第6話 歓迎・サウス・ノーブルヴィレッジ

 サウス・ノーブルヴィレッジに到着する少し手前で馬車から降り、俺達は辺りの草原を歩きながら、村へと向かっていた。


「あの、魔導士様。何をしていらっしゃるのですか?」


 リーシュからしてみれば、雑草を取っているようにしか思えないだろう。それを、手持ちの袋に詰めていく。……勿論、ただ雑草を取っている訳ではない。これらは俺が街で売るための回復薬の原料となる、貴重なハーブだ。

 サウス・ノーブルヴィレッジに行く機会がある時には、いつも少しは採集していくようにしている。一般的に街で売っているのは、体力回復なら『ラテミント』、魔力回復なら『ファモーテル』だ。だが、俺の師匠はそれよりも効く薬というものを知っていて、それを俺に教えてくれた。

 俺はリーシュに採集した葉を見せた。


「こいつは、『カモーテル』だよ」

「キモーテル?」


 よく分からないが、キモそうだ。


「……魔力回復に使えるんだ。すり潰して湯に浸してジャムを混ぜて飲むと、割といける」

「お茶……という事ですか?」

「まあ、抽出方法はそうなるな。茶葉ごと入るのは少し異色だが」

「そうなんですか……!!」


 リーシュが珍しく目を輝かせていた。どうやら、知らないらしい。だが街で売っている薬の正体など、実はこんなものだ。効くかどうかを知っているのか知らないのかで、役に立つかどうかが決まる。

 少し遠方に見える民家。津波に呑み込まれないよう、堤防によって守られている――……『サウス・ノーブルヴィレッジ』だ。こんなよく晴れた日の日中にも関わらず、人通りは少なく、閑散としている。

 穏やかだと言えば、聞こえは良いが。……まったく、俺の家のようだぜ。


「よし、それじゃあ行くとするか」


 俺は採集した袋を魔力で圧縮し、小さなカプセル状にして、ポケットの薬入れにしまった。


「わあ、それもすごいですね……!!」


 師匠から教わった、手荷物を少なくする為の魔法だ。袋の方にも魔法陣が書いてあって、魔力の掛け方で大きくなったり小さくなったりするものだが――……こうも驚かれると、悪い気はしない。


「今度、やり方を教えてやるよ。別に、魔導士じゃなきゃ出来ない術って訳でもないから」

「ほ、本当ですか……!? わあ、嬉しいです……!!」

「ただ、他には教えないでくれよ。一応、うちのオリジナルなんだ」

「も、勿論です!!」


 今まで自分の魔法が実際に誰かに喜ばれたりする事なんて無かったから、新鮮だった。セントラル・シティでばんばん仕事の依頼を受ける魔導士なんかは、こんな風に扱われる事も日常茶飯事なのだろうか。

 俺の頬をぐいぐいと小突いて、スケゾーがニヤニヤとした笑顔を向けて言う。


「いやー、にくいねー、色男」

「スケゾー。……てめえ、後で覚えておけよ」


 素早くスケゾーは身を翻し、リーシュへと飛び移った。逃げ足の早い奴め。

 すう、と息を吸い込み、俺は深呼吸をした。

 諦めるな。……俺も、苦節五年、これまでの評判によって仕事の依頼が来なかったが……今日、この仕事でイメージをがらりと変えてやる。……まあ、仕事になるかどうかは金次第なんだけどね。

 村に入ると、俺とリーシュは手頃な人を探した。…………お、民家のそばで、落ち葉を箒で集めているおばさんが居るぞ。あの人に、村長の居場所を聞くとしよう。


「あ、ミーアおばさん!!」


 リーシュが駆け寄って行く。どうやら、知り合いのようだ――……当たり前か。ミーアおばさんと呼ばれたおばさんも、リーシュに何やら嬉しそうな笑顔を向けている……あ、こっちを見た。


「こんにちは。大魔導士の、グレンオード・バーンズキッドと申しますー」


 人見知り等と言っている場合でもないので、俺はにこやかな笑顔をおばさんに向けて、手を振った。さり気なく『大』魔導士と言ったのは、ここだけの話である。

 箒が、カラン、と地に落ちた。


 ……えっ?


「あ…………あああ…………おっ…………うおっ…………」


 …………え? 何? 何で俺、そんなにビビられてんの? 何か悪いこと、したか? ……いや。俺は挨拶をしただけだ。断じて変な事はしていない。絶対。


「うおっ…………うおっ…………」


 いや、顔すごいよ。見てるこっちが怖いから。呻き声も怖いよ。頼むから、もう少し嬉しそうな顔してくれよ。



「男っ…………!! みんな!! 男!! リーシュが男を連れて来たべさ――――っ!!」



 瞬間。



 あちらこちらの民家の扉が、物凄い勢いで開いて行く。


 ……え? 何だ、これ? 何だ、この状況? 次々と人が、こっちに向かって来る……鉢巻を巻いているいかつい顔のおじさん、農作業をしている途中の桑を持ったままの爺さん。包丁を持ったまま、如何にも料理途中といった様子の主婦。……いや、怖いから。人が…………人が…………増え過ぎだろオォォ!? さっきの長閑な空気はどこに行ったんだよオォォォ!!


「やだっ……!! ミーアおばさん、そういうのじゃないからっ……!!」


 おいリーシュゥゥ!! 顔赤くしてる場合じゃねえだろォォ!? この状況ちゃんと察しろよオォォ!!


「男だと!?」「リーシュに男!?」「てめえら!! 掛かれ!!」


 俺は口を開いたまま、その場に立ち尽くした。

 ああ。……俺は今、地獄を見ている。怒りに顔を引き攣らせて(?)農耕具や凶器を持ったまま、俺の方に駆け寄って来る男、女。……いや。俺は歓迎される筈じゃ無かったのか。何なんだこの構図は。まるで戦争じゃないか。


「カツさん!!」

「ああ!!」


 いや誰だよ!!


 いやいや待て、待てってやめてこっち来んなよおおおおお――――――――!!



「胴上げだああああああ――――――――っ!!」



 身体が、宙に浮いた。


 …………へ?


「村に若え男が来たぞ――――!! しかもリーシュの旦那だそうだ!!」


 いや、飛躍し過ぎだろ。マリッジブルーも真っ青だよ。


「わあーっしょい!! わあーっしょい!!」


 どうやら、歓迎されていた。……らしい。

 俺は胸を撫で下ろす……間もなく、この盛大な勘違いをさてどうやって告白したものかと、そんな事を考えていた。



 *



「乾杯――――――――!!」


 ようやく地に降ろされて、俺は熱烈な歓迎を受けた。真昼間から酒盛りを始める連中。各々がやっていた事を全て投げ出し、急遽俺の為に、サウス・ノーブルヴィレッジは歓迎会の準備を始めていた。

 勘違いといえど、悪い気はしていなかった。リーシュの旦那説は間違いだったとしても、ちゃんとリーシュが魔導士を連れて来たのだと話になれば、リーシュも少しは認められるだろうし、俺の株も上がるだろうと思ったのだ。

 まだ、報酬の話はしていない。それなのに来てくれる魔導士様、ステキ。そう、今の歓迎もきっと、旦那から魔導士に変わっても、予定通り行われる筈だと。

 そして、今――……


「おいコラ。リーシュのどこが駄目なんだよ」

「言ってみろてめえ。下らねえ事だったら許さねえぞ、この若造が!!」


 俺は今、激しく後悔している。

 酔っ払った住民は余計に激しくなり、気が付けば俺は、ラムコーラのグラスを両手に、リーシュを嫁に貰えという説得を受けていた。

 何だよ。何でこんなに愛されてるんだよ、リーシュ。何故か連中も、俺が魔導士だという話を全く聞いてくれる気配もない。

 興奮すると人の話が聞けなくなるのは、リーシュだけの問題ではなかった。……こいつら全員、どうかしている。頬にラムコーラのグラスを押し付けられながら、俺は自虐的な笑みを浮かべた。

 ……あー。来なきゃ良かったかなあ……


「リーシュは良いぞ、リーシュは。料理も出来る。嫁さんに持って来いだ」


 この際、はっきりと言っておかなければならないだろうか。俺は顔を上げて、酒臭い隣のオヤジに言った。


「すいません。俺、乳が無い女は対象外なんで」


 別に、そんな事はない。さっさと会話を切り上げる為の嘘に過ぎないが……オヤジは首を傾げた。


「リーシュは胸、あるだろ」

「ああ、ある方だな」

「村で一番あるな」


 あれでか……!? 酔っ払って、目が悪くなったんじゃないのか。


「やめなよアンタ達。良い歳して、みっともない」

「ミーアさん……!!」


 年寄り連中からこぞって質問攻めに遭っている俺に――何故、リーシュを嫁に取らないのかという質問攻めに遭っている俺に――先程ムンクの叫びもかくやといった顔で連中を呼び出した張本人のおばさんが、何故か大人びた顔をして現れた。

 リーシュはと言うと、すっかり酔っ払って楽しそうに住民と酒を飲んでいる。……おいスケゾー、お前の居場所はそっちじゃないぞ。俺の肩の上だ。


「……そうだな。いきなりってのも、流石に無理があったかもしれねえな」


 おや? ……ミーアさんの一言で、追撃の手が少しだけ緩んだ。


「そうだべさ。まだ出会って三日も経ってないんでしょや? まだ恋人にはならないよ」


 俺は少しだけ、ミーアおばさんに感謝した。……まあ、人を呼んだのもこの人なんだが。今の俺の状況を見て、流石に不憫だと思ってくれたのかもしれない。

 ミーアおばさんは、俺の肩に手を添えて――――にこやかな笑みを浮かべた。


「――――それで、いつから付き合って、いつ結婚するの?」


 こいつ、過去と現在が駄目ならと、未来を切り崩しに掛かったぞ…………!!


「あ、あの、俺、呼ばれた魔導士なんですけどね。……こちらの村長さんとお話させて頂きたく……」


 もういい。聞いていない事なんて承知の上だ。

 俺は無理矢理に席を立って、村長の家と思わしき民家を探した。辺りの家より大きいものを探せば良いんだろう。歓迎してくれている所、悪いが……いや、もはや歓迎されているのかどうかも定かではないが……酒の席に付き合っているような場合ではない。

 どうしてそれが分からないんだ、この村民共は。今日を過ぎたら、もう一日しか猶予が無いんだぞ。明後日だぞ。明後日、この村は謎の相手の支配下に置かれるんじゃないのかよ。

 ふと、俺の手の甲が叩かれた。

 何だ……? ミーアおばさんが、俺の事を険しい顔で見詰め、親指で何かを指差している。俺はその親指の先へと、視線を移動させる。

 既に祭と化し、騒いでいる村民達。指差されているのは、その団体の一部で座っている男のようだ。眼鏡を掛けた、優男。すっかり酒に酔い、リーシュの隣で何かを楽しそうに話している。

 あれ。……もしかして、あれが村長?



 お前も飲んでるのかよ!!



 *



「いやー、すいません。すっかり酔っ払っちゃって。村の皆も勘違いしてしまって」


 既に日は暮れた。真っ昼間っから酒に溺れた村民は殆ど寝静まり、今日は魚を捕るための船すら出ないらしい。

 ぶっとんだ村だ。……楽しそうで何よりだが、普通は余所者に対する礼儀ってもんが……もういいや。一応あれは歓迎されていたんだろう。そう考える事にしよう。

 だが、時間が無い事に変わりはない。俺だって、金の約束が出来ないのなら無闇に助ける訳にも行かないしな。


 リーシュの隣で遊び呆けていたスケゾーは、既に取り返しが付かない程酔っていた為、俺の好意で近くの草原に捨てて来てやった。……あんな奴、野良犬にでも襲われて泣きながら後悔すればいい。

 村民が村民なら、村長も村長だ。一緒になって遊び呆けていては。……俺は何故呼ばれたのか、既に当初の目的を半分失っているようにも思えた。


「ごめんなさい、魔導士様。私のせいで、とんだ勘違いを……」


 村長の隣で、リーシュが俺に頭を下げた。腕を組んだまま不機嫌になっていた俺は、その態度を見て、少しだけ怒りを収めた。

 まあ、正直な所リーシュは巻き込まれただけなので、リーシュが謝る事ではないようにも思える。

 止めろよ、って感じもするが。


「それで、バーンとキッズ! さん」

「バーンズキッドです」


 ちょっと可愛いじゃねえか!! ……じゃない、村長!! お前は『いやー、すいません』じゃ済まされないんだよ!! 土下座しろ!!

 リーシュも随分ぶっ飛んだ奴だと思ったが、こいつはぶっ飛び過ぎている。逆転サヨナラホームランだ。……言葉の意味などないが、そういう気分、という意味だ。


「気持ち良く酔っ払ってる所、申し訳無いんですけどね。……あのね、俺はまだ、別に契約も何もされていない状態なんですよね」

「ええっ!? そうなのかい!?」


 ……なんか、頼りない人だな。


「だから、まだ村に協力するとは決まってないんですよ。……金の問題なんですけどね、まだ折り合いが付いていなくて」


 そのように伝えると、村長は急に酔いが覚めたような顔をして、リーシュを見た。


「あれ? ……リーシュ、お金の話をしなかったのかい? うちの希望、出る前に話しただろ?」


 リーシュは『そんな話、ありましたっけ』というような顔をしている。……これは、あれか。リーシュの方がちゃんと事情を察していなかった展開だな。

 初めて俺の家に入って来た時の、リーシュの態度を思い出す。……どうせ俺を連れて来るのに必死で、他の事なんて考えられちゃいなかったのだろう。リーシュは何やらショックを受けて、小さくなっていた。


「そうか、それなのに来てくれたのか……申し訳無いね。今日はもう遅いから、宿を用意してあるよ。勿論、お金はいらない……ゆっくり寛いで、明日また、この話をする事にしないか?」


 おお、宿が用意されているのか。それはありがたい。確かにもう遅いから、金と仕事の話をするのは明日でも良いかもしれないな。


「……じゃあ、お言葉に甘えて。明日また、ここに来ても良いですか?」

「勿論だよ。リーシュ、お客様をお宿にお連れして」

「は、はいっ!!」


 俺は立ち上がり、今更ながらの村長からの好意を受け取る事にした。


 ……あれ? 何かを草原に置き忘れて来たような……まあいいか。


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