第114話 大きな誤算……!

 トムディ・ディーンは、コフール城のバルコニーで、J&Bと対面していた。

 あちらこちらに散らばった魔法石。その中から幾つかを握り締めて、トムディはそれをポケットに入れた。まるで飴玉のようだと、漠然とした頭で考えていた。


 グレンオード、ヴィティア、ラグナスの三人を金縛り状態にしていたのは、J&Bの魔法だ。それが分かっていたトムディは、リーシュが現れた瞬間に動き、城の天辺へと移動し、J&Bを捕まえた。

 トムディには、【ヴァニッシュ・ノイズ】という『足音を消す技』と、【フローティング・トムディ】という『空中に浮く技』の二つを持っている。それらを組み合わせれば、誰に気付かれる事もなく、城の上でJ&Bを捕まえる事ができた。


 偶然ではない。トムディには分かっていたのだ。

 つい先日、リベット・コフールの誕生祭があるとマクダフから知らされた時には、既に対策を練り始めていた。


「いや正直、驚いたよ。まさか君に、一泡吹かされるとはね」


 トムディは深く腰を落として、背中に括り付けてある聖職者の杖を手にした。邪魔にならないように、普段は避けてあった。


「…………グレン達の所には、行かせないよ」


 ただ、トムディはそれだけを、J&Bに言う。


「出来るかな? 君に。…………そういえば、君は『ヒューマン・カジノ・コロシアム』に参加していたね。あの時も、トリッキーな手段で勝っていたよね。対戦相手は余程の馬鹿だと思ったけど、意外と君にも知恵があるって事なのかな?」


 トムディは答えない。


「…………まあ、いいや。どうしても私の邪魔をすると言うなら、君を倒してから向かわせて貰うよ。…………それでいいね?」


 相手の邪魔をする所までは、トムディの得意分野だった。連中の行動を先回りして先手を打つ事は、メンバーの中では一番できるという自負があった。…………だが、そこまでだ。トムディ自身が戦闘というものを苦手としており、それは今も変わっていない。

 J&Bは、そのまま戦えば『十%』のグレンオードを凌ぐほどの実力がある。まして、『ヒューマン・カジノ・コロシアム』の時のように、場外やギブアップなど、トムディに有利な戦闘条件が転がっている訳でもない。

 負ければ、死ぬのだ。

 トムディはどうにか、恐怖を押し殺していた。


「無口は嫌われるよ? …………喋らない口なんて、必要ないかな」


 J&Bが、ナイフを取り出した。グレンオードの戦いを見ている限りでは、J&Bは毒や転移魔法などの、一風変わった魔法を使いこなす相手だ。恐らく、あのナイフにも何らかの細工がされているのだろう。

 トムディは、全身に魔力を展開した。


「【イチャッデ・イカッチ】!!」


 選択したのは、『小さくなる方』だ。トムディの姿はみるみるうちに小さくなり、J&Bの姿がとても大きく見えた。トムディは走ってバルコニーの柵の隙間をすり抜け、外側に出る。すると、小さくならなければ走る事が出来ない程度の幅に、丁度良くトムディは収まる事ができた。


「うーん…………戦う気があるのか、どうなのか」


 トムディは、予め買っておいた『魔法石』――……と呼ばれていたそれを、ポケットから一つ取り出し、口に含んだ。

 瞬間、トムディの機動力が跳ね上がる。

 視界を外れて、J&Bの裏に回った。再びバルコニーの内側へと飛び出したトムディが、元のサイズに戻り、大きく杖を振り被る。


「てえいっ――――!!」


 トムディの掛け声に合わせ、杖は振り抜かれた。

 J&Bは、鮮やかな動きでそれを躱した。地面に着地したトムディが、再び散らばった箱から数個の『魔法石』を、ポケットに詰める。

 そうして、再びJ&Bに向かって行った。


「バルコニーで戦うのは、気が引けるね…………!! 外に出ようか!! 【イチャッデ・イカッチ】!!」


 今度は、トムディの姿が突如として巨大になる。バルコニー全体を覆い尽くす巨大化で、J&Bはバルコニーから外へと跳躍した。

 トムディもまた、それを追い掛ける。姿が大きくなったとはいえ、トムディの体重が変わった訳ではない――……バルコニーは崩れもせず、まるで以前のままだ。飛び出したトムディの姿は既に元の大きさへと戻り、そして今度は小さくなって行った。


「随分とまた、大きくなったり小さくなったりするものだね」


 そう言いながら、空中に現れたJ&Bの棺桶が、彼自身を包み込む。

 トムディは、周囲を見回した。広場とは反対側に飛び出した、J&Bとトムディ。必然的に、広場の更に向こう側で戦っているグレンオード達とは反対側になる。

 リーシュの姿を追い掛けて、スカイガーデンの人間は今、広場とその向こう側に集まっている。こちらの方が安全だと、トムディは考えていた。

 しかし。自在に空を飛ぶ術を持たないトムディは、そのまま落下すれば、唯では済まない。トムディは下唇を噛み締め、杖を握り締めた。

 地面が近付く――――…………。


「【フローティング・トムディ】ッ!!」


 一瞬だけトムディの尻が浮き上がり、無傷でトムディは民家の屋根に着地した。一度も試した事は無かったが、どうやら成功したらしい。トムディはほっと、胸を撫で下ろす思いだった。

 しかし、安堵している暇はない。すぐにトムディは立ち上がり、周囲を見回す。

 グレンオードとJ&Bが戦っていた時も、J&Bは棺桶による転移を使っていた。ある程度、自在に色々な場所へ登場する事ができる、というものだ。それに対して、グレンオードは『ステージ一帯を爆破する』という手段を用いて、J&Bの転移魔法を封殺しようとした。

 だが、それは失敗に終わった。J&Bは、グレンオードの背後に現れる事で、ステージ一帯を爆破したグレンオードの上を行き、ナイフを突き立てたのだ。

 どこからか、J&Bの声がする。


「そんなに、身軽だったかな? 私には、随分と君が成長したように見えるよ」


 トムディは、密かに笑みを浮かべた。


「…………『食べる魔法石』って、知ってるかい?」

「食べる…………?」


 まさか、スカイガーデンにあるなんて思ってもいなかった。トムディはポケットから『魔法石』を取り出し、誰も居ない空中に向かって見せた。


「一定時間、魔力が増幅されるんだ。効力は短いけどね…………ずっと、探していたよ。差し詰め、『戦闘用ハイボールキャンディー』ってとこかな」

「ふむ…………なるほど。そんなものが、あるんだね」


 バルコニーから落としたのも、散らばった魔法石をJ&Bに拾われない為だ。トムディはずっと、J&Bを観察していた。奴が魔法石を手にした形跡はなかった。

 ならば、逆転もあるのではないか。


「ナイフを当てられるもんなら、当ててみろ…………!!」


 どの道トムディには、グレンオードのように広範囲を攻撃する手段など持ち合わせていない。再び握り拳大になったトムディは、民家の屋根を走った。

 周囲に、幾つもの棺桶が現れる。


「うわあアァァァ――――――――!!」


 トムディは叫びながらも、再び魔法石を口にしていた。

 そうして、トムディの速度が跳ね上がる。屋根から地面へと降り、棺桶の包囲網を抜ける。


「【ヴァニッシュ・ノイズ】」


 小声で、トムディはそう呟いた。小さな身体のまま足音を消し、再び建物の陰に隠れる。ぐるりと一周して戻って来ると、棺桶から姿を現した、J&Bの姿があった。


「あらら。…………意外と、厄介な能力だな。参ったね、どうも…………」


 トムディは、笑みを浮かべた。


 ――――押している。…………自分が、…………あの、J&Bを。


 その事実は、トムディにとって誇るべきものだった。あの、グレンオードと同等に強いキャメロンを、自分よりも回復魔法の手段に長けたチェリアを置いて、グレンは自分を選んだ。その想いに、応えなければならなかった。

 何より、未だ連中に捕らわれたままの、リーシュに。

 トムディは、杖を握り締めた。

 チャンスは一度。たったそれだけで、後は無い。この手段は既に、バルコニーで一度、使っている。背後の奇襲がそう何度も通用するとは思えない

 先程は、攻撃を避けられてしまった。魔法石の効果が切れたから、振りが遅れたのだ。――――今度は、外さない。


「【アナライズ・ターゲット】…………!!」


 トムディは、魔法石を口にした。

 一度、魔法石を口にして得られる効果の持続時間は、実に三十秒にも満たない。その為、この『魔法石』は古くから、魔力が尽き果ててしまい、身動きの取れない者に応急処置として与えられるものだった。山や谷で遭難してしまった時、街へと帰るための手段の一つとして存在していた。


 だが、街が栄え、傭兵――――冒険者の増えた現代において、この手の魔法石は流行らない。その幾秒かの時間が過ぎるとすぐに元に戻ってしまう上、連続使用は使用者の疲労を高めてしまう。加えて、元から流通量の少ないアイテムだった。次第に需要は少なくなり、ヒーラーの技術が向上して行くに連れて、社会から淘汰されていったものだ。


 だから、誰も知らない。

 聖職者としての魔法を覚えるために、必死で抜け道を探して来た、トムディのような愚か者でなければ。


「ふっ…………!!」


 爆発的な脚力で、トムディはJ&Bの背中を捉えた。

 後頭部。J&Bの仮面が装着されている裏側が、最も弱い。一撃必殺を狙うなら、胴体よりも首だ。

 J&Bはまだ、こちらに気付いていない――――…………



「ところで、奇襲を仕掛けるなら、真正面からは行きようが無いと思わないかい?」



 トムディが攻撃をする瞬間、J&Bが言った。


「――――――――えっ」


 左肩に、激痛が走った。

 右から左へ、杖を振り抜こうとしていたトムディ。突如として左腕の自由を奪われ、攻撃できずにJ&Bの横を通過した。魔法石によって増幅された速度は、そのままトムディが地面に当たる時の衝撃へと転換され、民家の壁に勢い良く激突する。

 強制的に、地べたに座ったような恰好。トムディは左肩を押さえた。

 声も無かった。砂埃が舞い、トムディの視界は左肩の激痛と共に、煙に覆われた。

 薄らぼんやりと、今攻撃を受けた場所を見る。…………黒い物体が、宙に浮いていた。

 民家の角からは視認できない位置に、棺桶が浮いていたのだ。


「まあ、君にできる事ってこれくらいだろうからね。よく頑張った方じゃないかな?」


 J&Bの声が、近付いて来る。

 トムディの全身は痺れてしまい、まともに動く事は出来なくなっていた。左肩に突き刺さったのは、ナイフだ。恐らくそこに、痺れ薬が盛られている――……。

 グレンを瀕死にしたのも、毒入りのナイフがきっかけだった。


「悪いが、君に構っている暇はないものでね…………!!」


 トムディの右肩に、真正面からナイフが突き刺さる。


「ぐああっ…………!!」


 堪らず、悲鳴を上げた。

 J&Bは、少しばかりの怒りを感じているようだった。砂埃が晴れると、トムディの目の前に、仮面を被った不気味な男が立っている。


 怖い。…………怖い。…………怖い。


 トムディは、恐怖に打ち震えた。思えば、一対一の戦闘で負ければ死ぬ状況など、トムディは経験していなかった。『ヒューマン・カジノ・コロシアム』の時は、ギブアップがあった。だが、今回はそうも行かない。

 どれだけ絶望的な状況になったとしても、救ってくれる人間は今、どこにも居ないのだ。


「不覚だったよ。君は、よくやった…………本当は、今この状態でグレンオードを解放してはいけない予定だったのだがね」


 J&Bが、トムディの右肩に刺さったナイフを、上から踏み付けた。


「痛いっ…………!! ちょっと、痛いよ、やめてっ…………!!」

「『やめて』だァ…………!? 君は分かっていないのかい? この私に喧嘩を売ったんだよ君は、なあ…………!!」


 随分と、興奮している様子だった。グレンとの戦闘でさえ、この男は丁寧な口調を崩すことは無かった。それほど、怒りを覚えているように見える。

 鼠に尻尾を噛まれたようで、悔しいのかもしれない。


「攻撃魔法の一つも使えない子供が、大人に喧嘩を売るもんじゃあないな。いざ戦ってみれば、君はこの程度の事しかできない。…………もしかして、私の攻撃を躱して、『手玉に取っている』とでも思ったんじゃないかい? …………それは、大きな誤算だな」


 トムディは歯を食い縛り、J&Bの攻撃に耐えていた。


「君に、プレゼントをあげよう。――――これは、辛いぞ」


 J&Bは、両手にナイフを。…………それを、トムディの両足に突き刺した。


「ああああああああああっ――――――――!!」


 恥も外聞もなく、トムディは叫んだ。

 両足の甲をナイフが貫通し、地面へと到達したのだ。



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