第100話 エロではない。どエロだ
スカイガーデンにある、小さなオープンカフェ。一仕事終えて、俺達は集まっていた。
「――――――――誰も話を聞いてくれないっ!!」
ヴィティアがそう言って、叫んだ。
「なんでー!? どうして皆、写真を見て逃げるのよー!!」
スカイガーデンに来て、二日が経過した。俺達は未だ、最初に訪れた街――どうやら探索の結果、『エリゼーサ』という名前だったらしいが――から出られずにいた。
街から街へは転移する為の魔法陣があって、山を登ったり下ったりしなくても、場所を移動する事は楽にできる。…………でも、フラフラと違う街を行き来していたんじゃ、誰に聞いたのかも思い出せなくなってしまう。だから、この街を出る時は、この街に見切りを付ける時だ。
残念な事に、長老の協力も得られない。俺達は使い古したキララの紹介状を持って、『エリゼーサ』の住人を当たってみたが――……長老だから知っていただけであって、キララの存在など街の住民は一人として知らない。
困ったもんだ。
「声を掛ける所までは反応してくれるけど……写真を見せると、逃げていくんだよなあ」
トムディが水のグラスを傾けながら、そう言う。
『金眼の一族』が珍しいのか、何なのか。この街には、金色の眼を持つ人間が見当たらないからなんだろうか。俺はそもそも、声を掛ける前に逃げられてしまっていたので、話にならなかったが。
ウェイトレスがパスタを持って、俺の前に来る。青い顔をして、若干の震えを伴い。
「あ…………、あの、ベッ…………ベビーコーンと、ホワイトソースのパスタに…………なります…………」
これである。
冗談じゃないぜ、全く。
「グレンよ。どうやら、お前のせいで俺達全員、避けられているような気がするな」
「…………分かってて言ってんだろ、お前」
ラグナスはにやにやとした笑みを貼り付けて、フォークでパスタを巻きながら言った。
「別に、この俺に全てを任せて尻尾巻いて逃げ帰っても構わんのだぞ? 豚のようにな!!」
「残念ながら、長老から許可が出たからな。テコでもお前には譲らねえよ、安心しろ豚好き野郎」
俺とラグナスは、火花を散らせ合う。トムディがその様子を、アップルジュースを飲みながら言った。
「…………友達とか言ってたけどさ、仲は良いの? 悪いの? どっちなの?」
「少なくとも良くはないな」
俺とラグナスがそう言ったのは、殆ど同時だった。
全く、こいつが居なければ少しは落ち着いた旅になったと言うのに。直情的でしかも行動派だから、見張っておかないと何をしでかすか分かったもんじゃない。
最も、ラグナスも同じ事を考えているようではあったが。
まあ、そんな事はどうだって良いんだが…………このままだと、情報は手に入りそうにない。この街が駄目だと見切りを付けるなら、今日の内にでも違う街に移動して、聞き込みを続ける必要があるな。
幸い、街から街へ移動するのは一瞬だ。セントラル大陸と違って、移動に馬車を使う必要が無いというのは大きなメリットだろう。セントラルもこうすれば良いのに。…………最も、距離が遠くなった場合に出来るのかというのは、また別の話ではあるが。
「休憩したら、別の街に向かってみよう。俺達の話を聞いてくれる人間が現れるかもしれないじゃないか」
「…………そうだと良いけど」
ヴィティアはそう言って、テーブルに突っ伏した。
「なんか、誰かから『助けるな』って言われてるみたいな気がして。長老さんの言う通り、過去はそう簡単には覆らないわね」
少し自虐的な笑みを浮かべているように見えた。…………少なくとも、俺には。
「一生、消せないもんね――――…………」
どうしてだろうか。俺には、ヴィティアが今の現状を、過去の自分と重ね合わせているように思えた。
過去は消えない。誰が何と言おうと、それは確かだ。ヴィティアが連中の下っ端として所属していた事も、確かな事実として永遠に残り続けるものだ。
少なくとも、ヴィティアがそこに居たことを覚えている人間が居る限りは。
人の記憶は、途絶えるまで生き続けるんだなあ、と思う。誰かが忘れない限り、それを誰かに伝え続ける限り、誰かの記憶は伝達され、誰かの頭には残り続ける。
それは素晴らしい事だとも言える。人の歴史に関わる――――だが一方で、とても恐ろしい事だとも言える。
過去は消えないが、正しく『記憶』そのものを伝達することは、誰にも不可能な事だからだ。伝わった記憶は、人々の解釈というフィルターを通して理解され、或いは誤解されて残っていく。
魔法でも、使わない限りは。
「それは違いますよ、ヴィティアさん」
ラグナスがそう言った時、ヴィティアは顔を上げた。
「過去など、点に過ぎない。俺達は今現在から未来という、『線』の中に生きているんです。その大きさから考えれば、過去なんてちっぽけなもの。最も大切なのは、これから俺達が何を成すのか。…………違いますか」
こいつはたまに、ナチュラルに格好良い事を言う。顔が良いから、余計に映えるな。
ヴィティアは少し感心したような顔で、ラグナスに笑い掛けた。
「…………たまには、良い事を言うのね」
「だからヴィティアさん、貴女が俺のにゃんにゃんワールドに必要な人材だという事もまた、一つの事実としてあるのですよ」
これで中身が変態じゃなければ、女には困らないだろうになあ…………。
「だから、そのにゃんにゃん? …………って、何なの?」
「学校です」
ワールドって言ったじゃねえか!!
ラグナスは目を閉じ、僅かに頬を染めて、胸に手を当てた。
「可愛い…………可愛い俺の、子猫ちゃん。俺は、女の子さえ周りに居れば、頑張れる」
ヴィティアがそれはもう酷い――ゴミを見るかのような――目をして、ラグナスを見ていた。それに気付いていないラグナス。…………幸せな奴だな、こいつも。
「そこで俺は気付いたんです!! 俺自身が校長になり、周囲を全て女の子だけで固めた女学校を作れば、俺だけの美しい花園が出来ると…………!!」
精一杯主張しているが。既にヴィティアは話に全く付いて行けていない。
…………あれ? そういえば昔、ライジングサン・アカデミーがどうとか、誰かが言ってなかったっけ?
あれは、何だったかなあ…………。
トムディがげんなりとして、ラグナスに言った。
「つまり、エロい学校ってこと?」
直球だなオイ。俺、この場から離れても良いかな。
「貴様エロ等と軽々しく口にするなっ!!」
「…………違うの?」
「エロではないっ!! ――――どエロだ!!」
「同じじゃないかよオォォォ!!」
ヴィティアがテーブルを叩いて、立ち上がった。怒っていると言うよりは、恥ずかしそうにしている。
…………なんか、声が大きくなって来たな。
「こっ、この変態剣士!! ちょっとカッコ良いかもと思えば…………そんなものに私とリーシュを誘おうとしてんじゃないわよ!!」
「そんなものではないっ!! 平和の楽園です!!」
「あんただけのでしょ!?」
お…………おい。お前等、ヒートアップし過ぎだぞ。周囲の人間が気にし始めたじゃないか…………!! しかも、内容が内容だ。こんな公共の場で話すような事じゃない…………!!
「エロで何が悪いと言うのですか!! 良いですか、この世界の文化は皆、エロによって創り出されて来たんです!!」
「お…………おい。分かったから、それ以上叫ぶな…………!!」
思わず、止めに入ってしまった俺。だが、ラグナスがこんな事で止まる筈がない。
「絵画も銅像も、この世は男と女の裸から始まるのですよ、ヴィティアさん!! 我々の身体から新たな生命が産まれる行為!! これぞ生命の神秘!! 決していやらしいモノではない、エロとはもっと神聖化されるべきものなんだ!! どうしてそれを、誰も理解してくれないんだっ…………!!」
やめろ…………!! もう、やめてくれっ…………!!
ヴィティアが鳥肌をさすりながら、目尻に涙を浮かべていた。
「グレンごめん私この人無理!! この人はグレンの担当ね!!」
「やめろ俺を勝手にラグナス担当にするなっ!! 付いて来ちゃったのは事故なんだから、皆で頑張っていこうぜ!! なっ!?」
トムディは、既にラグナスと目も合わせたくないようだった。
「でも、ラグナスが求めているのはどっちかって言うとグレンだよね」
おお――――い!! トームデーィ!!
「フッ、勝手な事を言うな、トムディよ。俺がこの男にちょっかいを出すのは、一つの理由としてリーシュさんとヴィティアさんがこいつ派だからだ。そしてもう一つは、こいつと居ると俺にメリットがあるからだ。俺達は互いに真逆の存在。だからこそ、二人で居ることで女性が寄って来る」
「寄って来た試しねえじゃねえかっ!! 勝手な事を言うんじゃねえ!!」
「寄って来る!! 絶対に俺の目に狂いはないっ!!」
「いいか、とっくに狂ってんだよ!! 果物屋のリンゴが全部カビてたら、カビてない奴を探す方が難しいだろうが!! お前の目はそういう目なんだよ!! 認識を改めろ!!」
「そんな事はないっ!! 俺は貴様の中に溢れんばかりの漢気と、女性を惹き付けるフェロモンに溢れたオーラを感じたんだ!! 悔しいが、その部分においてはこの俺と同レベルだと、認めざるを得ない!!」
「駄目だこいつ脳までカビてやがったアァァァッ――――!!」
「おい」
不意に、背中からラグナスの肩が叩かれた。振り返ると…………コック帽を被った男が笑顔で、親指を店の外に向けていた。
男は、言った。
「出禁」
*
悔しそうな顔で、ラグナスが道端の石ころを蹴った。
「クソッ…………!! まだ食べ終わってなかったのに、どうして出禁なんだ…………!!」
「当然でしょ?」
「当然だな」
「当然だねえ…………」
ラグナスを除く、俺達の認識は一致していた。全く本当に、ラグナスと居ると飽きないな。悪い意味で。
…………まあ、程良く馬鹿をやった所で。そろそろ、次の街に向かわなければならないだろう。未だ、『金眼の一族』も見付けられていない訳だし…………誰も情報をくれないのなら、スカイガーデンの街を順番に当たって行く、というのも悪くはない筈だ。
スカイガーデンにも、色々な種類の人間がいる。俺達の話を聞いてくれる人間だって、その内に現れたりするかもしれない。
「あ、いたいた。おーい」
ん? …………聞いた事の無い声が、俺達を呼んでいる?
振り返ると、こちらに向かって走って来る人影があった。茶髪に眼鏡…………チェックのシャツを着た、細身の男だった。年齢は三十代といった所だろうか。
近くに人は居ない。当然俺達…………だよな? 男は俺達の目の前まで走って来ると、肩で息をしていた。
「ハァ、ハァ…………良かった、まだこの街に居たんだね」
「あ、ああ。丁度これから、別の街に行こうかと思っていた所だけど…………あんたは?」
問い掛けると、男は笑顔で答えた。
「初めまして、僕はマクダフ。このエリゼーサで、とある調査をしているんだ」
調査…………? マクダフと自己紹介した男は、何処と無く優しげな物腰だった。握手をすると、軽く笑う。
「いやあ、周囲からは『予言者』なんて言われているけど、別に大した男じゃないからさ。できれば、『マクダフさん』って呼んでくれると助かるよ」
「予言者? …………あんたの事をか?」
「ここの人達がさ、最近『サウロ』が姫様の事を嗅ぎ回っているみたいだ、なんて言うもんだから。サウロ担当はお前だろ、なんて言われちゃってね。あ、それは僕が地上人だからなんだけどね。いやあ、参ったよ」
マクダフは、一人で笑っていた。
俺達は思わず、顔を見合わせてしまった。『姫様』…………? 一体マクダフは、何の話をしているのだろうか。
何かまだ、俺達には知りようもない情報が転がっているのかもしれない。
「…………あんたどうも、街の事情に詳しいみたいだな」
そう言うと、マクダフはふと真面目な顔で言った。
「君達も、あまり王家の人達のことで、余計な詮索はしない方が良いよ。デリケートな話だからね」
「その、王家がどうのこうのっていうのがよく分からない。…………できれば、ちゃんと話を聞かせて貰えないか? 正直、誰とも話ができなくて、困っていたんだ」
「ここじゃあ、ちょっとね。僕の家――――というか、研究室で話そう」
マクダフはそう言うと、俺達に手招きをした。付いて来い、という事だろう――……思わぬ所で、良い人に出会えたもんだ。
何か良い情報が手に入れば、なんて期待をしてしまうが。
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