第5話 剣士って言ったよね……?
リーシュは剣を引き抜いたかと思うと、高速で何かの詠唱を口にした。
「【アンゴル・モア】…………!!」
ああそうか、魔法剣士だったのか。だったら剣の腕がへっぴり腰でも、まだ戦う事は出来るかもしれないね。魔法の方が優秀ならね。……そんな俺の気付きも、口に出される事はなく。俺はリーシュの引き抜いた剣が大上段に構えられ、そしてそれがとんでもない事になっていく様子を、間近で呆然と眺める事しか出来なかった。
開いた口が塞がらない。
「……ねえ……何? これ。……スケゾー、……何? ……これ」
「…………お、オイラに聞かねえでくださいよ」
リーシュの剣が、瞬間的に大きくなった。……大きくなった、等と云う表現では語り切れない。巨大化した。最早それは、リーシュの全長を軽々と超え、塔のように高く聳えていた。
それを両手で持っている、リーシュ。
それは――――そこはかとなく、非現実的な光景だった。例えるならそう、大陸を持ち上げる魔物のような――……いや、全くそれは何の例えにもなっていない。そのまんまの意味だ。
巨大な剣を構えるリーシュ。それは何故か、少しだけ剣士のようにも見えた。……ああ、いや、こいつ剣士だったんだっけ。魔法剣士ってこういうのだっけ。……違うよね。
「…………はっ、…………はあっ、…………はあっ」
涙目になりながら、蒼白な顔のまま、リーシュは片手で剣を持った。片手で持てるのか、それ。……いや、持っていない、のか? リーシュの手元は白銀色の光を放ち、眩しくて何をしているのか、よく見えない。
俺に向かって矢を放ったリザードマンが、遥か遠くに見えた。驚愕仰天して、弓を捨てて逃げ始めている。……当然だ。俺だってこんなもの見たら、一目散に逃げる。
「魔導士様がっ…………死んじゃうっ…………」
リーシュは微かに、そう呟いた。
「いや、待って待って。俺、全然大丈夫だから。生きてるから。…………おーい、もしもし?」
いや、待って。本当に待ってくれ。そんなもん落とされたら、山が無くなる。……俺の家も無くなるから。誰もこの山に住めなくなるから。そう言おうとした時、俺はある事に気付いた。
そういえば、リーシュと出会う少し前、山にとんでもない轟音が響いたような気がする。……そうか。あの時のアレは、もしかしてコレだったのか。
…………さっき死ななくて、良かった。
謎の納得感と、僅かな安堵感と、湧き上がる絶望感。パニックに陥ってしまったリーシュには、誰の声も届かない。……それは既に、俺が身を持って体験していた。
その剣は、リザードマンの集団に向かって、容赦無く振り下ろされる――――…………
…………あー。
俺の家。
*
馬車に揺られ、俺は修復された胸を撫でた。
「本当にごめんなさいっ!!」
何度目の謝罪だろうか。馬車の手摺に肘を付いた状態のまま、俺は苦笑を禁じ得なかった。
たまたま馬車が通り掛かったのは、幸いだった。そうで無くとも、一旦近場の村に寄って馬車を拾うつもりだったからだ。移動に掛かる時間が短縮できたのは、幸運だったと言うべきだろう。
幸運にも、俺の傷は素早く治された。…………リーシュの手によって。
「良いよ、大丈夫だよ。ありがとな。……でも、次からあの技、禁止な」
「うっ…………!!」
リーシュが涙目になって、口を噤んだ。
巨大化した剣が振り下ろされた後、直ぐにその剣は元のサイズに戻った。……俺の家が壊されていない事を、心の底から願う。
いや、それだけではないのだ。その後、リーシュのパニックは俺の方へと向いた。泣きながら俺に駆け寄るリーシュ。腹を貫かれている俺。それは光景だけで見れば、少し美しくも見える光景だった。
その瞬間までは。
『魔導士様、お待ちください。今、治しますので……!!』
『ああいや、これ位ならほっとけば大丈夫だから……』
一体何なんだったんだ、あのスキルは。
『【ケア・ソード】!!』
『ぎゃああああああ――――――――っ!?』
信じられなかった。目の前のリーシュが取った行動が、本当に信じられなかった。だがあれは、どうやら回復魔法だったのだ。魔法……? いや、違うな。スキル……? ……剣を刺して回復なんて。リーシュが俺に向かって刺した剣によって、何故か俺の胸の傷は少しずつ、修復されていった。
だが、代わりにそれは酷い激痛を伴った。……当たり前だ。どんな治療法だろうと、剣を刺している事に変わりはない。
『【ケア・ソード】!! 【ケア・ソード】!! 【ケア・ソード】!!』
『やめっ……お前、あがあ!! やめろぉっ……!! やめてくれぇっ……!!』
矢が引き抜かれ、血を流した男に、必死で剣を刺しまくる少女。
…………地獄絵図だ。
しかも、俺を回復させて魔力尽き果ててしまったリーシュは、その場に眠ってしまった。……どうやらこいつは、魔力が枯渇すると勝手に寝るらしい。これを確認した事で、リーシュが来る前に聞こえた轟音と、その後のリーシュが俺に向かって倒れて来た事、その二つが何故起きたのか、分かってしまった訳だが……ちっとも嬉しくない。
蹴散らしたリザードマン。どうしようもなく、眠ったリーシュを背負って歩くしかなかった俺。
そして、たまたま山の麓まで降りた時に、馬車に乗った男――今乗せて貰っている男だが――が現れて、俺にこう言ったのだ。
『へ、変質者か…………!? その娘に何をした!?』
背中に抱えていたリーシュのビキニアーマーがずれていて、それが良くない想像をさせたらしい。
『何もしてねーよ!!』
そうなるのが嫌だったから、ローブを着せたのに。背負っているうちに、リーシュの身体に不釣合いなローブの首元がずれてしまったんだろう。
…………厄日だ。
「禁止な。特に村では打つなよ絶対。壊される前に村が自滅するわ」
リーシュは少し小さくなって、上目遣いに俺を見詰めた。
「…………禁止って、どっち、ですか?」
「両方だよ!! 分かんだろ!? 両方!!」
馬車の手摺をバンバンと叩いて、怒りの意思を示す俺。……形振り構ってなどいられない。格好も性格もポンコツなら、使う技までポンコツときた。
本当に、美少女が激しく無駄だ。無駄過ぎる。
やってられるか。
「大体何なんだよ、【ケア・ソード】って!! 聞いたことねえよ!! 針治療か!? ものすごい針治療か!!」
「いえ、剣治療です!!」
「じゃかあしいわ!!」
控えめにも胸を張ってそう言うリーシュに、俺は更なる敵意を見せた。一時的に余裕を見せたものの、直ぐに再び小さくなるリーシュ。
「すいません、馬車の中では静かに……」
「あ、すいません……」
怒られた。
馬車の人には迷惑を掛けられない。仕方無く、俺は溜め息を付いた。
やれやれ、だ。剣士と聞いていたが、感覚的には魔導士に近い。……俺と真逆じゃないか。片や近距離専門の魔導士、片や遠距離専門の剣士ってか。まるで大道芸人のようだ。
ふと、リーシュが俯いた。……ショックを受けてしまったのだろうか。少し言い過ぎてしまったか……ああ、スケゾーと感覚が違い過ぎて、俺には感度というものがよく分からない。
くそう。これが男だったら、遠慮無く殴る所なのに。……スケゾーのように。
「ごめんなさい。……私、こんな能力を持っているせいで、どこのパーティーにも入れて貰えず……未だに、仕事を一件も受けさせて貰えないんです」
リーシュはどうしようもなく苦笑して、頬を掻いた。
「私の居場所、何処にもなくて。……駄目ですね、私」
その言葉に、俺はリーシュから目を逸らした。
……違うだろう。それは、違う。心の内側に浮かんだ言葉を、俺はリーシュに言うべきか、どうするべきなのか、はっきりとした解答を見出す事が出来なかった。
俺はすっかり、言葉を失ってしまった。……壊れそうな笑みを浮かべる少女には、俺の言葉は矢のように突き刺さって、抜けなくなってしまうような気がしたのだ。
丁度、先程俺の腹に刺さった矢のように。……上手くないな。
「まあまあ、今回はイレギュラーもあったんで。うちのご主人が気付かないなんて、珍しいんスよ。戦う事に関してだけはオイラも認める真剣さ、マジっスからね」
都合良く、スケゾーが話を切ってくれた。いつも小言ばかり言う仲だが、偶には良いアシストをするじゃないか。
少しだけ、空気が明るくなったような気がした。
「……そういえば、最近魔物が凶暴化しているって言いますよね。街や村が襲われたり……何か、起こっているんでしょうか」
リーシュが問い掛けると、スケゾーが手を叩いて、それに反応した。
「そうそれ、オイラも気になってるんスよね。こっちで人を喰らおうとやってる魔物ってのは自己責任なんで、オイラ達にとっちゃ、勝手にやってくれって感じなんスけどね……凶暴化の仕方が、ちょっと変っスよね」
「変、ですか?」
「まるで何かに操られてるみたいな雰囲気じゃないっスか。それか、使い魔みたいな動きしますよね」
先程俺達を襲った、リザードマンの群れ。……普段なら、あんな戦い方をする連中じゃない。俺の顔を覚えて、戦い方を学習したのか。……それにしては、やり口が逆に陳腐な気もする。
「すいません、使い魔について私、あまり詳しくなくて……」
「昔は人間も魔物も同じ場所に住んでいやしたが、今となってはそんな事は無理なんスよ。だから、この星のちょうど裏側に魔族の大陸があって、魔物はそこに住んでるんス。こっちに来る物好きってのは、大体は人間を食い物にしたいか、何者かに召喚されてる筈なんスけどね。食い物にする為なら旅人を襲った方が都合が良いんで、まあ人数的に街は襲わないっスよね。全滅の危険もあるし」
矢など、一撃限りの奇襲に過ぎない。あれで必殺にするつもりだったのだろうか。……それにしては、矢の性能が悪い。特に魔法が掛かっている様子も無かった。
少し、不気味だ。
「じゃあ、誰かが魔物を操っている……と?」
「それは分かんないっスけどね。でもこれって、人間的には酷い裏切りになるんじゃないっスかね」
「それ以上はやめとけ、スケゾー」
口の軽いスケゾーが、有るかどうかも分からない予想の話をペラペラと始める前に、俺はスケゾーの言葉を遮った。リーシュとスケゾーが俺の方を向いて、話を中断した理由を表情で問い掛ける。
「……根拠の無い話だよ。ある日、魔物が人間との決着を付けに来てるのかもしれねえ。……元々仲の良い種族じゃねえからな、人間と魔物ってのは」
「まあ、そういうのはあるっスね」
使い魔ってのは魔導士と魔物の間で交わされる契約だが、場合によっては魔物が人間を従えるケースもある。まあ人間と魔物では余程の事が無い限り、人間の方がスペックで劣るので、そうある事ではないが。
人間が魔物を手下にしたい時は往々にしてあるが、魔物が人間を手下にしたいケースはあまり無いものだ。
そして契約は、人間と魔物の仲が『通常は良くない』からこそ、特別に行われる。だからこそ、『使い魔』なのだ。使い使われる契約以外に接する手段を持たない。基本的に、仲良くしてはいけない存在なのだ。
リーシュに少しでも、そのニュアンスが伝わっていれば良いと思ったが。
それきり、俺はスケゾーとリーシュと会話する事を止め、眠っている振りをした。……どの道、サウス・ノーブルヴィレッジまで半日以上は掛かる。眠っていた方が楽だ。
……しかし。俺は少し、短気が過ぎるな。リーシュの事も確かにあったとはいえ、俺が腹を立てていては話が始まらないかもしれない。……第一、初めてのお客様だった。今更だったが。すっかり忘れていたぜ。
もう少し、優しくしなければならない、か。
「…………あの、スケゾーさん。ちょっと、お伺いしたいのですが」
リーシュが俺を起こさないよう、スケゾーに耳打ちしている。……だが、残念な事にこの距離では丸聞こえだ。
「魔導士様……グレンオード様って、いつもこんな感じなんですか……?」
…………ん?
「へえへえ。と、言いますと?」
「なんか、愛想がないというか、ぶっきらぼうというか……本当は優しい方ですよね。わざとつっけんどんな態度を取られているように思えてしまって……」
思わず、身体が反応しそうになってしまった。
馬鹿、スケゾーにそんな事を言ってはいけない……!! 奴の格好の餌じゃないか……!!
「うふふふへぇ。リーシュさんがあんまりに可愛いんで、照れてるだけっスよ。本当は今でもどう扱って良いのかよく分からなくて、戸惑っている筈っス。いやー、リーシュさんさえ良ければ、うちのご主人を旦那に引き取って貰っても構わな」
俺はスケゾーを殴った。
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