第126話 魔王の存在を疑っている
「実は最近、セントラル・シティに魔物がよく襲撃するようになっているんだ」
クランはそう言って、鋭い視線を長机に落とした。周囲では、今日も単独の冒険者同士がミッションを受けるべく、仲間を探している真っ最中だったが。
肩のスケゾーが、長机に下りる。話を聞こうとしているのだろう。
「そう、なのか」
「全く、とんでもない話だよ。セントラル・シティは、セントラル大陸の中でも殆どトップに近い人口だ。その上、セントラル・シティに戦いを挑むという事は、このキングデーモンを敵に回すという事だよ。浅はかも良い所だとは思わないか」
「……た、確かに」
「まあ、勿論魔物は皆、返り討ちにしてやったよ。このキングデーモンの名に懸けて、セントラル・シティは傷付けさせない」
「お、おう。そりゃ、ありがたい事だな」
俺は息を呑んで、クランの言葉に頷いた。……確かに、セントラル・シティを襲撃するなんて、余程の事が無ければ成立しない。魔物だってバカな奴等ばかりじゃないので、殆どの魔物はこの街には近寄らないもんだ。人口の数、冒険者の数。どれを取っても、とんでもない数だからな。
クランは少し得意気な顔をして、優越感に浸っているようだった。
……沈黙が訪れた。
「違うよ!! なんかこれじゃ、まるで自慢しに来たみたいじゃないか!!」
「俺は聞いてただけなんだが!?」
クランは少し顔を赤くして、咳払いをした。……なんだ。意外とお茶目な所もあるんだな。雲の上の人かと思っていたけれど、俺は少しクランに親近感を覚えた。
「ゴホン。……それで、ここ最近の魔物なんだけどね。少しずつ、相手が強くなって来ているんだ」
「昨今の、魔物の狂暴化っスね」
クランの言葉に、すかさずスケゾーが反応した。俺達も山に居て、魔物が狂暴化しているという問題については、いつも考えて来たことだ。
考えてみれば俺達の住んでいる山でも、ゴブリンやらリザードマンやらが狂暴化していたのだ。このセントラル・シティにしたって、例外ではないとしたら。
「セントラル・シティを襲っている魔物が強くなったんじゃなくて……セントラル・シティの周辺に居た魔物が狂暴化して、街を襲うようになった……ってところか?」
「おお……!? その通りだよ」
少し、クランは驚いているようだった。
「よく知っているね。もしかして、この問題について何か情報を持っているのかい?」
「ああいや、俺が昔住んでいた山でも、魔物が狂暴化したって問題はあってさ。こうなると、ここら一帯だけの問題じゃないかもしれないな」
俺の言葉に、クランはふむ、と下顎に指を添えて言う。
「もしかすると、セントラル大陸全体に及ぶ問題かもしれない……と?」
「かも、な。可能性の域を出ないが」
「それは、まずいな」
確かにそうだ。……魔物がこれから、どれだけ強力になるか分からない。成長しているとするなら、どこかでその成長を止めなければならない。どこかに必ず、首謀者が居る筈だ。
クランは腕を組んで、長椅子の背もたれに体重を掛けた。
「そうか、知っているなら話が早いな。正直言うと、私達は――……『魔王』の存在を疑っている」
思わず、眉をひそめた。
魔王、ねえ。随分昔、まだ魔物が今の魔界に移る前の時代には、そんなモノも居たという噂だが……今となっちゃ、完全に都市伝説だ。そんなものが居るなら、少しばかり魔物が強化されたところで、安易にセントラル・シティを落とせるなんて思わないような気がするが。
……そうか。遂に、キングデーモンまでもがそんな噂を信じざるを得ない状況にあるのか。
「グレン。君は、何か情報を持っていないかい?」
俺は、クランを見た。とても真剣な眼差しで、俺を見ている――……冗談で言っている訳では無さそうだ。
少し、考えた。俺はスケゾーから聞いている『魔王』の姿についての話を、クランにするべきかどうか。
暫く、俺は迷っていたが。
「……いや。悪いが、特に何も聞いてない」
結局の所、クランにはそう答えた。
ハースレッドが、クランの隣で目を細めた。……何だ? ハースレッドは、何も言わなかったが。
「そうか、分かった。……まあ、また何かあったらいつでも私の所に来て欲しい。勿論、私も君には積極的に情報を開示するつもりだ」
「サンキューな、クラン。俺も、魔物の凶暴化について、もう少し調べてみる事にするよ」
「共に、セントラル・シティを平和な街にしよう」
それだけを話して、俺とクランは握手を交わした。冒頭の挨拶以降、何も話さなかったハースレッドが、俺とクランのやり取りを微笑みを浮かべながら見詰める。
そうして、クランは去った。
……あまり、当てにしていい情報じゃない。仮に魔王の姿が分かったからと言って、そいつが本当に首謀者なのかどうかも分からない。そうだとしたら、探すだけ損というものだ。
「良かったんスか……リーシュさんの一件と、裏で動いている奴の事、話さなくても。言えば、捜索に協力してくれたかもしれねーっスけど」
俺の行動を気にしてか、スケゾーがそんな事を言った。
「いや。……今は、黙っておこうぜ。まだ、相手がどんな奴なのかが分かってない。戦力が必要になるかどうか分からないし、俺だってあまり、騒ぎを大きくしたくない」
「……そうっスね。場合によっちゃ、ご主人が悪者にされる危険もあるっスからね」
そう、スケゾーの言う通りなんだ。
まだ、黒幕は顔はおろか、名前すら公開していない。その上で、人を使って事件を起こし続けている。そんな事件の第一発見者は、いつも俺だ。普通に考えれば俺は、『起きている事件に何故か、毎回必ず居合わせている男』……あまり、良い状況とは言えない。
なんとか、連中の尻尾だけでも掴んだ状態で協力を求めなければ。俺は立ち上がり、冒険者依頼所の受付嬢に白い封筒を差し出した。
「これ、送り返しといてください」
「あっ、はい。かしこまりました」
連中だって、そう簡単に俺を悪役には仕立てられない筈だ。どんな作戦で来るのか知らないが……ここらで一つ、俺の方から先手を打ってやる。
……あれ? 今、何か重要な事を忘れたような気がするんだが……ま、いいか。
*
クラン・ヴィ・エンシェントと別れると、俺はセントラル・シティを歩いた。今日は特に集まる予定もないので、一人で受けられるミッションでも探そうかと思っていた所だが――……特に良い物も無かったので、冒険者依頼所はすぐに出る事になってしまった。
休日の平和な過ごし方というものを、俺はあまり知らない。急に余ってしまった時間の使い道が分からなくて、俺はどうにも持て余してしまっていた。
宿に戻っても、今の時間は誰も居ないだろう。かと言って、昼間っから飲んだくれている訳にも行かない。……さて、どうしたもんかな。
「スケゾー、これからどうしようか?」
「そうっスねえ。たまには修行も忘れて、遊ぶってのはどうでしょう?」
「遊ぶ、ねえ……」
「間違いなくご主人には必要っスよ。ほら、そこの階段下の店なんてどうっスか」
「階段下?」
言われた通り、俺はスケゾーの指さす方向を見る。……看板も何も無いじゃないか。近寄って、階段の下を見てみる。また怪しいギャンブルか何かじゃないだろうな……。
階段の向こう側に、薄っすらと広告が見える。
『魅惑のマッチョMEN・ストリップ。美しい肉体美をあなたに』
俺はスケゾーを殴った。
「これで!? 俺に!? 遊べと!?」
「いや……思ったよりも楽しいかもしれないじゃないっスか……」
「これに入る男はゲイと自称魔法少女だけだ!! 俺は該当しない!!」
ついでに言うと、自称魔法少女の武闘家男子だけだ。乙女チック系の。
こいつ……俺がいつまで経っても女の子にアピールできないからと、遂に男を引き合いに出して来やがった……!! 俺は至って普通に女の子が好きだぞ。手が出せないだけで。
スケゾーが立ち上がり、抗議の怒りを露わにした。
「違う、ご主人は脱ぐ方っスよ!!」
「ア・ハーン!? 知ってたか、キレても言えるんだぜ、この台詞……!!」
スケゾーが狂言を口にするようになってきた。こんな通りはさっさと出るべきだ。
スケゾーを抱えて小走りで通り過ぎると、再び人の多い大通りに出る。
もう少し、健全な暇潰しにしようぜ。そう思いながら、俺は周囲を見回した。見慣れたセントラル・シティなんて、路地裏にでも出なければ、今更何を発見する事もない。
暫く歩くと、スケゾーがまた、指をさした。
「……何だよ。セントラル一番くじじゃないか」
セントラル・シティの露店組合かなんかがやっているイベントで、五百トラルにつき一枚だったか何だか、抽選券が貰えるものだ。十枚で一度、回転式の抽選器が回せる。
何かのイベントの度にやっているもんだが……ああ、そういや今日はセントラル・シティの創立記念日か。そんな記念日もあったな。
「あれを回す、というのはどうでしょう?」
「いや、あれは抽選券が無いと回せないんだよ。ここらで五千トラル買い物して、やっと一回引けるもんだぞ」
「じゃあ、オイラに五千トラルで美味いもんでも食わしてください」
「さり気なく俺に飯を奢らせようとするな」
こいつは何かにつけて、すぐ俺に金を使わせようとする。いや、贅沢がしたいだけか。
「何でっスか!! 良いモン当たるかもしれないじゃないっスか」
「あー、無理無理。あんなもん、ただの客寄せパンダだよ。そもそも、『当たりは本当に入っているのか』なんて言われるような抽選だぜ。当たったら奇跡か、そりゃ相当運の悪い目にばっかり遭ってきた奴だけだな」
「ちなみに、外れた場合は何が貰えるんスか?」
「なんだっけ……腐ったみかん?」
「リサイクルどころかリバースの可能性すらあるんスけど!?」
話していると、人集りの方から大きな声がした。
「大当たり!! 来たよ、大当たりだ!! 一等だよ!!」
何やら、向こう側が騒がしくなって来た。スケゾーが俺の肩から抽選器を指さして、言う。
「当たってるじゃないっスか」
「ハハッ。……そりゃ奇跡か、相当運の悪い目にばっかり遭ってきた奴だな」
そう話していると、遠くから声が聞こえて来た。
「お嬢さん、お名前を貰っても良いかな!?」
「あっ……あの、はい……ヴィ、ヴィティア・ルーズで……」
なんか当たってる――――――――!?
「ヴィティアさん!! このとんでもない幸運の少女に、拍手を!!」
な……なんてことだ……!! ヴィティアが一等だと……!? 確かに俺は、それは相当運の悪い目にばかり遭ってきた奴だ、とは予言したが……!! まさか、こんな所で一等を当てる程だなんて……!!
過去、どれだけ辛い目に遭ってきたって言うんだよ!!
「あ……ああっ!? グ、グレン!!」
ヴィティアが俺を発見して、駆け寄って来た。既に半泣きで、頬まで真っ赤になっている。
両手で俺の手を握り、ぶんぶんと上下に振っていた。
「あ、当たった……!! 当たっちゃったあああああ!!」
「お、おお、それは、分かったから……何なんだよ、一等ってのは……」
言いながら、抽選所の看板を見る。
一等は……ええぇぇぇっ!! マ、マリンブリッジ・ホテルの招待券だと!? なんてタイムリーな……!!
ご都合主義か!? そうなのかっ!?
「い、一緒に行ってくれるっ!? これで私と、デートしてくれるっ!?」
俺は半ば放心したまま、ヴィティアに腕を振られていた。
な、なんて奴だ。こいつがギャンブルに精を出しすぎるが為に、大体常に文無しだというのは周知の事実だったが……。まさか、こんな所で大当たりを引くなんて。
いや、別にそれが嫌な訳とかではなくて。ただ、何と言うか…………たまげた。
周囲も驚いて、ヴィティアに拍手を贈っている。ついでに俺も贈られている。
「四泊五日だって!! ほっぺたが落ちるくらい美味しい料理と、七色に光る海と、砂浜で遊んで、夜はふかふかのベッドで眠って、ああ…………た、楽し…………かった…………」
そう言って、ヴィティアは倒れた。
「待て!! まだ行ってないぞっ!? まだ行ってないぞ、目を覚ませ、ヴィティアあぁぁぁぁ――――!!」
……駄目だ。完全に、恍惚の彼方へと意識が飛んでいる。
いや、凄いこともあるもんだ。この日の為にヴィティアが運を溜めこんでいたと言っても過言ではない。いつも給料日前には金を使い切って、平謝りして俺に飯をせがんでいるヴィティアが。あのヴィティアが、一等と来た。
そういえば、セントラルの抽選を受けたって事は、何かを買い物した筈だよな。と言っても、ヴィティアは何も……いや、待て。何かが腕に付いている。
「必ず幸せになれる!! 幸運のブレスレット……?」
これは、また騙されて変なものを買ったな。……いや、この場合騙されていないのか?
微妙な所だ……。
ふとスケゾーが、ヴィティアの握り締めているチケットを見て、言った。
「ご主人、このチケット、なんか書いてありますよ」
「え?」
言われて、俺もスケゾーが指さしているモノを見る。
そこには、こう書いてあった。
『ダブルペアチケット:四名様でのご招待となります』
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