第22話 賭けをしようお前が勝っても俺のもの

 冒険者依頼所。いつの間にやら人の増えていたこの場所で、俺とラグナス、そしてリーシュが一同に会する事となってしまった。タイミング悪くも登場してしまったリーシュは、俺とラグナスの状況に首を傾げた。

 ラグナスの顔が、醜く歪んでいた。俺はどうしようもなく苦笑して、リーシュを見る。……リーシュだって、昨夜の俺とこいつとの喧嘩は目にしている。この状況を見れば、一体何が起きているのか、流石のリーシュにも理解出来るはずだ……!!


 表に出ろ。俺は首と視線だけで、一生懸命にリーシュへと合図を送り続けた。とにかくリーシュがこの場を離れれば、俺とラグナスの関係もこれ以上悪くなったりはしない。

 リーシュは立ち止まり、額に汗を浮かべて……俺とラグナスを見た。


「…………フォークダンスですか?」


 アイコンタクトを使おうなんて、高等テクニックをリーシュに求めた俺が間違っていたよ畜生!!


「お嬢さん!! ミッションを受けようと言うのですか!? ……このがさつで下品な男と!?」


 誰ががさつで下品な男だ。少なくとも俺は、目の前のこの男よりも下品になった覚えは無いぞ。

 素早くラグナスは俺から離れ、リーシュに近付いた…………させるかっ!!


 俺はラグナスとリーシュの間に割って入り、ラグナスと対峙した。……ラグナスは先程までとは打って変わって、思いっ切り作られたイケメンの笑顔だった。心なしか、背後に薔薇が見える。

 ……更にその背後に、燃えるような怒りの炎が見えた。どうにか俺を無視して、後ろのリーシュに手を出そうとしている。

 俺はラグナスからリーシュを護った状態のまま、背後のリーシュに声を掛けた。


「おう、リーシュ。ミッションは見付かったか? どんなミッションを選んだのか、聞いていいか? 勿論、二人用のミッションなんだよな…………!!」


 頼む。……こいつと三人でパーティーなんて事になったら、目も当てられない事が起こるに決まっている。リーシュが見ていない事に気付いたからか、ラグナスの顔は鬼のような表情に変わり、俺に向かって怒り眉を見せていた。

 格好良い顔に産んでくれた、お前の両親に謝れ。全力で。


「お嬢さん。こんなトーテムポールみたいな顔の男は放っておいて、俺と二人でミッションを受けに行きませんか?」


 トーテムポールみたいな顔って、どんな顔だよ。

 声だけは爽やかに、ラグナスはリーシュを誘惑していた。……まずい。リーシュがどう思うか知らないが、こいつは確かに顔……だけは、良い。あの女魔導士も、始めはラグナスの顔に警戒心を解いている様子だった。

 変に勘違いして、リーシュがラグナスに興味を持たなければ良いんだが…………!!

 リーシュは取ってきた紙の内容を確認して、笑顔になった。


「人数制限、ありました!! ちゃんと二人用です!! ……えへへ」


 マイペースだアァァ――――――――!!

 ぶれねえな、リーシュ…………!! 流石の俺も、ラグナスの言葉を完全に無視するとは思わなかったぜ…………!! 僅か以上にショックを受けたようで、ラグナスは堪らず一歩、俺から後退った。

 だがしかし、これはチャンスだ。上手くこの男がリーシュを諦めてくれれば、もう俺に関わって来る事も無くなる。俺達は何の障害もなく、じっくりとパーティーとしての戦力を強化する事が可能になる。


「残念だったな、色おと……色ボケ男。ここは大人しく引いて、パンの耳でもかじってな……!!」

「そこは色男で良いだろう、このパンの耳推奨委員会が……!!」


 よし!! ミッションが二人用なら、もうこいつに付け入る隙はない!! ゲームオーバーだ!!

 そう思いながら、背中をちらりと一瞥した。不意にリーシュが気付いたようで、ミッションの用紙を見直していた。


「あれ? 『トリトンチュラ大量発生につき、二組まで募集』……」


 リイイィィィィ――――――――シュ!!


 颯爽とラグナスは身を翻し、俺を飛び越えてリーシュの隣に立った。


「お嬢さん、その依頼書を見せて頂けませんか」

「あ、はい」


 渡すなアァァァ!! 今の状況をちょっとは察しろよォォォ!!

 ラグナスは手配書を眺め、内容を確認する――……やがて、滑らかな動きで依頼書を引き受ける受付嬢の所へと歩くと、カウンターに肘を付いた。ラグナスが登場すると、受付嬢は僅かに頬を染める……騙されるんじゃない。そいつは見た目はそれだが、中身はただの変態だぞ。


「美しいご婦人。……失礼ですが、このミッション、事前登録しておいて、後からメンバーを連れて来た場合でも参加は可能ですか?」

「あ、はい…………ただ、ミッションの条件上、一人で行くのは駄目なので。……最悪、ミッションクリアまでに二人一組になっていれば大丈夫です」


 二人からと言いつつ、冒険者依頼所はミッションを受ける人間の事なんざ逐一見ていられないから、ミッションクリアの時に名前が二つ書いてあれば、大概通る。……まあルールを破って危険な目に遭ったとしても、冒険者依頼所は保護してくれないので、自己責任って奴だが。

 だが、ラグナスはどうやらそれを利用するつもりらしい。


 俺も受付嬢の所へと歩き、ラグナスから依頼書を奪い取った。中身を確認……まだ、俺とリーシュが参加すると決まった訳じゃない。リーシュに扱えるミッションなのかどうかだって、俺が確認しなけりゃ分からないだろうが。

 ラグナスは少し不機嫌そうな顔をしたが、知ったことじゃない。えっと、何々……場所はここから北に歩いた先の、『滅びの山』。歩くよりは馬車の方が良さそうな距離だ。


『滅びの山』と言ったら、元々人間を喰いたがる、野良の魔物が沢山住んでいる場所じゃないか。あまり平和な場所とは言えないな。

 ええと…………『滅びの山』の山頂にある、お爺さんの家の裏側に、トリトンチュラが大量発生していると噂になっています。そのトリトンチュラを撃退するミッションです…………


 まず、何でそんな場所に家を建てようと思ったの!? それお爺さん喰われてるんじゃないの!? 大丈夫なの!?


 俺がミッションの内容を読んでいる様子を見て、ラグナスが悲しそうな笑みを浮かべた。


「これは……すげえミッションだな……」

「そうだね、残念だ……美少女なら、俺が助けに行ってやったのに」

「ポイントはそこじゃねえよ!!」


 まあ、トリトンチュラ自体は大して強い魔物じゃない。炎の魔法でも一発浴びせれば、瞬く間にやられてしまう魔物だ……だが、依頼書を見る限りだと、それだけでは終わりそうもないミッションだった。


『巨大トリトンチュラ、出現注意。周囲のトリトンチュラは、取り巻きの可能性あり』。依頼書には、そのように書いてあったのだ。トリトンチュラってのは、手のひらサイズに収まる小さな魔物。それが巨大化している――……あまり、良い状況とは思えない。

 まあ、多少巨大化した所でトリトンチュラなら大丈夫、という気もするが……。


「フッ……零の魔導士よ、怖気づいたかい? こんなミッション、俺には赤子の手を捻るよりも楽な仕事だが……もしかしたら、君には少し、難しいかもしれないね」

「…………なんだと?」


 ラグナスが嘲笑して、俺の事を見下したような眼差しで見詰めた。……その態度は、少し面白くない。俺はミッションの依頼書を手にしたまま、僅かながらにラグナスへと殺気を見せた。

 ラグナスは、自身の『ライジングサンなんたら』とかいう名前の剣の柄を握り締め、俺を指差した。




「賭けをしよう、グレンオード・バーンズキッド。俺達が二組でミッションを受け、どちらが先にその巨大なトリトンチュラを倒すか、勝負だ」




 俺は眉をひそめて、ラグナスを見ていた。


「…………賭けの内容は?」

「負けた方は一日だけ、勝った方の犬になる。そうなればお前は俺に付いて歩き、その粗暴な性格と無様な顔を惜しげも無く周囲に晒すことになり、結果として俺の株が上がる」


 ということは、俺が勝った場合は、一日だけラグナスを犬として連れて歩く事ができる――――…………


「…………それ、俺にメリットなくない?」


 嫌だよ、こんな男と一緒に歩くのも、犬にするのも。


「君は本当に、あれは嫌だこれは嫌だと我儘ばかりだな!! ちょっとは俺の言う事を聞けよ!!」


 何故か俺は、ラグナスに怒られていた。足を踏み鳴らしている……そんな事を言われても、嫌なものは嫌なのだから仕方がない。俺に利点のない賭けを受け入れた所で、良い事も無いしな。

 しかし、俺はてっきり『賭けに勝ったらリーシュをくれ』と言われるかと思ったが……そこは、さすがにモラルをわきまえている、という事だろうか。


「くそ……犬になったら恥ずかしい事を沢山させて、どうにか剣士嬢のイメージダウンをさせようと思ったのに……」


 違った。俺の予想の遥か上を行くクズ、というだけだった。

 ラグナスはふと何かを思い付いたような顔をした。


「それじゃあ、それプラス、ミッションの報酬を総取り、というのはどうだい?」


 …………お?


「それって、つまり……」

「負けた方は勝った方に、報酬額と同じだけの金額を払うってことさ。……どうだい? 君にとっても、悪くない話になっただろう?」


 珍しく、まともな提案をして来やがった……確かに、そうだな。俺はミッションの依頼書を、もう一度確認する……報酬、十セル。確かにこれだけでは、少し心許ないが……二組分の報酬、つまり二十セルを、たかがランクEのミッションで稼ぐ事が出来るようになる、としたら。

 悪くない。俺は笑みを浮かべて、ラグナスを見た。


「…………後で吠え面かくなよ? 男に二言はねえよな?」


 その言葉を肯定と受け取ったのだろう。ラグナスは殺気に満ちた瞳で、俺に笑みを返した。


「お嬢さん、お名前は?」


 俺の背後でボケッと立っていたリーシュが、不意に呼ばれて慌てていた。展開に付いて来られなかったのかもしれない……自分の他に『お嬢さん』が居ないことを確認すると、リーシュは口を開いた。


「えっと……リーシュです。リーシュ・クライヌと申します」

「リーシュさん。俺の名前は、ラグナス・ブレイブ=ブラックバレル。貴女はとんでもない勘違いをしている……俺が必ず、そこの弱そうな使い魔を頭の上に乗せている弱そうな魔導士から、貴女を救い出してみせましょう」

「…………おお? 今さり気なくオイラ、馬鹿にされたっスか?」


 黙って事の成り行きを見守っていたスケゾーにも、ラグナスは挑発的な笑みを見せた。残念だと言わんばかりに両手を上に向けて、首を横に振った。


「フッ。…………チェスのルールも理解出来なさそうな、頭の悪そうな顔をしている」


 おお、当たっているぞ。

 スケゾーが愕然として、直後に怒りを見せていた。


「ご主人。……こいつ、大した度胸っスね。見せてやりましょう、オイラがいかに優秀な悪魔なのかを」

「いや、今のは本当で」

「ご主人、オイラが優秀な悪魔だということを見せてやりましょう」

「お前は本当にチェスは」

「ご主人!!」


 有無を言わさず、スケゾーは俺の頭の上で立ち上がった。ラグナスは俺を指差し、不敵な笑みを称えた。


「待ち合わせは明日、『滅びの山』の麓だ。その時までに俺は必ず、身体の綺麗な女の人をパーティーに加え、貴様の前に立ちはだかるだろう……!! その時が貴様の命日だ!! グレンオード・バーンズキッド!!」


 俺はポケットに手を突っ込んだままで、スケゾーと共に、ラグナスを睨んでいた。……俺も、不敵な笑みを崩さない。

 ……しかし、身体の綺麗な女の人って。中身はどうでもいいのか……流石は変態剣士。いや、流石はラグナスと言うべきなのか。

 そうして、俺とラグナス・ブレイブ=ブラックバレルの、戦いの火蓋は切って落とされたのだった…………!!


「おいコラ、いつまで待たせんだよ!!」


 不意に、俺とラグナスは声の主を見た。……筋骨隆々な武闘家が、ミッションの依頼書を手にして俺達に怒りを見せていた。

 ……武闘家だけではない。気が付けば俺とラグナスの背後には、沢山の行列が出来ていた。……その時にようやく、俺は自分がどこに立って言い合いをしていたのか、初めて気付く事になった。


「いい加減に話をまとめろよ!!」

「ミッションが受けられねえだろうが!!」


 ……受付嬢が、辛辣な笑顔を見せている。

 俺とラグナスは、口を揃えて言った。


「ごめんなさい」

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