第111話 私のお父さんですか

 誕生祭には、騒ぎが巻き起こっていた。慌ててバルコニーに戻った俺達は、城の上から広場を見下ろした。

 注目を集めているものがある。空の国の住人も、国王であるブレイヴァル・コフールも、その姫君である、リベット・コフールも…………。トムディが辺りをきょろきょろと見回していた。まだ事態に付いて行けていないように見える。

 俺は、目を見開いた。


「リベット様…………!!」

「おい、どういうことだ、これは…………!!」


 そこには、リーシュがいた。

 今にも泣きそうな顔をして、誕生祭が行われている敷地の一番端に、立っていた。国王は立ち上がり、驚愕している。王妃は口元を押さえており、リベットは…………その場に、固まっていた。


「えっ? …………えっ? リーシュ? どっちが…………?」


 トムディにも分からないようで、リベットとリーシュを交互に見ながら、挙動不審な動きをしていた。

 おい…………どうしたんだ、リーシュ。普段はまるで見ない、真っ白なローブを引っ掛けただけの恰好だった。にも関わらず、リーシュは随分と思い詰めた様子で、遥か遠くで立っている、国王と目を合わせた。

 俺の下を離れてからこれまでの間に、一体、何があったのか。

 俺には、分かる筈もない。

 リーシュは、口を開いた。



「お父さんですか…………?」



 騒然として、空の国の住人が、ブレイヴァル・コフールに視線を向ける。


 ――――まずい。頭で理解する前に、俺はこの状況がいかに危険な状態であるのかを察知した。リーシュの言っている事は、これまで国王――ブレイヴァル・コフール――が護って来たものを、壊す危険のある言葉だ。

 誰に唆されたのか、それは分からない。だが、これまでにリーシュの周囲について理解を深めて来た俺だから、分かる。これは、リーシュも国王も、どちらも壊してしまう言葉だ。

 止めさせなければ。


「おい、リー……………………!!」


 叫ぼうとして大きく息を吸い、声を発した瞬間の事だった。まるで電流が走ったかのように俺は痺れ、息を止めた。


 ――――――――なんだ!? 声が、出ない…………!!


 見れば、ヴィティアとラグナスもまた、同じような状態に陥っていた。スケゾーも出て来られないようだ…………くそ、一体なんだよ、これは…………!! 魔法か!? だとしたら、使用者がどこかに居るはずだ。…………どこだ。一体、どこに居るんだ…………!!

 そうだ、トムディ…………!! トムディさえ喋れるなら、まだ可能性があるんじゃないか…………!? トムディは…………!!


 トムディは…………先程まで居た場所からは、姿を消していた。一体、何がどうなっているんだよ…………!!


「リッ…………ぐうっ…………!!」


 声を出そうとすると、全身に激痛が走る。こんな手の込んだ芸当、一瞬では出来ないだろう。ってことは、ずっとマークされていたのか…………? 誰に、いつから。

 普段はスケゾーが周囲に気を配っているから、こんな事は起こらない。スケゾーが出られない理由でも無い限りは…………スカイガーデンという場所の特性を、逆手に取られたって言うのか。


 …………どうやら、一人では無さそうだな。何人かで連携して、この事態を引き起こしているように見える。

 なんて、分析している場合じゃないぞ。リーシュが現れた…………!! 出て行こうにも、俺は身動きすら取ることができない…………!!

 くそ。魔法を解くのに、何秒掛かる。これが不意打ちでなければ、無効化してやったのに…………!!


「あなたは私の、お父さんですか?」


 リーシュは国王に、胸の内を曝け出していた。


「あなたが、私を捨てたと…………そう、聞きました」


 周囲が、ざわざわと騒ぎ出した。国王は、青い顔をしてその状況を見守っている。いや、言葉を失っているように見えた。あまりの出来事に、どう返答して良いのか分からないんだろう。

 リーシュは、国王の返事を待っていた。二人は硬直する――……。

 魔法の出処が分かった。魔力を操作し、どうにか解除を試みる。金縛りのようなものだ。という事は、関節の何処かに魔力を仕込まれていて、それが鍵になっているはず。

 ヴィティアも、ラグナスも、この手の魔法に詳しいとは思えない。動けるとしたら…………俺しかいない。

 俺が、どうにかしなければ。


「これは…………どういう事ですかな? 姫君が双子だなんて話は、初めて聞きましたが」


 長老がリーシュとリベットを交互に見て、そう言った。ようやく、弾かれたように国王は喋り出した。


「いや、違うよ、【エリゼーサ】の長老。あまりにもリベットに似ているので少し驚いてしまったが、彼女は私の娘ではない。全く別の存在だ。…………君も、変な冗談を言うのは止めなさい」


 国王は何事も無かったかのように、取り繕っていた。…………もう、限界だろう。笑顔を見せてはいるが、声が張り詰めている。他の人間にどこまで悟られているか知らないが、俺が見る限りでは、強がっているようにしか見えない。

 分かったぞ、首だ…………!! くそ、よりによって最も面倒な所に鍵を仕掛けやがったな…………!!

 リーシュの表情が、まずい。思い詰めた顔をしていたリーシュだったが、何か、『気付きの一手』を繰り出そうとしているように見えた。

 待て、リーシュ。俺が居るんだ。…………俺が止めるまで、待ってくれ。

 リーシュの唇が、開く――――…………



「――――――――ロイヤル・アスコット」



 国王の眉が、強く跳ねた。王妃のミント・コフールが、その場から立ち上がった。

 それだけで、十分だったのだろう。

 リーシュの頬から、涙が一滴、落ちた。



「うわああああああっ!?」



 叫んだのは、誰だったのか。リーシュの遥か後方から、爆発のような音がした。強大な魔力の塊は、一本の太い矢となって、リーシュの背中から飛び出し、リーシュを通り抜け、そして――――…………広場に、直撃した。


「…………えっ」


 その小さな呟きを発したのは、他ならぬリーシュだった。

 背筋が凍るようだった。リーシュにも何が起きたのか分からないようで、慌てて背中を振り返った…………だが、そこには誰も居ない。

 スカイガーデンの民衆に向かって、直撃した。誕生祭の為に用意された食事が、そして人々が、衝撃に吹っ飛び、広場は荒れる。驚愕してその場に佇んでいるリーシュを、民衆の一人が指差した。


「魔物だ…………!!」


 リーシュは胸を押さえて、震えている。


「我々の魔力とは違う!! 皆、騙されるな!! こいつはリベット様の顔を真似た、魔物だ…………!!」


 ――――――――違う。


 自分の魔力が暴走したとでも思っているのか、リーシュ。今のは明らかに、お前の魔法じゃない…………!! リーシュの後方に、姿を隠して潜んでいる奴が居る。そいつが魔物を使って、今の魔法を繰り出させたんだ。

 確かに、【アンゴルモア】や【ホロウ・ゴースト】といった、リーシュの飛び道具系魔法に似ていない事もない。だが、全くの別物だ…………!!

 ふざけるな。一体誰が、こんな事を仕込んで…………決まっている。リーシュを捕まえた連中だ。


『貴方は彼女程の駒には、ならないかもしれないけれど』


 ベリーベリー・ブラッドベリ―が言っていた。リーシュは今、奴等の駒になろうとしている。…………ようやく分かった。ここでリーシュが奴等の『駒』とやらになるのも、このイベントを利用して、だったのか。

 奴等は、こいつらは、今ここで、リーシュの心を壊そうとしているんだ。リーシュの身も心もぼろぼろにして、何でも言う事を聞く人形にしようとしているんだ。

 バルコニーの柵を握る手に、力が込もる。


『いいえ…………できます…………できますってば…………!!』


 思えばヴィティアが連中の下っ端として動いていたのは、地べたを這い蹲っても生きるという『覚悟』を逆手に取って、利用したからだ。


『世の中には、順序ってモンがあるんだよ!! 血と才能の強い奴が上に立つんだ!! 無能の分際で、ちまちま集まって反逆起こしてんじゃねーぞコラ!!』


 バレル・ド・バランタインは、その心の弱さに付け込まれ、プライドを刺激された。『弱み』を利用されていた。


「あいつを捕まえろ――――――――!!」


 そして今、リーシュが、連中の思い通りになるために、『過去』を利用されている。

 スカイガーデンの人々は、リーシュに向かって魔法を放とうとしている。リーシュは限界に達したのか、その場から逃げ出した。すぐに建物の影へと身を隠し、スカイガーデンの人間から逃げていく。

『覚悟』。『弱み』。『過去』。どれも人として、生きるためには持たなければならないものだ。『生きよう』という強い意志を引っ繰り返して、手のひらの上で転がして遊んでいる奴がいる。


 おい、グレンオード・バーンズキッド。…………このまま、やられっ放しで良いのか?


 まるで、これでは――――…………過去を繰り返すようなもんじゃないか。


 魔法を解け。…………首がネックになっているなら、首をはねても構わない。俺は、『そんな事で死んだりはしない』のだから。

 ゆっくりと、束縛された俺の左手が首へと向かう。


「なっ…………!? おい、お前っ…………!!」


 何の声だ…………!?

 急に束縛の魔法は解除され、俺達は解放された。慌てて後ろを振り返るが、そこには誰も居ない…………いや、城の上空から、何かが降って来る。降って来るのは――――二つの人影。


「おおっ…………!?」

「わあっ…………!!」


 揉み合いながらバルコニーに落下し、着地もままならない二つの人影。

 俺は、そのどちらも、よく知っている。まさか、こんな所で見るとは――……予想していなかった訳じゃないが。


「J&B…………!!」

「トムディ!!」


 トムディが両手にぶら下げていた袋から箱が飛び出し、バルコニーの周囲に散らばった。トムディの事だから、てっきりお菓子かと思っていたが…………違う。これは――――魔法石だ。

 赤、青、黄、白。スカイガーデンにこんなもの、売っていただろうか? 店はよく見て回らなかったから、知らなかった。通貨も違う可能性があるし、何より俺に売ってくれるとは思っていなかった。

 何かの魔法を誘発するものだろうか。何れにしても、トムディはこの展開をいち早く、予想していたって事なのか。

 トムディはすぐに起き上がり、俺を見た。


「グレン!! みんなも!! リーシュを追い掛けて!! ここは、僕に任せて!!」


 俺達とは違う場所で、情報を集めていたのか。…………確かに固まっていれば、個々で得られるものは少ない。トムディは、自分に出来る事をやってくれていたんだ。

 胸の奥から、熱い想いが込み上げてきた。


「――――――――ありがとう!!」


 それだけを伝え、俺は飛び出すように、バルコニーの柵に足を掛けた。


「スケゾー!! 出番だ!!」

「言われるまでもねーですわ!!」


 勢い良く肩からスケゾーが現れ、俺の拳に纏わり付く。一瞬で俺の魔力は限界点に突破し、バルコニーの柵を壊す程に強い衝撃で、空中へと飛び出した。


『十%』。


 逃げるリーシュを追い掛ける民衆。目指すのは、その手前だ。リーシュと民衆を一度引き離さなければ。これは、誘導されているとしか思えない。

 止めるんだ。

 この、負の連鎖を。


「ヴィティアさん、俺の胸に飛び込んで来てくださいっ!!」

「はあ!? ちょっ、待って――――…………」

「【フライングッ】!! 【パーフェクトスマァァァ――――イル】!!」

「きゃあっ!!」


 ヴィティアをお姫様抱っこしたラグナスが、世にも力の抜ける技名を口にして、バルコニーから飛び出した。光り輝く金色のオーラに包まれ、先に飛び出した俺に追い付く。

 思わず、苦笑してしまった。


「…………よう。翔べるようになったのな、お前」

「一時的に、だがな。貴様と同じだ。どうだ、貴様とは違う、この美しい飛翔は」

「見た目はまあ良いけど、技名どうにかなんないの?」

「フン。貴様には分かるまい、このあらゆる女性を虜にするセンスが」


 できた事ないだろ、虜に。

 ヴィティアがつまらなさそうな顔をして、俺を睨み付けた。


「グレン!! なんで私も連れて行ってくれないのよ!!」

「あ、ああ…………悪い。我先に、と思っちゃってさ」

「どうせ抱っこされるなら、グレンが良かった!!」


 その言葉に、ラグナスが悲痛な声を上げた。


「ヴィティアさんっ!?」


 思わず、俺は苦笑してしまったが。

 リーシュを見付けた。…………何としてもここで、リーシュを取り戻さないといけない。チャンスは一度きりだ。これを逃せば、もうリーシュは俺の所には、戻って来ないかもしれない。

 その、大切な心を壊されて。

 スカイガーデンの民衆が、リーシュを追い掛けている。その先へ、俺は辿り着いた。足下で爆発する魔力の制御を弱め、空中で一回転して、リーシュの盾になる。

 そうして、地面に着地した。

 リーシュは、俺の存在に気付いていない。…………そのまま、走り去った。

 唇を引き結んで、俺はスカイガーデンの民衆を遮るように、両手を広げた。慌てて立ち止まったスカイガーデンの人々は、俺の姿を見て驚愕する。


「地上人…………!?」

「おい、そこをどけ!! お前の相手をしている場合じゃないんだ!!」


 取り戻すぞ。…………全部。

 俺は、固く心に誓った。


「あいつは、魔物じゃない。…………俺の、仲間なんだ」

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