第11話 最後の晩餐

 この村の連中は、どうして誰も人の話を聞かないんだ。……いや、当然わざとやっているのだろうが。

 少なくとも今の所、リーシュ・クライヌは戦力としては心許ない……いや、無理がありすぎる。あんなんでどうやって、パーティーメンバーに迎え入れろと言うんだ。


 剣を巨大化させて周囲を丸ごと処刑したり、剣を刺して味方を回復させたりするような奴だぞ。

 そもそも俺は、パーティーを組む気なんてない。人が増えれば報酬も分配せざるを得ないし、必然的に俺の取り分が減るからだ。

 それに――……いや、そんな事よりも。


「カンパーイ!!」

「おいこら、スケゾオォォォッ――――!!」


 それなのに、うちのスケゾーと来たら……祭だと知るや、真っ先に飛び込んで村民達と酒を交わしていた。

 何であいつ、村民達に受け入れられてんだ……一応、仮にも魔物だぞ。もしも危険な魔物だったらどうするつもりなんだ。魔導士の使い魔だって、稀に制御し切れなくなって暴走、なんて事もある。完全に無害という訳でもない。

 それは、俺に対する信頼の成せる業なのか……いけない。このままでは、小規模ネットワークの持つ家族愛だか、地域的暖かさの波だかに呑まれてしまう……!!

 俺は、知った。これが、田舎の人々が持つ独特な『優しさ』という奴なのだと。


「おい骸骨の兄ちゃん、イケるクチだな!? 今日はどんどん飲んでくれよ!!」

「ヘッヘッヘ。オイラの故郷じゃ、酒は飲んでも呑まれるなってのが信条っスからねえ。おじさん、ラムコーラもう一杯!!」

「あいよ!!」


 …………あいつは、もう放っておこう。

 しかし、リーシュの奴が居ない……もう、荷造りを始めているのだろうか。今日中に出なければいけないって話だからな……少なくともあいつにはちゃんと話して、俺は一緒に行けないって言わないと。

 ちゃんと契約が交わされるまで、村民達は安全とは言い切れない。場合によっては、俺が戦わなければならないケースもまだ、残っているのだ。


 …………あーあ。結局、金の入らない仕事を引き受けている俺である。まあいいか、村との親交が深まったと思えば……それ、俺に何かメリットがあるんだろうか。

 次から、扉を開けるなり倒れ込んで来て、そのまま寝ているような奴の案件は引き受けないようにしよう。……二度と無いんだろうけど。

 祭と言うのか宴会場と言うのか定かではないような場所をぐるりと一周。やはり、リーシュはここには居ないようだ。それを確認してから、俺は旅館へと足を運んだ。まだこの村に居るのだとすれば……いや、別れも告げずに居なくなるとは考え難いが……リーシュの居場所は、そこにしか無いだろう。


「…………お」


 旅館を見ると、屋根の上に見知った銀髪が見えた。太陽の光に当たって、艶やかな銀髪とアーマーが光を反射している。……しかし、口を開かなければ本当に美少女だな。つい見惚れてしまいそうだ。……ビキニアーマーじゃなければ。


「おーい」


 手を振ると、リーシュが俺に気付いて笑顔を返す。だが、覇気はない……さては、落ち込んでいるな。分かっていた事だけど。

 三歩ほど、助走を付けて跳躍。梯子を登る事もなく、一直線にリーシュの所へ。屋根の上にふわりと着地すると、俺はリーシュの隣に腰掛けた。

 おお、そうか。リーシュの視線を見て、俺は気付いた――……この場所からだと、祭の様子がよく見える。全員集合している村の人々が、一望できるのだ。


「魔導士様……村長さんから、聞きました。お金、出ないって」

「ああ、金は無いって言われたよ」

「ごめんなさい。私に、何かできる事があれば……」


 俺は目を閉じて、リーシュを見ないようにしてから言った。


「良いよ、気にしなくて。行くって言ったのは俺だしな。……体も張らなくていいから。俺、胸がない女にはあんまり興味湧かねえから」


 こ、これは……恥ずかしい!!

 が、言い切った。言い切ったぞ……ちらりと、リーシュを一瞥した。

 赤くなっていた。

 ……その瞬間、俺はこの発言をした事について、激しい後悔を覚えた。やっぱり、俺にはこういう台詞は向いていないのかもしれない。

 スケゾーが見ていたら、鼻で笑いそうだ。


「そ、それより……支度は済んだのか? 奴等が来る前にここを離れないと、意味無いぞ」


 話を戻した。リーシュは再び、視線を地に落とした。


「……はい。もう、身支度は大丈夫で……いつでも、村を出られます」


 どこか寂しそうな顔をして、リーシュは言った。

 そんなにも、この村に思い入れがあるのだろうか。……だけど、リーシュは冒険者だ。本当にその手の仕事で飯を食って行こうと思うのであれば、どの道サウス・ノーブルヴィレッジからは離れるしかない……この場所に居ても、良い仕事は舞い込んでは来ないだろう。リーシュの腕では、尚更。

 どうせ、いつかはセントラル・シティに行かなければならない時が来る。いや、それ以上に離れることも。


「なあ。……お前は、剣士になりたいんだろ? それなら……」

「サウス・ノーブルヴィレッジを離れないといけない、ですか?」


 おっと、どうやら分かっていたようだ。リーシュは俺の言葉を先回りして、俺を見た。

 涙に濡れた瞳と、赤い頬。……非常によろしくない想いに駆られるが、ぐっと堪えた。どうしてこう、いちいち表情や仕草が……いや、何でもない。


「分かってます。……そうじゃ、ないんです」


 じゃあ、どうして。リーシュはそれを聞く前に、空を見上げた。


「……魔導士様は、どうやって、強くなったんですか」


 どうやって、と言われても。……師匠の下で、必死に訓練しただけだ。いや、師匠に言われていない訓練も、飽きる程したが……よく考えてみたら、自分がどうやって強くなったのか、はっきりとは分からないな。……気が付いたら、こうなっていた。

 目先の事をこなそうと努力している内に、次の課題が見えて来て……俺の人生、そんな感じなのかもしれない。


「私は……挫けそうです。ここを出ても、成長は出来ないかも……今、私には強さが必要なんです」


 リーシュの言葉を聞いて、俺にもリーシュが一体何を懸念しているのか、その内容が分かったような気がした。


「……もしもお前が居なくなったら、村の誰かが傷付けられるかもしれない。契約を交わしても、何らかのペナルティがあるかもしれない……か?」


 問い掛けると、リーシュは静かに、頷いた。

 頭を掻いて、明後日の方角を見詰める。……確かに、それは無い訳じゃない。連中がサウス・ノーブルヴィレッジからの支援を求めていると言ったって、関係は明らかに対等じゃない。全滅は無いにしても、何らかの束縛を受けるとか、そういうのはあるかも……しれない。

 だが、俺はその事について、何も考えていなかった訳じゃない。


「心配すんな。事が終わるまで、見といてやるよ。……契約が決まっちまえば、魔物の意志で手を出す事は出来ないだろ。あいつらは、あくまで『主人』の何者かの手によって動かされている存在だ。必要以上に手を出す事は、許されないはず」


 リーシュを元気付ける為に話したつもりだったが、リーシュの表情は晴れなかった。

 それどころか、リーシュは自身の身体を力強く抱き締めていた。……アーマーの隙間から見えている肌に、爪が食い込む。



「ひとを護れないのは、弱いから、ですか」



 ――――俺は、リーシュの想いを理解した。


 そうか。実際に何がどうなるとか、そういう問題じゃない――――リーシュは、悔しいのだ。剣士という立場でありながら、魔物を倒す事が出来ず、ただ逃げる選択しか残されていない自分の事が。

 少し、その想いには共感する。……大切な物ってのは、奪われて、或いは奪われそうになって初めて、その大切さってヤツに気付くもんだ。持っていられる内は、その意味が理解出来ないもの。


 失ってから、気付くことも。……手を離してから、傷むことも。


「この村には、剣を知っている人が居なくて……私、セントラルまで行ったんです。でも、皆センスが無いって言って、弟子にもしてくれなくて……実践で鍛えようと思っても、パーティーに入れて貰えなければ、一人では魔物と戦えなくて……」


 余り物ってのは、きついな。


 一人では、越えられない壁ってもんがある。探そうと思っても、一人では、見付けられない物もある。それは、俺にも経験がある。

 どうしようもなく、人の輪に入る事ができない。自分の意思とは関係なく、人と繋がる事ができない。

 リーシュは膝を抱えて、涙していた。……きっと、今まではどうにか涙を堪えて来たのだろうと、そのようにも思えた。



「強くなりたい…………!!」



 俺はリーシュの泣き顔を、努めて見ないようにした。



 *



「ご主人。……ご主人っ」


 スケゾーが俺の身体を揺さぶっていた。寝惚け眼を擦りながら、眠っていた俺は目を覚ました。


「なんだよ、スケゾー。お前酔っ払ってたんじゃないのかよ」

「オイラが酒如きにやられると思ってんスか。さっさと起きてくださいよ」


 ここに来た初日、俺が草原に捨てて来たのはスケゾーじゃなかったのか。あれは一体、誰だったんだろう。


「連中が来やした」


 俺は飛び起きて、服を着替えた。

 結局、夜になっても来なかったので、眠ってしまったが。僅かに外は明るくなり始めている……奇襲は、人々が眠っている朝方が最も有効だと言われる。前回とは違い、朝に来たのか……俺が居るかどうかを考慮する為の時間だろうか。

 まあ、前回は奴等もこの村を舐め切っていたからな。その点、今回は抜かりないという事だろう。


「リーシュは?」

「昨日のうちに、もう出てったっスよ。まあ、賢明な判断じゃないっスか」


 そうだな。……前回は日付変更と同時に来た。今回が朝方になるとは、誰も予想していなかった。……あれ。という事は、俺は夕方から寝ていたから……寝過ぎだな、完全に。


「日付が変わったら起こせよ、一応」

「いやあ。魔物の気配もしなかったんで、大丈夫かなと。ご主人、ここに来てから全然眠れて無かったでしょ。いざ戦う事になったら、寝不足だと困るっスから」


 気付かれていたか。……全く、馬鹿な癖に変な所で頭が回る上、配慮もする奴だ。

 まあ、気心知れていて助かるが。


「そんなにあの娘の事、気になるんスか。珍しいっスね、ご主人にしては」


 スケゾーの言葉が耳に痛いが……俺はマントを羽織ると、魔導士用の手袋を嵌めて、部屋を出た。小走りで、廊下を進む。


「自分と重なるんスかね?」

「何言ってんだ。……別に、そういう訳じゃねえけどさ」


 俺は、スケゾーに嘘を吐いた。

 大した話じゃない。妙に被るなあ、と思っただけだ。強くなれなくて悔しい。その想いは、随分前の話ではあったが、俺も経験した事がある。そういった意味で、俺はリーシュの事が気になっているんだろう。

 ……リーシュも、俺に少し同族の気配を感じているような。それは俺の気のせい、か。


「過ぎた事は仕方ねえっスよ。とっとと一万セル貯めやしょう」


 旅館の扉を開き、俺は魔力の気配を探った。


「馬鹿。……心に介入しないのは、俺達のルールだろうが」

「ヘッヘッヘ。……すいませんね」


 ――――こっちだ。

 前回と同じ場所。……遠くに、村民が固まっているのが見える。もう、始まっているのか。

 殺気を感じれば、俺にだって分かる。……まだ、連中は村民を殺すつもりじゃないって事だ。交渉は途中……でも、大集合している所を見ると、ちょっと何とも言えない所だろうか。


「オイふざけんなお前ェ!! 娘が居ないだと!?」


 怒鳴り声が聞こえて来る。聞いた事のある声だ……相対しているのは、緑色のオークと村長。その周りを村民とゴブリンが囲っているのは、これまでと同じ構図だ。


「中々、ナイスタイミングだな、スケゾー……!!」

「何言ってんスか。オイラはご主人の使い魔ですぜ?」


 こんな時だけ調子の良いスケゾーは、俺の肩で胸を張っていた。

 連中から、徐々に強い殺気を感じ始めた。奴等が来てから、そんなに時間も経っていないって事だ。恐らく、問題はこれから。戦わずに乗り切る事ができるのかどうか。……それと、魔物と村民の向こう側に、今回目的としている、オークやゴブリンの『主人』が来ているのかどうか。それが問題だが……

 俺は、立ち止まった。


「我々は協力する!! だから、それで勘弁してくれないか!! 私達は、何も違反はしていないはずだ!!」


 オークを前に、村長は恐怖を制して立ち向かっていた。オークが一歩、前に出る。


「違反して、無いだと…………?」


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