来ない。普段はナックルに変化したスケゾーを使って、攻撃を受け止めているからだ。だから、戦術もある程度絞って考えなければ、勝機を見出す事は難しい。
俺の予想が正しければ、俺はかなり分の悪い戦いを強いられる事になる、が。
「くはは……!! 久々に本気が出せるかどうか……? なァ、あまりがっかりさせるなよ……!!」
不敵な笑みを浮かべたリーガルオンが、腰の大剣を抜いた。
腰を深く落とし、脚に意識を向ける。……剣士が相手なら、スピードが命だ。多少攻撃の火力を落とす事になっても、相手を翻弄させるだけの速度が必要。
……やってみれば良いさ。リーガルオンの方だって、俺の手の内は分かりゃしない。
俺は、魔法を宣言した。
「【悲壮の】……!! 【ゼロ・バースト】……!!」
言葉はトリガーとなって、俺の筋肉に魔力を付着させる。
全身を僅かな炎に覆われ、戦闘態勢に入る。リーガルオンが愉しそうな顔をして、俺の様子を見守っている。
「ほう……魔導士が肉体強化魔法を使うか」
魔法の知識があるのか。……それは、まずいな。
まあ、いい。……戦闘開始だ。
俺は、動いた。
「むうっ……!!」
一瞬でリーガルオンと距離を詰め、左顎を粉砕するつもりでフックを放つ。リーガルオンは大剣でそれを防ごうとするが、一発目は勿論フェイクだ。
拳が剣に当たる前に停止し、身体を反転させて低い位置から回し蹴り。どうにかガードを合わせたリーガルオンの大剣と、俺の脚がぶつかる。
勿論、靴の裏には鉄が仕込まれている。……俺の方から攻撃する分には、奴の防御位で俺の装備は壊れない。指貫グローブにも鉄は入っているし……だが、問題はリーガルオンからの攻撃を受け止める時だ。
見た目や武器の系統から察するに、一発が重いタイプだろう。そうだとすれば、こんなちゃちいグローブや靴底、魔力が絡めばまるごと叩き斬られたっておかしくはない。
だから俺は、翻弄するしかない。
俺は、リーガルオンの周囲を高速で動き回った。
「でかい武器は、威力は高いが戻りも遅え。……知らねえだろ、そういう奴は不向きなんだぜ。『殴る魔導士』を相手にする時はな……!!」
俺の足払いが、リーガルオンに引っ掛かる。
宙に浮かんだリーガルオンの胸を蹴り上げ、リーガルオンの構えを崩した。左の拳を、無防備なリーガルオンの腹に減り込ませる。
師匠との組手を思い出す。
「【笑撃の】!!」
連撃だ。右の拳が、真っ赤に燃える。
「【ゼロ・ブレイク】ッ!!」
リーガルオンの胸に、炎の拳を叩き込んだ。
焼却所と思わしき木片ばかりが積まれた場所に、リーガルオンが突っ込んだ。間髪入れず、俺は先程吹っ飛ばしたリーガルオンを追い掛けた。
見切られない内に、畳み掛ける。先攻で始める場合の常套手段だ。魔力によって強化された両足が、俺の速度を後押しする。
スケゾーが居ないからって、俺が戦えない訳じゃない。元々、大きなパワーを相手にした時にどうやって戦うのか。俺は、そんな状況にばかり対面してきた。
キツかったぜ、子供の頃に師匠を相手にするのは……!!
「【怒涛の】!! 【ゼロ・マグナム】!!」
燃える掌底で、木材ごとリーガルオンに爆発を浴びせた。
ゴミは燃やされて当然なんだろう。……それなら、お前が燃えろ。
そんな感情で広場ごと、リーガルオンを燃やし尽くす。ヒューマン・カジノ・コロシアムの時とは違う。俺はスケゾーを奪われているという事以外、何もダメージを受けていない。
一人の時は、一人の時の戦い方ってもんがある。爆炎に紛れ、俺は素早くその場を移動した。
「……何か、したか?」
爆炎の中から、リーガルオンの声が聞こえる。……返事もしなければ、攻撃も止めない。怯えて手を止めれば、やられるのは俺だ。
このまま、倒す。
今度は、背中からリーガルオンに拳を振るった。
「【
……なんだ? 今、何かの魔法が。
爆炎の中から、衝撃波が生まれる……!! 俺は咄嗟に後方へとジャンプし、リーガルオンと距離を離したが……!!
「ぐおぉっ……!?」
謎の波動によって、俺は後方に吹き飛ばされた。堪らず、両耳を塞いだ。これは……声……!?
爆音が止まない。俺は耳を押さえた状態のまま、森の木々に向かって突っ込んだ。
木の幹と衝突する……!!
「ぐぁっ……!? いって……!!」
くそ……!! 攻撃が途切れちまった……!!
炎が収まり、煙が晴れる。リーガルオンは相変わらず、大剣を構えた状態のままで、近寄って来る気配もない。……先程までよりも、はっきりとリーガルオンの魔力を感じる。今の魔法は、肉体強化魔法か……?
俺は身体を起こした。
「アー、確かにこの『大治郎』は、でけえ剣だなァ……だがな、『零の魔導士』。殴る魔導士を相手にする時でも、俺は別に不利になったりはしねェのよ」
リーガルオンは、俺に剣を向ける。
「もうお前は、この俺様に、指一本たりとも触れる事はできねえ」
不敵な笑みを浮かべて、そう言った。
……ハッタリか? 冷静に考えて、何も状況は変わっていない筈……どういう意味なんだ、指一本触れられないっていうのは。速度が上がるから? ……それとも、強大な範囲攻撃を持っている、とか……?
何れにしても、黙って座っているのは良くない。考えるのは後にしよう。
「へえ。……んじゃ、触りに行ってみるか……!!」
俺は、リーガルオンに向かって突っ込んだ。
高速で、リーガルオンと距離を詰める。拳を構え、俺はリーガルオンに向かって飛び込んだ。……と見せ掛けて、俺は魔法を使う。
空中に居る俺と、地上で剣を構えるリーガルオンが、目を合わせる。
俺は、広場で仲間達と別れた時の事を思い出していた。
『【キャンディラッキィ・ハプニング】ッ!!』
チュチュ・デュワーズが使っていた魔法。……あれは、転移魔法じゃない。『空間歪曲魔法』だ。
転移魔法ほど遠距離を移動できる訳じゃない。だが、咄嗟の行動に機転を利かせる程度の用途ならば、何も問題ない。転移魔法と比べると、より複雑な魔法への理解が必要になるのと、ある程度構えていないと発動が難しいのが玉に瑕だが。
やたらと魔力消費が激しいから、本来は使える魔法には分類されない。転移魔法の方が、発動が速くてシンプルで使い易い。そうやって、廃れていった魔法。
おそらく、チュチュは何らかの形で魔法を最適化しているんだろう。鎧の兵士にしてもそうだが、普通は魔力消費が激しすぎて使えたものではない魔法ばかりを連発していた。
当然、俺もそんな魔法、普段は使わない。
だが、この状況では――……。
「…………おう?」
リーガルオンには、俺が消えたように見えただろう。
俺は、チュチュの使った『空間歪曲魔法』を利用して、空中でリーガルオンの背後に移動した。同時に、拳をリーガルオンに向けて構える。
魔力消費が激しい。俺は、肩で息をしていたが。ここ一発だけ、この奇襲を通す。消費に見合った対価だ。
よし。……いける……!!
「【笑撃の】……」
……あれ?
……地面に近付いて行くに連れて、リーガルオンが……遠ざかって行く。
な、なんだ、これ。……俺の視界がおかしいのか?
「背後に現れたのか。……くはは、気付かなかったぜ」
余裕の笑みで、リーガルオンが振り返った。
いや。やっぱり、距離そのものが、リーガルオンから遠ざかっているんだ。
着地する頃には、俺は遠く、リーガルオンと距離を離していた。
俺は、空中で静止していた筈……だ。それなのに、一体……何が、起こったんだ。
状況が理解できていない俺に、リーガルオンは笑った。
「言っただろ。攻撃とか、実力とか、そういう理由じゃねえんだよ。……お前は俺に、『指一本たりとも触れる事ができねえ』んだ」
リーガルオンの言葉の意味が理解できず、俺は立ち止まった。
つまり、そういう『魔法』って事か……? いや、そんな馬鹿な。聞いた事無いぞ、そんな魔法。
まるで、何か柔らかいものに当たって反発したかのように、俺はリーガルオンから勝手に、自動的に離れた。
そんな魔法があったら、世の前衛職は皆、習得しているだろう。……何より、リーガルオンは俺の攻撃に反応できていなかった。それなのに魔法が発動するというのは、一体どういう理屈なんだ。
リーガルオンが、大剣を構えた……!!
「俺とお前の、王力の差が分かったか?」
大きく、リーガルオンが剣を振り被る。びりびりとした空気。……何か、大きな攻撃が来る。それは分かっていたが、それがどのような攻撃なのかが分からない以上、俺に防ぐ術もない。
反射神経を、頼りにするしか……!!
リーガルオンは、剣を振るう。
「【
――――――――速い!!
咄嗟の出来事だった。俺は上体を反らして、どうにかリーガルオンの攻撃を躱した。
上体を反らした瞬間、背後に見えていた木々が一瞬で真っ二つになる。森そのものが一刀両断され、ただの木片と化し、地面に落下した……!!
あ、あっぶねえ……。何だ、こいつの剣。……化物かよ。
「大した攻撃、してくれるじゃねーか。肝が冷えたぜ……!!」
反撃だ。……だが、どうする。相変わらずリーガルオンと俺の距離は、遠く離れたままだ。どうにかして、この魔法の弱点を見付けないと……!!
……………………なんだ?
リーガルオンは剣を収め、俺の事を嘲笑するような目で見ている。
瞬間、俺の身体に異変が訪れた。
「獣の牙が、一本だけって事ァねえだろう?」
えっ。
……何だ? 宙に浮いたような。俺は間違いなく地面に立っている筈なのに、勝手に視界が後方へとずれて行く。
また、何かおかしな魔法を使いやがったのか……?
……あれ? ……俺は、リーガルオンを見ている筈なのに。どうして、俺の下半身が、視界に入って来るんだ。
俺の下半身……? 上半身から分断された、俺……の……。
「期待ハズレだったな。……ったく、何でこんな奴が指名手配なんだよ」
…………あ…………れ…………?
不自然な視界。何故か、遠くなっていく意識があった。リーガルオンは既に俺から背を向け、金色の建物へと向かって歩いて行く。
目の前にある俺の下半身は、どういう訳か、俺の上半身とは切り離されていて。
それは、つまり…………、俺が、一刀両断された事を…………意味していた。
血の色で、視界が覆われる。
……そういえば。今、スケゾーは、『魔力による一切の干渉を無効化する』アイテムの中に、入っている。確かに、ミューはそう言っていた。
この場合、どうなるんだ。……俺、再生出来ないんじゃないのか。……どうなんだ。
さっき気になったのは、やっぱり、それで。
「ゴミクズなんかに、心を奪われやがって……」
去り際、リーガルオンがそう言うのが聞こえた。
痛いというか。既に、身体が麻痺している。何かを感じる事ができるような状態ではなかった。何もしなくとも、意識が遠のいて行く。
俺……、もう、駄目なんだろうか。こんな状況では、復活はやっぱり……難しいんだろうか。
そう考える事も、出来なくなっていく。
『……ご主人!? ……ご主人が……!!』
なんだ?
この声、誰の声だ。……スケゾー? どうして今の俺に、スケゾーの声が聞こえて来るんだ。
俺は、得体の知れない声を聞いていた。夢か現か、定かではない声。謎の声に、耳を傾ける。
そうして……、やがて、俺の意識は――……薄れて行った。
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