第54話 ハッピー・ウェディング!
姿を魔物に変えられたから、大切な人と上手くやって行けるかどうか分からない。……その気持ちは、よく分かる。実際、セントラル・シティでも異端の目で見られるだろうし、差別される事がこれからあるかもしれない。
だけど、そんなのは或る一つの側面に過ぎない。そう思っていた俺は、ドラゴンに話した。
肩の上に居たスケゾーが、俺の頭の上へと周る。
「セントラルに居て言われるのが嫌なら、どこか離れた場所に家を持てば良いじゃないか。あんたを知ってる人は悪く言わないだろうし、文句も言わないだろうと思うよ。初めての人に出会ったら、使い魔だと答えておけばいい。……その程度の話じゃないか」
ドラゴンは立ち上がり、俺と目を合わせた。…………少し、その表情には怒りの色が見える。
「その程度の話、だって? これから先、私が隣に居ることで、サティーナはずっと、迫害を受けるんだ。近所からは『魔物と結婚した女』と言われるし、魔物を嫌う者から突然、攻撃を受けるかもしれない」
「そんなの、あんたが護ってやれば良いじゃないか」
「治安保護隊員に捕まったら? 無実の罪で牢屋行きになるかもしれない」
「人間の頃の自分と共通する情報を持っておけばいい。公共施設ならそのうち、人間なんだって真実が伝わって、出られるようになるさ」
「私の寿命は、もしかしたら縮まっているかもしれない!! どんな病気に掛かっているか、それさえ分からないのに!?」
「そんなもん、分かってから対処するしか無いだろ」
同じ事だ。魔物の姿になったから、少しだけ以前よりも風当たりは厳しいかもしれない。……でも、誰かから攻撃されたり、治安保護隊員に捕まったり、寿命が縮まったり病気になったりなんていうのは、魔物ではなくても、誰の身にも起こり得る出来事なんだ。
「君は分かっていないんだ…………!! これから先、彼女がどれだけの苦労とストレスを受ける事になるか…………!!」
「そうじゃないんだ。……あんたの意見も、よく分かっているつもりだよ」
俺は微笑を浮かべて、ドラゴンの怒りを真っ向から受け止めた。
風当たりが厳しい人間の気持ちは、よく分かる。
「でもさ。きっと…………大切な人と二度と逢えなくなる事の方が、辛いと思う」
ドラゴンが、大きく目を見開いた。
沈黙が訪れた。その様子に、蛸は背を向けて、洞窟の奥の窪みへと戻って行く。……もしかして、この男を護っていたのだろうか。さっき話していた所を見ると、魔物にされた人間は、魔物とある程度、意思疎通を図ることが出来るのかもしれない。
やがて、トムディが手を挙げた。
「ぼ、僕もそう思う!! グレンに賛成!!」
続いて、リーシュが跳ねたような声を出した。
「私も、結婚した方が良いと思います!! ヴィティアさんもそう思いますよね!?」
「えっ、私!? …………わ、私…………は…………」
ヴィティアは煮え切らない態度でいたが。ドラゴンはすっかり口篭ってしまい、どこか後ろめたいような顔で、俺から目を逸らした。
「一時の苦労じゃないか。……もしさ、魔物の姿に変えられたのがあんたじゃなくて、サティーナさんの方だったらさ。……きっとあんたは、何をしてもそばに居たいと思ったんじゃないかな」
「それは…………そう、かもしれないが…………」
「俺はさ、同じ気持ちだと思うよ」
ヴィティアが透き通るような瞳で、俺を見ている。
こんな話をするのは、俺が過去にそういった経験をしているから。……そうだと気付いている者は、恐らくこの場には居ない。
置いて行く側の気持ちがある。…………でも、そこにはきっと、取り残される側の気持ちも、確かにあった。
「本当は魔物に変えられた事だって、二人で悩んで行きたいんだと思うよ。それくらい、『家族』になる事って、意味が重いんじゃないかな。止めるとか、取り消しとか、そういうんじゃなくて。…………例え結婚出来なくても、一緒に居ることの方が大事だったり、しないか」
――――――――他人事じゃない。
言いながら俺は、胸の内に小さな炎が燃えるのを感じた。決して消える事のない、青い、強い炎。俺を動かすエネルギー。俺の、家族。
大切な人の事を、俺は思い出していた。
「…………参ったな。見た所、私よりも随分と若そうなのに…………何も、言い返せなくなってしまった」
小さく、ドラゴンはそのように呟いた。
誰も、一人にはなりたくないものだ。
この広い世界で一人になれば、たちまち周囲の様々なものに毒されて、自分が今居る場所さえ分からなくなってしまう。本当に大切なものの姿を見失って、やがて何を追い掛けていたのか、分からなくなってしまう。
だから、俺達は手を繋ぐのだろうか。あの日の俺とスケゾーがそうだったように、互いに欠けたモノの姿を埋める為に、手を取り合って、同じ未来を見据えるのだろうか。
ドラゴンは、笑った。
「結婚式。…………君達も、来てくれるかい」
俺達は、互いに笑顔になった。
一人では無理だったことが、手を取り合う事で可能になる。
そんな未来の姿を、余り物として拒絶された今でも、思い描かずにはいられない。
「ところで、君の名前は?」
「えっ!? ……あっ、私!?」
唐突に話し掛けられ、ヴィティアが慌てていた。
「ヴィ、ヴィティア・ルーズ、です、けど……」
「先程はハプニングの中、すまなかったね。昔のサティーナにそっくりだったもので、つい見惚れてしまった……深く反省している」
先程のって…………ああ、ヴィティアの裸を見た件についてか。ヴィティアは笑顔を貼り付けたまま、その場に硬直していた。
「ああっ!! いいえ!! 私も悪いので、気にしないでください!!」
「いや、一言詫びを言わせてくれ。君の事をいやらしい目で見てしまって、申し訳なかった。この通りだ」
誠実だが…………確かに誠実なんだが、なんかそれは違うと思う。
ヴィティアは自爆しただけだし……そこはそっとしておいてやれよ。ヴィティアは蛸も青く見える程の赤い顔で、ドラゴンに向かって全力で手を振っていた。
「い、いやあの、ほんとに…………」
「ドラゴンさん、そんな事は言わなくて大丈夫なんだ!!」
トムディが割って入った。ヴィティアは安堵した様子で、そそくさとその場から離れ、俺の背中に逃げようとしていた。
「あれは、【エレガント・ストリップ】っていうスキルなんだ!!」
逃げようとしたヴィティアが、ずっこけた。
「あ…………な、ナイスストリップでした!! ヴィティアさん!!」
何故かいつも空気を読めないリーシュが、こんな所で空気を読む辺り。やっぱりこいつは本当に空気が読めないんだなあと、しみじみ、そう思う。
でも一応、合わせておこう。
「見事なストリップだったぞ、ヴィティア」
「そ、そうなのか……!! 魅力的だったよ。君は充分やっていける」
ドラゴンの感心した顔に、ヴィティアは笑顔になった。
「…………そう。…………ありがと」
その額に、青筋を浮かべて。
*
サティーナ・インペリアルと、ドラゴン・ヒューレットの結婚式は、それからすぐに行われた。
結婚式は二人の親族と、ごく一部の友人が集められた。随分と小規模だと思うが、まあ事情が事情なので、止むを得ないのだろう。
披露宴になると、ようやく話せる時間が訪れた。どこの国の風習なのか、立食式で行われたパーティー。俺はローストチキンを頬張りながら、新郎席で身内と談笑しているドラゴンを見ていた。
「しかし、タキシードの似合うドラゴンだよな……」
「まあ正直、今のままでもすげーイケメンっスよね」
席の少ない結婚式に、出会って日の浅い俺達が参加していると言うのもどうなんだ、と思ったが。まあ、二人の間を繋いだのはミッションをこなした俺達でもある訳で。そう考えてみると、不思議な縁もあるものだ。
ドラゴンドラゴンって言うから愛称なのかと思っていたら、どうやらドラゴンが本名らしいというのも、後で知った。
まるで、龍になる前からこの姿になることが決定していたみたいじゃないか。これも因果というヤツなのか。
「トムディ。……俺、結婚式って初めてなんだが……自分の式じゃなくても意外と、緊張するもんだな」
「ええっ!? そうなの!? 僕はお城で、結構見て来たけどなあ」
顔をあちこち腫らしたトムディが、俺の言葉に驚いていた。
「グレン。……ところで、夜のうちに誰かに殴られたみたいなんだけど……誰の仕業かなあ」
「…………さあな」
ヴィティアだよ。……分かれよ。同じテーブルの隣で、ヴィティアがほくそ笑んでいた。
しかし、何だかとても良い話な雰囲気で纏まりつつあるが…………そもそも、このミッションの依頼を出して来た人間は誰か、という問題に行き着く訳であって。
苦笑が禁じ得ない。まあ人の好みにアレコレ言う事は無いし、ドラゴンがとても良い人だったので、そんなカップルもあるのだろうか。
しかし、あの香水はきついだろ。結婚したら、ちゃんと文句を言ってくれるのだろうか。
……………………と思っていたのは、式の瞬間までだった。
「それでは、新婦の登場です!! 拍手でお迎えください!!」
俺は扉の方に向き直り、立ち上がって拍手を始めた。
扉が開く――――…………。
「サティーナ!!」
「サティーナ、綺麗よー!!」
これである。
髪の長い金髪の美女が、父親と思わしき人物に手を引かれ、新郎であるドラゴンの所に向かって披露宴会場を歩く。女性の割に長身で、スタイルが良い。……モデルみたいだ。
ほんと、俺達に依頼してきたあの依頼人は、一体誰だったんだと言いたくなる。
ヴィティアが薄ら笑いを浮かべて、新婦のサティーナを見ていた。
「普段はシャイだから、おばさんの姿に偽装してる…………」
俺も、気が付けばヴィティアと同じ顔になっていた。
「サティーナさーん!! おめでとうございまーす!!」
リーシュ。……お前は本当に、純粋な奴だな。俺は何というかもう、詐欺感が凄くて直視できないよ。
「…………あ、ヴィティア。式が終わったら、『誓約の帽子』外そうな」
「え? …………もう、いいの?」
「ああ。お前が変な事を考えてないって、分かったからいいよ」
一生懸命に、ミッションに挑んでくれた。リーシュやトムディとも打ち解けているようだったし、俺からはもう、何を言う事も無いだろう。
「よろしくな。これから、仲良くやろうぜ」
俺がそう言うと、ヴィティアはワインを片手に、微笑みを浮かべた。
「……………………うん」
その微笑みに、少しだけ寂しそうな印象が混ざっていたように感じたのは、俺だけだったのだろうか。
*
グレンオード・バーンズキッドの参加した結婚式は、その後、一日に渡って続いた。
グレンオードとドラゴン・ヒューレットは宴の席で固く握手を交わし、一つの信頼関係が生まれたように見えた。だが、愉快な時間というものは早いもので、気が付けばふくろうが鳴いていた。
解散した後、一同は宿に戻る。酔いの勢いもあって、直ぐに眠ったようだったが――……借りた二部屋の片方には、未だ小さな明かりが灯り、僅かに室内を照らしていた。
ヴィティア・ルーズは、グレンオードの好意によって揃った服を身に纏い、太腿のナイフホルダーにナイフを装着した。
「…………よし」
静寂の時間。ヴィティアは立ち上がり、天井を見上げ、静かに覚悟を決めていた。ミッションが終わり、ヴィティアの所にも幾らかの資金が入って来た――……ヴィティアはその金をポケットに入れると、ベッドで眠っているリーシュの肩に手を掛けた。
「リーシュ。…………リーシュ、起きて」
すっかり酔って眠りこけていたリーシュが、目を覚ます。
「ふあ…………ヴィティアさん、あれ…………? どうした、ですか?」
まだ、寝惚けているのだろうか。リーシュの言葉は拙く、鈍い。ヴィティアは微笑を浮かべて、リーシュの手を引っ張った。
部屋を出て、宿を出る。ヴィティアは早足だった。寝惚けていたリーシュもやがてヴィティアの格好に気付き、歩きながら周囲の様子を確認し、事態の異変に気付いたようだった。
宿を出て、そのまま暫く歩く。すっかり寝静まったセントラル・シティの夜に、人気は無かった。
「ヴィ、ヴィティアさん!? ……どうしたんですか!?」
リーシュの言葉に、ようやくヴィティアは手を離した。そのまま歩き、リーシュと距離を取る。
そんなヴィティアの後姿を、リーシュは見ていた。
「ヴィティアさん…………?」
今夜は満月だ。それを確認するように、ヴィティアは夜空を見上げていた。拳を握り締め、固く歯を食い縛った。
「私、ね。今日、あいつが『誓約の帽子』を解除してくれて。……仲間として、ちゃんと受け入れてくれるって、言われたの」
何の事か分からない様子で、リーシュは首を傾げた。内容の割には、ヴィティアの声色に思い詰めた様子が見られたからだろうか。
ヴィティアは振り返り、リーシュに笑い掛けた。
「だからね。――――私、行くね」
既に、ヴィティアは外に出る格好になっていた。そして――――宿に、ヴィティアの持ち物は無い。
元々、空手で仲間に加わったのだ。
リーシュは、目を見開いた。
「ど、どうして!? ……何かあったんですか!?」
「ううん、何でもないの。ただ、ね……ここに居ると何だか、ぬるま湯に浸かっているみたいで。……私には、合わないみたい」
ヴィティアは両手を広げて、リーシュに見せた。自分は何も持っていないと証明するかのように――……だが、ヴィティアの言葉を聞いて尚、リーシュは怪訝な表情を隠さずにいた。
「…………何か、あるんですね?」
「あんたってほんと、空気読めないわね」
ヴィティアは苦笑していたが。……やがて、ヴィティアは歩く。リーシュと距離を詰め、その肩に手を乗せた。
「リーシュ、よく聞いて。――――連中は、『金眼の一族』を狙ってる」
金眼の一族。聞き覚えの無い言葉だったからか、リーシュは眉をひそめた。ヴィティアは緊張に冷汗を流しながらも、リーシュの瞳を真っ直ぐに見詰めていた。
「私はあの村で、あんたを連れて行く事が使命だった。……それに失敗したから、追い出されたの。ここでグレンオードともう一度会った時、あんたがあいつに付いて来ているんだって分かった。……だから私、あいつの仲間になって、あんたを拉致しようと思った」
「…………ヴィティアさん」
「そうすれば、私の信用が回復すると思ったから」
リーシュとヴィティアの間に、光は差し込まない。だが、月夜に輝く金色の瞳は、確かにヴィティアを捉えていた。
「だから、明日の朝になったら、あんたはあいつらを連れて、セントラルを離れて。……そうね、私は東に逃げるから、西の方が良いわ。……私の跡を付けられてるかもしれないから。……お願いね」
それだけを話し、ヴィティアはリーシュから手を離した。
暗闇は深く、一度裏路地に入れば、二度同じ影を見付ける事は叶わないだろう。それでも、ヴィティアはリーシュに背を向けた。
ヴィティア・ルーズが、去って行く。
リーシュは、胸に手を当てて叫んだ。
「ヴィティアさん!! …………どうしてその話を、私に!? だって、それを私に話さなければ、ヴィティアさんは――……」
その言葉に、ヴィティアは立ち止まった。
リーシュとヴィティアの間には、冷たい闇が漂っている。手を伸ばせば、すぐに触れる事ができる。……だが、その中から暖かさを探そうとすれば、それは容易な話ではない。
ヴィティアは、言った。
「…………リーシュ。…………分からない?」
振り返ったヴィティアの瞳には、涙が浮かんでいた。
「嘘みたいな優しい世界に、私の手で、泥を塗りたくなかったの」
リーシュは唇を噛んで、そして――……走った。
「待って!! ヴィティアさ――――」
引き留めようと、思ったのだろうか。
ヴィティアの背後に、黒い影があった。黒い影は、冷たい手でヴィティアの頭を掴む。ヴィティアは目を見開いて、心臓を鷲掴みにされた時のような顔で、小さな悲鳴を漏らし、身動き一つ、取る事が出来なくなった。
リーシュもまた、起きている出来事が理解出来ていないようだった。絶望を上塗りして更に黒くなったようなローブの内側で、冷たく凍てついた独特の声が、ヴィティアの背中から発された。
「ヴィティア。――――――――お前には本当に、価値が無いね」
グレンオード・バーンズキッドの知らない、深夜の出来事だった。
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