第64話 戦いの始まり

 控えの席と言っても、何てことはない木の長椅子が並んでいるだけで、長く座っていると正直ケツが痛い。

 決戦が始まったとはいえ、『ヒューマン・カジノ・コロシアム』の開催期間は長い。参加する冒険者の数が多いからだろう、コロシアムをぐるりと取り囲む男達だけで、通路に殆ど人は居なくなってしまっている。これから数日掛けて、この中から誰かが優勝するのだ。

 決戦が始まると、俺は参加者の戦い振りを観察していた。


「…………やっぱ、かなりレベル高いかな」

「出場者にかなり左右される部分もありますが……まあ全体的に見ると、レベル高めっスね」


 俺の言葉に、スケゾーが相槌を打った。既に十から二十戦ほどの戦いを見て来たが、そんじょそこらの冒険者がミッションをこなすのとは、やはり格が違う。改めて、ピンからキリまである職業なのだなあ、と感じていた。

 最初に登場していた実況者は、試合が始まると速やかにヴィティアの檻を持って離れた。複数の試合が同時に行われるから、決勝戦までは後ろに控えているようだ…………同時に、俺達の目的も一時的に見えなくなる。


 まだ第一回戦だ。トーナメントである以上、ここから強者ばかりが残って行く事になる訳だが――……今の所、戦闘になるかどうかという問題だけを見れば、俺とキャメロンはまあまあ合格ラインだろう。誰と当たるか分からないが、戦って恥ずかしいレベルではない。

 それはつまり、相手の同情を誘うことも出来ない為、命を賭けた戦いを避けられない、という意味でもあるが。


 しかし――――…………


「…………おいキャメロン、あいつ…………大丈夫か?」


 俺は小声で、隣に座っているキャメロンに声を掛けた。キャメロンは少し困ったような顔をして、更に隣の席で膝を抱え、貧乏揺すりをしているトムディを一瞥した。


「さっきから、何かを呟いているようなんだが……声が小さすぎて、聞き取れないんだ」


 いや、怖いだろそれ。

 何かを…………? スケゾーの耳を少しばかり拝借して、俺はトムディの方に耳を傾けた。


「誰か……僕に協力してくれる人は居ないかい? ……ええ、君は生前、優秀な武闘家だったのかい? それなら僕に力を貸しておくれよ……」


 今すぐ棄権した方が良いんじゃないか。いや、割と本気で。

 トムディは既に何かが壊れてしまったのか、謎の霊と会話をしていた。

 俺はキャメロンの脇腹を肘で突付いた。


「……実はあいつ、戦える訳じゃないんだよ。自分だけ何もしない訳に行かないって、強がってるんだ」

「なんだと!? …………そうか、何かがおかしい気はしていたんだが…………そうなのか」


 何かがおかしいと思っていたのに敢えてそれを突っ込まない辺り、キャメロンの人柄の良さが良く分かる。が。

 チェリアもトムディとは割と相性が良さそうだから、それこそ後に引けないんだろうな。どう考えても今、『皆でヴィティアを助けよう!!』っていうムードだからな……。


「無理しなくて良いから見てろ、って言ってやってくれないか?」

「そ、そうだな。そういう事なら、あんまり冗談にならない……」


 キャメロンは咳払いをして、未だ膝を抱えているトムディに向かった。


「……あー、トムディ?」


 瞬間、トムディの表情が嘘のように晴れやかになって、キャメロンを見た。唐突な空気の変化に、キャメロンが狼狽えていた。


「どうしたんだい、キャメロン? 少し顔色が優れないようだけど?」


 顔色が優れないのはどう考えてもお前だ。


「いや、その、なんだ…………悪いが、グレンから本当の事を聞かせて貰ったんだ。無理はしなくても良いんだぞ、トムディ」


 言い辛そうにキャメロンが切り出すと、トムディは何故か軽快に笑った。不自然過ぎるその笑い方に、俺は青褪めた、が。


「何だ、そんなことか。気にしないでおくれよ。実はたった今、必勝法を見付けたんだ」

「何…………!? 見ていて気付いたのか!? このトーナメントに、何か必勝法が…………!?」


 驚くキャメロン。俺も思わずトムディの方を見てしまった。これまでの旅で分かった事だが、トムディは意外と戦略に融通が利くし、そういった意味で頼りになる存在だ。まさか、ゲームそのものに対する必勝法を見付けたと言うのか…………!?

 トムディは微笑みを浮かべて、言った。


「――――――――悟りを開くんだ」


 駄目だこいつ、既にプレッシャーが許容範囲を超えている…………!! 早くなんとかしないと…………!!


「あ、グレンさん。次、グレンさんですよ」

「おおっ!? もうそんな時間か!!」


 俺はステージに何名か立っている、審判の旗を確認した……俺のエントリーナンバーが記された旗を振っている審判が居る。もう少し掛かるかと思っていたが、意外と早かったな。


「それじゃあ、行ってくるわ。…………トムディ、達者でな」

「うん、グレンも頑張って!!」


 とてつもない不安を抱えながら、俺は席を立った。



 *



 ステージに立つと、大勢の観客の視線に晒される。俺は苦笑を噛み殺して、視線を上げた。

 二階の観客席は壇上になっていて、ぐるりとコロシアムを囲うように配置されている。そんな座席から高見の見物を決め込んでいる観客達は、この中の誰かに賭けたチケットを握り締め、誰かの応援をしていた。

 全く、イカれた連中だ。今の所、幸運にも死者は出ていないようだが……いつそうなるか分からない。だが仮にそうなったとしても、奴らは目の色一つ変えないのだろう。


「……スケゾー、行くぞ。『五%』だ」

「あいあいっス。共有率、そんなモンで大丈夫っスかね?」

「分からんが……まあ、様子見位はできるだろ。やばかったら合図するから、すぐに頼む」

「そうっスね、準備だけはしておきますわ」


 俺はグローブの着け心地を確かめ、対戦相手を見た。


「両者、戦闘準備!!」


 年齢は、十代後半か、二十代か……剣士のようだ。少し緊張しているのが見ていて分かる。見た所、あまり古株のようには見えない。今回のコロシアムで初めて参加した奴ではないだろうか。

 いや、まだ油断は出来ないが。剣士は俺を見ると、不思議そうにしていた。


「武闘家か…………? いや、魔導士…………」


 武闘家にしては、魔力が溢れている。だが、魔導士にしては杖の一つも持っていない。つまりは、そう言いたいのだろう。

 情報を与える必要はない。俺は薄ら笑いを浮かべて、目の前の男と対峙した。


「これより、グレンオード・バーンズキッドと、ゼシル・ノーマンの試合を開始する!!」


 これが、ヴィティア救出の第一歩だ。

 目を閉じ、俺は脳裏に思い浮かべた。牢屋でヴィティアが見せた、ほんの一瞬の弱みと、その叫び。


『いっそ、殺してくれた方がいいのに』


 あいつが何度、もう死んでしまいたいと思いながら生きてきたのかを、俺は知らない。

 だが、たった一度でも、俺の仲間になろうと思ったのなら。俺は、示さなければ。


「始め!!」


 俺の手で、『死ななくて良かった』と、思わせなければ。


「はあぁっ!!」


 剣士の男は両手剣を抜いて、腰を低く落として俺に向かって来る。俺は真っ直ぐに拳を構え、その男の正面に立った。

 身体の動きは直線的だが、速い。一瞬にして間合いを詰められた俺は、目の前の男が振り被った剣の太刀筋を観察した。

 当然、何もしない訳ではない。俺は俺で、自分自身に向かって魔法を発動させていた。

 こいつは変化魔法。武器を持たない魔導士は、剣や槍などの刃物は最も苦手とする所だ。魔力による解除が効かない分、真横や背中から不意打ちを受けているに等しいプレッシャーがある。本来なら、剣士なんていうのは戦わずに避けて通る相手なんだが。


「ふんっ!!」


 魔力によって硬化した俺のグローブが、剣士の男が放った剣撃を真正面から受け止める。

 様々な試合が同時に行われている中、俺達の戦闘を見ている観客が沸いた。上段から振り下ろされた両手剣は、俺の顔面ぎりぎりの所で停止し、細かく震えていた。

 腕力も申し分ない。『ヒューマン・カジノ・コロシアム』に出るだけの事はあるだろうか。


「思い出した…………ぜ、お前…………『零の魔導士』だろ…………?」


 俺のグローブごと斬り捨てようという算段なのだろう、剣士の男は力を緩める気も無く、俺に向かってほくそ笑んだ。

 思わず、その嘲笑に嘲笑で返してしまう。


「あんたも俺の事、知ってんのかい。…………有名になったもんだな、俺も」

「色んなパーティーからハブられたらしいじゃねえか。……遂に冒険者の道を諦めて、一攫千金にでも手を出したか? ……そんなに甘くねえよ、このコロシアムは!!」


 ――――誰が、金の為だ。

 瞬間、力を抜いた剣士は俺から一歩引いて、今度は横向きに剣を構えた。腕力同士を拮抗させていた俺達。当然、俺はバランスを崩して剣士の男に隙を見せる――――…………

 …………ように、見えたのだろう。


「峰打ちで許してやるよ!! 家に帰んな!!」


『十%』。俺は既に準備していたスケゾーと魔力を共有し、動いた。

 たった五%の共有率とは言え、その差は歴然だ。つい先程まではパワー・スピード共に拮抗していた俺は、瞬時に剣士の男の背中に回った。

 まだ、奴は気付いていない。俺は振り返る事もしない剣士の男の背中目掛けて、ポケットに手を突っ込んだまま、右足の裏を向けた。


「……………………えっ?」


 奴が呟きを漏らした瞬間、その背中を思い切り蹴飛ばした。

 既に全力で俺の居た場所へと斬り掛かっていた剣士の男は、次の一瞬、自分のスピードと俺の脚力を足して、凄まじい速度で場外へと飛んで行く。

 そのまま、ステージを外れて場外に落下した。


「そこまで!! 勝者、グレンオード・バーンズキッド!!」


 歓声が上がる。


「金の為なんかで参加できるほど――――甘くねえと思ってるよ、このコロシアムは」


 俺は顔面からステージ外の芝生に突っ込んだ剣士の背中に、そう言った。……このレベルなら、まだ俺の脅威となりはしない、か。

 笑みを浮かべると、振り返った剣士の悔しそうな顔が見える。



「ま、峰打ちで許しといてやるよ?」



 滑り出しは上々と言って良いだろう。最も、一瞬とは言え、一回戦から共有率『十%』を発揮する事になるとは思っていなかったが。

 俺が自ら口にした通り、そんなに甘くないという事だ。この場所は、狂気と興奮に満ち溢れた冒険者の溜まり場。…………それだけじゃない。


「『零の』!! 良いぞ、そのまま勝ち進めよ――――!!」

「俺はお前に賭けてるからなァ、『零の魔導士』!!」


 俺のステージを見に来た、酔っ払いの酔狂な言葉が聞こえて来る。

 …………馬鹿野郎共め。勝手に金でも人生でも賭けて、成功でも失敗でもすればいいさ。

 俺はこんな下らないギャンブルの為に、身を投じている訳では無いんだ。



 *



「グレン!! 見てたよ、全然楽勝じゃないか!!」


 控えの席に戻ると、トムディが手を振って俺を迎えた。その満面の笑みに、俺は苦笑で答える。

 全然楽勝、とは行かなかった。傍から見れば、そりゃ瞬殺に思えたかもしれないが――……俺がリスクを取らずにやれる全力だ。ここから先にパワーアップしなければならないとすれば、それ相応のリスクを伴う事になる。

 バレル・ド・バランタインを倒した時に使った、『十五%』。あれだって、パンチ一発の話だったからやれたようなものだ。若しもバレルが俺の想定より強くて、戦闘が長引いていたら――……火傷をしていたのは、俺の方かもしれなかった。


「…………ふっ。残念だけど、この調子だと僕の出番は無さそうかな?」

「トーナメントだから、出番が無いって事は無いけどな」


 俺がそう言うと、トムディがこの世の終わりみたいな顔をして、俺を見た。


「…………悪かったよ。何度も言うけど、俺は棄権しても構わないって思ってるからな?」


 席に座って、トムディとチェリアとハイタッチをした。一息付くと、先程までそこにいた暑苦しい男が席を外している事に気付いた。


「そういえばキャメロンは、もしかして出番なのか?」


 その問いには、チェリアが微笑みを浮かべて答えた。


「はい。あそこです、グレンさん」

「おー」


 ステージの上に立っているキャメロンは…………当然のように、ピンクのフリフリの自称・戦闘服を着ていた。

 対戦相手は棍棒を持った、これまた肉体派の男だ。キャメロンの異質極まりない格好に、少なからず驚いている。…………いや、若干気持ち悪がっていた。

 思わず、苦笑してしまった。


「…………あいつは、やっぱりあの姿で出るんだな」

「グレン、さっきキャメロンが、『まじかる☆乙女ちっく☆神拳の、神髄を見せる時が来たか』とか言ってたんだけど…………彼は何者なんだい?」

「何者って言われてもな…………魔法少女?」

「少女?」


 トムディが純粋な疑問に、首を傾げていた。……そんな顔するなよ。俺にも分からんわ。

 お、キャメロンが俺達の方を向いたぞ。頼もしい微笑みで、俺達に親指を立ててグッジョブサインを送っている。

 …………距離も近いし、一応、応援をしておくか。


「頑張れよー、キャメロンー」

「心配するな。魔法少女は永遠に不滅だ」


 格好良いなあ。…………言葉は。


「これより、キャメロン・ブリッツと、ラチェット・クニスの試合を開始する!!」


 キャメロンは両の太腿が水平になるほど腰を落として、両腕に力を込めた。

 ああ、フリル地の腕が更に太く…………。


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