第12話 リーシュの決意

 徐々に、弛緩した空気は張り詰めていく。無事に契約を完了出来るのなら、俺が出て行く事もない――……建物の陰に隠れ、様子を窺った。


「……ご主人、連中の頭、来てないっスね」

「そうだな……」


 スケゾーの言う通り、今回も前線に出て来ているのは緑色のオークだ。それとゴブリン……魔物の他に、人間の姿が見える事もない。そもそも来ていないのか、それとも俺の登場を待っているのか。

 緑色のオークは、自分達の主人も誰かに使われている、と話していた。ということは、今回はこの場所に、本当の意味での『首謀者』は来ない……はずだ。サウス・ノーブルヴィレッジがどうしても欲しい村だという事なら、話は別かもしれないが。


「オイ……お前、この村の村長じゃねェのか? どうして、取引に必要な娘が逃げたのを傍観していたんだ?」


 オークが村長に詰め寄る。村長は滝のように汗を流して、何もせずとも卒倒しそうな様子だったが……それでも殺気に耐え、はっきりとオークを睨み付けていた。

 その表情が気に入らなかったのだろう。オークは舌打ちをして、村長の胸ぐらを掴み上げた。


「わざとだよな……? わざと逃がしたんだろ……? ってことは、取引は成立しなくても構わねェ、って事なんだよな……?」

「…………そうは言っていない。リーシュの居場所は分からない……私達は、支援に協力すると言っている。それが全てだ」


 この様子だと……駄目そうだな。

 俺は溜め息を付いて、軽く体操をした。……今回も脅しを掛けるつもりではいたが、それでも戦闘にならないとは言い切れない。……未だ、何処かでこの状況を眺めている人間も居るかもしれないしな。

 オークは鼻息を荒くして、村長を投げ捨てた。


「うわっ!!」

「村長!!」


 村長が、地面を転がる。オークは後方のゴブリン達に指示を出した。


「今日は、あいつも居ねえみてえだな……遅めに来て良かったぜ。よしお前等、やっちまえ。一人二人なら、殺しても構わん」


 いや、居るんだけどね。俺が居る時と居ない時で、随分と態度に差があるな。

 やれやれ。……報酬は無い。それは分かっているが、人が殺されようとしているのを何もせず、ただ見過ごす訳にも行かない。悪いがオークとゴブリンにはお帰り頂いて、奴等の主人が登場するのを待つとしようか。人間なら、ある程度話が出来るかもしれないしな。

 何気無い心境のまま、俺は物陰から出て行こうとした。


 その時の事だった。


 沈黙の空間に、異変が訪れた。場の空気は変わり、その場所に目立つ存在が一つ、新たに登場した。


「…………オイ。これは、どういうつもりだ?」


 オークが気味の悪い笑みを浮かべて、下顎を撫でた。

 誰もが、その人物の登場に驚いていた。……俺にもさっぱり、意味が分からなかった。あまりの出来事に立ち止まり、目を見開いてしまった。

 村長と村民の前に立ち塞がり、両手を広げて壁になっていた。さらりとした銀髪は風に吹かれて靡いていた。


「私を、連れて行ってください。……だから、村の人には手を出さないで」


 俺の耳にも、確かに届いた。

 ……何故、リーシュが、ここに。


 リーシュは剣を抜いていない。……戦う意志は無かった。それは、リーシュが無条件に降伏したという事を意味していた。

 そんなリーシュの態度を、オークは鼻で笑う。


「馬鹿が。……こいつらは、指定された時間を守れなかったんだよ。ある程度、被害が出るのは仕方ねえだろう?」


 俺は腕を組んだまま、リーシュがどういった行動に出るのかを見ていた。リーシュはやがて、地に両手をつき、頭を――――下げた。


「……お願いします。……私はどうなっても構わないので、村の人には手を出さないで、ください」


 声が震えていた。


 きっとそれは、リーシュにとって家族のようなモノだったんだろう、と。俺は予想した。何に変えても護るべき大切なものを、リーシュは始めから護ろうとしていたのだ。

 そして、その行為に手段を選ぶ必要はない。どんな時でも、決して村の人が傷付かないよう。リーシュは覚悟を決めて、戻って来たのだろうか。


「どうなっても? ……嬢ちゃん、そんな事言って良いのか? 怖えぞ、魔界は。嬢ちゃん一人でどうにか出来るような場所じゃねえ。……そんな所に連れて行かれるんだぜ、これから」


 煽られても、決して姿勢を崩さない。……それは、意地にも似た決意。今のリーシュには、何を言っても通用しないだろう。


「よし、分かった!! じゃあ、この銀髪の嬢ちゃんを、最初の貢物に連れて行こう。嬢ちゃんの覚悟に免じて、今回は村人には危害を加えず、無事に契約を完了しようじゃないか」


 俺は、思った。

 なるほど。……ただのお気楽すっとぼけ娘では、ないな。


 ――――強い心だ。リーシュ・クライヌは、いずれ伸びる。ちゃんとした場所で、ちゃんとした訓練を受ければ。十二分に、剣士として、冒険者として、通用するだろう。


「リーシュ……どうして? 理由を……訳を、聞かせてくれ」


 背中に向けて語られる、村長の言葉。リーシュはどうしようもなく苦笑して、村長と村民に向かって振り返った。



「ごめんなさい、村長さん。……でも、大切なんです。それ以上の理由はありません」



 リーシュの涙に濡れた言葉に、俺は笑みを浮かべた。


 俺はこの一件、『何の為に動くのか』。それが最大の問題であり、障害だった。例え、自分の意志では幾ら助けたいと思った所で――……理由もなく、荷物を抱える訳にも行かなかった。

 だが、助ける理由は充分だ。この村は、救うに値する。リーシュ・クライヌも――……セントラル・シティまで送ってやれば、いつかサウス・ノーブルヴィレッジを護る事が出来るだけの剣士になるだろう。


 そうすれば、この村は存続する。

 俺は荷物を抱えなくて済む訳だ。


 それだけを確認し、俺は歩き出した。

 それなら――――――――後は、背中を押してやればいい。


「たっ、隊長!! あいつが……」

「アァ? どうした、急に怯えて――……」


 緑色のオークが俺の姿を見て、顔色を変えた。俺はオークに向かって笑顔を浮かべ、手を振る。


「ハァイ、ガキ大将。ちょっと俺、忘れ物しちゃってさあ。取込中の所悪いんだけど、やっぱ俺も話に混ぜてくれよ」


 村長が、リーシュが、顔を上げた。俺は村民達の隙間を通り、座り込んでいる村長をすり抜け、頭を下げているリーシュの前に出た。真正面から、緑色のオークと対峙する。

 どうして? 意味は無いんじゃなかったのか。端々から、そのような声が漏れる。……まあ、リーシュに成長の見込みが無いのなら、俺が護った所で意味なんて無かった。それは、本当の話だ。


「なっ!? オッ……居たのかっ……!? ……いや、お前は見てるだけじゃ無かったのかよ!! 何で出て来るんだ!!」


 俺が出て来た途端、えらい焦りようだな。


「悪いね、ちょっと野暮用でさ。取込中の所、悪いんだけど――――…………」


 俺を見上げるリーシュ。俺はポケットに手を突っ込んだままリーシュを見下ろし、笑った。


「居場所が無いって、俺に言ったよな」


 何を言われているのか、分からないって顔だ。……仕方ねえな。リーシュが馬車で言っていた言葉なんだけど。


「居場所ってのは、求めるもんじゃない。作って、護るもんだ。お前はその事を分かってないのかと思ったけど、ちゃんと分かってるじゃないか」

「魔導士様……」


 意外にも、骨のある奴だった。女にしておくのが勿体無いくらいだ。


「泣いてる場合じゃないぞ、顔を上げろよ。……今、お前には、これで三つの選択肢が出来たぜ」


 何を考えているのかと、きっと誰もが思っている。リーシュは目を丸くして、相変わらずのすっとぼけた表情で、その場に座り込んでいた。


「みっつ…………?」


 俺はリーシュに、三本指を立てて見せる。


「ひとつ……このまま、魔物に連れて行かれる。ふたつ……村人達と一緒に戦って死ぬ」


 これが、本来のリーシュが取ることの出来る、二つの行動。最後の一つには意味を持たせる為、少しの間を置いた。



「みっつ――――俺に、助けを求める」



 リーシュの身体が、糸の切れた操り人形のように、跳ねた。同時に、緑色のオークが絶望に顔を歪めて、俺から一歩、後退った。


「ど、どうやって…………!?」

「仕方ねえから、協力してやるよ。お前が強くなるまで、この村を代わりに護ってやる……そうすると、二百セルじゃ足りねえな。……五百セルだ。俺はお前に五百セル、『先行投資』してやる」


 渦巻く魔力。それは、俺とスケゾーのモノだ。先日、暴れ足りなかったからだろう。スケゾーは既にやる気満々で、何時でも戦える様子だった。

 だがまあ、首謀者が出て来るまでは、スケゾーの出番も無さそうだが。


「いいか、お前自身が強くなって、俺に五百セル、返すんだ。期限はそうだな、三年だ。……そこから先は、お前の方でなんとかしな」


 徐々に、村人達の中に希望が見え始めて来た。……いや、足りないんだけどな、五百セルじゃ。……三年だろ。村に居たとしたら、一年辺り百五十セルとちょっと……明らかに足りない。

 まあでも、別に四六時中村に居る訳じゃないんだ。大目に見よう。


「どうしたい? ……選択肢は、与えたぜ」


 リーシュは両の拳を握り締めて、涙混じりに叫んだ。



「やります!! 必ず私、強くなります!!」



 良い返事だ。……どうやら、投資の理由は充分だな。

 緑色のオークが、鼻水を垂らして俺を見た。……やっぱり、オークの種族ってあんまり好きになれないな。格差社会の中で小狡く生きるというのか、そんな根性が染み付いている。


「おっ……お前ェ!! 関係無いんじゃなかったのかよォ!!」

「いやー、その予定だったんだけどさ、悪いね。ここ、今日から俺の縄張りだから……ということに、なったから」

「なったから、じゃねえよ!! ふざけんなァァ!!」


 既にゴブリン達は、その場から逃げ始めていた。残された緑色のオークが、主人の命令に従うべきか、俺から逃げるべきか、悩んでいる様子だった。


「スケゾー。『五%』」

「ま、そんなモンっスかねえ」


 俺とスケゾーは、魔力を共有する。魔物の魔力ってのは、血が滾る。元々血の気の多い種族が多いし、スケゾーの種なんていうのは最たるものだ。そこいらの魔物とは一線を画する魔力を秘めている。

 気持ちが良い。起き抜けにカフェインをガツンと摂取した時のような爽快感。……後でとんでもなく疲れるので、我ながら良い表現だと思う。


「そんじゃまあ、景気付けに一発、かましますか…………!!」


 流れるような動作で、俺は拳を構えた。スケゾーの身体が変化し、俺の拳に纏わり付く――……白いナックルに変化したスケゾーは、俺の拳の防具となり、武器となる。

 両の拳が、光を放つ。


「うおらアァァァァァ――――――――!!」


 真っ直ぐに、オークの腹に拳をめり込ませた。

 オークに拳が当たる瞬間、幾つもの細かい爆発が俺とオークとの間で巻き起こり、それらは一つの大きな衝撃となる。その場に一瞬停止したオークは、少し遅れて、その風圧を肌で感じ、骨が、身体が、歪んで行く。

 張り詰めているのは刹那。威力が高過ぎるせいで、その力が全身に伝わるまでに時間が掛かっているだけだ。やがてそれは――……


「ギャアアアアアアア――――――――!!」


 宙に浮き、まるで大砲のように、きりもみ状態で飛んで行く。

 向こうの山まで飛ばすつもりで殴った。しかし、どうやらオークは山に激突する前に意識を失ったらしい――……空中に魔法陣が現れ、緑色のオークはそのまま、空に消えた。

 残っているのは、山ほど居るゴブリンだが……奴等は、既に戦意を喪失しているようだ。緑色のオークがやられるや否や、我先にと俺の前から逃げて行く。……まあ敢えて追い掛けるような輩でも無いので、俺は腕を組んでその場に立った。


「す、すごい…………」


 リーシュが惚けた様子で、座り込んだまま、俺の勇士を見ていた。

 あんまり力を見せ付けるのも、ヤラセみたいで少し格好悪いな。ここはスマートに、素早く身を引くのが都合が良いだろう。俺は振り返り、リーシュに不敵な笑みを浮かべた。

 どうだ、リーシュ。お前もいつか、俺のような戦士を目指せよ。


「すごいです、スケゾーさん!! どうやって武器になっているんですかっ!?」

「そこかよ!! たった今の、俺の鮮やかな活躍についてはノーコメントなのかよ!!」


 …………やはり、リーシュはリーシュだった。

 仕方ない。……良いさ。俺は例え誰からも尊敬の眼差しを向けられなくとも、強く生きて行くんだ。


「ご主人……ぶふっ!! ……クククヒヒ……」

「スケゾー。……お前、草原に捨てて帰るぞ」


 フォローしないばかりか、親切にも堪え切れない笑いで俺の無念さを表現してくれるスケゾー。本当にありがとう。後で殺す。


「……誰かと思ったら、『零の魔導士』じゃない」


 ふと、何処からか声がした。

 辺り一帯に響いた声。俺は周囲を見回し、声の主を探した。……どうやら遂に、オークとゴブリンの主人が登場したらしい。しかし、その姿は一向に見える気配も無かった。

 だが、声は聞こえた。……姿を隠す魔法か何かだろうか? いや、わざわざそんな事をして、隠れる必要は無いはず……


「……上よ。本当にあんた、魔導士の意味無いわね」


 俺は、上を見上げた。


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