第127話 究極の選択

 ダブルペアチケット。……つまり、ダブルでペアなチケットという事だ。ペアチケットがダブルとも言う。

 つまり、四名での招待となる。四名じゃなければ受け付けない、とも書いてあった。どうやらセントラル・シティの創立記念日は、カップルに重点を置いた企画を生み出したらしい。


 そんな訳でいつものように、喫茶店『赤い甘味』別店へと集まった俺達であるが。

 セントラル・シティにあるせいで、本店に全く行く機会のない俺達。そのうち、トムディと一緒にマウンテンサイドにも帰らなければならないだろうか。


「ええっ……!? マリンブリッジ・ホテルの招待券を当てたんですか、ヴィティアさんっ!?」


 前回の出来事を見ていなくても理解できるように、リーシュがとても丁寧な驚き方をしていた。


「そうなの!! リーシュ、一緒に行ってくれるっ!? 一緒に行こっ!?」

「は、はい!! 私で良ければ……!!」


 リーシュとヴィティアは女の子同士らしく、きゃっきゃとはしゃいで喜んでいる。そんな光景を眺めながら、俺は一人、アイスコーヒーを啜っていた。

 満面の笑みで、リーシュがヴィティアに言った。


「ヴィティアさん……!! さすが、悪運が強いですね!!」

「えっ……うん、あ、ありがと……」


 それ全然良い意味じゃないからな、リーシュよ。


「しかし、四名招待だから、あと一人は誘わないと招待券が使えないんだよな」

「そうなのよ。……どうしよう」

「トムディさんを誘いましょうよ」


 ヴィティアの言葉に、リーシュが手を合わせてそう言う。……そうか、そういえばリーシュはトムディの事、聞いていないのか。

 まあリーシュの事だから、また何か勘違いをしていたんだろうか。


「リーシュ。今トムディ、セントラルに居ないぞ」

「えっ、そうなんですか?」

「暫くマウンテンサイドに帰るってさ。なんか新技をルミルに見せに行くんだとかなんとかで」


 新しい技を開発したから里帰りって、またすごい発想だと思うけどな。俺に故郷が無いから、そう思えるだけなのか……? 分からないが。


「そうよ、チェリアは?」

「最後に会った時は、『次に会う時までには、もっと僕も強烈なキャラクターになっていますからっ!!』とか言ってたから、多分そっちの方向で修行中なんじゃないかな」

「どっちの方向よ」


 俺に聞くなよ。そもそも俺は、『チェリア個性派計画』に全力で反対している側の人間なんだ。

 あいつは俺の中で、貴重な『ベスト・オブ・ガールで賞』なんだぞ。男だけど。

 ……うん? いや、待てよ。トムディが不在で、チェリアが修行中。キララとモーレンは当然、グランドスネイクの拠点に居るんだろうし、わざわざ呼びに行くのは憚られる。

 と、いうことは…………。



 *



「おお、グレン。お陰様で、無事に回復したぞ」


 冒険者依頼所で呼び出しを掛けて、あっさりと見付かったキャメロン・ブリッツ。今日もマッチョが光る爽やかな笑みで、俺達のテーブルに座った。


「で、なんだ。重要でもないが、ちょっと面白い話とは」


 こっちは、ただ冒険者依頼所でミッションを探していた、ラグナス・ブレイブ=ブラックバレル。

 ちょっと『赤い甘味』を出て探しただけで、こうも簡単に見付かるとは。こいつら一体、普段は何をしているんだろうか。

 ヴィティアが泣きながら、口元を押さえて目を逸らした。


「究極の二択…………!!」


 気持ちは分からないでもない。

 何せ、片や自称魔法少女のマッチョ系男子。片や見た目イケメンのエロ妄想系男子だからな。どちらを選ぶかと言われれば、俺なら迷わずキャメロンを選ぶ所だが……。


「じゃあ、五人で行きましょう!!」


 リーシュは嬉しそうにそう言っているが。誰が一人分の金を出すんだよ。四白五日だから、宿代だけで八十セル……俺は嫌だぞ。

 かくかくしかじか。俺は二人に事情を説明した。


「何ィッ!? マリンブリッジ・ホテルの招待券だとォッ――――!?」


 話を聞いた瞬間、ラグナスがテーブルを叩いて立ち上がった。こいつはいつもそうだが、『赤い甘味』の注目を集め過ぎだ。


「ホテル……高級……食事……ナンパ……女性……海…………!!」


 ラグナスの中で、繋がりようもない何かが一瞬にして繋がったらしい。ラグナスは喫茶店に座って呆然と様子を見守っているヴィティアの隣に跪き、ヴィティアの手を両手で握り締め、手の甲にキスをした。

 胸に手を当てて、ヴィティアを見詰める。


「今日から貴女の犬になります!!」


 因みにヴィティアは、全力でラグナスから目を逸らしていた。

 キャメロンが腕を組んで、マリンブリッジ・ホテルの招待券を見詰めて笑った。


「マリンブリッジか、懐かしいな。きっと今の時期は、海が綺麗だろう」

「えっ? キャメロンお前、行ったことあるのか?」


 マジか。一泊二十セルもするような、高価なホテルなんだが。キャメロンレベルの冒険者なら、意外と泊まれたりもするのかな。……いや、待て。一人でそんな所に行くとは思えない。……誰と?

 キャメロンは上腕二頭筋を俺に見せ付けると、爽やかに言った。


「建設依頼でな」

「ああ、そっちね……。それなら納得だわ……」


 ほんの少しでも、キャメロンに彼女が居るんじゃないかとか勘ぐってしまった俺が馬鹿だった。


「しかし、四人までなんだな。そうすると、誰か一人は留守番、という事になるのか」

「悪いな。本当は一人に声を掛ける予定だったんだけどさ」


 キャメロンの方に。……何故か冒険者依頼所にラグナスが居たからな。

 キャメロンが招待券を見詰めながら、言った。


「抽選の景品なんだろう? 当てたのは誰なんだ?」

「ああ、ヴィティアだよ。すごい奇跡だよな」


 俺がそう言うと、キャメロンはヴィティアを見た。既にラグナスに手を握られているヴィティアが、キャメロンの視線を受けて僅かに身体を硬直させる。

 だが、キャメロンは爽やかに、ヴィティアの表情を受け流した。


「――――そうか。それなら、ヴィティアが一緒に行きたいと思う人間を連れて行けば、俺はそれで良いと思うぞ」


 ヴィティアが僅かに頬を朱く染めて、キャメロンを見た。……どうやら、キャメロンの言葉に感動しているらしい。

 まあ、こいつは魔法少女じゃなければ唯の良い奴だからな。少し、ヴィティアの中で評価が上がっただろうか。

 ヴィティアは、ラグナスをちらりと見る。


「足の指を舐めます!!」


 今度は蒼白になって、俺に視線を戻した。


「ねえ、グレン……これ、もう答え出てるわよね……?」


 リーシュはアホ毛をびんびんと左右に動かしながら、笑顔で状況を見守っている。


「ああ。お前の好きにして良いんだから、好きにして良いと思うぞ」


 不意に、ヴィティアの表情が明るくなった。


「じゃ、じゃあ…………!!」


 ヴィティアは、キャメロンを見た。

 キャメロンは椅子の下にあるバッグから、桃色の衣服らしき何かを取り出した。腰の部分と思わしき場所に、フリフリの何かが付いている。


「いやあ、海か。久し振りだな。この俺の、美しき『まじかる☆きゃめろん』特注水着セットが、余す所なく披露される良い機会になるだろうか」


 ヴィティアは、泣いた。


「……………………ラグナスで」

「いよっしゃああああアァァアァァァ――――――――!!」


 こうして、『四人』は決まったのだった。



 *



 セントラル・シティから、南へ馬車を走らせること二日間。『サウス・マウンテンサイド』を抜け、『サウス・ノーブルヴィレッジ』の海沿いに進んで行くと、セントラル大陸から少し離れた所に小さな島がある。その島にはセントラル大陸から橋が架けられていて、馬車でそのまま向かえるようになっている。


「わあ…………!!」


 馬車を降りると、真っ先にリーシュが海を見て、感嘆の吐息を漏らした。

 凄えな。こんな、近くに街もないような場所に、沢山の人がいる。リゾート地というのは、大体そんなもんだが……マリンブリッジ・ホテル周辺には様々な店もあり、まるでこの場所自体が街であるかのようだ。


 そして、マリンブリッジ・ホテルの外観がとにかく凄い。スカイガーデンの建造物を見た時も凄いと思ったが、これはまた別の意味で……とにかく、背が高いのだ。どうやって建てたのかと思えるような、全二十階からなる巨大ホテル。

 これ、本当にホテルなのかよ。誰が建てたんだ。……キャメロンか。


「ここは…………天国か…………」


 馬車を降りて開口一番、ラグナスが滝のように涙を流してそう言った。

 ……海じゃない。砂浜で寛いでいる沢山の水着ギャルを見て、ラグナスはそう言っていた。思えば、ラグナスを初めてセントラル・シティで見た時に、こいつは女冒険者に向かって『服を脱いでくれないか』とか言ってたな……。


「す……すごい……!! すごいっ……!! グレン、ディナーは立食パーティーなんだって!! 四泊の間にイベントもあるんだって!! ね、すごいねっ……!!」


 ヴィティアは何だか、子供のように目を輝かせて、マリンブリッジ・ホテルを眺めている。


「良いっスね、まずは景気付けにラムコーラといきますか……!!」

「スケゾー。……とりあえず、夜まで待っとけ」


 やれやれ。何だかんだ皆、楽しそうじゃないか。ヴィティアが招待券を当てたのは奇跡としか言いようがないが、とにかく来られて良かった。

 四人で四泊。一人あたり二十セルだから、一泊あたりが八十セルで、それが四泊……うげえ、考えたくもない金額だ。ブレイヴァル国王から貰った軍資金が、一瞬で溶けるじゃないか。

 まあ、いいや。後は楽しく遊んでいれば良い訳であって。色々あったが、問題はない。ノープロブレムだ。

 リーシュがガッツポーズをして、俺達に言った。


「じゃあとりあえずチェックインして、水着に着替えたら、砂浜に集合ですねっ!!」


 …………ん?


「そうですね、リーシュさん!! ……フッ、俺の美しい身体を太陽の下に晒す日が来たか」


 ラグナスが何か気持ちの悪い事を言って、自身の上腕二頭筋を撫でていた。


「私、水着を持ってなかったから、初めて着るのよね……。サイズは確認したけど、大丈夫よね……」


 ヴィティアはこの日のために購入したと思われる旅行鞄を手に、何やら頭の中で確認をしているようだった、が。


「……俺達も海に入るのか?」

「えっ? 入らないんですか?」


 リーシュが目を丸くして、俺を見ていた。ラグナスとヴィティアも、予想外といった顔をして、俺を見詰める。……そうか。海に来たんだもんな。……当然、入るよな。……そうか。

 …………俺、大丈夫か?

 水着なんて……いや、小さくした荷物の中に入っていたような気はするが。買った時から特に体型なんか変わってないから、サイズは合っていると思うけれども。

 ラグナスが眉をひそめて、俺を見た。


「どうした、グレンオードよ。……海が何か気になるのか?」

「ああ……いや、海に入って何するのかと思ってさ。俺はてっきり、ホテルの周辺でも歩いて観光するのかと……ほら、店なんかも出てるしさ」


 俺がそう言うと、ラグナスが溜息をついた。


「何を言っているんだ、貴様は。マリンブリッジと言ったら、とりあえず海と水着ギャルに決まっているだろう」


 とりあえずラムコーラみたいな感じで言うなよ。

 リーシュは暫し、考えている様子だったが――……ふと、何かを思い付いたかのように、両手を合わせた。


「うさぎさんの入れ墨があっても入れますよ?」

「ねえよそんなモン」


 なんかちょっと可愛いじゃねえか。


「とにかく!! チェックインしましょう、グレン!! 時間が勿体無いから!! はやく!!」

「分かった、分かったから背中を押すなって」


 ヴィティアの言葉に、俺達は歩き出す。既にスケゾーは、これからどんな面白い出来事があるのだろうかと、俺を見て含み笑いを浮かべている。

 ……まずい。

 俺は産まれた時からずっと山育ちだから、海に入った事は数える程しかない。山登りのスキルは手に入ったが、海に対しての経験値はからっきしなのだ。

 つまり何が言いたいのかというと、俺は泳げない。

 今のうちに、話しておいた方が良いか。……俺の情けない姿が露出する前に。

 ラグナスが目を光らせて、俺に気持ちの悪い笑みを浮かべた。


「は・はーん? まさか貴様、泳げないな?」


 なっ…………!!


「……は、ははは。そう……見えるか?」

「怪しいな。そもそも海に来て海に入らないと思っている所が、まず怪しい」


 思わず、否定しそうになってしまった俺だったが。ラグナスは勝ち誇った笑みで、俺を見て来る。

 ヴィティアがラグナスの頭を叩いた。


「あんた、ほんとバカね。グレンに限って、泳げない訳ないじゃない」


 なんだその無類の信頼!?


「そうですか? こいつは魔法の飛ばない魔導士ですよ、ヴィティアさん」

「魔法が飛ばないからこそ、身体能力を鍛えて来たんじゃない。泳げるわよ……ね?」


 えっ、ちょっと待って。何だ、この展開は。俺、泳げないってものすごく言い辛いじゃないか。


「あ、ああ……どうだろうな。……最近、海には行ってないからな」


 俺は引き攣った笑みを浮かべながらも、そう言うしか無かった。


「グレンなら大丈夫よ。……ほら、時間が勿体無いってば!!」


 ヴィティアは我先にと、マリンブリッジ・ホテルを目指す。ラグナスもそれに続いた。


「グレン様、海、楽しみですねっ!!」


 俺の隣で、リーシュが笑い掛けてくる。

 リーシュは海育ちだ。泳げないとは思えない。ヴィティアはどうだか知らないが――……、この様子だと、ラグナスは泳げるんだろうな。

 …………どうしよう。



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