第112話 お前達は、誰かに虐げられた事があるか!

 急に現れた俺に対し、空の国の人々は大層怒っている様子だった。


「仲間だと…………!? やっぱりあの魔物は、お前達が連れて来たのか!?」


 だが、俺は表情一つ変えずに、その場を遮っていた。人々の盾となり、そこから離れる事はなかった。

 ここから先に行けば、門がある。その先は『サイドスベイ』を抜け、傾斜の激しい山があるばかりだ。…………つまり、『金眼の一族』が護る領域を抜ける。何か仕掛けられているとすれば、そこだ。そこにこそ、何かがあるに違いない。

 いや――――…………何も仕掛けられていなかったとしても、そこでリーシュが暴走してしまえば、何が起こるか分からない。


 リーシュの魔力の強さは、俺が一番よく知っている。自分でも制御には苦しんでいるようで、ふとすると剣が巨大化し過ぎたり、威力が高過ぎたりする。きっとそれが原因で、未だに魔力を上手く使いこなせていない。

 ビキニアーマーといい、剣といい魔力といい、まるで身の丈に合っていない。あいつが持つには大き過ぎるんだ。


「魔物じゃない。…………人間だ」


 俺は、そう答えたが。誰かが俺を指差し、言った。


「おい、見ろ!! あいつの腕に、何か付いてるぞ!!」


 そりゃあ、スケゾーが隠れていたって、俺の魔力に警戒を示す連中だ。これに気付かないなんて事は、無いよな。


「人間の魔力じゃないな…………!? やっぱり、お前も魔物なんだな!?」

「違う。俺も人間だ」


 一番先頭に立っていた『金眼の一族』の男が、俺を警戒しながらも怒り、近寄って来た。

 それを合図に、人々は少しずつ、俺を突破しようと歩み寄ってくる。


「ふざけるなっ…………!! 大体、地上の人間が何を偉そうに…………!! 『サウロ』も『魔物』も、似たようなものだ!! お前に権利などないっ!!」


 腹の底から湧き上がる怒りを、俺はどうにかして、表情に出ないように努めていた。

 俺と、スカイガーデンの民衆。ラグナスとヴィティアは脇に寄って、何かあれば俺に加勢するつもりで居るように見えたが。続々と連中は集まり、その中には長老の姿と、国王の姿が見える。

 ひとつひとつ、言葉を紡ぐように。俺はスカイガーデンの人々に向かって話した。


「頼む。…………ここは、引いてくれ。…………彼女を、助けたい」


 だが。どうやら、収まる気は無いように見える。


「『権利などない』と、聞こえなかったのか!! あいつは国王に向かって攻撃を仕掛けたんだ!! もう、お前の仲間である以前に、我々の『敵』なんだよ!!」

「冷静になって考えてみろ。魔法は、リーシュの背後から撃たれた。あいつは魔力を展開していない。…………別の誰かの仕業だ」

「なっ…………」

「気付かなかったか? …………まあ、誰も気付いていなかったみたいだよな。当の本人だって、気付いてなかった。でも、そうなんだ」


 間違いを正して、少し引け目を感じているようだった。まあ、連中は地上人よりも魔力が高い事に、少なからず誇りを感じているようにも見えたからな。俺なんかに指摘されてしまったら、そう思う事もあるのかもしれない。

 先頭の男が引いた。これで、引いてくれれば。

 …………と思ったが、別の男が俺を指差した。


「どうせ、あの魔物も他の連中も、グルでやっているに決まってる!!」


 どうして、そう言い切れるのか。それが証拠に、リーシュは自ら慌てふためいて、その場を離れたじゃないか。


「引っ込め、サウロ!! 我々の邪魔をするな!!」

「そうだ!! 権利は我々にある!!」


 次々と、声は上がった。やがてそれは群衆の声となり、俺に向かって叩き付けられる。

 まるで、生きる事そのものを、否定されているかのようだった。連中は俺に向かって、「引け、魔物」と、「退かなければお前も攻撃するぞ」と、脅しを掛ける。もう、誰が誰の声なのかも分からなかった。分からないようにして、対象をぼかしているんだ。


 このスカイガーデンは、最初からずっとそうだった。誰も俺の言葉に耳を傾けようとしないし、話を聞く事もしない。予め伝えられていたから、衝撃を受ける事は無かったが――……それでも、気持ちの良いものじゃない。

 それは人々の心に根強く残った、『サウロ』、つまり地上の人間に対しての、恐れや恐怖から来るものだろう。

 予め迫害されないように、束になる事で攻撃されないようにしている。そして、いつからかその束という腕力が、『奢り』に、変わってしまった。


『恐れや悲しみを克服できないのであれば、それは唯の『弱さ』だな。貴様等は自分に甘すぎるのだ。俺には理解できん』


 ……………………本当に、ラグナスの言う通りだ。


「引け――――!! 引け――――!!」


 何処からか石が飛んてきて、俺の頭に当たった。


「もう、良いんじゃないか!? こいつ、やっちまおうぜ!!」


 誰かが俺を指差して、そう言う。


「警告する!! これ以上そこで我々の進行を止めるようなら、お前を殺す!!」


 誰かも特定できない場所から、何者とも分からない声が、俺に警告を促した。

 国王は、何も言えなくなっている様子だった。長老は目を閉じて、黙っている。…………当然だと、言いたいんだろうな。スカイガーデンの連中が、俺の言葉に耳を傾けるはずがないと、最初から言っていた。


『困難を前にした時、人は『何故こんなにも自分だけに理不尽な事が起こるのか』と思うものだ。だから人は、自分自身と向き合わない。そうすれば、生きるのが楽になるからだ。そうしてそこに、正義と悪が出来る』


 せめて。声を出すなら、顔を見せろよ。面と向かって、俺に喧嘩を売ってみろ。


 …………ああ、くそ。


 やっぱり、『正義』なんて、この世のどこにもない。



「お前達は、誰かに虐げられた事があるか」



 騒いでいた人々が、俺の言葉を聞いて、ふと静かになった。

 どうにか声が震えないように、俺は自制を効かせていた。例え理解されなかったとしても、話を聞いて貰えなかったとしても、構わない。そのつもりで、俺は空の国の人々に語り掛けた。


「たった一人で、誰にも支えられずに生きてきた事があるか。この空の国で、差別されて生きてきた事があるか。…………心無い言葉を吐かれて、石を投げられた事があるのか」


 本当は、誰も一人になんてなりたくない。だから、自分が迫害されないように、誰かを迫害している。

 そうだ。ひとたび『束』が出来てしまえば、その輪から外れるのは、怖い。何も無い島に一人放り出されて、途方もなく海を見るようなもんだ。

 一人になってしまえば、船は作ることができない。孤独に見る海はいつだって荒々しく、そして恐ろしいものだ。

 だから、どうにかして、一人にならないように生きて来ただろう。


「……………………俺は、ある」


 暖かい場所があると、どうしても、恐れや悲しみを克服することは、難しいものだ。

 一人になって欲しい訳じゃない。…………ただ、一人でいる人間の気持ちを、理解して欲しいだけだ。


 俺や、リーシュや、その他色々な、枠から外れた者達のことを。


 そんな者が、世界のどこかには確かに、居るんだっていうことを。


「『魔物』だって、言ったか。俺は魔物とだって、本当は仲良くやれれば良いもんだと思ってる。でも、俺達が奴等の食いもんになる以上、それは難しいだろうとも思う」


 忘れて欲しくないだけだ。


『あまりもの』が、居ることを。


「でも、俺達は同じ人間だ。…………どっちがどっちの食いもんになる事はないんだ。なら、どうして戦う必要がある。…………半端者なんていない。皆、同じ人間なんだ」


 俺の声は、届くだろうか。


「同じ、人間だろうが…………!!」


 遥か向こう、スカイガーデンの人々の更に向こう側。ちょうど、長老と国王が立っている位置に、見知った顔が現れた。


「止めなさい!!」


 息を荒げていた。身動きの取れないドレス姿から、動きやすい私服に着替えてきたように見える。余程急いだのか、顔はすっかり赤くなって、眉を怒らせていた。

 リベット。…………俺に、加勢してくれるのか。


「まだ敵かどうかも分からない人間に危害を加えるなんて、恥ずかしいとは思わないのですか!! 私達が本当に高貴な人間なら、どうして困っている人に手を差し伸べられないのですか!!」


 国王は、かなり驚いているようだった。あの浮世離れしたリベットの様子を見ていれば、実はこんなにも地に足が付いた考え方をしているなんて思わないだろうな。

 でも、リベットはずっと気をもんでいたよ。国王が、地上と空の間に境界線を持つ人々の事について、ずっと悩んでいたことに。


「その方は、私の友人ですわ!! 一切の攻撃をすることは、この私が許しません!!」


 …………良かった。このまま暴動が止められなければ、連中の思う壺だったかもしれない。

 リベットの意志は、少なからず空の国の人々に伝わったように見えた。



 *



 リーシュ・クライヌは、走っていた。


 走っても走っても、涙は溢れて来る。抑え切れない気持ちのやり場をどこに向けたら良いのか、まるで分からなかった。自分と同じ顔の人間――リベット・コフール――の居た街を離れ、山道を走った。

 どこにも、行く場所などない。この街の人間は、自分を認めてくれる事はないだろう。だが、かといって地上に居場所があるのかと言えば、そうではない。


「…………はっ、…………はっ、…………はっ」


 感情が昂ると、これまでもリーシュは、魔力を暴走させて来た。…………しかし、それが人を攻撃する事はないと思っていた。だが、どうだろうか。ひとたび絶望を感じれば、リーシュの魔力は光の矢となって、人々を攻撃していた。

 これまでは、より強い衝撃を受ける事が少なかったからなのか。

 リーシュは、そう考えていた。


「きゃっ!!」


 足場の悪い山道。石が転がる登り坂では、うまく走る事ができない。リーシュは足を滑らせ、前のめりに転んでしまった。硬い石がリーシュの膝を傷付けたが、リーシュは自分の身体を気遣う余裕は持ち合わせていなかった。

 本当に人を攻撃してしまう可能性があるとすれば、もう地上には居られない。人間の居る場所で生活する事はできない。


 ――――――――グレンオード・バーンズキッドとも、いつかは別れなければならないだろう。


「お疲れ様、リーシュ。…………よく、頑張ったね」


 山道に転がって涙を流しているリーシュの所に、歩み寄る人影があった。リーシュはその凍り付くような男の言葉に、ふと涙を止めた。

 この男の言いなりになっていては、駄目だ。言葉が頭の中に入り込んで来て、『自分』を壊される気がする。リーシュは残った少ない自制心で、そう自分に言い聞かせた。

 元々、この男の言葉に従う理由は無かったはずだ。それでも気になってしまったのは、リーシュが自分の出生について気になってしまったからだ。

 ならば、目を閉じればいいだけのこと。


「君の家族がどういう人間なのか、分かったかい?」

「……………………どうでもいいです」

「ん?」


 リーシュは立ち上がり、前を向いた。


 ――――約束があるのだ。


「『どうでもいい』って、言いました」


 リーシュは、まだ見ぬグレンオードの顔を思い浮かべた。

 まだ、彼に返さなければならない金が残っている。それを達成するまでは、彼の下に居なければならない。迷惑を掛けて、村を助けて貰った。唯一、自分のような人間を救ってくれた人達の村を。

 その事だけを、リーシュは考える事に決めた。


「憎くないのかい? 本当は、スカイガーデンも何もかも、壊してしまえば良いと思わないのかい?」


 もう、男の言葉には耳を傾けない。

 リーシュはローブの埃を払って、顔を隠した男と向き合った。


「私を、グレン様の所に返してください」

「どうして?」

「あなたが私を利用したいという事は、よく分かりました。…………でも、私には約束があります。私をグレン様の所に返してください」


 黒いローブの男は、フードの陰で笑った。


「心外だな。私は君を、助けたいと思っているのに」

「約束があるんです。…………それが終わったら、また私はあなたの所に戻って来る。…………そうしたら、その後は好きにしたら良いじゃないですか」

「私は君を、『解放』してあげたいだけだよ」


 リーシュはどうにか、心の中で耳を塞いだ。…………この男は、自分に何かを強制しようとはしない。自分がその行動を取りたくなるように、内側から仕向けて来るのだ。

 まだ、心を壊される訳には行かない。達成しなければならないモノがあるのだ。そして、この男は自分を束縛していない。だとすれば、この男は自分の意志を尊重する筈ではないのか。

 リーシュは、取引を持ち掛けるつもりで、言っていた。


「グレン様との約束が終わったら、私はもう一度、帰って来ます。…………なんなら、契約を取り付けても構わないです。そんな『魔法』、あなたは知っているんでしょう?」


 この男の上を行く提案を、しなければならない。


「ああ、一万セルだっけ? 彼、どうにかして貯めたいみたいだよね。あれ、亡き母親との約束らしいね。知ってたかい?」


 男は背筋の凍るような声で、リーシュの耳元で囁いた。

 そっと、大切な玩具を撫でるように。手のひらで弄んでいたものを、優しくテーブルの上に置くように。

 リーシュの足が、震えた。



「――――――――君が殺した、母親との」



 最早逃げ場など、どこにも無かった。

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