第65話 まじかる☆乙女ちっく☆神拳
試合を開始する前の合図があり、キャメロンとラチェットの二名は戦闘準備に入る。
片や棍棒を片手に持ったバリバリの武闘家、片や少女趣味な可愛らしいスカートを装備した変な男。唐突に現れた男の痴態に、周囲で観戦している冒険者達も、訝しげな視線を送っている。
審判の腕が持ち上げられ、それが一気に振り下ろされる――……。
「始め!!」
動き出したのは、棍棒を持った男の方だ。この大会で試合開始前に立たなければならない距離は、武闘家としては間合いが広すぎるのだろう。一足飛びにキャメロンへと近寄り、小さく跳ねながら攻撃の機会を窺う。
「…………グレン、キャメロンが身動き一つ取らないんだけど」
トムディが不安そうに、キャメロンを見ていた。俺も腕を組んだまま傍観していたが、やはりキャメロンの変な様子は気になってしまう。
……何かあったのか? 棍棒の男は何時でもキャメロンに攻撃を仕掛けられる位置をキープしながら、出方を窺っているように見えるが。対するキャメロンは仁王立ちのまま、何もしていなかった。
風が、キャメロンの短髪とフリルを僅かに揺らす。
「何だ……? 仕掛けないのなら、こちらから行くぞ……!!」
遂に、棍棒を持った男が動き出した!!
キャメロンが何もしていないので、通常ならばそんな余裕は無いだろうに、しっかりと力を溜め、両足で踏み込む。棍棒の男は高く跳躍し、二階の観客席にも匹敵するほどの高さになった。
魔力を使わずに、あの高さ…………!! 武闘家は肉体に宿る魔力を無闇に放出しないのが主流だが、鍛え抜くとあれ程に動けるようになるのか…………!!
「悪いが、死んでも恨むなよ!!」
棍棒の男は叫び、空中を蹴った。爆発的な速度で蹴られた脚は空気を蹴り、未だ仁王立ちをしているキャメロンに向かって稲妻のように落下して来る。
に、人間業か…………!? 体一つであんな事、出来る訳がない……と、思うが。どうする、相手は結構戦える男のようだぞ…………!?
どうして何もしないんだ、キャメロン!!
「はあぁぁぁ――――――――っ!!」
ラチェットと呼ばれた男の棍棒が、キャメロンの脳天に向かって振り下ろされた――――――――!!
「キャメロン!!」
「キャメロンさんっ!!」
チェリアとトムディが、同時に叫ぶ。
お…………おいおい、このまま試合が終わっちまうぞ!? 何してんだよ、キャメロン!! 固唾を呑んで見守っていた観客も、その棍棒がキャメロンに当たる瞬間、思わず目を背けてしまう。……当然だ。こんな一方的な戦い、誰も望んでいない。
男の棍棒は、キャメロンにクリーンヒットし。首の骨が折れるような、鈍い音がした。
や、やられたのか…………!? いや…………!!
俺は、目を見開いた。
「――――――――どうやら俺とお前では、覚悟の『重み』が違ったようだな」
ち、違う。キャメロンの、首の骨が折れたんじゃない…………!!
「なっ…………!?」
折れたのは、棍棒の方だ――――――――!!
キャメロンは相変わらず、眉一つ動かさずに対戦相手のラチェット・クニスを傍観している。
砂埃が舞い上がり、キャメロンの身体を僅かに隠す。その向こう側に見えるのは、鋭く光る眼光…………!! 腕を組んだまま、キャメロンは言葉を発した!!
「――――――――男の覚悟を、舐めるな」
自称魔法少女のお前にだけは、多分誰も言われたくない!!
折れた棍棒を前にして、ラチェット・クニスは目を白黒させている。こんな事、今までに起こらなかったのだろう。前回、ラグナスの仲間として登場した時には感じられなかったキャメロンの魔力が、激しく渦巻くのを感じる。それは旋風となり、キャメロンの周囲で渦を巻くように動いていた。
鬼神の如き表情で、キャメロンは対戦相手の男を一瞥した。たったそれだけで、対戦相手は萎縮し、堪らずに一歩、キャメロンから離れる。ようやく動き出したキャメロンは、フリフリの服の上からでも分かる大胸筋と上腕二頭筋に力を入れ、右腕を前に出した。
何だ、この魔力は…………!? やはりキャメロンは今まで、『魔法少女』としての修行を積んでいたという事か…………!?
だから魔法少女って何!?
「月夜に煌めくマテリアル・パワー!!」
謎のポーズに、相手は完全に戸惑っている!!
「イリュージョンッ!!」
キャメロンが謎のポーズを決めると、キャメロンの全身が眩く光る。溢れ出る魔力に、誰もが釘付けになっていた。
何故か空中に浮かんだキャメロンの服に、何だか妙なアクセントが付いて行く…………!! 下はハイヒールに、頭には花飾り、胸には宝石…………!? 一体どんな魔法なんだこれは!! 何が起きているんだ!? 俺のアイテムを小さくする魔法と、似たようなもの…………!?
目を閉じたキャメロンは突如として出現した可愛らしい魔法の杖を手に取ると、元通りにステージへと立った。
「まじかる☆きゃめろん!! 只今見参ッ!!」
キャメロンは目を見開き、人差し指と中指を立てて目元を強調した!!
もうあまりにあまりな出来事に、対戦相手は完全にフリーズしている!!
こ、これも一応、奴の作戦なのか!? 初めて見たが、『魔法少女』モードに入った瞬間、実質対戦相手は何も出来ていない……!! よく考えれば完全に隙だらけなキャメロンの行動も見逃され、キャメロンのターンに入ってしまった…………!!
恐るべし、魔法少女…………!!
「貴方は悪ではないけれど!! 私にも目的があるのよ!! 一撃で終わらせて貰うわ!!」
なんかいきなりカマ言葉になったんですけど!?
キャメロンは腰を深く落とし、魔力を高めた。真下に浮かんだ魔法陣に、ようやく相手も伊達や酔狂でやっているのではないと気付いたらしい。ここからどんな魔法が飛び出すのか、正直俺にはもう皆目見当がつかない…………!!
折れた棍棒を捨て、ラチェット・クニスが拳を構えた!!
「この変態野郎が!! …………っくそ、ふざけやがってっ!!」
しかしキャメロンは、まるで動じない。そして、奴は宣言した。
「まじかる☆乙女ちっく☆神拳!!」
来た……………………!!
い、一体どんな魔法なんだ、『まじかる☆乙女ちっく☆神拳』…………!! 名前から察するに、魔法と肉体の連携技…………!? あのキャメロンが開発したと言うんだ、俺も魔導士として気にならない事はない。
神髄がどうとか言っていたらしいが、遂に見られるのか…………奴の『魔法少女』としての、新しい生き方を…………!!
キャメロンが、消えた。
「【飛弾脚(ひだんきゃく)】!!」
違う、消えたんじゃない!! 一瞬で対戦相手と距離を詰め、その腹を凄まじい勢いで蹴っ――――えぇっ!?
「ふごおぉぉぉぉぉぉっ――――――――!?」
魔力関係無かったあぁぁァァァァァ――――――――!!
全ッッッ然魔力関係無かったあぁぁァァァァァ――――――――!!
対戦相手のラチェット・クニスは、場外を通り越してコロシアムの柱に激突した。あまりの衝撃に、柱の表面が僅かに崩れる…………そのまま、場外の芝生に落下。言葉通り一撃で戦闘を終えたキャメロンは、少し寂しそうな顔をして、男から目を背けた。
「心配するな。お前が弱かったのではない。魔法少女の覚悟が強かったのだ」
キャメロンの名を叫ぶ事も忘れ、審判は出来事に圧倒されてしまい、呆然とその場に立ち尽くしていた。
*
「おお、どうにか魔法で勝ったぞ、グレン」
「ダウトオオォォォォ――――ッ!! 魔法少女ダウトオォォォォ――――ッ!!」
席に戻って来たキャメロンに、思わず俺は人差し指を突き付け、宣言してしまった。
キャメロンは爽やかな笑顔のまま、俺の宣言に首を傾げた。
「ああ、正確には『まじかる☆乙女ちっく☆神拳』で勝ったんだがな」
「そこじゃねえよオォォォ!! 『まじかる』的な要素も『乙女ちっく』的な要素も無かっただろオォォ!?」
どうでも良いが、『神拳』しか合っていない。いや、蹴っているのだから正確には『神拳』すら合っていない。ほんの少しでも新たな魔法が登場するかと思ってしまった俺がアホだった。
やはり、こいつも何故か俺とラグナスの影響を受けた結果、イレギュラーになってしまったのだろう。……可哀想に。この格好では、もはや他のパーティーには引き取って貰えないに違いない。
そう考えると、ラグナスが帰って来るというのも一つの案ではないかと思えるが。
キャメロンは俺が言った言葉の意味が理解できなかったようで、笑顔のままで暫くその場に立ち尽くしていたが。
「――――あ、美貌の秘訣か?」
「聞いてねええぇぇぇぇっ――――!!」
駄目だ、もう。
「…………まあ魔法少女については分かったから座れよ、キャメロン。もう今日もじき日が落ちる、一回戦で終わりだろ」
「もうそんな時間か。最初の一回戦は、やはり随分と長いんだな」
そりゃそうだ。トーナメントという事は、二回戦、三回戦と続くにつれて休める時間が減って行く。出場者の多い今の内に出来る限り休んで、続く連戦に備えておくべきだろう。
勝ち負けが進むに連れて、最初は多かった会場の冒険者達も、殆どがその姿を消して行く。初日で半分減るのだから、それは当たり前なんだが……一応勝った身としては、今日の最後までは居ないといけない。もし二回戦までやる時間があるとすれば、出なければならなくなる可能性もある訳で。
俺は薄ぼんやりと考えながら、ステージで戦う冒険者達を見ていた。
「そういや、『ギルデンスト・オールドパー』の一回戦、見損ねたな」
「グレンと同じタイミングでの一回戦だったからな。まあ、明日にでも見ておけば良いだろう。参考になるかどうかは分からないが」
特に誰からの返答も期待していなかった俺の言葉に、キャメロンが反応した。俺はキャメロンがそう言った事で、つい気になってしまい、キャメロンを見た。
「…………参考にならない? 何でだよ」
戦闘服から元の武闘家服に着替え終えていたキャメロンは、じっと前を見据え、無心のままで言った。
「決着は一瞬でついた。動きが速すぎて、見る事すら出来なかった――――…………奴は本物だ。対戦相手は失神して、その場に倒れたよ」
そう…………なのか。優勝経験のある冒険者だとは聞いていたが、そんなにも差があるものなのか。
対戦相手が違うとは言え、俺は一瞬で戦闘を終える事なんて出来なかった。勿論、対戦時間が全てではない。剣士なんて動きが速くて魔力も使えるメインの前衛なのだから、強ければ戦う前に勝敗が決着しているなんて事はザラにあるのかもしれない。
…………でも、やはり気になるな。
「やれやれ。どうやら、僕の出番は無かったみたいだね」
不意にトムディがそう言って、やたらと清々しい顔で席を立った。
「…………ん? お前まだなのか、トムディ?」
「全部の一回戦を今日やる訳では無かったみたいだね。僕はじっくりと、明日のための作戦を練る事にするよ」
そうか? ……確かに時間は迫っているとは言え、まだ今すぐに終了という流れでも無いと思うが……お、遠くで誰かと誰かの戦いが終わったみたいだぞ。
審判が、二名分の旗を振っている…………。
「おいトムディ、あれお前の番号じゃないか?」
「えっ?」
そうだ。どう見ても、あれはトムディの番号だ。既に戦線離脱する気満々だったトムディが、急に蒼白になって、ステージの方を見た。
そりゃ、そうだろう。トーナメント表を見れば、対戦はもう終盤に差し掛かっている。今日中に一回戦くらいは全て終わらせたいと考える筈だ。
キャメロンが腕を組んで、棒立ちになっているトムディを見た。
「おい大丈夫かトムディ、足が震えているぞ」
だから俺は棄権しても構わないと何度も言っているのに。何故震えながら、戦いに行こうとするのか。…………まあ、トムディも男としてここは引けないと思っているんだろうが。
トムディは目を閉じ、微笑みを浮かべた。
「……………………行って来る」
哀愁漂う背中を、チェリアが深刻な表情で見守っていた。
*
「出場者は前へ!!」
ステージにトムディが立つ。トーナメントの出場者は千差万別だが、その中でも取分けトムディは小柄で、ギャンブル層からの支持も低かった。まあ当たり前っちゃ当たり前なんだが、他の冒険者と毛色が違いすぎた。
それでも、トムディは逃げなかった。それが吉と出るか凶と出るか、今の俺達には分からないが…………予選一回戦、最後のメンバーだ。俺達としては、応援する他ない。
「頑張れよ、トムディ!!」
「勝てますよ、トムディさん!!」
「落ち着いて戦うんだ、トムディ!!」
次々に、俺達はトムディに声援を送った。トムディはニヒルな笑顔で軽く手を振ると、杖を持って背を向ける。
…………ニヒルなんじゃない。顔が引き攣っているんだ。
「強くありませんように強くありませんように強くありませんように」
小さなトムディの念仏が聞こえてくる。
そうして、俺達はトムディの目の前に立った男を――――――――見上げた。
「…………お前か、トムディ・ディーンってのは」
でかい。…………俺達が今日見て来た冒険者の中でも、一、二を争う身体の大きさだ。キャメロンの二倍、いや三倍くらいはあった。
「ぎゃああああアァァァァァ――――――――!!」
…………骨は拾ってやるぞ、トムディ。
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