第148話 暴走ヘッド君!
リーシュが天空に掲げた剣は、とてつもない大きさに巨大化して、雲を突き破る勢いで上空に光を放出した。
「えっ――――――――」
すぐ隣に立っていたトムディは勿論、鎧の兵士を使役していたチュチュもまた、その驚愕の一瞬に固まった。リーシュは真っ直ぐに目の前に集まっている鎧の兵士を見据え、戦意を露わにした。
その強烈な魔力に、リーシュの銀色の髪が淡く光る。暗い森に、僅かな光。その頭上では、巨大化した剣から莫大な光が放出され続けている。
不意にリーシュは、剣を見た。
「……あ、『手加減』、できるかも……」
この状況で、まだリーシュは惚けた事を言っていた。
瞬間、トムディは気付いた。
以前から、何故グレンオードがリーシュの力をそこまで信頼するのか、不思議でならなかった。スカイガーデンで天使のような姿になり、街を襲った時には、確かに凄まじい魔力を感じたものだが。しかしグレンはそれよりも前から、リーシュの事をどこか信頼している様子だった。
リーシュから溢れる魔力を感じ、トムディは思った。
もしかすると……グレンはトムディと出会う前、これを見たのではないか。
「金色の建物で集合……ですよね。威力は加減します……!!」
リーシュはそう言うと、剣に集中した。先程まで莫大な光を放出していた巨大な剣が、僅かにその大きさを縮める。……だが相変わらず剣は、森の木々を突き抜けている。
この状況で、『威力』を『加減』している。
トムディは思わず、下がった。
「や、やられる前にやるのよ!! お願い、兵士さん!!」
ようやく圧倒されていた身体が動いたようで、チュチュはリーシュに向かって鎧の兵士を向かわせた。だが既に、遅い。リーシュは先程よりも若干威力の抑えられた剣を、真下に向かって振り下ろしていた。
「やあっ――――――――きゃっ」
振り下ろす瞬間、リーシュが変な呟きを漏らした。
若干でも威力が抑えられていた筈の剣が、振り下ろす瞬間に再び、元の輝きを放ったのだ。
次の瞬間。
トムディは、その身が吹っ飛ぶ程の爆風に、思わず地面にへばり付いた。
「ぎゃああああぁぁぁ――――――――!!」
そう叫んだのは、珍しくもトムディではなかった。
恥も外聞もなく、チュチュが叫んでいた。三日月は吹き飛ばされ、近くの枝にどうにか捕まっていた。リーシュの魔法が直撃した鎧の兵士はものの一瞬で蒸発し、唯の泥になって、そこら中に吹き飛ぶ。
その泥の欠片が、トムディの頬にも飛んだ。
「いたっ……!!」
リーシュも尻餅をついて、その場に転倒した。
トムディは薄笑いを浮かべて、悟った。
スカイガーデンを過ぎて、どこかリーシュが人間に戻ったような気がしていたのだ。相変わらずリーシュはポンコツのままで、あの天使の姿は、言わばリーシュに隠された能力。少なくとも今は、リーシュは唯の人であると。
とんでもない思い違いだった。そう、トムディは思い直した。
こいつは、唯の――……化物だ。
「や、やってしまいました……!! 金色の建物は、無事でしょうか……!?」
リーシュは目の前のチュチュではなく、その後方にある――……既にその姿は見えない、金色の建物について心配していた。
「トムディさんっ!! ど、どうしましょう……!!」
「あー。……まあ、大丈夫じゃないかねえ……」
方角的にも、若干のズレはあった。……チェリアとキャメロンが無事ならば、まあ大丈夫だろう。トムディは、そう思ったが。
どうか、生きていて欲しいと願う。
「リ……リーガルオン様あ――――!!」
新たな三日月を生成し、チュチュは一目散にその場から逃げ出した。リーシュは立ち上がり、剣を鞘に戻すと、その後姿に向かって叫ぶ。
「あっ!! 逃しませんよ!! あなたは、私がここで拘束しまあっ――――!!」
追い掛けようとしたリーシュは、まるで小石に躓いた時のように、勢い良く前につんのめって転んだ。
ずてんっ、という、やや大きな音がした。
えーっ……。
それが、トムディの率直な感想だった。
チュチュは消え、鎧の兵士も消える。……その場に、静寂が訪れた。トムディは立ち上がり、リーシュの所に向かって走った。
トムディは、うつ伏せに転んだリーシュを、横向きに転がす。……すると、リーシュの顔が見えた。
リーシュは、目を閉じている。僅かな寝息も聞こえて来た。トムディは気になって、リーシュの頬を指でつついた。
「んっ……、んう……十%割引セール……」
……トムディは、とてつもない脱力感を覚えた。
『リーシュ。……お前はまだ、魔法が安定していない。スカイガーデンで解放された魔力のせいで、まだコントロールが上手く行っていないのが原因だと思ってる。だから最高出力で魔法を使うし、魔力が切れると眠ってしまう。それがネックだ』
船の上でグレンが言っていた事を、ようやくトムディは理解した。トムディは、先程まではリーシュの剣によって明るくなっていた空を見上げた。
相変わらず、空はどんよりと曇っている。
思わず、トムディは呟いた。
「どうしろって言うんだよ……」
*
チェリア・ノッカンドーは、迫り来る鎧の兵士を前にして、木々の隙間にひっそりと身を忍ばせていた。
その身には不釣り合いな大きいリュックサックを前に抱え、木の根の間に腰を下ろし、息を潜める。鎧の兵士は木の反対側を捜索しており、少し開けている道を彷徨っていた。
チェリアのお供となった魔物達を、チェリアは抱える。皆一様に鎧の兵士に怯えているようで、時折震えては、チェリアの胸に身を寄せるようにしていた。
鎧の兵士が、チェリアの隠れている木の横に、顔を出す。
「……!!」
声も無く、チェリアは青ざめた。
「……?」
……だが、鎧の兵士はチェリアの姿を発見出来なかったようだ。首を引っ込めると、チェリアに背を向けた。
鎧の兵士の足音が、遠ざかって行く――……。
チェリアは、道になっている通りを確認した。鎧の兵士はチェリアに気付く事は無かった。……どうやら、主人の所に帰ったのだろう。
「ふう……」
ようやく、チェリアは木の根に腰を下ろし、安堵の溜息を漏らした。
瞬間、辺りに轟音が鳴り響き、チェリアの座っている地面が揺れた。
「え……!? な、何……!?」
それがリーシュの放った攻撃だとは、チェリアは知る由も無かったが。
まさか、メンバーがバラバラになってしまうとは思わなかった。魔物使いになってから、まだ日が浅い。チェリアは自分が戦闘要員として役に立つのかどうか分からず、鎧の兵士とも、まともに戦える気はしていなかった。
まずは、グレンの言う通りに。どうにか逃げて、金色の建物に向かわなければ。
「……ん? ヘッド君、どうしたの?」
不意にチェリアは、連れのヘドロスライムの妙な様子に気が付いた。
普段は綺麗な紫色をしているが。気の所為だろうか、どことなく桃色に近い色をしているような気がした。だが、ヘドロスライムはチェリアの言葉にも、特に反応する様子ではない。仕方なく、チェリアは森の中を歩き出した。
上陸する時に入った森とは、また少し様子が違う。そう、チェリアは考えていた。やがて、辺り一面緑色だった森に、別の色が混ざり始めた。
「こ、ここは……」
思わずといった様子で、チェリアは呟いた。
チェリアが訪れたのは、桃色の花が咲き乱れる木々だった。その鮮やかな美しさに、思わずチェリアは息を呑んだ――……辺り一面を覆う、美しい木々。その木々から落ちる桃色の花びらが、風に運ばれて周囲を舞う。
立ち止まり、チェリアはその美しさに見惚れた。
「すごいね……現実世界じゃないみたいだ」
不意に、チェリアの心に痛みが走った。チェリアはそれを、努めて考えないようにしていたが。
自分に訪れた感情の変化を無視し、チェリアは魔物達に笑い掛けた。
「……少し、この辺で隠れていようか。まだ、兵士が近くにいるかもしれないし」
そう言って、チェリアは両腕に抱えていた魔物達を解き放った。
瞬間、チェリアの視界が反転する。地面は宙に、チェリアは大空を仰ぎ見る格好になった。
「へっ……?」
気が付いた時には、逆さ吊りになっていた。
左の足首に、ヘドロスライムが絡み付いている。何故か主人を捕縛しているヘドロスライムは、少しずつ、足首からチェリアの身体に移動を始めた。
「ヘッド君!? どうしちゃったのさ、急に……遊んでる場合じゃないんだよ!? わわわっ……!!」
チェリアの言葉に聞く耳を持たず、ヘドロスライムはチェリアの身体を覆っていく。
何とも言えない気持ちの悪さが、チェリアを襲った。地面で、モアイゴーレムとリトルフェアリーが慌てている。
「一体、何がどうなってるの……」
呆然と、チェリアは呟いた。
助けを呼ぼうにも、まだ鎧の兵士が近くに居るかもしれない。……この状況で見付かってしまえば、ほぼ確実に助かる事は無いだろう。だが、幸いにもここは深い森の奥だ。道と言える道も無い所を通って来たので、今直ぐに何者かに見付かる事は無いと思われる。
しかしながら、それは同時に、仲間もここには訪れないという事を意味している。
なんだろうか、この状況は。
身動きの取れないチェリアは、宙吊りになった状態のまま、脱力した。
「そいつは、『ユメミザクラ』。どうも、花粉を吸い込むと酔っ払ったみたいになっちまうらしいぜ」
聞き覚えのある声に、チェリアは目を見開いた。
だがそれは、あまりチェリアにとって喜ばしい状況ではなかった。脱力した筋肉に、緊張が戻る。チェリアは宙吊りになった状態のまま、周囲に居るはずの人間を探した。
「何でも、この『カブキ』が栄えた原因でもありつつ、滅びる原因にもなったとかでなあ。……ま、東の島国の歴史は知らんけどな」
そして、その人間は木の幹に凭れ掛かったまま、チェリアを見ていた。
チェリアと目が合うと、男は軽く右手で挨拶の姿勢を取る。
「ウシュク兄さん……!!」
「よっ、チェリィちゃん。冷やかしに来たぜ」
何故その男がここに居るのか、チェリアには信じ難い状況だった。本当は夢でも見ているのではないかと、チェリアは思ったが。
「ど、どうしてここに……!?」
「ちょいと野暮用でさ。つっても、あんま全然大した用事じゃねーんだけど」
「や、野暮用……!? 『カブキ』に、ですか……!?」
「まあざっくり言うと、冷やかしに来たんだ。野次馬根性ってやつ?」
相変わらずの軽いノリに、チェリアは少し気が抜けてしまった。
「はあ……そう、ですか」
「あ、ちょっと残念な顔したね? 残念だった? ま、知らんけど」
ウシュクは宙吊りになっているチェリアの真下に立つと、ポケットに突っ込んでいた手の片方を出して、チェリアの頬に触れた。
ぴくりと、チェリアの眉が強張った。ウシュクはチェリアに流し目を送ると、ふと不敵な笑みを浮かべた。
「随分、肌が白くなったな。――――綺麗になった」
かあ、と、チェリアの頬が羞恥心に赤く染まる。ウシュクはその様子を見て、満足したようだった。軽く笑うと、チェリアに向かって手を振る。
「なーんつって!! 冗談だよ、なんつって、な。あっはっはっ」
ウシュクが茶化しても、チェリアは息が詰まってしまったようで、浅い呼吸をしていた。……それ程に、チェリアにとっては衝撃の一言だった。例えそれが、冗談であったとしても。
いや、むしろ冗談であってくれれば良いのだが。チェリアは、そう思ったが。
「……でも本当は、あんまり冗談を言ってられるような状況でも無いんだぜ?」
不意に、ウシュクは視線を鋭くさせた。
ウシュクは尻ポケットから小さな手帳を取り出すと、それを開いて目を走らせた。その向こうには――……グレンオード・バーンズキッドの写真があった。
チェリアは、驚愕した。
「グレンオード……ってアレだろ、マックランド・マクレランが弟子に取った、バーンズキッドの息子だろ。魔法のセンスはあるが、以前母親を亡くした時のトラウマからか、魔法が一切飛ばない……ってはは、駄目だろそれじゃ。飛び道具にならない魔法に何の価値があんだよ。魔法はやっぱ飛び道具っしょ、飛び道具。ま、知らんけど」
「兄さん……!? なんで、そんな事を知ってるんですか……!?」
ウシュクがぺらぺらと手帳を捲ると、他の仲間の写真も入っている。横には簡単なメモ書きのようなものが添えられていた。
「リーシュ・クライヌ=コフール。スカイガーデンの人間が産み出した、悪魔の子。こいつは要注意だな……だけどまだ、未熟だ。誰も戦闘について深く教えていないし、使えもしない剣を握ってる時点でダメダメ。トムディ・ディーン……サウス・マウンテンサイドのお坊ちゃまね。冒険者に憧れてるだけの七光りだから、こいつも見込みナシっしょ」
チェリアは呆然として、ウシュクの言葉を聞いていた。
「キャメロン・ブリッツ。元・ブリッツ孤児院のお孫さん。武闘家として、ヒューマン・カジノ・コロシアムに出場経験がある。まあこの中じゃ、そこそこ普通の冒険者かな? 戦績は……ベストエイトが最高? うーん、ちと実力不足かねえ……ヴィティア・ルーズ……こいつはそもそも問題外……んで、頼みの綱は『孤高の戦士』こと、ラグナス・ブレイブ=ブラックバレル。だったけど、ミュー・ムーイッシュの作戦勝ちで、今回は欠番……と」
そこまで話すと、ウシュクは手帳を閉じた。悪戯とも優しさとも取れる笑みを浮かべて、ふと呟いた。
「――――まあ、この面子でシバスネイヴァーに勝てたら、そりゃ奇跡だねえ」
ウシュクが何を言わんとしているのか、チェリアには全く理解が出来なかった。
だが、ウシュクはチェリアを見た。上下逆さまに映っているウシュクは、チェリアに言った。
「んで、野暮用ってのはさ。ちと、お前に手伝って貰いたい事があんだよね」
チェリアは、眉をひそめた。
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