第149話 助けに来た!

「僕に、手伝って欲しいこと……?」


 チェリアは驚いた。……これまで、ウシュクがチェリアを頼った事など、唯の一度も無かったからだ。ウシュクはチェリアの怪訝な表情を軽く笑い飛ばして、チェリアに背を向けた。


「ああ、別にここを生きて出られたらで良いよ。正直俺は、シバスネイヴァーに勝てると思ってねーし。そうしたら、どの道お前も殺されるんだろうしな」


 チェリアは、背筋が凍るようだったが。ウシュクは何の気なしに、そんな事を言った。

 相変わらず、ウシュクの感情は読めない。チェリアの心に、不安が募る。


「な、何を手伝えって、言うんですか……」

「セントラル・シティに戻って来られたら、話すよ。今話しても仕方ないっしょ、チェリィちゃんが生き残る確率減りそうだし。ま、知らんけど」


 ひらひらと手を振って、ウシュクは再び、その場を離れようとした。チェリアを助ける事もない。

 だが、ウシュクは顔だけをチェリアの方に向け。ふと、笑みを浮かべた。


「まあ、どっちか言うと俺は、チェリィちゃんに勝って欲しいと思ってるよ? その方が、面白くなりそうだしな」


 ……本当に、冷やかしに来ただけなのか。チェリアは、ウシュクの行動に疑問が残るばかりだったが。

 ウシュクは木の陰に隠れ、チェリアの視界から消えた。宙吊りになったチェリアはどうする事もできず、その様子を見守っていたが。


「あ、『ユメミザクラ』の毒は人間にも魔物にも影響あるから、いつまでもそこに居ると危ないぜー」


 チェリアは足首に手を伸ばし、どうにかヘドロスライムを止めようとした。


「ヘッド君!!」



 *



 キャメロン・ブリッツは、右手に金色の建物を見ながら、一直線に走っていた。

 辺りは広場になっており、石造りの墓が一面に広がっている。どうやら東の島国にも、セントラル大陸に住まう人間とよく似た風習があるらしい。キャメロンは背後から追い掛けてくる鎧の兵士を見ながら、少し広い場所に出た。


「森の方に逃げれば、ある程度、自由に戦えたかもしれないな……」


 そう言いながらも、キャメロンは背後に振り返った。

 鎧の兵士はキャメロンを追い掛け、墓の建っていない広場に出る。その数、五体程だろうか。キャメロンが立ち止まった事を確認し、次々に襲い掛かってくる。

 キャメロンは腰を深く落とし、拳を構えた。


「誰の墓かは分からないが、故人を傷付ける訳には行かないからな。全力で行くぞ……!!」


 そう言いながらも、キャメロンは鎧の兵士の真下に潜り込んだ。


「はあっ――!!」


 そうして、鎧の腹を思い切り蹴り上げる。

 瞬間的に次の兵士の前まで動き、蹴り上げる。似たような動きを繰り返して、ものの数秒で鎧の兵士は高らかに打ち上げられた。

 墓が並んだ場所を越え、再び――……鎧の兵士は、召喚された場所へと強制的に帰って行く。既に半分ほど崩れて泥になっていた。どの道あの様子ではもう、キャメロンを追い掛ける事は叶わないだろう。

 それを、冷静にキャメロンは確認した。


「……やはり、一体一体は大したことは無いな。数が増えると面倒だろうが」


 そう呟いた瞬間、遥か遠くの森から、一筋の光が放出されている事に気が付いた。キャメロンは呆然とそれを眺め、その光の莫大さに息を呑んだ。

 一体、何が起こっているのだろうか。……敵の攻撃だろうか。キャメロンは、思わず冷や汗を浮かべていた。


「な……なんだ、あれは……ぬおぉっ……!?」


 程なくして、それは振り下ろされる。キャメロンの目前に、光が迫った。

 仰天して、キャメロンは光を避けるように跳んだが。突如としてその威力を増した光は、しかし墓の広がる場所を若干逸れ、海へと振り下ろされた。

 辛くも、その攻撃はキャメロンと墓には当たらなかったようだったが。唐突に訪れた地震と、薙ぎ倒された木々。それは、森の方まで続いていた。

 倒れた木々の向こう側を、キャメロンは見詰めた。……確かあの場所には、トムディとリーシュが逃げていた筈。


「なんという威力だ……。二人共、無事だと良いが……」


 キャメロンは、ぽつりと呟いた。

 だが、今はグレンオードと再び合流する事が先だ。そう考えたキャメロンは、金色の建物に向かって走り出した。幸いにして、鎧の兵士も居ない。この場所には、キャメロン一人だけが残っている。

 どのような敵が現れようとも。ミュー・ムーイッシュを助け出すまでは、弱音を吐く訳には行かない。キャメロンはそう思いながらも、走った。

 だが――……。ふと、キャメロンは立ち止まった。人の気配がしたのだ。

 沢山の墓に囲まれているので、隠れる場所は幾らでもある。キャメロンは拳を構え、戦闘態勢に入った。


「……そこに居るのは、誰だ。……大人しく、出て来い」


 鬼が出るか、蛇が出るか。登場するのがセントラル・シティで見た人間なら、それなりの実力を持っていると見て良いだろう。

 キャメロンは、喉を鳴らしたが。



「誰かが来るとは、思っていたけれど……」



 その声に、キャメロンは目を見開いた。


「まさか……あなたが、来るなんてね……」


 墓の陰から、人が姿を現した。

 キャメロンは、声を荒げた。


「ミュー……!!」


 現れたミュー・ムーイッシュは、どこか虚ろな目をして、キャメロンを見ていた。両手には、セントラル・シティでも見せた二丁拳銃が握られている――……ミューはキャメロンを睨み付けるが、表情を殺しているようだった。だがキャメロンから見て、その背後には、どこか苛立ちを隠せない様子があるように感じられた。

 キャメロンは、拳を解いた。

 ミューは淡々と、呟くように、キャメロンに話し掛けた。


「グレン以外の、メンバーを連れて……今すぐ、ここを出て行って……。そうしたら……命だけは、見逃してあげるわ……」


 ミューの言葉に、キャメロンは戸惑いを覚えた。ミューは二丁の銃をキャメロンに向けた。その様子を見て、キャメロンはセントラル・シティで起きた出来事を思い出してしまった。

 ……やはり。リーシュが言うように、ミューは無理をしているのではないか。そのように、キャメロンは考えていた。連中はどうも、あのリーガルオンという男を主軸に動いているらしい。何かを強制されて、仕方なくこうしているだけではないだろうか。

 始めに言われた、『グレン一人で』というミューの忠告を無視して、ここまで来ているのだ。今この段階で、こんな忠告は必要ない。ミューの立場なら普通、相手が何をしてくるか分からないのだから、ここは早く戦うべきだ。

 その事実が、キャメロンの心を少し楽にした。

 だからだろうか。キャメロンは銃を向けられているにも関わらず、躊躇いなく、ミューに手を伸ばした。


「もう、こんな事はやめよう、ミュー。……早くスケゾーを解放して、俺達と一緒に帰ろう」


 キャメロンの態度に、ミューは眼光を鋭くさせた。

 ミューは、意地の悪い笑みを浮かべた。


「……帰る? ……帰るって、どこへ……?」


 ミュー・ムーイッシュは、何者かに強制されているだけだ。その事実が、キャメロンを支えていた。

 例えその様子が、昔の彼女とまるで一致していなかったとしても。

 キャメロンは、ミューに向かって歩いた。


「セントラル・シティだ。……俺の事を、怒っているのか。確かに、遅れてしまって、すまなかった。ずっと、お前を探していたんだ」


 ぴくりと、ミューの眉が動いた。その一瞬を、キャメロンは見逃さなかった。


「だが、迎えに来た。だから、大丈夫だ。……もう、大丈夫なんだ」


 どこからか、桃色の花びらは舞い――――…………キャメロンとミューの所にも、それは届いた。

 ミューの瞳が揺れる。


 キャメロンは遂に、ミューの目前まで辿り着いた。

 ここまで近付けば、ミューの感情が激しく動いている事が分かる。まるで激流の縁に立たされた人間のように、今にも呑み込まれてしまいそうな強い感情が、ミューを襲っているのが分かる。

 それは、安堵だろうか。……そうであって欲しいと、キャメロンは願った。



「お前を、助けに来た」



 そう言ってキャメロンは、ミューに手を差し出した。

 そっと、銃を下ろそうと思った。

 その瞬間だった。



「――――――――ええ?」



 ミューは、今にも壊れてしまいそうな、泣きそうな――そのような、笑顔を見せた。

 たった一瞬。その刹那、キャメロンは、ミューの内側に渦巻いている感情の正体が分かった。

 思わず、手を止めてしまった。キャメロンは緊張していたが、その背景にある感情は、よく分かった。それは、安堵などという生易しいものではない。


 それは――――――――『怒り』だ。


「がっ……!!」


 三発。乾いた音と爆音が、同時に響いた。キャメロンは右胸、左腕、腹を撃たれ、直後に爆発したミューの銃によって、後方に吹き飛んだ。

 キャメロンは痛みを受けた事よりも、ミューがこの至近距離で発砲した事が信じられなかった。顔を上げると、ミューは寒気を覚えるような顔で嘲笑い、キャメロンを見ていた。


 背筋が凍った。


「……十年以上もかけて? ……ようやく?」


 キャメロンは、あまりの様子に、何も言い返す事が出来なかった。


「偽善だわ」


 起き上がり、キャメロンはミューの攻撃を躱した。流れ弾は何者かの墓に当たり、勢い良く墓が崩れる。心臓の鼓動は痛い程にその存在を主張し、キャメロンは知らず、額に汗していた。

 ミューの憎悪が、痛い。


「正直に言って。……あなたは、私を……見捨てたでしょう?」


 信じられない事を、ミューが言った。


「違う!! それは違うぞ、ミュー!! ……俺は、お前を迎えに行ったんだ!! でも、もうあの家には居なかったんだ!!」

「そうね。……あなたは昔から、いつもやる事が遅くて、手遅れになってばかりよね」


 キャメロンは蒼白になって、その場に立ち尽くした。

 ミューの弾丸が、キャメロンを襲う。

 避ける事さえ、キャメロンには許されなかった。キャメロンは、赦されなかったのだ。

 堪らず、墓石に背中から突っ込んだ。


「あなたが来なくて……私がどれだけ絶望したか……分かる……?」


 キャメロンの背中にあった墓石の一部が、ミューの銃によって吹き飛んだ。

 続け様に、ミューは銃を放った。


「ここは……寒くて……。寒くて……寒くて……!! ……ふふっ……ねえ。……凍えて、死んでしまいそうだったわ……!!」


 言葉が、何も出なかった。

 ……こんなにも、恐ろしい笑顔があるだろうか。キャメロンは、そう思っていた。

 その、経験した事もない、悲しそうな笑顔は。


「いい加減、素直になったらどう? ……あなたは、助けに来なかった。自分の事を考えていたのよ。それしか、頭になかったの。……でも、それで良いのよ。それが自然だわ」


 キャメロンの眉間に、ミューは銃を押し付けた。


「無駄な優しさがある方が、吐気がするもの」


 ただその様子を、キャメロンは見ていた。ミューは薄目を開けてキャメロンに微笑み、キャメロンの肩を踏み付ける。

 それは、悪魔だろうか。いや――……死神を、見ているのだろうか。


「ねえ。セントラル・シティでグレンに見せようとしていたコスチューム……ここに、持って来ているの? ……なあに、あれは。宴会道具? ……自由で良いわね。考えられないわ……すごく、楽しそうじゃない」


 その時確かに、『コスチューム』と。

 ミューは、そう言った。キャメロンの眉間に押し付けられた銃に、力がこもる。


「良かったわね、幸せで。それで良いからもう、私の前に現れないでくれないかしら」


 気付いていないのだろうか。……この様子では、気付いていないのだろう。

 その事実が、キャメロンを驚愕させた。……この状況で、言っても良いものだろうか。だが、キャメロンは言わずにはいられなかった。

 勝手に、口は開かれた。


「魔法、少女だ」

「……はあ?」


 蚊の鳴くような声が、キャメロンの口から漏れた。その言葉に、ミューの怒りが増大していると知りながら。

 それでも、キャメロンは言葉を紡いだ。


「分からないのか……? ……あれは、魔法少女だ……。お前の愛した、あの、魔法少女なんだ……」


 ミューは、歯を食い縛った。


「俺は……!! 魔法少女に……!!」


 頭に、衝撃があった。キャメロンは墓石に後頭部を強く打ち付けた。

 意識が飛ぶような強い衝撃を、キャメロンは感じていた。


「……」


 ミューは一人、肩で息をしていた。キャメロンは既に動けず、だらりと首を脱力させた。

 そうして。……それは、それきりだった。

 ミューはキャメロンに背を向け、その場から走って逃げ出した。

 それだけを確認し。キャメロンの意識は、薄ぼんやりと遠退いて行った。

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