第40話 分かってるんだ

 倒れているトムディに、俺達は駆け寄った。慌てて、うつ伏せに倒れている男を抱え上げる……滅茶苦茶じゃないか。どうしてこんな事になっているんだ…………!!


「リーシュ!! 【ケアソード】だ!! いけるか!?」

「は、はいっ!!」


 俺は、リーシュに叫んだ。リーシュは身の丈ほどもある剣を抱き締めたまま、俺の言葉に驚いていた。

 見た所、怪我は派手だが命に別状は無さそうだ……と、思う。思うが……このままここに転がっていたら、この後何が起きるか分からない。

 リーシュが剣を抜き、魔力を高めた。……正直、この技は使わせたく無かったが……背に腹は代えられまい。


「トムディさん、身体の力を抜いてください……【ケア・ソード】……!!」


 おい優しいな。俺の時のように、殺戮現場を繰り広げる訳じゃないのかよ。

 リーシュは白く光る剣を、トムディの背中に向かって差し込む――……


「……あ、こっちの方が良いですね」


 ふとリーシュは思い立って、トムディの背中から尻へとターゲットを移動し、剣を刺した。

 ブス、という、世にもえげつない音がした。


「ギャアアアアアアア――――――――!!」


 …………許せ、トムディ。

 トムディの全身が光に包まれた。こんな方法でも、一応回復は回復である……トムディは素早く起き上がると、狂気の瞳でリーシュを睨み付けた。


「何してるんですかアァァァ!? 頭おかしいんじゃないんですかアァァァ!?」

「良かった、トムディさん。無事で……!!」

「お前のせいで死ぬとこだよオォォォ!!」


 トムディの気持ちは良く分かる。良く分かるが……それ、回復魔法なんだぜ。信じられないだろうけど。

 どうやら、リーシュの【ケア・ソード】が回復魔法である事に気付いたらしい。トムディは全身をくまなく観察し、身体の傷が癒えている現状を確認していた。

 驚いているようだ。……そりゃ、驚くだろうな。俺も驚いたよ。


「こ、これは…………」

「一体誰の魔法なんだか知らないけど、リーシュは回復魔法を使えるんだよ。……誰の魔法なんだか知らないけどな」


 リーシュがガッツポーズをして、トムディと俺に笑い掛けた。


「おばあちゃん直伝です!!」


 お前のおばあちゃん、もう剣士をやめてしまえば良いのに。


 トムディは無言のまま、癒えた傷を見ていた。その表情に、影が落ちる――……傷を癒した張本人のリーシュが、ふとその様子に気付いて、不安そうにしていた。俺も、トムディの変化を見ていた。

 一体、何があったんだ、この場所で。


「…………なあ、トムディ。お前、どうして」

「よくもうちのナコに酷い事してくれたなァ、零の魔導士よお」


 声がして、俺達は振り返った。

 トムディが居た場所は、立体交差している橋の下だ。その橋の上に、一人の男が立っている。先程俺に襲い掛かって来た、紫髪のサキュバスが隣で浮いている――……白めの金髪。長い舌。


「バレル・ド・バランタイン…………!!」


 真っ先に、リーシュが剣を構えた。

 しかし……バレルは、一人じゃない。月が逆光になっていて見辛いが、一人の人間を抱えている。……くそ、こんな視界じゃ仕方ない。セントラル・シティのように、夜も明かりがあれば話は別だったかもしれないが……まあ、良い。俺はスケゾーと魔力を共有し、『五%』まで引き上げた。

 視界が良くなる。バレルが抱えているのは、女――……?


「ルミル!!」


 トムディが叫んだ。


「良かったな、眠らせる事にしたからまだ生きてるぜ……聖職者のお前を回復してくれる奴がいて良かったなァ、トムディ。弱いお仲間が到着したみたいじゃねえか。お前等三人で、俺と戦ってみるかい……? まあ、勝てないと思うがね」


 バレルの瞳孔が月明かりに光ると、魔力が高まる。いよいよ、本領発揮という所だろうか。黒い渦を巻く魔力は、『赤い甘味』で奴を見た時よりも更に勢いを付けていた。本当に、こんなレベルの魔力を扱い切れるのか……? しかし、上空に飛んでいる数多の魔物は、間違いなく奴が召喚したものだ。


 バレルが両手を広げ、俺達を見下ろした。


「時が来たんだよ、トムディ!! 今夜、俺は二つ目の『ゴールデンクリスタル』を手に入れ、『最強』になる!!」


 二つ目。……二つ目と言ったのか、今。という事は、奴はもう既に。

 首に掛けられている何かが、月明かりに反射して淡く光る…………黄金の光。丸い、小さな宝石。まさか、あれが。

 バレル・ド・バランタインは、長い舌を出し、にやりと嗤った。



「――――――――クールじゃねえか」



 バレルの背後から、二体のガーゴイルが出現した。そのまま、真っ直ぐに俺達目掛けて爪を光らせ、突進して来る。スケゾーはすぐにナックルへと変化し、リーシュも剣を構えて相対する。

 俺がガーゴイルの爪をナックルで受け止めるのと、リーシュが長剣で防御をしたのは、殆ど同時だった。

 魔力の大きさに、冷や汗が出る。あんなもん暴走したら、もう俺だって止められるかどうか分からない。だが、俺はバレルに向かって、不敵に笑った。


「流石に、喧嘩を吹っ掛けられたら俺も戦うけど…………良いんだな?」


 バレルは眉を顰めて、俺の言葉をせせら笑った。


「本当は、黙ってて貰いたかっただけなんだけどねえ。ま、やってみれば良いじゃんよ?」


 …………上等だ。

 俺はスケゾーとの共有率を『十%』に引き上げた。襲い掛かるガーゴイルの頭に向かって、狙いを定める。

『魔力の強化』なら、俺の方が専売特許だ。後からぽっと出の召喚士如きに舐められる訳には行かない。ガーゴイルは俺の攻撃を避けようと複雑に飛び回る、その速度はバレルの魔力の影響を受けて、通常のガーゴイルの何倍も速い。

 確かに速いが――――そんなもの、飛び回る蠅を叩き落とすようなものだ。


「ふんっ!!」


 力任せに、その頭部目掛けて拳を振るった。氷を砕くかのように、ガーゴイルの頭部は粉微塵に破壊され、魔法陣と共に光となって消える。

 俺は、背後のトムディに向けて叫んだ。


「トムディ!! ルミルを頼めるか!? 何とかして連れ出してくれれば、後はこっちで何とか」

「うわあああああ――――――――!!」


 トムディはバレルはおろか俺達にまで背を向け、山に向かって一目散に逃げ出した!!


「ああっ…………!! 逃げるなァ――――!! トームデーィ!!」


 思わず手を伸ばし、トムディの背中に声を掛けてしまった俺。だが、トムディは止まる事は無く、そのまま木の隙間を通って見えなくなってしまった……。

 おい、どうした。一体何があったって言うんだ。


「よそ見をしてる暇があるのか?」


 バレルの声…………!! 俺は振り返り、既に目前にまで迫っているガーゴイルの姿を発見し、そして。


「ちっ…………!!」


 咄嗟にガードをしようとしたが、間に合わない。


「【ホロウ・ゴースト】!!」


 横から何かが飛んで来て、俺に襲い掛かるガーゴイルの行く手を阻んだ。衝撃波……!? 俺は咄嗟に、波動の飛んで来た方向に視線を向けた。

 攻撃したのは……リーシュ!? 突きをする時の姿勢で剣を構えていた。刀身から銀色の魔力が漏れ出ている。

 初めて聞くスキルの名だ。俺の知る限り、リーシュに攻撃スキルは二つしか無かった。これまでのミッションでも、使われる事は無かった。

 今までに使うタイミングが無かったとも思えない。……開発したのか、新技を。


「あなたの相手は……!! 私です……!!」


 毎日夜遅くまで頑張っていたのは。もしかして、これなのか。俺だから言う訳では無いが、魔力を具現化させて、何らかの方法で飛ばすスキルというものは、想像以上に難しい。自らの手を離れる感覚というのか、コツのようなものを会得しなければならない。

 少しだけ、誇らしい気持ちになってしまった。


「グレン様!! ここは私が食い止めます!! ……グレン様は、トムディさんを追い掛けてください!!」


 リーシュの言葉に、バレルが笑った。


「ハハハ!! あいつはもう駄目だよ!! まー、元から何一つ駄目だったけどなァ!!」


 リーシュは、バレルの言葉に耳を貸さない。真っ直ぐに俺の目を見て、そう言っていた。


「で、でもさ。戦うのは俺の方が良いんじゃないの? リーシュがトムディを追い掛けた方が……」

「いいえ。グレン様じゃなきゃ、駄目だと思います」


 うっ…………何だ、この説得力は。


「――――お願いします」


 悩む所だ。リーシュが新技を習得した所で、バレルの圧倒的な魔力に対抗出来るとも思えない。……まあ、あいつがリーシュの事を舐めている内は、使い魔を仕掛けて来るのだろうから……時間稼ぎには、なる……か?

 大丈夫か? リーシュ一人にこの状況、任せてしまっても……ええい、考えている時間がない!!


「スケゾー、リーシュの援護を頼む!! ……っくそ、すぐに戻るからな!!」


 リーシュの肩に、スケゾーが飛び移る。俺はすぐに振り返り、トムディ目指して走り出した。



 *



 俺は、走っていた。

 闇に紛れたトムディの姿が見当たらない。木の隙間を探し、掌に炎を灯すが……スケゾーが離れている以上、俺の魔力も半分。魔物の眼も耳も、使えない……どうしても、捜索には時間が掛かってしまっていた。

 呼び掛けても、返事が無かった。大声で叫んでいるのだから、トムディが聞こえていないとも思えない。まだ、そう遠くには行っていない筈だ。という事は、俺の声は無視されている可能性が高い。


 面倒な事になってしまった。……くそ、せめてスケゾーが居れば。この暗闇に染まる森の中を、圧倒的な視力で探す事が出来るというのに。しかし、あの場にリーシュだけを置いて行くのは不安が過ぎる。


「あ…………?」


 何だ……? 前方に何か、光を反射するモノがある。白……? すぐに木の陰に隠れてしまい、消えた。

 立ち止まって、目を細める。見間違いか何かだろうか…………いや、違う!!

 あの白は、まさか……!! 気が付いた俺は、その方向目指して走り出した。

 トムディの、戦闘着だ。聖職者の衣装は白。この暗闇でも、一際光を反射する装備だ。……ってことは、俺の姿を発見して逃げたんだ。


「くっそ…………トムディ…………!!」


 それでも、走る速度は俺の方が断然に速い。程無くして、前方の白を再度確認した。茶色の髪が見える。俺に背を向けて、全力で走っている。何で逃げるんだよ……!!


「待てコラ!! トムディ!!」


 俺は、トムディに手を伸ばした。

 その豪勢な聖職者の戦闘着を、どうにかして掴む。


「わっ…………!!」


 トムディがバランスを崩して、転ぶ。

 同時に、俺も転んでいた。


「おおっ…………!!」


 夜の森に、鈍い音が木霊した。

 たったそれだけで、森には静寂が帰って来る。俺はどうにか身体を起こし、前を走っていたトムディの姿を確認した。

 トムディは前のめりに転んだようで、顔から地面に突っ込んでいた。……いや、受け身を取れよ。何もそんな、顔から突っ込まなくても。

 俺は、地面に強く打ち付けた肩を摩る。


「ってて……おいトムディ、逃げてんじゃねえよ。こんなんじゃ、本物の根性無しに――――」

「根性が無いわけじゃないっ!!」


 ぎょっとして、俺は思わず口を噤んでしまった。

 …………振り返ったトムディは、泣いていた。


「分かってるんだ!! 本当の自分が、何もできないって事も!! 口からでまかせばっかりで、ちっとも話にならないって事も!! どれだけ努力したって、何にもなってないって事も!!」


 思考が停止してしまった俺は、トムディの剣幕に、何も言えなくなってしまった。

 泥だらけの顔に、歪んだ王冠。瞳に涙を一杯に溜めていた。お世辞にも格好良いとは言えないその姿には、異様な迫力があった。



「僕にはっ……!! 何も無いんだっ……!!」



 …………トムディ。


「何をしたって、駄目なんだ!! 思い通りにならないんだ……!! 僕みたいな奴も居るんだ!! 始めっから何でも出来る、お前等とは違うんだ!! 一緒にするなっ……!!」


 本当はずっと、トムディは辛い思いを抱えていたのかもしれない。

 身にならないっていうのは、思ったよりも辛いものだ。周囲からは怠けていると言われ、本人も正解が分からないまま、常に何かを模索し続けなければならない。それで身になるのなら努力に価値も見出せるだろうが、その果てに必ず結果が付いて来るとは限らない。


「頑張ったって辛いだけで、何も報われないよ……!!」


 見果てぬ砂漠を歩いているようなものだ。心折れて、挫けてしまう事だって、ある。


「おい、トムディ……」

「ルミルが『ゴールデンクリスタル』を持ってる事は……僕が、教えたんだ」


 大方、バレルに攻撃されて、為す術も無かったって所なんだろう。……あのトムディの状態を見ていれば、分かる。

 やられたんだろう。身も心も叩き折られてしまったのかもしれない。


「……本当の、何の役にも立たない、クズさ」


 涙ながらに、トムディは言った。その言葉の重みを、俺はよく理解していた。

 痛い程分かる。必死で頑張っても周囲にさえ追い付けない者の気持ちは。……誰だって、自分がビリには成りたくないもんだ。それでも、誰かと競争すれば、必ず誰かはビリになってしまう。

 そういうものだ。競争している限り、それは仕方のない事なんだ。


「お前は、本当に駄目だな」


 ――――――――だから、俺は立ち上がった。


「何の役にも立たなくて、実力も無くて、必死で努力しても全然駄目で。どうしようもないから、今度は諦めて逃げるのか……!! 全く、弱すぎるぜ。反吐が出る!! 俺はそういう奴が一番嫌いだ!! この根性無しが!!」


 トムディは頭を抱えて、俺の罵倒を聞くまいとしていた。

 分かっている。お前の気持ちは、多分この場で俺が一番よく分かっている。



「それは、始まりじゃないのかよ」



 トムディが、両眼を一杯に開いた。


「何の役にも立たなくて、実力も無くて、必死で努力しても全然駄目で、どうしようもなくなったら。…………俺達はもう、乗り越えるための壁に足を掛けてる。そこからが、本当の始まりじゃないのかよ」


 そんな事を言われたのは、初めてだったのかもしれない。……トムディはずっと、一人で戦っていたのだ。駄目だクズだ役立たずだと言われながら、たった一人で。

 決して、弱くなんかない。トムディは、強いさ。……とても、強い男だ。


「俺は、始まりだと思ってる」


 這いつくばったまま、俺を見上げるトムディ。俺は屈んで、トムディに向かって手を差し出した。


 …………認める。


 この男の努力を、俺は認める。


「グレン…………」


 トムディは、俺の手を取った。

 それはきっと、俺達が心を通わせた瞬間でもあった。

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