第41話 諦めない闘志ってやつ

 リーシュは、大丈夫だろうか。

 走りながら、俺は解答の見出せない問いに、心を痛めていた。スケゾーが居るから、大丈夫だとは思う。……だが逆に、スケゾーが居る事で、バレルは本気になっているかもしれない。

 スケゾーは馬鹿だが、頭が良い。……俺が戻って来るまでに、不用意な挑発はしないだろうとは思っているが。


 暗い夜の森に、出口が見えた。俺は加速し、助走を付けて、僅かに月明かりの漏れている木の隙間に向かって跳躍する。

 突っ張った右脚が伸び切る瞬間、俺は拳を握った。

 スケゾーが、俺の『共有』範囲内に入った。


「『十%』――――!!」


 真っ直ぐに、飛び出す。

 リーシュの肩に居たスケゾーが、俺の所へと呼び戻される。リーシュは――……まだ、無事だ。剣を握り、俺を見る。リーシュの対面には、ナコと呼ばれたサキュバスの姿が見える。

 橋の上には、相変わらずバレル・ド・バランタインが立っていた。俺を見て、少し焦りを感じたようにも見える。


「グレン様!!」


 リーシュ。

 どうやら無事に、ガーゴイルを倒したらしいな。

 俺は思わず、口元に笑みを浮かべてしまった。


「グレンオード・バーンズキッド…………!!」


 サキュバスと戦っているリーシュを横目に、俺はそのまま橋の上に居る、バレル目掛けて拳を握る。右腕に渦を巻くように現れる、紅蓮の炎。俺は隕石のように、バレル目掛けて突進し、そして魔法を発動させる。


「【笑撃の】!!」


 バレルが右腕を振り翳すと、上空から二・三体の魔物が現れ、防御に入った。構う事無く、そのまま拳を突き出した。


「【ゼロ・ブレイク】!!」


 余興だ。これはほんの、小手調べ。それ程の魔力を本当に扱えるのなら、特に驚く程でもない攻撃だろう。

 だが、バレルは焦っていた。自身と相手との力の差を見て、僅かに焦りを覚えているのが見えた。


 まだまだ。これからが、本番だろう。

 現れた魔物を、俺の拳が蹴散らす。爆発と共に、ガーゴイルとキラーデーモンは弾けて消滅し、俺はその反動を利用して、後方へと跳躍。バレルと距離を取った。

 そのまま、リーシュの前に着地する。


「ねえ、バレル!! ……早く戻ろうよ!! まだ見付からないの!?」


 サキュバスは俺の姿を確認すると、慌ててバレル側へと戻った。しかし、バレルはその場を動かずにいる。

 サウス・マウンテンサイド全体が、魔物に覆い尽されている。外に出た人々は捕まり、ルミルの家を中心に、捜索は続いている――……この状況でもまだ、『ゴールデンクリスタル』は見付かっていないらしい。


 ルミル・アップルクラインは、橋の上で横たわっていた。当分、目覚めないのだろう……ルミルはトムディと違って、聖職者の魔法を使える。黙らせておくに越したことはない、が。

 そうか。……まだ、見付かっていないのか。ルミルも、相当厄介な場所にアイテムを隠したらしいな。


「グレン様、ありがとうございます。……押されていて、ちょっと辛かったです」

「いや、大したもんだ。よくやったな、リーシュ。お前のお蔭で、どうにかなりそうだぜ」


 リーシュは目立つ傷を負っていない。ノーブルヴィレッジの時と比べて、明らかに腕が上がっている。少し疲労の色は見えるが、それでもまだ戦えるようだ。

 それだけ、リーシュが頑張ったという事でもある。


「零の魔導士よお。……あのバカはどうしたんだ? 遂に諦めて、戻って来たってトコか」

「…………さあな。ご想像にお任せするよ」


 俺の言葉に、リーシュは不安な表情を見せた。

 バレルの足下に魔法陣が現れ、両手を前に差し出してバレルは詠唱を始める。簡単な召喚魔法。だが、その数が多い。橋の下にも幾つもの魔法陣が現れ、同時に魔物が召喚される。

 十、二十……現れたのは、先程までと同じガーゴイルだ。しかし、この数になると事情は変わって来る……上空の魔物もそのままだ。この状況で、まだ増えるのか。

 更に、バレルは両手に魔法を。召喚士でも、簡単な魔法は操れる……現れたのは、氷の刃。俺が炎使いだと知って、対抗の魔法をぶつけて来ているのか。


「魔導士って言ったらよぉ……普通はお前みたいなのじゃなくて、こうするもんじゃんよ」


 魔物と同時に、幾つもの氷の刃がバレルの上空に。俺達に向かって、構えられた。


「きゃあっ……!!」


 リーシュは驚いているが、パニックにはなっていない。剣を前に出し、防御の姿勢を取っていた。魔物を盾にしての飛び道具……確かに、そうかもしれないな。ソロで戦う魔導士なら、オーソドックスなのは前衛を自ら用意しての大魔法。これだろう。

 バレルは高笑いを上げて、余裕に満ちているようだった。

 面白くないな。何より、舐められているというのが癪に障る。


「スケゾー。――――どうやら奴等、俺達の事を格下だと思ってるようだぜ」


 拳と同化したスケゾーから、バレルへの僅かな敵意が伝わって来る。


「ふむふむなるほど、そうみたいっスね。そりゃ仕方ねえんで、格の違いを思い知らせてやりましょう」


 バレルが両手を前で交差させると、ガーゴイルの群れと氷の刃が俺達に襲い掛かる…………!!


「そういやあ、あのクソ生意気な女魔導士を潰してくれたってなァ。ありがとよ!!」


 ――――何の話だ?

 俺は左手を振るい、リーシュに指示した。


「リーシュ!! 俺の後ろに付けっ!!」

「は、はいっ!!」


 慌てて俺の方に駆け寄るリーシュ。ガーゴイルの攻撃は一点に集中され、群がるようにして俺達の所へ。バレルが高笑いを上げ、同時に氷の刃が俺達目掛けて飛んで来た。

 左腕を、前に。ガーゴイルの爪を、真正面から受け止める。


「残念だったな、愚かな零の魔導士よお!!」


 俺は、笑みを浮かべた。

 瞬間、前方のガーゴイルが一瞬にして弾け飛んだ。視界を埋め尽くす程の氷の刃も、瞬く間にその姿を消した。

 前方に現れたのは、驚愕しているバレルの顔。傷一つ負っていない俺――――流石にこれだけやれば、本気にならざるを得ないだろう。

 俺の全身を、炎が蠢く。


「――――――――誰が、愚かだって?」


 バレルは眉に皺を寄せて、歯を軋らせた。

 ガーゴイルに対しては、貫通する直線的な爆発魔法。氷の刃には、同種の解除魔法。確かに、多重で操作するのは至難の業かもしれない。バレル程度の召喚士には、無理難題に思えるかもしれない、か。

 さて、格下なのはどちらか。


「ちっ…………!!」


 それより。今バレルは、『クソ生意気な女魔導士』と言っただろうか。俺はその言葉の意味が気になっていた。

 俺とバレルは出会ってから、まだ一度も、女魔導士とは出会っていない。当然、俺が潰した事も無いわけで――……最近俺が手合せした女魔導士と言えば、ヴィティア・ルーズ位のものだ。

 今、バレルは完全に俺の上を行ったと勝ち誇っていた。だからこそ発された一言…………俺は、思う。

 今のは、失言ではないのか。


「とりあえず、見下ろされてんのが気に食わねえな…………!!」


 俺は真っ直ぐに走り、バレルに向かって跳躍した。

 ガーゴイルを召喚させる暇など与えない。一瞬にしてバレルと距離を詰めた俺は、橋の上に着地し、バレルと向き合った。隣のサキュバスが、堪らずに引く――……コイツは、敵にならないか。良かった。

 女の子を殴るというのは。魔物が相手でも、少し気が引けるからな。


「いつまでも橋の上で、高見の見物してんじゃねえよ…………!!」


 俺は、炎を纏う右の拳をバレルに向かって振り抜く。

 ――――――――耳が痛くなるような、何かの音がした。

 直前で俺は勢いを殺し、踏み止まった。宙返りをしてバレルと距離を取ると、前方の状況を確認した。

 一瞬の事だった。バレルに向かって振り抜いた俺の拳が、まだバレルに当たる前。俺の炎がバレルに襲い掛かった瞬間、その手前で俺は『何かに触れた』。

 ……なるほど、魔物に意識が向き過ぎていると、引っ掛かる訳だ。前方から迫る俺の攻撃にサキュバスが下がったのは、そういう理由か。

 バレルは緊張に汗を流しながらも、俺に笑みを浮かべていた。


「トラップか。気が利いてるじゃねーか」


 バレルの前方で、見えない何かが音を立てている――――電撃だ。魔物を召喚し、それさえ突破出来ればバレルを殴れると確信した俺に対しての、視覚外からの見えない一撃。魔導士がソロで魔物と戦う時、上級の魔導士は大魔法と同時に、周囲を護る魔法も展開するという……これも、その一種だろうか。


「奥の手ってのは、常に準備しておくもんじゃんよ?」


 上空から、プチデビルの大群が俺に襲い掛かって来る。あまりに小さ過ぎると、攻撃対象が分散してやり辛くなる……俺は橋の上で跳躍し、先程まで俺の居た場所に集まったプチデビルに向かって拳を構える。


「【怒涛の】――――【ゼロ・マグナム】ッ!!」


 小さな対象には、範囲攻撃だ。繰り出された掌底の連打。その掌から、爆発が巻き起こる。プチデビルの大群を蹴散らし、俺はそのまま空中を一回転して、リーシュの所へと戻った。

 そういえば。……ヴィティア・ルーズも、俺に一切の攻撃が通用しないと分かった瞬間、黒い魔力を暴走させて、『デーモン』を召喚していた。

 もしあれが、『ゴールデンクリスタル』の力なのだとしたら。……確かに、奴等が金の宝石を集めたくなるのも、理由は分かる。


 この事件は……もしかして、繋がっているのか。


「のんびりしてると、魔物が次から次へと召喚されるぜ!! 近付けば、電撃の盾だ!! 『零の魔導士』のお前に、こいつが破れんのかよ!!」


 更に、バレルは魔物を召喚する。バレルは狂気に翻弄されながらも、先程よりも更に多量のガーゴイルを召喚し、俺に向けようとしていた。

 やれやれ…………とんでもない数の魔物だな。ただの人間が召喚していると言うのだから、驚きだ。そこそこ名の知れた召喚士でも、魔物の複数制御には神経を遣うと言うのに。


「グ、グレン様……!! どうしましょう!!」


 リーシュは焦っていた。俺はリーシュの頭に手を乗せて、気持ちを落ち着けさせる――――バレルに笑みを浮かべた。

 すっかり、俺に気を取られている。奴は、周囲の状況が正しく把握出来ていない。



「おい、バレルよお。――――前ばかり、見ていて良いのか?」



 俺がバレルに向かって指をさした瞬間、背中からバレルに抱き付く男の姿があった。


「なっ……!? 何だコレはっ……!!」


 すぐにバレルはその男を振り払う。男が地面に転がると、バレルの表情が一変した。


「トムディ…………てめえ…………!!」


【ヴァニッシュ・ノイズ】だ。トムディが唯一満足に使う事の出来る、足音を消す魔法。もしもバレルがこのスキルを見ていたら、鼻で笑うようなスキルかもしれないが……使い方次第では、こんな事もできる。

 俺が前方でバレルの意識を逸らし、その間にトムディが後ろからバレルに奇襲を掛ける。俺のように魔力の多い人間が近付けば、気付く事もあったかもしれないが。

 呆然と立っているリーシュに、俺は言った。


「自分で魔物を召喚できて、遠距離攻撃もできて、近付けばトラップも作動する。……なんとなく、召喚士って最強に見えないか?」

「……え、……あ、……はい」

「だけど、その実態ってのは厳しいもんさ。扱える魔物の数は本来こんなに多くないし、魔導士が使うような大魔法も、習得に時間が掛かるから普通はパスする。聖職者が使うような、仲間全体を覆う防御魔法も使えない」


 ついでに言うと、体力や筋力を強化するような魔法も覚えないからガードはザルだし、器用貧乏な性格からパーティーにも入り辛い。そんなに優遇された職業ではないのだ。


「……どうして、全体を防御する魔法を使わないんでしょうか」

「何かを覚えるってのは、そんなに簡単な話じゃないからだ。リーシュも、新しい技を覚えるのに苦労してただろ」


 リーシュも気付いたようで、目を丸くしていた。


「結局あいつが使っているのは、誰でも簡単に覚えられる、ごく基本的な魔法に過ぎない。魔力が多くなっても、それは変わらない…………難しい事をやりたいなら、それじゃ駄目なんだ。出来なくても前を向き続ける、闘志がないといけない」


 時には立ち止まって、迷う事もあるかもしれない。……だけど、諦めちゃいけない。投げ出してしまったら、それまでの努力は全て、無駄になってしまう。

 トムディは立ち上がり、バレルと向かい合った。


「おいビビッて逃げ出したんじゃなかったのかよ、トムディ……!! 今度は本当に殺してやろうか……!!」

「もう、逃げないよ。……お前と一緒になりたくないから」


 そう言って、トムディは左手を開いて見せた。中にあったモノに、バレルが衝撃を覚える。

 ……まあ、確かに召喚だけは、別だったと思うが。奴の魔法の中で、一際猛威を振るっていた。


「待て…………ふざけんなよてめえ。何持ってやがんだ……それはお前に扱えるようなモンじゃねえよ……!!」


 握られているのは、『ゴールデンクリスタル』だ。バレルの胸に掛けてあった、奴の魔力の源だ。トムディはそれを足下に落とし、真っ向からバレルを睨み付ける。


「おいっ……!! 馬鹿!! やめろォ!!」


 トムディはその宝石を、足で踏み付けた。

 硝子の割れるような、鋭い音がした。


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