第15話 笑撃の、ゼロ・ブレイク

「それが、この俺……!! ゼロ距離魔法の専門家、『零の魔導士』グレンオード・バーンズキッドだ……!!」


 地面に居るのは、一瞬。そこから先は、爆発的な速度でデーモンと距離を詰める。

 足下で爆発の魔法を使えば、俺の身体は強烈な勢いで空中へと飛び出す。その要領で、空を飛ぶ事だって可能だ。まあ、衝撃が強いから何かを運んだりは出来ない……戦闘中にのみ、使えるスキルではあったが。

 空中を蹴り、更にその足下で魔法を放つ。俺は加速し、更に加速し――……弾丸のように、デーモンに向かって突っ込んだ。


 どうだ、面白いだろう。『魔法の飛ばない魔導士』ってのも、な。


「笑えよデーモン…………!!」


 右の拳に溜めた魔力は、詠唱要らずの速攻魔法。大魔法を使わない俺にとって、詠唱など飾りでしかない。ついでに言うと飛ばないので、俺が自ら突っ込むしかない。

 そんな運命はあったが、まあ大した問題でもない。文字通り、拳を突っ込めば良いのだから。

 …………益々、武闘家との区別がよく分からなくなってくるな。

 右の拳を振り上げ、俺は魔法を発動させた。

 爆破に爆破は重なって、巨大なエネルギーの塊となる。


「【笑撃の】……!!」


 唸れ!!



「【ゼロ・ブレイク】――――――――!!」



 デーモンの腹へと向かって、右の拳を叩き付ける。丁度、空中で加速した時と同じように、着弾した俺の拳に重ね掛けされた、幾つもの爆発魔法が発動した。

『零の魔導士』と言えど、ド三流の魔導士が召喚した魔物にやられる訳には行かない。拳は重く、デーモンの腹にめり込む。分厚い岩盤に楽々穴が空く威力の魔法攻撃は、頑丈な皮膚を以てしても耐え切れず、形が歪んで行く。


「ぐっ…………おォ…………!!」


 堪らず呻いたデーモンの身体が、宙に浮いた。

 俺はデーモンの腹を蹴って、反対方向に向かって飛ぶ。デーモンと俺の距離が離れる――……宙返りをして、俺はリーシュを一瞥した。

 剣を抜いた状態のままで構えているリーシュ。しかし、詠唱はもう済ませているようだ。俺の攻撃はそれなりに効いたようで、デーモンは腹を押さえていた。


「くっ……!! この巨体を浮かせるとは……大した男よ!!」


 殴られてなお、デーモンは余裕を持った口振りで、俺にそう言った。

 まあ、こんなもんじゃ一撃では倒せない。そんな事は、分かっているさ。


「人間如きにやられる訳がねーって顔だな。……お前の想像の遥か上を行く攻撃を今、見せてやるよ…………!!」


 俺はリーシュに、視線を向け。


「やれ!! リ――――――――シュ!!」


 そう、叫んだ。


「【アンゴル・モア】…………!!」


 静かに、リーシュはそう宣言する。

 瞬間、リーシュの構えていた剣が巨大化した。大きい……リザードマンを倒した時よりも、更に巨大化している。じっくりと魔力を溜める余裕があったからだろうか。

 既に、巨大化した剣はどのポイントで支えられているのか、それさえ定かではない程に巨大化していた。流石のデーモンも額に汗を浮かべて、その異様な光景に驚いているようだった。


「……こ、これは……!? 人間如きに使える魔法とは思えん……!!」


 その反応が得られれば、十分だ。

 俺は少し緊張しながらも、笑みを浮かべた。

 そりゃ、そうだ。魔導士の俺から見たって有り得ないレベルの魔法。魔物がこれを見た時にどう思うのか、それは少し気掛かりだったが――……この様子だと魔物から見ても、やっぱりリーシュは相当イレギュラーな存在なんだな。


「ごめんなさい、デーモンさん!! 村は……護ります!!」


 そうして、リーシュはデーモンをも一刀両断する程の、巨大なサイズの剣を振り下ろす。

 ……この技で、人が巻き込まれませんように。俺は心の中で合掌した。



「まるで、神の裁き――――…………」



 そういえば、俺の家が壊れていないかどうか、まだちゃんと確認していなかったな。……山に向かって振り下ろされたようなモンだからな。剣が直撃していなかったとしても、地震で壊れてるかもしれないよな……。

 辺り一帯は、強い光に包まれた。



 *



 空が青い。

 旅館の屋根で、俺とスケゾーは呑気に昼寝をしていた。今日は雲一つない晴天で、絶好の昼寝日和だ。


「良い天気っスねえ……」

「そうだなぁ……」


 さて。デーモンと戦ってから、村はどうなったのかと言うと……サウス・ノーブルヴィレッジは、元通りの活気を取り戻していた。素晴らしい事だ。俺としても、これ以上の功績は無いだろう。


「おーい!! こっち、木材足りてねえ!! 誰か森から取って来てくれ!!」

「自分で行けよ!! こっちは畑やってんだよ!!」


 まあ、村はリーシュの【アンゴル・モア】によって半壊したので、結局半分潰れたようなものだったが。

 直接斬られなければ大丈夫かと思ったが、リーシュは気合が入り過ぎて、以前に俺が見たレベルを遥かに凌駕する攻撃で、デーモンを跡形も無く粉砕し、魔界へと帰した。この段階で、デーモンは実体を伴っていなかった事も分かり、周囲に大した影響も無かった。これは救いである。


 だが、リーシュはやり過ぎたのだ。……別に、俺が見たレベルの【アンゴル・モア】でも、デーモンは余裕で倒せただろうと思う。……実体ではないのだから、種族的に強いとはいえ、限度がある。

 それが全力中の全力で放ってしまったもんだから、この場所は強烈な震源地となり、村の建物は殆ど倒壊してしまったと言う訳だ。

 苦笑を禁じ得ない。……というか、既にお笑いである。村民は避難していたので、人に一切の害が無かったのが、不幸中の幸いといった所だ。

 まあ、得体の知れない何者かの手には渡らなかったので、村民は元気な様子だったけれど。奇遇にもリーシュの旅館は無事だったので、俺はこうして屋上で昼寝をしている。


 肝心のリーシュはと言えば、勿論魔力をありったけ使い果たして、その場に倒れてしまった。……爆睡モードに入ったと言うのが正しいだろうか。

 ヴィティアのように、憔悴して倒れたようではないのが驚きだが。あれだけの魔力を使えば、並の人間では死んでいてもおかしくはない……やはり、リーシュはある種、『特別』なのだろう。

 そういえば、当のヴィティアはデーモンの騒ぎが収まる頃には、既に居なくなっていた。何者かに回収されたのかもしれない。

 まあ何事も無くて、何よりだ。


「そういえば、ご主人。……リーシュさんの事、どうするんで?」

「あいつの事? って、何だよ」

「連れて行ってくれとか何とか」

「あー…………」


 この一件が終わったから、もう一度そんな話が出るのだろうか。

 寝転んでいた俺は起き上がり、村の様子を眺めた。倒れた建物を一生懸命建て直している村民達。とても忙しそうだ……何日かは、こんな光景が続くのだろうか。

 日差しは暖かいが、風は少しひんやりとしていて、気持ちが良い。


「…………流石に、連れて行けねえって。それって、俺の目的にあいつを巻き込むって事になるじゃねえか」

「そっスかねえ。……ご主人が抱え込み過ぎな気もするっスけど」

「それに、あいつ自身は付いて来たいなんて言ってねえだろ」

「そうっスか? ……わりと、空気出てたような気もしますけどねえ」


 それきり、俺はスケゾーとの会話を終えた。それが全てであり、特にスケゾーと何を共有する必要も無いと思ったからだ。


「ふんふん。……それで、バーンズキッド君の目的っていうのは?」

「何としても、一万セル貯めること…………って、おわあ!?」


 気が付けば、村長が屋上に上がって来ていた。……盗賊か、あんたは。

 満面の笑みを浮かべて、俺の隣に腰掛けた村長。村が立て直されて行く様子が、嬉しいのだろうか……そういえば、木造の家が殆どだったのに、倒壊した建物は石を使ったり、少し様子が変わっているな。道も唯の野道から、これを機会にと少し整備しているようだ。


「ところで村長、村……何か、変えるつもりなんですか?」

「ああ、建物もいい加減、古くなっていたからね。これを機会に、建て替えようかと思って。ずっと考えていたんだ、もしかしたら観光地としてなら、良いかもしれないと思ってね」


 観光地、か。……確かに、それなら人も来るかもしれないな。ここは海が綺麗だし、飯も美味い。リーシュが作ったもので無くとも、歓迎会の料理も大したものだった。味わっている暇は殆ど無かったが。

 俺は無心のままで海を眺めていた。


「…………『サウス・レインボータウン』」

「え?」


 俺の言葉に、村長は目を丸くした。


「いっそ、名前も変えたらどうですか。ノーブルヴィレッジより、派手だし……海が七色に光る街、サウス・レインボータウン。多分人、来ると思いますよ」


 村長は笑みを浮かべて、何度かその名前を繰り返し、口にしていた。


「レインボータウンか。良いかもしれないね……!!」


 俺としても、この村が今後発展していくのは、願ってもない事だ。


「あ、そうだ、村長。村の周囲に魔法陣書いといたんで、消さないでください。村の人達にも言っといて。何かあったら、こいつを使って俺を呼び出してください。一応、実体じゃないですけど、護りに行くんで」


 そう言って、俺は村長に魔法石を渡した。村長はそれを受け取ると、エメラルドグリーンに輝く石を見て、驚いている様子だった。


「……これは?」

「まあ、あれですよ。召喚魔法の亜種みたいなもんで。スケゾーのローブに付いている奴と同じです」

「オイラは実体っスけどね」


 村長はスケゾーのローブを見て、それに付いている宝石と同じである事を確認していた。……やがて、魔法石を握り締めて、微笑を浮かべた。


「……ありがとう。君には何から何まで、助けられてばかりだな」


 こう言っちゃ何だが、ほんとだよ。……まあ何事も無くて良かった。強い魔導士だったらどうしようかと思った。

 まだまだ、俺の力も捨てたものではないという、良い確認にはなったが。人間、ちゃんと努力すれば結果というものは返って来るものである。

 俺は笑みを浮かべ、立ち上がった。


「もう、行くのかい?」

「はい。俺はこれで、帰りますよ」


 リーシュが目覚める前に、この場を離れなくては。まさか勘違いしているとは思わないが――いや、実を言うと結構勘違いしているような気もするが――俺は、リーシュを連れて行かない。第一、俺の仕事はこれからも、どこか人目に付かない場所で依頼主を待つこと。後、当分はセントラル・シティで薬を売り捌く事だろう。

 見栄えも良くない。淡々とした生活になる。

 そうでない場合は――――俺が、命の危険を冒す時だ。

 どの道、連れて行くことは出来ない。


「もしかしたら本当に、連れて行ってくれるかと期待していたんだけど」

「何言ってんですか。俺はあいつ、要らないんで」


 村長の言葉を待たずに、俺は旅館の屋根から降りた。

 どうしてセントラル・シティで俺が仕事の依頼を直接受けに行かないのかと、そういう話だ。

 魔法の飛ばない男、『零の魔導士』グレンオード・バーンズキッド。基本的に、その名は悪名だ。そんな奴が強いとあらば、何かの危険な術に身を委ねているんじゃないのか、本当は魔物なんじゃないのか、そんな噂は後を絶たない。

 そして、その噂も半分は当たっている。俺の戦闘スタイルでは、後衛の魔導士を求めている連中は嫌がるのが殆どだ。武闘家としてなら、大概は本家の武闘家を呼んだ方が良いという話になる。

 だから、俺はスポット以外で仕事を受けに行かないし、セントラル・シティのミッションには手を出さない。


 人の役に立たず、人から求められず、どうしようもない能力の癖に目立ってしまった余り物。

 例えて言うなら俺という存在は、そんな位置にいる。


「…………元気で!!」


 俺は背中に投げ掛けられた村長の言葉に、手を振った。

 村は活気付いている。木材を運ぶ男、料理を作る女……屋根もない暮らしなのに、随分と陽気だった。朝から酒を飲んでいる奴もいる……


「おう、骨の!! 飲んで行くかい!?」


 スケゾーが寄って行きそうになった。俺はその首根っこを捕まえた。


「……五分くらい寄り道していきません?」

「五分くらい寄り道して行くと思ってんのか。阿呆が」

「ケチー!! 普段酒なんか買ってくれないじゃないっスか!!」


 スケゾーの態度に、村民は笑っていた。俺は軽く会釈をして、そのまま歩き出す。

 スケゾーの阿呆め。よりによって今、目立つ訳に行かねえだろ。村を助けたヒーローはそっと場を離れて、目覚めた時には既に居ない。……そういうストーリーじゃないと駄目だろうが。


「あれ、魔導士の兄ちゃん。今日はローブしてるんだな」


 げっ。


「あ、ああ、まあ」

「…………あれ? もしかして、もう村を出るのかい?」

「い、いやいや、そんなことは……」


 村民の顔が突如として豹変していた。……怖い。……やばいだろ、これ。ホラーか。酒を飲んでいる爺さんだけではなく、周囲の数名が俺の方を振り返って、同じ顔をしていた。

 ここは…………逃げるしか…………!!


「す、すいません。用事があるんで、俺はこれで」

「リーシュにちゃんと断ったんかい?」


 何故、リーシュに俺が別れを告げなければいけないのだ。

 ……あいつは依頼人だぞ。それだけの関係で、俺とは特に接点もない。……ここで切るのが最善だ。『零の魔導士』の仲間になったなんて周囲に知れたら、損をするのはあいつ自身。

 それに、リーシュはまだ、自分の口から『仲間になりたい』なんて言っていない。


『あの、魔導士様。もし良かったら、なんですけど、私を――――』


 ここに来る途中、リザードマンに襲われる手前、あいつが言い掛けた言葉は。……もしかしたら、なんて思っていない。

 口に出してはいけねえモンっていうのが、ある。


「魔導士様…………!!」


 背後で、声がした。


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