第23話 ライジングサン・バスターソード

 セントラル・シティから、馬車に乗って一時間。北へと向かえば、四六時中分厚い雲に覆われた、年中夜のような暗さの『滅びの山』がある。


 師匠との修行時代、俺も何度か訪れた事のある、魔物の巣窟。強すぎる魔物はいない、かと言って弱い魔物も少ない、なんとも身体を鍛え易い場所だ。リーシュが見付けて来たミッションではあるが、珍しくこのミッションは、リーシュに合っているのかもしれない。

 いや、珍しくって。そう言ってしまえば言葉は悪いが、何となく、リーシュの事だからまた見当違いのミッションを受けたいと言いそうな気がしていたのだけれど。

 当のリーシュは、馬車の中で鼻歌を歌いながら、大事そうに鞄を握り締めている。


「…………鞄、何か入ってんの?」


 俺が問い掛けると、リーシュは満面の笑みで答えた。


「お弁当です!!」


 ピクニックか。……はたまた、遠足か何かだろうか。……平和なミッションである。

 既にスケゾーはリーシュの弁当に興味津々なようで……サウス・ノーブルヴィレッジの一件から、スケゾーはすっかりリーシュの作る飯の虜になってしまったようだ。確かにあれは美味い。俺だって食べたくない、という訳ではないんだが。

 どうも緊張感に欠けるんだよなあ、このパーティー…………。


「リーシュさんリーシュさん、今日の弁当には何が入ってるんスか?」

「今日はですね、タコさんウインナーを入れてみました!!」

「タッ…………タコ…………!!」


 緊張感に欠けるんだよな、このパーティー。

 まあ、実際に魔物と対面すれば、こうは行かないだろう。リーシュの剣技がこのミッションでどれ程上達するか分からないが、なるようになれ、という所か。

 正直、俺も剣の事はよく分からないし。誰か、師匠になれる人が現れれば良いんだが……。


「ところでリーシュ、何でお前、未だにビキニアーマーなんだ? 給料で服を買ったんじゃないのかよ」

「え? それは、お出掛け用の服だけですよ?」


 何で……!? まず、魔法も掛かってないビキニアーマーじゃ寒いだろ。裸と何が違うんだよ。

 サウス・ノーブルヴィレッジは暖かい場所だったから良いが、あれは南の端だからこそあの気候なんだ。これから北へと向かうに連れて、気温はどんどんと下がって行く。

 スポットで気象が変わる場所だってある。装備は揃えておくに越したことは無いのだが。

 まあ、滅びの山はそこまで寒い訳でも無い。今回は大丈夫なんだろうが……。


「もっとちゃんとしたアーマー、買ってやるよ。今度、防具屋に行こう」


 そう言うと、リーシュは少し困ったような顔をして、俺を見た。


「そ、それはありがたいのですが……これは、村長さんと村の皆から頂いた、大事な装備なので……!! これも、活躍させてあげたいのです……!!」

「いや、でもな、リーシュ。その防具は……」

「グレン様は魔導士様なので、あまり詳しくないかもしれませんが……!! ちゃんと村長さんは、私の為に調べて、これを買ってくれたんです。私、その好意を無駄にできなくて……」


 ……参ったなあ。

 本当は騙されただけで、その防具には防具らしい性能が無いと分かったら……リーシュは多分、傷付くんだろうな。そしてそれは、誰の為にもならない。リーシュの身を護れるという意味では言った方が良いのかもしれないが、それは村長や、サウス・ノーブルヴィレッジの連中を落胆させる事にもなるし、リーシュにとっても衝撃的なんだろう。

 俺はリーシュの頭を撫でて、笑みを浮かべた。


「分かった、分かった。……でも、寒い地域に行ったら、その恰好じゃ風邪引くからな。防寒具にもなるアーマーは、どこかで買おう」


 瞬間、リーシュの頬が真っ赤に染まった。

 気付いて、慌てて手を離す。……リーシュの頭は身長的にとても撫でやすい位置にあるので、油断するとつい撫でそうになってしまう。いや、撫でてしまったのだが。


「……ありがとうございます、グレン様」


 俺は、少し照れながらもはにかむリーシュに、何も返答することができなかった。

 ……ん? いつもならこの辺りで、スケゾーが口を挟んで来るんだが。そう思ってスケゾーを見ると、何かを悩んでいるようだった。


「スケゾー、どうした?」

「いや、ビキニアーマーって聞いて。なんか忘れてるような気がするんスよねえ……」


 何か? ……何かってなんだ。

 まあ、何れにしてもリーシュのビキニアーマーは、何処かで防御用の魔法を掛けてやらなければならないだろう。強度がどれ位あるのかも、専門の鍛冶屋か鑑定屋にでも見せて、把握しておかないと。……このままでは、一体どの程度使える防具なのかも、よく分からない。


 魔法が掛かっていない時点で、まともでない事は明白とも言えるのだが。どの程度まともではないか、だな。

 そもそも装備として使えないレベルなら、魔法なんか掛けた所で焼け石に水だ。


「お客さん、到着しましたよ」


 そう言われて、俺達は馬車から降りた。




 *




 滅びの山の麓に辿り着くと、俺は直ぐに、その異変に気付いた。


「なるほど……こいつは少し、厄介だな」


 リーシュが何のことか分からない様子で、俺を見ていた。……まあ、俺だってこの山にそれ程詳しい訳では無いけれども。


 トリトンチュラという蜘蛛の魔物は、本来は人間に害のない魔物だ。元々は魔物の魔力を食料にしている為、小さな自分よりも小さな魔物を巣に引っ掛けて喰らう。つまり――……裏を返せば、自分よりも小さな魔物が沢山居る場所……食料のある場所に集中して罠を張るものだ。

 俺の知る限りでは、この『滅びの山』にトリトンチュラの食料になるような魔物は少ない。だが――……山の麓に来ただけで、樹の枝には相当な数の巣が張られていた。


「……やっぱこれも、召喚っスかねえ」

「だろうな。巣を張る理由が無いからな」


 でも、誰が、何の為に。この山に住んでいるという、とんでもない爺さんをどうにかする為か……? 巣だけで本体が居ないというのも、また不気味だな。

 俺とスケゾーは、蜘蛛の巣に囲まれた歩き難い山に、足を踏み入れた。


「……あの、グレン様」


 おや? ……リーシュが付いて来ない。

 俺は立ち止まり、振り返った。


「何してんだよ。さっさと行くぞ」


 多少青褪めた顔で、リーシュは苦笑していた。それでも、やがて意を決したのか、山の中に入って行く。

 このまま、何も起こらなければ良いんだけどな。トリトンチュラ程度なら大した問題ではない…………が、少し気になるのは、巨大トリトンチュラが一体どの程度巨大化されているか。強化はされているのか。その点が、最大の難所ではないかと思う。

 厄介な出来事が起こらなければ、サウス・ノーブルヴィレッジで起きた事件との関係性も、何か掴めるかもしれない…………


「待ち侘びたぞ、グレンオード・バーンズキッド」


 厄介な出来事が起こらなければ。


 俺は少し、卑屈な気持ちになってしまった。


 ラグナス・ブレイブ=ブラックバレルが、木に凭れ掛かって腕を組んだまま、俺に笑みを浮かべていた。……相変わらず、無駄な格好良さを主張する男である。何をした所で、既に本性はバレていると言うのに。


「俺との勝負に恐れをなして、逃げ出したかと思っていたぞ。グレンオード・バーンズキッド」


 定番文句だろうが――……この変態男に言われると、顔が無駄に良いせいで余計に腹が立つ。こいつは人のフルネームを連呼しないと気が済まないのか。

 まあ見た所、ラグナスは一人だ。協力者は見付からなかったらしい……当たり前だ。あんな誘い方じゃ、女の方から逃げて行くに決まっている。


「お前こそ、一人なのによく来たもんだよな。ミッションクリアまでに、名前を書いてくれる奴なんか現れるのか? 残念だよ。……せっかくクリアしても報酬無しじゃ、俺に払う金は持ち出しだなァ」


 俺の煽り文句に、ラグナスは不敵な笑みを浮かべた。


「――――この俺に、パーティーメンバーが揃わない訳が無かろう?」


 あれ。てっきり、仲間は見付からなかったものだと思っていたのだが……居たのか? こいつに協力するような、ちょっと露出狂の疑いがある女が……

 まずいな。もしも本当に、身体の綺麗な女の人でかつ、ラグナスの『脱いでくれ』に同調するような女だったら……俺は、対応できる自信がない。まして、剣士のパーティーメンバーなど大概は魔導士か聖職者関係だろう。後方のアタッカーかヒーラー、そのどちらかを担う事の出来る奴でなければならない。


 対して、こちらの仲間はリーシュだ。全く戦力にならない訳ではないが……今回は、巨大トリトンチュラを倒すスピードを競うものだ。リーシュが足を引っ張れば、俺がいかに速く問題を解決しても仕方がない。


「フン。俺の優秀な仲間を甘く見ない事だな。俺の勝利は確定!! 世の全ての美しい女性は俺の仲間になる…………!! そしてそれは、リーシュさんもだ…………!! 待たせたな。出て来ていいぞ、キャメロン・ブリッツ!!」


 俺は、喉を鳴らした。ラグナスが凭れ掛かっていた木の陰から、新たな仲間が登場した。


「ラ、ラグナス。本当に相手は、『零の魔導士』みたいだな…………」




 ――――――――身体の、綺麗な。




「男の人じゃねえかァァァァァ――――――――!!」




 現れたのは、多少タラコ唇気味のマッチョだった。


「ゴファッ!?」


 気が付けば、俺は全力でラグナスを殴り飛ばしていた。


「なっ……!? 何故俺が殴られなければならないのだ!!」

「うるさい黙れ!! ちょっとお前の顔に危機感を覚えた俺に謝れ!!」

「グレン様!! 下がってください!!」


 猛然とラグナスに向かって行った俺を、リーシュが制する。珍しくリーシュは俺の前に立つと、まるで俺を護るかのように、両手を広げてラグナスの前に立ち塞がった。


「た、たぶん、そういう趣味なんです!!」


 ハッ――――――――――――――――!?


 俺は、思わず青褪めた顔でラグナスを見た。


「違うわ!!」


 一体何が登場するのかと思ったら……まさか、武闘家とは。トリトンチュラ大量発生っていう背景から、てっきり現れるのは広範囲にアタックできる魔導士かそこらだと思っていたが……。キャメロン・ブリッツと呼ばれたマッチョは、俺とラグナスの様子を確認して、俺に頭を下げた。


「俺はソロで呼ばれただけなんだが…………なんか…………すまん」

「いやお前は謝らなくていい!! 俺の方こそすまん!!」


 あまりの衝撃に、何故かマッチョが最も責任を感じていた。

 やれやれ……しかしまあ、俺としては嬉しい誤算だろうか。連れて来たのが武闘家なら、とりあえず範囲攻撃で燃やされたりするような心配がない。爺さんの家ごと潰しても、一応ミッションクリアはクリアだからな。

 余程考えなしで無ければ、家ごと潰そうなんて発想にはならないだろうと思っていたが。……リーシュが剣を抜いて、意識を集中させている。


「おいリーシュ。『分かっていると思うけど』山頂には爺さんの家があるからな?」

「えっ!? えぇっ!? な、何言ってるんですかグレン様!! 【アンゴル・モア】でとりあえずばっさり行こう、なんて思ってませんよ!? ほんとですよ!?」


 思っていたらしい。リーシュは僅かに震えていて、かたかたとビキニアーマーが音を立てていた。

 どうしたと言うんだ、一体。『滅びの山』に来てから、なんか様子がおかしい。

 ラグナスが立ち上がり、自身の『ライジングサン恥ずかしい名前ソード』を抜いた。


「と、とにかく!! メンバーが揃ったので、ゲームスタートだ!! リーシュさん、お怪我の無いように!!」


 丁度、魔物も現れたようだ。

『レア・ゴブリン』。唯のゴブリンと違い、低級の魔法程度なら操る少し強いゴブリンだ。『滅びの山』は魔界と繋がっている、等と言われていて――……珍しいゴブリンの上位種が出るというのも、それが理由だと考えられている。まあ俺は、魔界への扉など見た事が無いが。

 騒ぎを聞き付けて現れたレア・ゴブリンは、丁度先頭に立っていたラグナス目掛けて飛び掛かった。


「行くぞ、ライジングサン・バスターソード!! 【シャイニングフレア・イグザクトリィスラァァァッシュ】!!」


 ラグナスの剣が光を放つ。ラグナスは美しく光る自身の剣を技名と共に薙ぎ、それはレア・ゴブリン達にヒットした。

 太刀筋が爆発する。レア・ゴブリンは、たったの一撃で後方に激しく吹っ飛び、姿を消した。

 その様子を見て、リーシュは目を輝かせていた。まるで光の勇者のような、美しい剣技に見惚れているようだった――……まあ、リーシュも剣士だからな。太刀筋が美しければ、惚れ惚れすると言うものだろう。


「す、すごい…………!!」


 ラグナスは振り返り、薔薇のような笑みを称えてリーシュに視線を向けた。


「おっと。お楽しみはこれからですよ――――俺の剣舞に、ご注意を」


 ラグナスのウインクに、俺とスケゾーは鳥肌を立てていた。

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