第101話 パンを食べた人間の死亡率は……!
俺達は、マクダフに自分達の素性を明かした。
白い壁、白い家具。白ばかりで埋め尽くされた部屋の中には、何だかよく分からない物体が謎の音を立てている。
マクダフの家は、見た事がない物ばかりで覆い尽くされていた。何やら巨大な窓があって、そこに見た事もない地図のようなものが、ピコンピコンと音を立てながら動いている。
なんじゃ、こりゃあ…………。
「本当は、他の人に見せるようなモノじゃないんだけどね。コーヒーでもどうだい?」
「ああ、ありがとう」
ヴィティアは居心地の悪そうな顔をしていた。ラグナスは…………何やら、笑みを浮かべている。
「マクダフよ。随分と、洒落た部屋だな」
コーヒーを淹れて戻ってきたマクダフが、ラグナスの言葉に喜んでいた。
「本当かい? 気に入って貰えて嬉しいよ」
「ああ。ウルトラ頭良いカンジの部屋だ」
「…………そ、そうかい」
その台詞だけでお前がウルトラ頭悪いって事がよく分かるよ。
ヴィティアが耐えられなくなったのか、マクダフに言った。
「なんか、変な音するんだけど…………」
「ああ、サーバーがずっと回っているからね。埃っぽいかもしれないけど、気にしないでね」
「サー…………?」
トムディは…………どうやら、部屋の中を見て回っているようだ。珍しい物が沢山あるからだろう。あちらこちらの不思議な創作物を、全方向から舐めるように見ている。
…………なんか、楽しそうだな。
「マクダフさん、これは雷の魔法を使っているの?」
「あ、そうだよ。よく分かったね。旧人類は、電気の力を使って様々な事をしていた、っていう本があってね。その遺産と魔力を使って新しいものを作るのが趣味なんだ」
実に変わった趣味を持っているものだ。相変わらず、部屋の壁は奇妙な音がして、不思議な丸が現れたり消えたりしている。地図のような模様に…………ってこれ、地図か? さっきまで俺達が入っていたパスタの店の名前とか、そんなものが映っている。全体の中の、ほんの一部に過ぎないが…………。
「魔力の流れを感知して、何かをする機械ってこと?」
「おお、すごいな。そうだよ、その機械でスカイガーデン全体を取り巻いている魔力の状況を把握しているんだ」
俺はトムディを指差して、ラグナスに言った。
「お前よりトムディの方が、余程事情を把握しているようだが」
「…………」
ラグナスはやれやれとばかりに手を振って、苦笑していた。…………なんだよ。
しかし、これがマクダフの言う『調査』ってやつか。壁に映っているものがスカイガーデンの地図で間違いないとするなら、多分そうなのだろう。…………そうすると、地図上に映っている変な丸が気になるな。現れては消えている。
消える事もあるから、人では無いだろうし…………さっき魔力って言っていたから、それなのだろうか。
「マクダフさん、これで何を調査しているんだ?」
俺がそう問い掛けると、マクダフは不意に険しい顔になった。
「実は、とんでもない事が分かってね――――天空の大陸、スカイガーデン。大陸を空中に浮かそうと思ったら、とんでもない魔力が必要になるって事は、魔導士の君なら分かるだろ?」
「ああ、それは分かるぞ」
「…………あれ? 魔導士だよね? 武闘家?」
「魔導士だよ!!」
ラグナスが吹き出して、言った。
「マクダフよ。こいつは『零の魔導士』と言って、セントラル・シティでは有名な、魔法が一つも使えない魔導」
俺はラグナスを殴り、部屋の隅に転がした。
「それで?」
「…………あ、ああ。最初はそれがどんな仕組みになっているのかと思って、スカイガーデン全域の、魔力の流れが見えるような機械を作ったんだ。それが、そのモニターなんだけど」
モニターというのか、この地図は。マクダフは立ち上がり、現れては消える地図上の赤い点を指差した。
「これが、極めて高い魔力が発生している場所の印なんだ。スカイガーデンでは、このように魔力が瞬間的に現れては消える現象が、頻繁に見られる。大陸を浮かせる魔法はすごいものだったけれど、これらは全く関係のない魔力だという事が最近、分かったんだ」
既に、ヴィティアは魂の抜けたような顔をして、放心していた。トムディは真剣に話を聞き、ラグナスは真剣に話を聞くフリをしていた。
「…………それで? それが、どうしたんだ?」
「これはね、驚くべき事なんだよ。この魔力の発生源は、人間界でも、魔界でもない――……未だ我々の知らない世界から来ているんだ」
「はあ…………」
なんか、宇宙人の交信みたいだな。
「仮にその世界を、『第三の世界』とでも呼ぼうか。その『第三の世界』の魔力は、上昇傾向にある、という事が分かったんだ。時折現れる魔力は、ここ数十年で少しずつ強くなっている。まるで、僕達を試すかのように――……この魔力が延々と強くなって行くとするなら、やがて質量を増した魔力は災害となって世界に現れる。僕はそれを、『紅い星』と呼んでいるんだ…………!!」
遂に、俺にもマクダフが何を言っているのか、理解できなくなった。
その場に、沈黙が訪れる。トムディは何やら衝撃を受けているようだったが…………ラグナスは何だかよく分からないが、頷いている。ヴィティアは既にグレースケール化していた。
「…………それで?」
「えっ…………? ここ、驚く所なんだけどな…………スカイガーデンの人々は恐れ始めているんだよ。だから僕は『予言者』だなんて言われて…………怖くないのかい!? 魔力が、世界を襲う日が来るんだよ!?」
「…………なるほど。…………じゃあそれは、いつ、現れるんだ?」
「えっ」
マクダフは俺の問いに、視線を泳がせた。
「千年…………いや、二千年…………? 一万年後、くらい…………? いや、その前に消滅する可能性も…………」
へえー。
俺は何を言って良いのか分からず、その場に沈黙していたが。ふと思い付いて、マクダフに問い掛けてみる事にした。
「そうかマクダフ、貴重な研究をありがとう。…………ところで、俺も実は個人的に研究していた事があったんだけどな」
「へえ、そうなのか!! それはどんな研究なんだい?」
「これも最近分かった事で、驚くべき事実なんだ。もしかしたら全世界の食生活に影響を与える可能性がある分、『紅い星』よりも危険かもしれない」
「え、ええ…………!? そんなに凄い事が…………!?」
緊張するマクダフ。俺は人差し指を立てて、マクダフに示した。
「――――――――パンを食べた人間の九十九%以上は、二百年以内に必ず死ぬ」
マクダフは立ち上がり、テーブルを叩いた。
「な、何だって…………!? それは危険だ!! そんなに身近な食べ物が、まさか…………ええ、パン!? さ、早速研究の対象にしなくては…………!!」
…………間違いない。
マクダフは……………………アホだ。
*
リーシュ・クライヌは城の柵から、遠く続いていく大陸を見詰めた。
紫色の空。遥か遠くに見える太陽は、沈みこそしないものの、周囲を照らす事は無いと言う。それは、この場所が魔界の中でも最も暗い、『朝の来ない城』と言われている事の由来らしい。
リーシュの背中には、先程からリーシュと行動を共にしているフードの男が立っている。
相変わらず、顔は見えない。
「ここは昔、『魔王城』とも呼ばれていた場所だよ。今となっては、唯の廃墟に過ぎないけどね」
リーシュの胸に、言いようもない感情が込み上げた。空気は澄んでいるが寒く、ローブ一枚のリーシュには心許ない。仲間が誰もいない――……そんな場所に隔離され、男は言った。
リーシュ・クライヌは、人間ではない、と。
「…………私を、人間界に帰してください」
問い掛けると、フードの男は言う。
「それは、駄目だよ」
どうしてですか。リーシュは、そう言い掛けた。だがリーシュが口を出すよりも早く、フードの男はリーシュに或る一つの回答を用意した。
「君は、人間と魔物のハーフなんだ」
言葉は、リーシュの奥深くに突き刺さった。
仮にも信じ難い言葉だった。当然、そんな事は誰にも言われていない。それ所か、『人間と魔物のハーフ』など、文献にも見た事も聞いた事も無いような言葉だ。
だが、リーシュには一つの予感があった。リーシュの祖母は――……リーシュの、本当の親ではない。それを知っていたからだ。
遥か昔から、リーシュには疑問があった。それは、ふとするとリーシュの踏み締めている大地を根本から奪ってしまうような、最も基本的な問い掛けだった。
自分は、何者なのだろうか。
「面白くないですね。…………スケゾーさんの方が、まだ面白い冗談を言いますよ。…………そんな人間、いないですよ」
「そんな事はないよ? …………幼少期の君は、それは魔物も同然だったよ。簡単に人を殺めて、しかもそれを手柄として喜んでしまうような――……善悪の区別も付かない、恐ろしい子供だった」
「有り得ません」
リーシュはフードの男の言葉を、鼻で笑った。
「私はまだ赤ちゃんの時から、今のお婆ちゃんに育てて貰ったんです。『人は大切にしなさい』と、何度も教わって来ました。その言いつけを破った事はありません」
リーシュは頭の中に浮かんだ僅かな疑問を振り払うように、人差し指をフードの男に向けた。男を真正面から睨み付け、視線だけで対抗していた。
剣も、防具もない。今のリーシュに出来る、精一杯の強がりだった。
「そんな言葉で、私を騙せるとでも思っているんですか? …………今すぐ、セントラル・シティに帰してください。それも許されないと言うのなら――――貴方の自由を奪って、勝手に帰る方法を探します」
場合によっては、殺すことも厭わない。リーシュはそのような覚悟を持っていた。
この場所に来る術はあるのだ。まさか、帰る術が無いという事はないだろう――……リーシュはこの場所に来るまで、一度も目を覚まさなかった。外を見れば、一度入れば迷ってしまいそうな、深い森が続いているばかりだ。…………恐らく、魔法か何かで連れて来られたのだろう。
それが分かっていたリーシュは、躊躇わなかった。この場所に居るのは、フードの男、一人だけだ。他に仲間は居ない。仮に城の中で出会したとしても、どうにか気付かれる前に人間界へと帰ってみせる。
フードの男は極めて優しそうな声色で、リーシュに言った。
「四歳の時のことだ。…………君はノーブルヴィレッジを一度だけ、抜け出した事があった」
リーシュは思わず、フードの男の言葉に聞き入ってしまった。
「君は何かを壊したくて壊したくて、堪らなかった。お婆さんと喧嘩した時の反動で、殺意が芽生えてしまったんだろうね。君は容易く空を飛び、ノーブルヴィレッジから遠く離れた場所まですぐに移動して、そこで私と出会った」
何を言っているのか、まるで理解できない。
それは、リーシュの記憶にはない出来事だった。リーシュは額に汗を浮かべて、男の言葉を聞いていた。
「その時、君が私に問い掛けたんだ。『あなたを殺しても良いですか』ってね。驚いたよ。何を言い出すのかと思った――――何かを壊したい衝動が、抑えられない様子だった。そして、君はそうする事のできる力も持ち合わせていた」
フードの男はそっと、リーシュの肩に手を乗せた。
それだけ近付いても、男の顔は見えない。何か、細工がされているようにも感じられた。…………リーシュは、目を泳がせた。フードの男の言葉をこれ以上聞きたくないと、身体が言っていた。
「誰にも教わった事がないのに、不思議な力が使えた事はないかい? 例えば――……巨大な光の剣を操る事ができる、とか」
――――――――知っている。
この男は、自分自身が持つ武器の事を、どういう訳か、知っている。
「触らないで!!」
リーシュは男の腕を振り払った。得体の知れない記憶の事を、これ以上話されたくなかった。魔力を使い、剣を構える。実物の剣ではなく、それは光り輝いていたが――……リーシュは自分自身の創り出したそれを見て、衝撃を受けた。
剣を持っているからこその、魔法だった。リーシュは剣の訓練をしたから、剣の魔法を使えるようになった筈だった。
だが、今のリーシュは剣を持たず、自ら剣を創り出している。
「…………参ったな。少し、落ち着いてくれよ。私も、君に殺されたくはない。むしろ、君にとって有用な存在になると思っているんだ。君が忘れてしまっている事を、私は調べた。覚えている事も多い」
男の話を聞くべきか、聞かざるべきか。
リーシュは気が付けば、肩で息をしていた。それ程に、興奮していた――――…………深呼吸をして、魔力を収める。同時に、剣も消えた。
自分が、何者であるのか。
リーシュは少し、男の言葉に興味を持ってしまっている自分が居ることに気付いた。
いや。気付いた上で、拒絶していたのだ。
フードの男はリーシュの頭を撫で、言った。
「――――良い子だね」
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