第24話 足を引っ張るのも戦略ですか?

 レア・ゴブリンが一掃された事で、ラグナスは調子に乗っていた。次々と現れる魔物、魔物……元々、この場所は戦闘訓練として最適な場所だ。魔物の数も普通より遥かに多く、一般の人間は近付かない場所。

 ラグナスは自慢の長剣を握り締め、高らかに叫んだ。


「フハハ!! 何体でも掛かって来るが良い!! そんなもので、俺を止められると思うのならな……!!」


 ……あ、そうだ。良い事を思い付いたぞ。


「よし、行こうか。スケゾー、リーシュ」

「そうっスね」


 スケゾーが特に面白くもない様子で、俺の肩の上に座った。


「あ、はいっ!」

「リーシュ、剣をしまっていいぞ」

「え?」


 リーシュは意味が分かっていないようで、剣を抜いたままで多少、緊張している様子だった。

 次に現れたのは、『トロール』の集団だ。人型で人間よりも背が高く、その筋力は圧巻そのものだが、動きが短絡的で速度も大した事はない。落ち着いて戦えば、まず勝てる相手だ。


「続いて行くぞ、ライジングサン・バスターソード……!! 【ディスティニーライトニング・ヘルバッシュドライブ】!!」


 ラグナスはそんなトロールを相手に、雷の剣を振り翳した。

 一閃。ラグナスは、トロールの集団を一瞬で通り抜ける。目が眩む程の素早い閃光がトロールを襲い、その姿は一瞬にして消え去った。

 魔法陣が現れる――――…………


「…………召喚っぽいな」

「変っスねえ。元の魔物はどこに行ったのやら…………」


 スケゾーの言う通りだ。……俺がこの場所で修行をしていた時は、実体の魔物が相手だったものだが……。


「ハッハッハッ――――!! 【アンダースコア・ローリングエレキクラァァァッシュ】!!」


 ラグナスの後ろを、俺は無言のままで歩いていた。


「【シルバーフェニックス・ネオスマッシュブレイド】――――!!」


 キャメロン・ブリッツが、眉を顰め、下顎を指で撫でていた。


「【ファイナル】」

「どうでもいいが……技名が恥ずかしいな」


 おい、ついに仲間にまで言われてんぞ。


「大丈夫だ。技名だけじゃなく、奴は全般的に恥ずかしい」

「それ、大丈夫って言うのか……?」


 ラグナスが一人、高笑いを上げながら魔物を相手に奮闘する。その後ろでリーシュの作った弁当を食べなたら、のんびり歩いて行く俺達。

 いや、これは思ったよりも楽だ。リーシュの作ったサンドイッチも普段通り最高に美味しいし、今日は良い日だ。


「タコ…………!! リーシュさん、これがタコさんウインナーっスか!!」

「あ、はい……おひとついかがですか?」

「いただきまーす!!」


 踊る阿呆に見る阿呆とは言うが、これは間違いなく踊っている方が阿呆だな。リーシュが弁当を作って来た時は、そんなものを食べる暇があるのかと思いもしたが。意外にも、余裕があり過ぎる位だった。

 ……ん? リーシュは弁当を広げているが、食べていない。先に進めば進むほど、チラチラと背後を気にしている……一体、どうしたのだろうか。

 ラグナスの登場でぼかされていたが、そういえば山に入った時からずっと様子がおかしい。


「リーシュ、大丈夫か?」

「あ、はい……」


 あんまり、顔色も良くないな。……やっぱり、ビキニアーマーなんか着てるから体調を悪くしたのでは……リーシュは辺りの様子を見回して、俺に寄って来た。


「あの……虫の巣が、多いですね……」


 そう言って、リーシュは苦笑した…………ん?


「虫の巣って、トリトンチュラの巣のことか?」


 リーシュは驚愕して……って、おいおい。何でそんな反応してるんだ。


「えっ…………えぇ――――っ!? だってこれ、蜘蛛の巣じゃないですか!!」

「だっても明後日も……お前、自分からこのミッションに参加したんじゃないか。何言って……え?」


 その時俺は、当時の会話を思い出した。


『良いか、自分が受けられそうなミッションにしとけよ。背伸びして報酬が良いもの受けても仕方無いぞ』

『任せてください!!』


 そういえば、あのミッション依頼書には文字しか書いていなかった。分かっていたのは、ランクがEだという事だけで……俺も、特にミッションの内容について言及しなかった。リーシュが受けられそうなものであれば、何でも良いと思っていた。

 リーシュはすっかり青褪めて、後退った。ラグナスが戦っているのを横目に、俺は振り返り、立ち止まってしまったリーシュを見た。

 嫌な予感がする。いや、既に八割以上確信を持っていたが。


「まさか、お前…………『トリトンチュラ』が何なのか、知らないでミッション受けたの?」


 リーシュは涙目になっていた。ミッションを受けようと思ったら、事前に現れる魔物の事くらいは調べておけよ。そんな事を、出る前に言っておけば良かったと、今更ながらに後悔していた。

 失敗した。リーシュは、このミッションが事実上初めての、魔物討伐ミッションなのだ。こんなハプニングくらい、俺の方で予想しておかなければならなかった。


「だ、だって、だって……私、レベルさえ合っていれば大丈夫かなって思って……」


 リーシュが取り乱している……まずいな。初めての場所でパニックになられる訳にはいかない……!!


「落ち着け、リーシュ。『トリトンチュラ』ってのは、基本的に人間には無害な魔物だ。自分より大きな生物に対して臆病だから、あんまり攻撃なんかもしない」


 ついに、リーシュは背中から木に激突した。ドン、と重たい音がして、トリトンチュラの巣が張られた木に僅かな衝撃が走る。

 スケゾーが手を叩いて、言った。


「あ、そうだ、それだ――――思い出したっスよ。トリトンチュラって確かにそうなんスけど、肌色に寄って行く習性があるんスよね」


 瞬間、木の上から無数のトリトンチュラが下りて来て、リーシュの視界に入った。

 お、おい……!! それはやばいって……!!




「きゃあああああああ――――――――っ!!」




 リーシュが駆け出した!!


「ちょっ、おい…………待て!! リーシュ、おーい!!」


 速い……!! 何という速さだ……!! ようやく現れたトリトンチュラが、リーシュに向かって行く……やっと登場したと思ったら、リーシュを発見して興味を持ったように見える、が……

 ラグナスも抜けて、真っ直ぐに山頂へと向かって……それはやばいだろ……!!


「スケゾオォォォォッ!! そういう事はもっと早く言って欲しかったアァァァ!!」

「えっ……いや、マジっスか……すいません、リーシュさんが蜘蛛苦手だって、知らなかったもんで……」


 そりゃそうだ。俺だってたった今、知ったぞ。スケゾーに非はないが…………!! いや、虫が駄目って。あの田舎ではどうやって暮らしていたんだよ。

 そういや、誰も来ないはずの旅館はやたら綺麗だったし、ベッドにも手入れが行き届いていた。……まさか、俺がリーシュと一緒でも寝られたのは、あの徹底的に手入れのされた布団によるものだったのか。

 いや、そんな気付きは今はどうでも良くて。

 前線で戦っているラグナスとトロールの間をすり抜けたから、トロールの姿に隠れて、リーシュを見失ってしまった…………!!


「くそっ……追うぞ、スケゾー!!」

「準備しときますよ、ご主人……!!」


 俺達を発見して仲間を呼んでいるのか、周囲に魔物が集まって来る。どうにかこれを抜けなければならないか。

 意識を集中させると、全身に活力が溢れる。本来はスケゾーと共有してまで倒す相手ではないが……仕方無いか……!!


「スケゾー、『五%』行くぞ――――うおっとぉっ!?」

「はアァッ――――!!」


 トロールを抜けようとする俺の所に、ラグナスが飛んで来た――……どうやら、魔物を倒して身を翻し、こっちに着地したらしい。戦い方がとても大味なので、派手だし目立つ。

 何故か奴は俺に、不敵な笑みを浮かべていた。


「これはチャンスだな、グレンオード・バーンズキッド。まさか君の方からリーシュさんを手放してくれるとは……!!」


 こっ、コイツ…………!! ここでリーシュの株を上げようってのか…………!!


「話は聞いていたよ。彼女、蜘蛛が苦手なんだってね!! なら俺がそれを救えば、俺は彼女にとってのヒーローかな?」

「こんな所で足踏みしてるお前にゃ無理だよ。道を開けるからそこをどけ、アホ剣士…………!!」

「まだまだ、俺は本気の力を出していない!! 『ライジングサン・バスターソード』の真髄をお見せしよう…………!!」


 ああもう、いちいち前口上だの技名だのが邪魔して集中できん……!!

 どうする。いっそラグナスを殴り倒して黙らせてから進むか……!? だが、ラグナスは目の前の敵を一応は倒している。手を組んだ方が楽なのかもしれないが……魔物が後から寄って来てキリがねえ……!!


「おい、キャメロン!! だっけ!? ちょっとお前も、魔物を倒すの手伝ってくれ!!」


 呆然と突っ立っていたキャメロンが、思わず自身を指差し、頭に疑問符を浮かべていた。ラグナスが振り返り、キャメロンに向かって叫んだ。


「そうだ!! マッチョ、悪いが手伝ってくれ!! 俺がこの零の魔導士を出し抜く為に!!」


 いや、お前は名前で呼んでやれよ。パーティーメンバーなんだろ。あと理由が切実だな。


「あ、ああ…………すまん。ちょっと、状況がよく分からなかったものでな」


 キャメロン・ブリッツは、普通に良い人だった。

 くっ。……可哀想なキャメロン。こんな、得体の知れない変態剣士なんかのパーティーメンバーとして、このミッションに参加してしまって……今度、酒でも奢ってやろう。

 一先ず、次から次へと寄って来る、周囲の魔物を一掃するしかないか……!!


「ハッハッハ!! 何体でも掛かって来い!! 【シャイニングフレア・イグザクトリィスラァァァッシュ】!!」


 この、寄って来る魔物をどうにかしなければ……!! 先に行ってしまったリーシュが何処まで走って行ったのかも、よく分からない……!!


「【シルバーフェニックス・ネオスマッシュブレイドォォォ】――――!!」


 この、寄って来る魔物をどうにかしなければ!!


「【ファイナル】」

「お前ちょっと黙れエェェェ!!」


 こいつが大道芸のように戦闘を見せびらかすから、いつまで経っても魔物の陰が途絶えないんじゃないか!!

 自分で敵を誘き寄せて倒して、一体何がしたいんだこのアホ剣士は!! 本当にリーシュを助ける所まで行けるのかよ!!

 しかし、その事に本人だけが気付いている様子がない。この大馬鹿者め……!! モブとの戦闘なんていうのは、さり気なくコソッとやればいいんだよ!! 余計に危険を増やしてどうするんだ!!

 こうなりゃ、こいつが技名を叫ぶ余裕も無いほどに、瞬殺するしかない……!!


「行くぞトロール!! 私を倒したくば、この必殺技を受けてみよ!!」

「フンッ!!」


 ラグナスの対象としているトロールに狙いを定めて、俺は拳を放った。


「ああっ――――!!」


 その背後に居る二、三体のトロールを巻き込んで、そのまま奥までトロールは突っ込んで行く。やがて大量の魔法陣が現れ、小さな魔物共々、消滅した。

 よし、これで道が空いた!! いい加減、山を登るぞ!!


「貴様ァ――――!! 一体何をするんだァ――――!!」


 叫ぶラグナスを無視し、俺は先を急いだ。

 絶望に打ち拉がれているラグナスの肩を、キャメロンが叩いた。


「おい、ラグナス。俺達も先に進もう」

「はっ……!? そうだな、このままではあの卑劣な男に負けてしまう!! 行くぞ、マッチョ!!」


 誰が卑劣なんだよ、誰が。あいつに任せていたんじゃ、いつまで経ってもミッションはクリアされないだろうな。

 …………しかし、キャメロン・ブリッツ、良い奴だなあ。初登場以降『マッチョ』呼ばわりなのに、腹を立てる事もなければ協力もするとは。

 奴の仲間としては、明らかに勿体無い。そこそこ強そうだしな。




 *




 山頂までの道程を、半分ほど過ぎただろうか。俺は額の汗を拭って、立ち止まった。少し開けた場所に来たので、周囲を見回す。

 相変わらず、リーシュの気配は無い、か……近くに強い魔物の気配は無いが、とにかくトリトンチュラの数が多い。ここ、こんなに虫型の魔物が多い場所だったっけ……?

 戦闘を終え、分離しているスケゾーに、俺は問い掛けた。


「スケゾー、どうだ? リーシュの魔力、感じるか?」

「いや、何とも……もしかしたら、何者かに連れ去れれている可能性もあるかもっス」


 それは、まずいな……。意外にも、危機を感じたリーシュの足はとてつもなく速かったからな。道中で魔物に襲われていたとして、捕まっても不思議ではない……か。

 それが巨大トリトンチュラである可能性……結構、高いような気がする。肌色が好きなんだろ。リーシュなんて格好の餌食じゃないか。


「トリトンチュラって、肌色を見て近付いて、どうするつもりなんだ?」


 スケゾーは喉を鳴らして、珍しく恐怖を見せていた。スケゾーのそんな顔を見る事は、殆ど無いことだ……俺は、思わず緊張してしまった。


「ど、どうなるんだよ」


 そして、スケゾーは…………俺を見た。




「――――――――舐めます」




「えっ?」


 思わず、俺は聞き返してしまった。


「舐めるんスよ、肌色を。理由は分からねえんですが」

「…………害は?」

「ねえと思います。攻撃しない限りは……しかし、キモいっス」


 何だそりゃ…………案外、放っておいても安全なのか?

 もう、よく分かんねえ…………

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