第21話 同じ釜の雌を喰らう仲間じゃないんですか
朝日が眩しい。
ベンチに座って眠っていたせいで、首がすっかり固まってしまった。何処でも寝られるスキルというのは大したもので、やはり俺は野宿向きのようだ。
リーシュが出て来るのを確認してから部屋に戻ってシャワーを浴び、着替える。朝食を食べ、俺達は再び、冒険者依頼所へと足を運ぶ事にしていた。
…………していた、のだが。
「ミッションを受ける前に、茶でも飲んで行くか?」
「…………」
どうしてだろう。リーシュが怒っていた。何か話題を振っても、俺を一瞥するだけで、何も言わない。俺は肩に乗っているスケゾーに、密かに耳打ちをした。
「リーシュ、一体どうしたんだ。……何かあったのか?」
「いいえー。別に何も、無かったっスけどねえー」
大袈裟にスケゾーは溜め息をついて、俺を憐れむように首を横に振った。
何だよ、その態度は。まるで俺がリーシュに何かしたみたいじゃないか。
……したのか? いやむしろ、俺はかなり良い対応をしたと思っているんだが……リーシュだって、当人にとっては長い旅路で疲れていただろう。広いベッドでゆっくりと睡眠を取った方が、身体に良いじゃないか。
唯でさえ、その手前は馬車だったのだ。俺は別に、何処で寝ようと熟睡できる。別にベッドで無くとも、そこまで体力の回復に支障はない。
何故だ。完璧なこの俺の、宿泊プラン。……一体、どこで何を間違えたというのか。
「……そ、そうだな。先にミッションを受けようか。手頃なミッションが取られていたら、残念だからな」
もう、こっちも見てくれない。
張り付いた笑顔は固まり、俺はどうして良いのか分からなくなってしまった。……そうだな。リーシュは甘い物が好きだから、とりあえず何か買い与えておけば……スケゾーが余計に落胆しそうな気がする。この手はやめよう。
これは、困った。……女の子を困らせるなんて、人生初の出来事だ。……どうしたらいい。
「おーい……ちょっと、機嫌直してくれよ」
「…………」
「なあ、リーシュ」
名前を呼び掛けると、リーシュが上目遣いに俺を見る。身長差があるので、リーシュは俺の顔を見ようと思ったら、どうしても見上げるしか無いのだが――……怒っている顔も可愛く見えてしまうのは、どうしてだろう。
やがて、リーシュは溜め息をついて、口を開いた。
「わかりました。じゃあ今日から、お宿もお部屋も一緒にしましょう」
――――――――なん、だと。
やばい。何故だ。俺はリーシュの事を尊重して、部屋を与えたつもりだったのに。……まさかそれが、裏目に出ていたのか? リーシュは俺と、一緒に寝たいと思っていた?
いや、そんな事があるか。今だって『様』付で呼ばれる関係なんだぞ。冒険者じゃなければ、上司と部下だ。普通、緊張して眠ったりとか出来ないもんじゃないのか。
俺が絶句して目を白黒させていると、リーシュは何故か余計に憤慨している様子だった。
「身がもたないですよ!!」
「…………はっ、ええ?」
あまりに予想外なリーシュの言葉に、俺は頭が真っ白になっていた。
リーシュは少し、頬を赤らめていた。
「私とグレン様は、今は同じパーティーじゃないんですか……そんなに気を遣われても、困ります。お宿だって、当然一緒だと思って……普通、そう思うと思います。恋人同士じゃなくたって、私達は同じ釜の雌を喰らう仲間じゃないんですか!!」
「飯な?」
せっかく良い事を言っていたが、後半を間違えているせいでわりと台無しだった。やはり、どこまで行ってもリーシュはリーシュである。
しかし……リーシュがそんな事を考えていたとは。……確かに、これから先、宿が無ければ野宿する事もあるだろう。その度にリーシュは特別扱いで、俺はごろ寝……そうなれば、リーシュが逆に気を遣ってしまう事もあるのかもしれない。
…………気付かなかった。
「分かったよ、分かった。その……もうこの際だから言うが、俺は女があんまり得意じゃない。っていうか苦手だ」
「そうですね」
まるで相槌を打つように肯定された。……こらスケゾー、そこは笑う所じゃないぞ。
「だから、宿は一緒でも、ベッドが二つ無い部屋だったら部屋を分けるぞ。……俺の安眠の為だ。それで今日から、宿も部屋も一緒な。……努力するよ。それで、良いか?」
リーシュは目を丸くして、顔を上げた。少し感動すらしているように見えるのは、俺の気のせいだろうか。……少し、照れてしまう。リーシュは輝くように顔を綻ばせて、両手を握り締めた。
「いい気味です!!」
「心掛け、な?」
彼女が言語を正しく扱えるようになるのは、もう少し先の話らしい。
……やれやれ。仲間が増えると、本当に生活も変わってしまうものだと痛感する。固まった首を左右に伸ばしながら、俺は何とも言い難い心境になった。昔は団体での傭兵活動というのか、冒険者活動に憧れていた事もあったが。
当然に人数が増えれば窮屈にもなるものだ。そう考えると、俺はこれまで一人で良かったような気もする。
リーシュが仲間として増えて、悪いとはちっとも思っていないが。
「良かったっスねご主人。なんとか汚名返上できて」
スケゾーが小さな声で、リーシュには聞こえないように囁いた。俺はスケゾーの言葉に、僅かな怒りを見せる。
「お前、知ってたんなら夜のうちから教えろよ」
スケゾーは再び、首を横に振った。
「そんな野暮な事、出来る訳無いじゃないっスか。はーあー。これだから女を口説く度胸のない童」
俺はスケゾーを殴った。
*
その日は人が多いのか、冒険者依頼所はミッションを受ける冒険者で溢れ返っていた。早めに行ったのは正解で、昨日と比べても遥かに大量のミッションが提示されており、楽で報酬の良い内容から順番に取られて行っている状況だった。
俺はそこまで気にしないが、曰く、人は言う。ミッション選びとアイテムの叩き売りは、戦争であると。……露天商から安くて良いアイテムを買い揃えるのとは話が違うと思うが。
というのも、ミッションの難易度と報酬はセントラル・シティが決定している側面もあり、適度にランク分けされているから、そこまでべらぼうに美味しい話というのもあまり無いのだ。
「わあ……すごい人ですね」
「行けそうな奴を、手分けして探そう。人が多いように見えるが、殆どはパーティーだろ。俺達は二人だから、行けるミッションも限られて来る」
厄介な魔物を倒さなければならない、所謂ミッションらしいミッションというのは、報酬額が大きな事もあり、人気だ。
一応分かっているとは思うが、リーシュに釘を差しておかなければ。
「良いか、自分が受けられそうなミッションにしとけよ。背伸びして報酬が良いもの受けても、達成出来なかったら仕方無いぞ」
リーシュは、可憐な笑みを見せた。
「任せてください!!」
…………とは言いつつ、やっぱり俺が探したものを受けさせるのが良いだろうな。
リーシュはまだまだ新米だ。剣士としては心許ない……いや、剣士見習いだと思っておいた方が良い。ある程度は俺の方でカバー出来るとはいえ、万一離れ離れになった時、リーシュを護る盾が無くなってしまう事も考えられる。
リーシュは両手剣使いだ。剣が満足に振れない以上、攻撃も防御も半人前。唯でさえ両手剣使いは盾を持てないから、防御が脆くなる傾向にあるのに。
そんな事を考えながら、人混みに紛れていくリーシュを見守った。
「さて、スケゾー。俺達も探すか」
「そうっスねえ。どの位のランクが良いっスかね」
「DかEだろ。目安は」
「まー、そんなモンっスかねえ」
スケゾーと他愛もない話をしながら、俺も人混みの中の一人として、掲示板を見回した。ドラゴン退治、悪魔撃退……なんか、撃退系のミッションが随分と多いな。少し見ないうちに、随分とミッションの数も冒険者の数も増えている。
昨今の魔物が増えている問題と、関係しているんだろうか。……気になるな。
屈強で背の高い男が談笑をしながらミッションを選んでいる中、俺は頭の上にスケゾーを乗せていた。こうすると、スケゾーが頭一つ飛び抜ける形になるので、ミッションの内容を把握し易いのである。
「どうだ? スケゾー」
「うーむ……あんまり、オイラの食指が動くミッションは見当たらないっスねえ。……お、あれなんかどうですか」
スケゾーに言われて、俺は指差されている方向を見た。あれって……おお、ランクD。俺が言った通りのミッションだ。紙を取って、内容を確認した。
「えっと、どれどれ…………『サキュバス』」
俺は紙を元の場所に戻した。
「あれ? 受けないんスか?」
「お前は俺にどうしろと言うんだ?」
「ミッションのレベルも適当、報酬も良くて、ご主人の苦手意識も消せる、素晴らしいミッションじゃないっスか」
「却下で」
色仕掛けをしてくる魔物なんか相手に出来るかと言うんだ。俺に女は殴れない。
「じゃあ、あれはどうっスか?」
スケゾーに言われて、俺は指差されている方向を見た。……ランクEか。報酬が若干Dランクよりも少ないが、まあ今のリーシュを鍛えるためには丁度良いミッションかもしれない。紙を取って、内容を確認した。
「えっと、どれどれ…………『マーメイ』」
俺は紙を元の場所に戻した。
「…………お前は俺を馬鹿にしているのか?」
「全くもー、ご主人は選り好みするっスねえ。そんなんじゃ大きくなれねえっスよ?」
「成長期か。もう横にしか大きくなれねえよ」
スケゾーが危機感を持っているのか、最近やたらと俺に女を引き合わせようとする。……使い魔としての配慮はありがたいと思わなくもないが、それにしたってやり方が直接的過ぎる。残念ながら、スケゾーはモラル云々とは無縁の存在だ。
「第一、これって俺が女を殴る路線じゃねえかよ。お前はそれで良いのか」
「えっ…………あっ…………」
「気付いて無かったのかよ!!」
スケゾーが少し恥ずかしそうにして、自身の頭を軽く叩いていた。……全く可愛くない。
くそ。チェスのルールも覚えられない使い魔め…………。
「ご主人、ご主人」
「なんだよ」
既にスケゾーの提案を聞く気になれなかった俺は、半信半疑でスケゾーの言葉を聞いた。
「昨日の変態が」
――――ミッションの話じゃなかった。
俺は振り返り、素早くラグナスから離れた。まるで何事も無かったかのように、あるいはこの人混みの中の一員になるように、さり気なくその身を隠す。
奴はミッションの紙を物色している最中だった。……従って、俺の姿は奴には見えていなかった。早いところリーシュと合流して、さっさとミッションを受けて、この場所を出よう。
…………ふー。危ない所だったぜ。俺は爽やかに汗を拭き、周囲が笑っているので、笑顔になって歩き出す。
不意に背中から、俺の肩が掴まれた。
「やあ、奇遇だね。グレンオード・バーンズキッド」
……………………。
「珍しいな、『零の魔導士』の君が冒険者依頼所に居るなんて。使える魔法がゼロ個の癖に、ミッションを受けようって言うのかい?」
「…………昨日からそれは勘違いだと言っているんだが、いい加減に覚えられないのか? どうやら、記憶力に難があるらしいな」
こうなったらもう、仕方がない。俺は振り返り、拳を構えた。……とは言え、こんな人の多い場所で喧嘩になったら追い出されるばかりか、下手をすると冒険者の資格を失うかもしれない。こいつも、迂闊には動けない筈だ。
案の定と言うのか、ラグナスは額に青筋を浮かべながらも、俺に笑みを向けていた。俺の肩を掴んでいるラグナスの手首を俺は掴み返し、笑顔で睨み合う。
「残念だな。ここが冒険者依頼所でなければ、この『ライジングサン・バスターソード』の餌食にしてやるのに…………!!」
「お前、自分の剣にそんな恥ずかしい名前付けてんの? 表に出たら相手してやるよ、カンチガイ野郎…………!!」
肩が痛い。負けじと、俺はラグナスの手首を掴む手に力を込めた。
不意に、ラグナスが俺の肩を離す。俺を嘲笑し、残念なほど艶やかな金髪をかき上げて、言った。
「…………フン。どうせ昨日のダイナマイト・ガールとパーティーを組んで、ミッションを受けようって言うんだろう? 使える魔法がゼロ個の癖に」
「だから、そうじゃねえって――――」
…………今度は両肩を掴まれた。
血の涙を流し、ラグナス・ブレイブ=ブラックバレルは歯を食い縛っていた。
「羨ましい…………殺すぞ!!」
「馬鹿にするのか嫉妬するのかどっちかにしろよ!!」
ラグナスの胸倉を掴み、今にも俺に殴り掛かりそうなラグナスをどうにか留める。……流石にこの場所で喧嘩はまずい。喧嘩は。
足音がして、俺とラグナスは同時にその方向を見た。
「グレン様!! やってみたいミッション、見付けました!! これなんてどうでしょう?」
おお、リーシュ。お前はどうしてリーシュなんだ。
タイミング悪すぎるだろうが!!
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