第66話 トムディの秘密
しかし…………巨大だな。トムディの身体が小柄だから、その差は四倍近くにも見える…………トムディの全長が相手の男の腰までしかないという、この状況。
当然、パンチやキックでどうにかなるとは思えないな…………脛でも蹴るか? 子供の喧嘩じゃないんだから。なんて、一人脳内ツッコミを入れてしまう俺。
トムディは既に愕然とした様子で、目の前の巨大な男を見上げている。男はどうやら鉄球使いのようで、鎖の先に鉄球が付いたような武器を持っていた。……その鉄球でさえ、トムディの全長程はありそうな大きさだ。あんなもので殴られたら、トムディは一発で気絶してしまうだろう。
……仕方無い。覚悟を決める時だ、トムディ。俺達は大きく息を吸って、口元に手を添えた。
「棄権するんだ、トムディ!!」
「勝てなくても良いんですよ、トムディさん!!」
「落ち着いて状況を見るんだ、トムディ!!」
「もう少しまともな応援は無いのかよおオォォォ!!」
既に全てを諦めている俺達に、トムディが泣きながらツッコミを入れた。
まさか、戦うつもりなのか……? トムディは杖を構えて、戦闘態勢だ。対戦相手の巨大な男も、鉄球を構えた。両者、準備万端と言ったところか。この状況でも何か、勝つ算段があるという事なのだろうか。
「これより、トムディ・ディーンと、ビル・サンダーソンの試合を開始する!!」
幾らなんでも、この状況で戦おうと考える程、トムディは馬鹿じゃないはず…………いや、待て!?
トムディは僅かに笑みすら浮かべて、男と相対している…………!?
「おいスケゾー、見ろ。トムディ、何か策があるみたいだぞ」
「みたいっスね。……いや、奴にそれ程のポテンシャルがあったとも思えねーですが」
割といつもトムディに当たりの厳しいスケゾーだったが。
生半可な覚悟では勝ち抜くことはできない、『ヒューマン・カジノ・コロシアム』。一回戦でも突破できるなら、確かにトムディの活路も見えて来るのかもしれない……!! ここはひとつ、トムディの勝算とやらに賭けてみるのも悪くはないか……!?
ライバルを一人でも落としてくれれば、俺としては大した功績だと褒め称えてやりたい。……何せ、元がアレなのだから。
「始め!!」
遂に、試合開始の宣告がされた。トムディは杖を器用に振り回し、自身の腰に据えると、魔力を高める。
まるで武闘家のような、靭やかな動きだ。これまでのトムディとは似ても似つかない。一体トムディの身に、何があったと言うんだ…………!? まさかこの状況で、覚醒して勝つなんていう未来があるのか…………!?
トムディは杖を、巨大な男に向けた。
「ハアアアアァァァァッ――――!! 降参するなら今の内だぞ、覚悟しろっ――――!!」
周囲の緊張が高まって行く。高められた魔力の量に、流石の俺も少し冷汗をかいていた。生半可な魔法で使う量ではない。トムディの下に現れた魔法陣の大きさが、それを物語っている。
遂に、トムディの全身が発光し始めた。魔導士が大魔法を使う時に、稀に見る光。まさかそんなものを、トムディから見る事になろうとは…………!?
観客が騒ぎ出す。何だあれは、まだ見ぬブラックホースが居るのかと、小さな話し声も聞こえて来る。
こ、これはもしかすると、もしかするのかもしれない…………!?
「この僕のもちゅっ」
物凄い速度の何かがトムディの鼻先を掠め、何かを話している最中のトムディから奇妙な声が漏れた。
騒いでいた観客が、一瞬にして静まり返った。
「……………………」
トムディは、何も動いていない。にも関わらず、腰を深く落として構えていた筈の杖を、トムディは持っていなかった。
巨大な男は、鉄球を振り回している。その鉄球に視線を向けるトムディ。…………そのまま、自身の真横にかっ飛んで行き、場外に落ちた杖を傍観するトムディ。
そこには五秒程の、静かな時があった。
「なんだァ? このガキ」
薄ら笑いを浮かべて、巨大な男はゆっくりとトムディに近寄る。
「ふおおおおおおおオォォォ――――――――!!」
トムディは、絶叫した。
多分、ステージに上がった冒険者から聞いた声の中でも、最も大きな叫び声だったと思う。
「…………大丈夫かな、アイツ」
腕を組んだまま、俺はつい、トムディの不安を口にしてしまった。
「さっきの魔力は、一体何だったんだ?」
キャメロンが同じように腕を組み、そんな事を俺に問い掛けた。
「別に、すごい魔法が使える訳じゃないからな…………多分、ハッタリの類ではないかと」
「ハッタリ?」
「ほら、魔力を高めて、…………高めるだけっていう」
「あー…………」
無益な会話が、俺とキャメロンの間で行われる。
ステージの端を、トムディは逃げ回った。時折、巨大な鉄球は目にも留まらぬ速さでトムディを襲う。そんな事はもう見えていないのだろう、とにかくトムディは逃げるのに必死になっていた。
おいおい、全く戦いになっていないぞ。ほぼ始めから分かっていたような気もするが……これからどうするんだ、トムディ……?
「小せえガキだな……とりあえず、場外に落とすか」
まず、巨大な男が巨大過ぎて、トムディが逃げられる範囲も限られている。ステージ中央に立たれると、トムディは端をどうにか走って逃げるしか手段が無くなるが、このポジションが既にトムディにとって最も悪い場所だ。一発殴られれば、容赦無く場外に落ちる位置。
自分の全長程もある鉄球の攻撃を、どうにかトムディは避けていた。その気力には感心させられるが。
「いやっ!! 待てエェェっ!! 落ち着いてエェェェェ話し合おオォォォ!!」
何故か対戦相手の説得を試みるトムディ。会場内も、トムディの痴態に苦笑したり、同情していたりする。
何より、トムディに賭けていたと思われる何名かの観客が激怒して、席を立った。…………仕方無いよなあ。
「おもち!! もち!! ついて!!」
いやお前が落ち着けよ。
男の振り回している巨大な鉄球が、遂にトムディを捕らえる。トムディは避け切れず、棘の付いた鉄球攻撃をもろに受ける事になってしまうが…………!?
「【ヒール】ッ!! ゲフゥッ!?」
男の鉄球が直撃した。
奇妙な現象が起こり、対戦相手の男が攻撃を一時的に止めた。殴った手応えがあったのかどうかは分からないが、突如としてトムディは空中に浮き上がり、殴られて弾き飛ばされたものの、空中を浮遊していた。
会場内がざわめく。
「ハァッ…………ハァッ…………あ、あぶない…………!!」
ナイス機転、トムディ。咄嗟の判断で中々それはできないと思うぞ。
対戦終了するかと思われた次の瞬間、トムディの身体は徐々に持ち上がって行く。相手の男は審判を手招きして呼び寄せると、トムディを指差した。
「アレは戦闘続行なのか?」
「ステージ外の何かに触れなければ、場外とは見なされない。トムディ・ディーンはまだ失格になっていないぞ」
「そうなのか…………ふーむ、それは困ったな…………」
既に息を切らしているトムディだったが、ようやく対戦相手の男に得意気な表情を見せた。
「どうだ!! やーいやーい!! 僕だってやる時はやるんだぞ!!」
優越感に浸っている所、悪いが。トムディ、お前はその技、自分でコントロール出来ないんじゃないのか。
トムディの身体は本人の意思とは関係無く、徐々に持ち上がって行く。まるで、祭で子供が持つ風船のようだ。それを目で追い掛けている対戦相手も、どうしたものかと悩んでいるようだ。一応、場外の敷地に浮いているからな……いや、ここはさっさとその鉄球で攻撃すればいいだろう。相手も、図体はでかいが動きは遅いし、ツッコミ所が目立つな。
「よし。要はあいつを殴って、何かにぶつければいいんだな」
何故か作戦を口にしていたが、どうやら浮遊しているトムディを殴る事に決めたらしい。
場外に浮いているトムディが何かの手段を持たないのならば、どの道これでゲームセットだが。
「分かったっ!! 僕が悪かったァッ!! だからちょっと待ってエェェェェ!!」
トムディ…………。
何かに当たるまでという事は、柱か地面か、観客席なんていうのもアリなのだろうか。トムディから攻撃をする事なんて出来ないんだろう……このままじゃジリ貧だぞ、どうする。いや、もうさっさと棄権しろ。
そんな事を考えている間にも、トムディの姿は空中を浮遊し、かなり高い所まで来ていた。
「グレン、あれは一体何なんだ……?」
見た事が無かったのだろう、キャメロンは割と本気で驚いているように見えた。チェリアもまた、トムディの異質な魔法を呆然と眺めている。
「トムディお得意の変化魔法だ」
「さっき、【ヒール】って言ってませんでしたか?」
「言ってやるな、チェリア」
流石に、聖職者業界のチェリアを騙すのは無理があり過ぎだった。
巨大な男が鉄球を振り回す。その圧力は凄まじく、既に振り回された鉄球はステージ全体をカバーするリーチを誇っている。トムディが魔法を解除すれば、そのまま鉄球の餌食になるだろう。かと言って、このまま飛んでいればトムディはいつか、星になってしまう。
そうか、よく考えてみればこの状況、放っておいてもトムディは自滅するんだ…………。
なんとも奇妙な光景だった。しかし、トムディには作戦があるのか……? この状況でまだギブアップを宣言しないとは。……ああ、トムディの姿が小さくなっていく。
「そのまま吹っ飛ばしてやるぞ!!」
わざわざこれから自分が何をするのか説明してくれる親切な対戦相手が、鉄球をトムディに向かって投げた。トムディは相手の男に両手を向けて、何かの魔法を使っているように見える。
「ほおおおおオォォォォォ――――――――!!」
泣いているのか、絶叫しているのか。トムディは既に、よく分からない顔と声を出していた。
…………いや、待てよ。アレはもしかして、小さくて良く分からなかったが……【アナライズ・ターゲット】じゃないのか?
「オラァ!!」
「ぎゃああああああアァァァァァァ!!」
鉄球がトムディ目掛けて、勢い良く振られた。その小さな身体に襲い掛かる…………トムディは絶叫しながらも、ギブアップを宣言しないが…………!!
固唾を呑んで、俺はその様子を見守った。鉄球が、トムディに激突する。
「ああっ…………!!」
チェリアがしゃくり上げるような声を漏らした。鉄球はトムディに激突し、思わず目を背けてしまった。
対戦相手の男が鎖を引くと、鉄球は空中で静止し、男の所に帰って来る。
「ボーナス試合だったな」
既に試合は終了したと思っているのだろう。実際、トムディの試合を見に来ていたギャンブラー達は、席を立ち始めていた。いかに奇術を使おうとも、実力が伴わないのではどうしようもない。そう言っているかのようだった。
「トムディさん…………僕が気を遣わせてしまったせいで…………」
チェリアは胸を痛めているようだったが。……皆、一体何を見ていたんだ。トムディが星になったとでも思ったのか? 俺は腕を組み、思わず微笑みを浮かべてしまった。
「そうか…………あいつ、そんな事も出来るのか」
「グレン? 何の話だ?」
この一回戦――――…………勝ったかもしれない。
「もう勝った気でいるのかい? …………それは、早とちりってやつだな」
ステージから、トムディの声が聞こえて来る。
突然の事で、巨大な男は周囲を見回した。だが、そこにトムディの姿はない。審判も宣言しない。訳が分からない様子で、声のする方を見ていた。
「なっ…………!? 何だ!? どこにいる!!」
「君が鉄球を振った瞬間、僕の姿は消えた。それがどういう事か、分からないのかい?」
いつの間にか、新技を開発していたのだろうか。今までのトムディにそんな技が使えたとは思えないが。確かに、変化魔法の得意なトムディなら、使えても不思議ではないとも思う。
巨大な男は、叫んだ。
「まさかっ…………!? 透明なのか!?」
俺は思わず、苦笑してしまった。
「怯えた振りをして、君の出方を窺っていたのさ…………!! 喰らえ、必殺!! 【アイマスク・トムディ】!!」
どうでもいいけど、技名に自分の名前を付けるのやめようぜ。
突如としてタオルのようなモノが出現し、男の目元が覆われた。男は鉄球を取り落とし、驚愕していた。
「ああっ…………!? ま、前が見えないっ…………!!」
茶番もここまで来ると、大した戦術だな。パニックに陥った対戦相手の男。タオルで男の目元を隠したまま、謎の場所から男を困惑させるトムディ。
だが、どうやら誰も気付いていないらしい。キャメロンとチェリアも驚いて、ステージの様子を見守っている。
「な、何だ!? いきなりタオルが現れたぞ…………!?」
…………まあ、分からないか。
「僕の居場所が分からない君にひとつ、良いヒントをあげよう。右に三歩、場外の位置だ。そこに僕はいる。鉄球なんて当たる訳無いだろうけど、掴めばいけるかな?」
「クソッ…………!! 馬鹿にしやがって!!」
目元を隠されたまま、男はダッシュした。ステージの端、場外に向かって手を伸ばす――……瞬間、トムディは目隠しを外した。バランスを崩した大男が、突如として復活した視界を確認する。
「おおっ…………!?」
巨体が、転ぶ。場外に向かって――……。
俺は半笑いを浮かべてステージを見守ったまま、横の二人に声を掛けた。
「透明になった訳じゃねーよ」
「何!? そうなのか!?」
ステージに、小さな影。魔法が解除されると、半泣きで顔をぐちゃぐちゃにした、小さな男が出現する。
俺は、言った。
「小さくなったんだ」
元の姿に戻ったトムディは、拳を握り締めていた。…………怖かったんだろうな。後一歩で、鉄球が当たる所だったからな。
だがトムディはガッツポーズをして、ステージに尻餅を付いた。
「勝者、トムディ・ディーン!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます