第16話 そして余り物達は手を組んだ
まだ寝間着姿のリーシュ。髪が乱れているなら、呼吸も乱れている。俺は苦い顔をして、振り返った。周囲の村民達は、俺達の事を真剣な表情で見詰めている。
村民達は、俺にリーシュを薦めるだろう。でも、俺はその提案に賛同する事ができない。
…………参った。だから、リーシュが居なくなる前に出て行くつもりだったのに。
どの道、俺の家は壊れている可能性が高い。それは建て直すとして、あの山から住居を移動させるつもりだった。もう一度リーシュに来られては敵わないし、どの道閑古鳥が鳴いていたので、居場所が変わったとしても仕事に大して影響は無いだろうと思っていたからだ。
リーシュは腰を折った。俺に向かって、頭を下げる。
「魔導士様……!! お願いします!! ずっと、言おうと思っていたのですが、私を……魔導士様の隣に置いて頂けませんか!!」
そんな事をして、この先、困るのはこいつだ。
俺はセントラル・シティで何度か、魔導士としての仕事を失敗している。遠距離攻撃のできない魔導士…………『零の魔導士』の通り名は伊達じゃない。傭兵達のパーティーに混ざってセントラル・シティのミッションを受けていた時期もあった。今となっては、俺をパーティーに引き入れようとは誰も思わないだろう。
俺はあくまで、スケゾーと二人で強い存在。仲間を組んで戦える立ち位置ではないのだ。
「なんか、ここの人もやたらとお前を薦めて来るけどな……悪いが、断る。俺はお荷物を抱える気はないし、一人の方が気楽だからな」
俺とリーシュは、この程度の距離が限度。これ以上近付けば、お互いに良い事は無いだろう。……そう思いながら、俺はリーシュに背を向け、手を振って歩き出した。
振り返る一瞬、リーシュが胸の前で拳を握り締め、今にも泣きそうな顔でこちらを見ているのが分かった。
…………やり切れない。
「五百セル貯まったら、ここの魔法陣から俺を呼び出してくれ。……その時、またここに金を取りに来るよ」
スケゾーが真っ直ぐに、俺を見ている。……やめてくれ。俺の事情は、お前もよく分かっている筈だろう。
師匠の所で修行をしていた時から、仲間を作ろうなんて事は考えていなかった。魔導士として動き始めてから、少し夢を見た――……それだけの話だ。
俺は誰かと一緒に居ても、大体は反りが合わない。
魔物にアレルギーを持っている奴は、俺が使い魔を常に連れているだけで嫌がられたりもした。最早俺は、セントラル・シティで魔導士として活躍できる存在じゃない。精々、通りの裏で『ちょっとよく効く薬』を売っているのが関の山だ。
まあ、それではいけないから、これからどうにかするんだけども。
「良いんですか!? 私、これからもっと強くなったら、魔導士様の事なんて忘れちゃうかもしれませんよ!?」
「……そりゃ、願っても無い事だよ。俺は金を返して貰えればそれでいいから」
リーシュが追い掛けて来る。俺は努めて、リーシュの方を見ないようにした。
村民とも、目を合わさない。……ここの奴等は、俺がどういう立場の人間なのかを知らない。
「ご、ご飯も作りますよ!? それから、えっと……セントラルの、人数規定のあるミッションも受けられるようになりますよ!?」
「興味ねえよ」
「まど……ぐ、グレンオード様!!」
左の掌に、柔らかい感触。一瞬にして、頭に血が昇る。
手を握られたのだと気付いた時には、俺はその手を振り払っていた。否応無しに、振り返らざるを得ない――……どうにか引き留めようとしていたリーシュに、若干の安堵が見える。その後方には、リーシュを応援している村民達。
……何だ、この状況。まるで俺が悪人みたいじゃないか。
「ええい、何だお前は!! 何でそんなに必死なんだよ!!」
リーシュは、潤んだ瞳で俺を見ている。
……やめろ。そんな顔をするんじゃない。罪悪感で俺が死んでしまいそうだ。
「だって……私、セントラル・シティに行っても、誰も稽古を付けてくれないし……一人で強くなる為の事は、頑張ってやってきたので……」
「俺だって剣の稽古なんか付けられねえよ!! 他を当たれ、他を!!」
「グレンオード様だけなんです!! 私が剣士になるのを応援してくれたのは!! せめて、五百セル返すまではそばに置いてください!! それじゃあ、一緒にお仕事をする理由にはなりませんか!?」
開いた口が塞がらない。……リーシュ・クライヌって、こんな奴だったっけ? どちらかと言えば、もっと引っ込み思案なキャラだったような……
……いや、俺がそう思っていただけか。リーシュは始めから、積極的だった。目的の為には手段を選ばない奴だった。
俺をこの村に連れて来ようとした時も――――…………
…………いかん、鼻血が。
「ご主人、年貢の納め時みたいっスね」
「まるで人が年貢を払っていないみたいな言い方をするんじゃねえ!!」
スケゾーは全く止める気も無い様子で、俺とリーシュを交互に見ていた。
まるで、恋愛の告白をされているような心境である。……だが、俺には負い目があった。どうしても、リーシュを仲間に引き入れる事は出来なかった。
将来こいつが強くなった時に、『あの零の魔導士と一緒にやっていた剣士』なんて言われている姿を見たくない。
「私、グレンオード様と一緒に、居たいです……」
いや、待て俺、勘違いするな。一緒に居たいって言うのは、パーティーとしてだぞ。
くそ。こいつが無駄に可愛くなければ、こんなに動揺しないのに…………!!
「だーもう!! 俺はな、胸の無い女は対象外なんだよ!! 分かったら帰れ!! パーティーは組まん!!」
どうにか理由を付けて、俺はリーシュのアタックを断ろうとしていた。
「話は聞かせて貰ったぞい」
聞き慣れない声がして、俺とリーシュを含む、その場にいた誰もが振り返った。
「誰だ…………!?」
村の入口側に立っていたのは、武骨な鎧に身を包んだ、見た目七十、八十……いや、もっとか? くらいの皺くちゃな婆さん……
「ほんとに誰!?」
何故か得意気な顔をして、俺とリーシュにピースサインを送っていた。
リーシュが嬉しそうな顔をして、その婆さんに駆け寄る。
「おばあちゃん!!」
「おばあちゃん!?」
リーシュの言葉に、俺は驚愕した。……何、リーシュって天涯孤独の身じゃなかったの!? 俺がそう思っていただけ……そういえば、剣術はお婆ちゃんに習ったって言っていたような。
教えて貰った云々はともかく、まさか、現役の剣士だったとは……もう装備と顔がまるで一致していない。にも関わらず、見た目、まともそうな装備でしっかりと立っているのだから驚きだ。
もしかして、結構強かったりして……
「リーシュ。……久しぶりだね」
婆さんはリーシュの頭を撫でる。……なんていうタイミングで村に帰って来るんだ、この人も。
リーシュは顔を綻ばせて、婆さんに擦り寄っていた。
「おばあちゃん!! どうしたの!? 村に帰って来るのなんて、十年振りじゃない!!」
「ふーむ。どういう訳か、リーシュが呼んでいるような気がしてねえ」
唐突に訳の分からない事を言って思い悩んでいる様子の婆さんは、しかしリーシュとの再会を喜んでいるようだった。
なんという事だろうか。……この婆さんに剣術を習えば良いんじゃないのか。いや、しかし。習った上で、今のリーシュがあるんだよな。だとしたら、あんまり使えるものではないのかもしれない。
いや、でもこの身なりなら、当然、傭兵登録をしているんだろうし……悩む所だ。昔のリーシュがまだ子供で、剣を覚えられなかっただけとか。そういう話なのだろうか。
婆さんは、リーシュに微笑み掛けていた。
「心に決めた人が、出来たんだね?」
ああ、駄目だ。この婆さん、完全に勘違いをしている。リーシュの剣幕を見て、そう思ったのだろうか。
「うん!! 私、剣士として強くなりたいと思って……!!」
…………ん? いや、そこはまず恋焦がれているという婆さんの仮説を否定しろよ。うん、じゃないよ。
「そうだよ。女剣士として生きるなら、愛が何よりも重要な強さとなる」
ええ? いや、リーシュは別に恋愛の話は一切してないんじゃ……
「うん!! 私、頑張るよ!! 愛する人も斬れる剣士になる!!」
駄目だこいつら!! 二人揃ってファンタジスタトークじゃ、もう手の付けようがない!!
一緒に居ると頭がおかしくなりそうだ……感動の再会を横目に、俺は去る事にしよう。……そうだよ。婆さんが剣士なら、もう俺の出番も完全に無いって事になるんじゃ。
あれ。俺、別に村を護る必要も無くなるぞ……なんだよ。居るんじゃないかよ、まともに戦える戦士。
「ところで、おばあちゃんは何で剣士の格好をしているの?」
「ああ、これはお祭りの衣装でねえ。実はペラペラなんだよ」
おいおばあちゃん!! あんた孫に剣を教えた身なんじゃないのかよ!! 一体どういう事なんだよ!!
……やっぱり、この村に戦える人間は居ない……のか? もう、訳が分からなくなってきた。
何なんだ、この二人……孫と祖母だ。いや、そういう話ではなくて。
「ところでリーシュ、何で呪いなんかに掛かっているんだい?」
――――――――えっ?
「あ、実は昨日まで村が支配されかけてたんだけど、最初に襲われた時に私、魔法に掛けられたみたいで……」
婆さんはリーシュの胸に、手を添えた。
「こりゃ、魔法じゃないよ。恋する相手を落としたいなら、そんな状態じゃいけないねえ。…………ほら」
謎な職業の、謎な婆さんは、謎な魔力をリーシュの胸に込めた…………
ぼん、という軽快な音と共に、リーシュの胸元が爆発…………程なくして、…………俺は。
「あっ、……戻った……」
リーシュの呟きを聞いて、俺は。
「うおお――――!! リーシュさん、すげえっス!!」
叫ぶスケゾー。歓喜する村人達。……俺は絶句したまま、身動き一つ取る事が出来なくなっていた。
胸だけが、リーシュの完璧な容姿から魅力を奪っていた部分……いや、これは俺の趣味の話で、人によっては無い方が良い場合もあるんだろうが……というか、ええ。
『リーシュは胸、あるだろ』
『ああ、ある方だな』
『村で一番あるな』
ホラーじゃなかった。
『俺、巨乳専門なんで。リーシュじゃちょっと、無理ですね』
『リーシュは胸、かなりある方だと思うけど……』
ホラーじゃなかったあアアァァァ――――――――ッ!?
「行っておいで、リーシュ。立派な大人になるんだよ」
「うん!! ――――私、村を護れる立派な剣士になるよ!!」
婆さんにそれだけを告げて、俺を見るリーシュ。ついにまるで噛み合わないまま、終了した会話。
既に俺は、全力でリーシュから逃げ始めていた。……全くサイズの合わないビキニアーマー。その正体は、ヴィティア・ルーズが最初に村を訪れた時、掛けた呪いによるものだった。…………らしい。
ヴィティア・ルーズめ……!! とんでもない置き土産を残して行きやがって……!!
「魔導士様!! ……グレンオード様!!」
「ひいっ!!」
背中から抱き付かれて、もろに豊満な胸の感触が背中を襲った。やめろ……!! そういうの慣れてないんだ、俺は……!!
「グレンオード様!! 私、対象外じゃなくなりました!! パーティー組んでも良いですよね!?」
頭に血が上り過ぎて、意識が朦朧としてきた。……リーシュの胸の破壊力に為す術も無く、そのまま気が遠くなる。
「分かったっ…………分かったから…………離れ…………」
スケゾーと二人なら向かう所敵無しの俺、『零の魔導士』グレンオード・バーンズキッドにも、苦手なものは当然ある。
師匠と二人、山で鍛えた思春期。全く女性というものに触れる事無く過ごしたせいで、ろくに女性と目も合わせられない超・奥手の俺には……どうやら、美少女剣士という仲間が増えたらしい。
普通に剣を振れない、という但し書きが付くが。
「……あれ? ……グレンオード様? ……グレン様!!」
「あー、やっちまいましたね、リーシュさん。……実はご主人、女の子はほんとに駄目なんスよね。よく今まで耐えてるなー、と思ってましたが」
「えっ!? ご、ごめんなさいっ!! しっかりしてください!! グレン様!!」
人の役に立たず、人から求められず、どうしようもない能力の癖に目立ってしまった余り物。
魔法の飛ばない魔導士と、剣を振れない剣士。
一体これからどうなるのかは、誰にも分からない。
…………どーすんだ、これ。
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