第150話 許せない思い
左に金色の建物を見つつ、俺は先を急いでいた。
「くそっ!! 主人も居ない癖に、どこまでも追って来やがるな……!!」
位置が悪いのか、この距離から矢は飛んで来ない。俺は走り、チュチュ・デュワーズの生み出した鎧の兵士から逃げながら、今の状況を考えていた。
主に、リーガルオン・シバスネイヴァーの抱えていた仲間は四人。ベルスと呼ばれた超遠距離を担当できる弓士、泥人形を無限に生み出せる魔導士のチュチュ、ロング・ジョンと呼ばれていた腕の巨大な化物っぽい奴、それからミュー。
ロングって奴がどんな能力なのか知らないが、現状分かっている中で最も厄介なのはやっぱり、あの弓士だろう。直線上に立っていれば、あの金色の建物から広場までという距離を、寸分の狂いもなく狙撃する事ができる。……これは平地の多いこの場所では、かなり有効な能力だ。
どうにかして、ベルス・ロックオンの対策をしないと。……と言っても、距離を詰めなきゃ戦闘にもならない。精度はかなり落ちるが、リーシュの攻撃で対処できるか……? 器用さと力の勝負みたいになってしまうが。勿論、力が強いのがリーシュで。
こんな時、隠れながら行動できるヴィティアがいれば。弓士との距離を詰める事も、少しは楽になったかもしれないのに。
くそ……!!
俺は振り返り、鎧の兵士と対峙した。
「いい加減にしろ、てめえらっ!! 鬱陶しいんだよ!!」
拳に炎を纏わり付かせ、俺は鎧の兵士を思い切り殴った。
こいつは魔物じゃない。見た所、魔法で作られた操り人形のようなものだ。主人はどうやら別の仲間を追ったみたいだし、これ単体ならかなり戦力は落ちる。大した事はない相手だ。
いとも簡単に、鎧の兵士は粉砕される。別にこいつら自体が厄介だった訳じゃない。どこまでコントロールできるのかを調べたかったのだ。その答えは、文字通り『どこまでも』。おそらく、範囲は俺が想像しているよりも遥かに広いものだと考える。無限に生み出せる上、この『カブキ』と呼ばれる町を自由に移動できる程度には、操作可能なんじゃないだろうか。
俺はいい。……だが、問題は仲間だ。こいつもまた、厄介な能力を持ったもんだ。
大丈夫なのか、主にトムディとチェリアは。
いや、でも。この能力なら、トムディの数が増える魔法で対処できるか。チェリアさえ一人で逃げていなければ、そこまで問題にはならないだろう。ひょっとしたら、チェリアも魔物が仲間になった事によって対処可能になっている、かもしれない。
……やはり、最も危険なのは俺か。
思わず立ち止まり、俺は自身の胸を掴んだ。
「スケゾー。無事で、いてくれ」
そう呟いた所で、この先、スケゾーが無事でいられる保障なんて無い。それでも、俺はそう言った。
まさか、再召喚が出来ないなんて事態になるなんてな。一切の魔力による干渉を無効化する……そんなアイテムが存在するなら、スケゾーなんて良いカモじゃないか。
どうして、ミューはスケゾーと俺を殺す事を、躊躇ったんだろうな。
「……ん?」
そこまで考えて、俺は一瞬、謎の違和感を覚えた。
何だ……? 何か、引っ掛かる。一切の魔力による干渉を、無効化する……?
瞬間、轟音が辺りに鳴り響いた。俺は思わず振り返り、その轟音の正体を突き止めようとしたが。
な、なんだ……!? 何の音だよ、一体……いや、でも、身に覚えがあるような……気がする。これは……何だっけ……?
あ、そうだ……!! この轟音は、【アンゴル・モア】じゃないのか……!?
「リーシュ……おおい……」
あれ程、全力で撃つなと言ったのに……!! いや、撃たなければならない理由があったのか? そうだとしても、これはかなりまずい状況なんじゃないのか……!?
大丈夫なのかよ。……誰かがリーシュと一緒に居てくれていると、願うしかないが。
「すげえな。……ありゃ、俺の仲間じゃねえな。お前の仲間か?」
声がして、俺は再び振り返った。
走っていたから気付かなかったが、どうやらここは少し広い場所になっているようだ。広場の中央に、焚き火の跡がある。ここは、焼却所か何かだろうか。
広場の隅、大きな岩の上に、男が一人。一升瓶を口に付けてぐいぐいと飲みながら、胡座をかいている。こ、こいつは……!!
「リーガルオン・シバスネイヴァー……」
その姿に、思わず身構えてしまった。
「おいオイ、あの一瞬で俺の名前を覚えたのか? 律儀な奴だな、お前。そういうの、嫌いじゃないぜ」
一升瓶を岩の上に置くと、リーガルオンは俺に笑い掛けた。
……なんだ? ……なんだか分からないが、友好的だな。
構えた拳のやり場が見付からず、俺はそのままでいたが。
「実は、お前を俺の部下に加えようかと考えていてな。そういう訳で、ここに居たって訳だ」
部下、だと。
唐突に何を言い出すかと思えば……冗談を言っているようにも見えない。こいつらは――いや、こいつはミューを使って、少なくともセントラル・シティでは俺を殺そうと考えていた筈だ。……眉をひそめて、俺はリーガルオンに聞いた。
「……俺を、殺したいんじゃないのか?」
そう言うと、リーガルオンは笑った。
「くはは!! まあ、それはそれ、これはこれよ。ゴミクズの始末なんざいつでも出来るだろ。問題は、お前が本当にゴミクズなのか、そうではないのかだ。なァ、お前もゴミクズじゃないのにゴミクズだと思われていたら気分が悪いもんなァ」
なんだこいつ、ゴミクズゴミクズって。……そういや、セントラル・シティでもよく言ってたな。こいつの口癖なんだろうか。
まあ、そんな事はどうでもいい。せっかく話せるんだから、聞き出せる事は聞いておかないと、か。
「何故、俺を殺そうとしたんだ」
「何故ってこたァねえだろうよ、零の魔導士。サウス・ノーブルヴィレッジ、マウンテンサイド、ウエスト・タリスマン、スカイガーデン。散々俺達を邪魔して来たのはお前の方じゃねえか」
……やっぱり、こいつはリーシュを捕まえ、ヴィティアを殺そうとした連中の仲間なのか。……察しはついていたが、こうして確証が得られると気分が悪い。
だが、意外にもリーガルオン・シバスネイヴァーは、今直ぐに俺を『敵』とみなしている訳では無さそうだ。……こいつが何を考えているのか分からないが、利用できるものは利用したい。俺は今、後に引けない状況だ。
うまく、話を運ぶ事ができれば。
リーガルオンは、少しふんぞり返ったような格好で、俺を見下ろした。
「俺はな、前から少し、お前に興味があったんだよ。大した功績もねえゴミクズが、俺達のような人間と互角に張り合ってくるなんて珍しいじゃねえか。その無謀な度胸と腕は、買ってんだ」
……なるほど。敵に回したらそれはそれで負ける気は無いが、味方にできるなら味方にしたい、という事か。中々に傲慢なタイプだな。敵になるって事は、少なくとも思想と目的は違うだろうに、それは無視しようって言うのか。
だけど、今の俺には少し――……都合の良い話だ。
少し、誘いに乗ったような形で話を進めてみるか。スケゾーの救出が楽になるかもしれない。
「俺の傘下に入れば、もう誰かに命を狙われる事もねえだろうよ。当然、腕に見合った給料は出すし、生活に不自由もさせねえ。……どうだ、悪くねえ話だと思わねえか?」
「……確かにな。だけど、ひとつ訂正しろよ」
だが、やりたい放題で奴隷のようにされれば、逆に勝ち目が薄くなる。
どうせ、戦う時は戦うんだ。……ここは、強気で行くべきだ。
俺は笑みを浮かべて、リーガルオンに笑い掛けた。
「俺がお前の傘下に入るんじゃない。……お前が俺の傘下に入るってんなら、考えても良いぜ」
リーガルオンは一瞬目を丸くして、驚いたような顔を見せたが。
「……くはは!! こいつは面白えな!! 俺にそんな事を言った奴は初めてだぜ!!」
直後に、笑った。
良かった。……確かに傲慢そうだが、この程度の事でキレる程、小物でもない。
だが、ただ話しているだけでも分かる、この魔力。やっぱり、部下を従えるだけの何かは持っていそうだ。……厄介だな。
「気に入った!! 零の魔導士、とりあえず仲間になろうぜ、なあ!! ボスになるのが俺かお前か、そんな事は後で決めれば良いじゃねえか。お前、名前はなんて言うんだっけか」
「グレンオード・バーンズキッドだ」
「そうか、グレン。……あア、聞いてたか? もし聞いてたら悪いな、忘れちまったぜ」
俺はリーガルオンの提案に、微笑みを浮かべた。……大丈夫だ。これで、金色の建物に潜入できる。ミューと争う必要もなくなる……それなら、スケゾーだって助けられる。
その後の事は、それからでも構わない。
リーガルオンは上着の胸ポケットから、何かを取り出して俺に投げた。俺は、思わずそれを受け取るが――……なんだ、これは。
……なんだっけ、これ。『ザ・セントラル』だ。
「まァ一杯呑もうぜ、グレン。兄弟の盃でもいい、信頼の証だ。俺はいつもやってんだ」
「そ、そうか」
「ああ、同じ酒の方がいいか?」
「いや! ……これでいいよ」
あんまり、そういうのはやりたく無いが。……仕方ないか? まだ信頼していないというか、俺は完全にこいつを利用する気満々なんだが。……背に腹は代えられないか。
命がかかっている。……どうしても、合わせるしか無い。
俺は、酒瓶の蓋を開けようとしたが。……何だこれ、コルクがはまってるじゃないか。栓抜きが無きゃ開かないぞ。
「おおい。そんなもん、さっさと指で開けろよ」
無茶言うな。
どうにか、指でつまんでコルクを引っ張った。……いや、無理だろこれ。どうやって開けるんだよ。
「そういや、ミューはどうも、お前を気に入ってるみたいなんだよな。……とりあえず、ミューを監視して貰ってもいいか?」
「…………かん……シッ?」
酒瓶と格闘している俺に、リーガルオンが言った。
「そうだ。もう部下にして随分経つんだが……分かるだろ、あいつ危ういんだよ。心がゴミクズなんだなァ。弱えんだ」
ぐおお……おお、開きそうだ……!! やってみるもんだな……!!
「ゴミクズとか……言ってやるなよっ……。あいつだって……頑張ってるんだろ……」
あと、もう一歩。
「ああ、そうだな。少なくとも、利用価値はある。いやーだからよ、引き抜く時も苦労してなァ。……さっさとドライになってくんねえかな」
酒瓶が、開いた。俺はようやく、リーガルオンに向き直った。
「悪い、待たせたな……ドライって?」
「そう、ドライじゃねえんだよ。あいつは自分の能力と立場ってもんを分かってねえ。生きてるだけで幸せだと思えと散々言ってやってるのに、未だに心のどこかで期待してやがるんだ。駒は駒としての人生しか送れねえのによ」
生きてるだけで、幸せだと思え。
……確かに言葉だけを受け取れば……それは、そうだと思う。でも……何か、ニュアンスというのか……違わないだろうか。
リーガルオンは、あっけらかんとした顔で笑った。
「俺の言った通りに動けば良いんだ。他は必要ねえ――だからちゃんと、俺が潰してきた。だが、何度も出る杭を打ってやってるのに、あいつの希望は一向に引っ込まねえときてる」
「……潰してきた?」
「王としての役割ってやつだ。お前も王を目指す人間なら分かるだろ」
なんだ、それ。
「……あー。……まあ、そういう考え方も……あるかも、しれないな?」
俺は思わず、空虚な笑みを浮かべてしまった。リーガルオンに感情が悟られないように、表情を殺す。
「あるかもしれない、じゃねえよ。それが全てだ。力の無い奴は、望めないし選べない。世界の常識だぜ」
……どうしてだろうか。こいつと話していると、妙に胸の辺りがざわつく気がした。自分の今立っている場所を、脅かされるような。天災のような脅威とはまた違う、何か。
「まあ、思い通りにならない事は、あるよな。……はは。だからってさ、わざわざ潰しに行かなくても……良いんじゃないか?」
「何言ってんだ、馬鹿。ゴミクズは放置するとな、安心しちまうんだよ。与えられると、今度はそれが当然の権利だと思っちまう。生きてる価値もねえゴミクズが、生きていて当然だと思ってるんだぜ。頭に来るだろうが」
そうか。
それが、こいつの行動原理なのか。……曰く、『調子に乗るな』と。周囲をゴミクズだと言うのは、俺の方が立場が上だと、周囲に知らしめるためなのか。
だとしたら、お前は一体、何者なんだ。
「そもそもだ。ミューの居た場所は、そういう肥溜めみてえな場所だったんだよ。……くはは!! 今でも思い出すと笑っちまうぜ。ゴミクズが集まって、いつまでも平和にやれると思ってんだよなあ。世間知らずというか、阿呆というか。……なあ!!」
これが、まあ……放っておくと人に悪さばかりする、どうしようもない奴なんかが相手だったら、リーガルオンの言う事もまあ、分からないではない。
でも、これは孤児院の話だ。ただ日々を生きるために、必死になっていた人達だ。……少なくとも、『肥溜めみたいな場所』では、ないと思う。
「……ミューの居た場所は、孤児院だったんだろ。……頑張っていたんじゃないか?」
「そうだな、頑張っていた。くはは、頑張っていたよ、ゴミクズなりにな。……だが、残念だ。俺に目を付けられちまった。そこで、ミュー・ムーイッシュだ。あいつは使える駒だと、一瞬で俺は悟った。王の勘ってやつだ」
ようやく、分かった。
俺は形だけでも笑って、リーガルオンに言った。
「へえ。よく分かったな、見ただけで。……それで、どうしたんだ?」
リーガルオンは得意気な顔をして、一升瓶を片手に、俺に言った。
「肥溜めってのは、やがて焼却されるもんだからな。ゴミを焼いただけだ。たったそれだけで、ミューは俺の部下になった。安いもんだろ」
瞬間、セントラル・シティでキャメロンが言っていた言葉が、明瞭に頭の中に蘇ってきた。
『何者か知らないが、祖父の孤児院に火が点けられた。祖父は焼け死に、俺と子供達は取り残された――……。ミューは、その時の一人なんだ』
キャメロンの爺さんがやっていた孤児院を焼いた、何者か。
……目の前に、居るじゃないか。
「まあ、そんな事は良いんだ。乾杯しようぜ。新しい、俺の部下の誕生か……お前という、新しい王の誕生に」
強ければ。……人の平和を、壊しても良いのか。誰かの権利を奪っても良いのか。
支配は、全てか。
俺は酒瓶を片手に、リーガルオンに向かって歩いた。リーガルオンは一升瓶を構え、今にも乾杯の合図をしようとしていた。
俺は、酒瓶の先端を持ち、岩の上に登り……リーガルオンの、隣に立った。
「ひとつ、言わせてくれるか」
構わない。
酒瓶を真上から、リーガルオンの脳天に向かって振り下ろした。
盛大な音と共に硝子が割れ、破片と酒が辺りに飛び散る。
既に、頭は真っ白になっていた。腹の底から湧き上がる怒りに支配され、こいつを利用して金色の建物に入るとか、そんな事は考えもしていなかった。
たった一瞬でも、こいつと仲間で居るのなんて。死んでも御免だ。
「ゴミクズは、てめえだろうが…………!!」
リーガルオンは頭に降り掛かった酒を舐めると、殺意の眼差しで俺を見上げた。
「……なるほど。五体不満足になりてぇんだな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます