第4話 それがこの俺、ゼロ距離魔法の()
ちらちらと、リーシュが俺の肩を見ている。
どうやら、スケゾーの事が気になるらしい。家に居た時と違い、俺と同じ、漆黒のローブを羽織っているスケゾー。鼠のような見た目でも、髑髏を被ってローブを巻けば、少しは上等な魔物らしく見える。
と言っても、所詮全長三十センチかそこらの身体では、ペット扱いが関の山だが。
「あの、大変今更で申し訳無いのですが、そちらは……」
「おお、やーっと聞いてくれたっスね。オイラはスケルトン・デビルの末裔でして、実はこの魔導士、グレンオード・バーンズキッドよりもすげえ悪魔っス」
胸を張って偉そうにしているスケゾーを指差して、俺は言った。
「こいつは俺の使い魔で、スケゾーという名前だ。別に大してすごくはない」
「ご主人!!」
スケゾーが憤慨しているが、俺は嘘を言った覚えはない。仕方ないだろう、チェスのルールも分からないような使い魔では。
こいつを使い魔に選んだ日の事を思い出す。……まさかあの時は、スケルトン・デビルがこんなに小さい姿になるなんて予想もしていなかった。
頭が悪くて役に立たなくて頭が悪い。ついでに言うと頭が悪い。
「そもそもオイラの事をスケゾーなんて呼ぶのも、オイラが許すのも、ご主人だけっスからね。勘違いしないで欲しいっスね」
「お前を呼び出したのは俺だ。文句あるか」
「いや、それは別にねーですけど」
そのやり取りを聞いたからか、リーシュが微笑んだ。
「仲が良いんですね。よろしくお願いします、スケゾーさん」
「うぐっ……」
……たった今、スケゾーって呼んで良いのは俺だけだと言ったばかりだろ。
だが、スケゾーも相手に悪気が無いことは理解しているらしく、苦しそうに唸った。
まあ、何だかんだで長い付き合いだからな。お互いの性質は理解してしまった間柄という訳だ。
今となっては、俺の会話にしゃしゃり出てくる事も無くなったし。うっかり無駄な事を話して、俺のイメージを下げる事も無くなった。
スケゾーがリーシュの肩に飛び移って、耳打ちをしていた。
「リーシュさん、ご主人なんて女の子耐性無さ過ぎなんで、色仕掛けでイチコロっスよ。もし金が無かったらさっきの作戦、悪くねえと思います」
俺はスケゾーを殴った。
「痛い!! 暴力反対!!」
「俺はお前のような使い魔を持てて幸せだよ!! クソが!!」
どうしてこう、こいつは無駄に俺の評価を下げに来るのだろうか。リーシュが顔を真っ赤にして、俯いてしまったじゃないか。
そして、俺の弱点を暴露するんじゃない。……突拍子もない事をされて、出会った当初から俺の弱点は既にばれているので、今更という感じもするが。一応、女性に対する耐性の無さは隠しておきたい所なのだ。
……リーシュがこちらを上目遣いに見ている。いざとなったら、と考えているのだろうか。
「一応言っておくが、金が無ければ俺は動かないからな。お前の洗濯板のような胸では、俺を動かす事は出来ないと思っておけよ」
「えっ…………」
リーシュは絶句して、自身の胸を弄っていた。……悪いが、釘を差しておかなければスケゾーの挑発に乗る可能性もある。舐められる訳には行かないのだ。
「洗濯板じゃ……ないもん……」
……あれ。悪い事を言ってしまったのだろうか。……おかしいな。ハードボイルドな男は、わりとこういう言葉をさらりと言うものだと思っていたが。
そりゃ、そうか。……コンプレックスだろうからな。だからこそ、サイズの合わないビキニアーマーを敢えて着ているのだろうし……
……とてつもなく悪い事を言ってしまったような気がしてきた。
「リーシュさん。さっきご主人、リーシュさんの顔もまともに見られないくらいドキドキしてたみたいなんで。気にしねえでください」
俺はスケゾーを殴った。
「兄貴!! 平にご容赦を!!」
「とにかく!! ちゃんと金は払えよ!!」
リーシュが笑って、何かを言い掛けた瞬間だった。
「あの、魔導士様。もし良かったら、なんですけど、私を――――」
…………おかしい。
俺はリーシュの口を左手で塞いで、身を屈ませた。……大した事は無い魔物だと思っていたが、数が多い。それも、俺達が歩いている間に次々と増えている様子だった。
周囲の状況に、耳を傾ける。……五……六。片手では数え切れないな。奴等は木の陰に隠れて闇討ちするのが主な戦法だから、先ずはそれを潰さないといけない。
リザードマン如きから逃げるのは少し癪だが、五、六匹掛かりで背後から襲われるとしたら。リーシュを守って戦う事も考えると、無傷での突破は難しいか。
「走るぞ。付けられてる」
「…………は、はいっ」
確か、この坂道を下った先には少し開けた場所があった筈だ。そう思いながら、俺は走り出した。リーシュも俺に付いて来る。
リザードマンの群れは、どうにか俺達を捕まえようと追い掛けているようだ。可哀想な連中だ、と思う。奴等は人間の顔にいちいち区別なんて付けられないから、何度も俺を襲ってはやられるという、負のループに陥ってしまう。
まあ、俺もリザードマンの顔に区別など付かない。種族の違いってのは、案外そういうものなのかもしれない。
だが――それを差し引いたとしても、少し状況がおかしい。
「ご主人。……なんか、変っスね」
俺の肩で、スケゾーがそう呟いた。
「だな」
リーシュが俺とスケゾーの会話を聞いて、頭に疑問符を浮かべている。……まあ、この山での戦闘経験が無い奴には、当然違いなど分からないだろうから仕方がない。
リザードマンってのは普通、四匹一組で狩りをする。少ない時はあるけど、それよりも多いって事は早々無い。五年もこの山で暮らしていれば、その生活ってのは分かって来るもんだ。
元々粗暴で、互いに手を組む事も少ない連中。一匹で狩りをする奴の方が多い位なのに、群れでとは。
連中の気が変わったのか、それとも。
「あ……あの、魔導士様は後衛……ですよね。……私、頑張って戦いますから」
リーシュは剣の柄を握り締め、喉を鳴らしていた。……まあ、普通はそう考えてしまう所だろう。
言っている間に、開けた場所まで辿り着く。俺は高く跳躍し、身を翻すと同時に背後の状況を確認した――……走っているリーシュ。その更に後方に居るのは、気配を察知した通りのリザードマン。一……二……肉眼で確認出来るのは三匹か。
両の拳に魔力を込める。
「ご主人、どうします?」
「いやー、まあ良いだろ、これくらいなら」
俺とスケゾーにしか分からない会話をして、俺は草原に降り立った。
丁度リーシュが俺の所まで到着し、剣を引き抜いた。俺達をどうにか今日の晩飯にしようと、リザードマンも奴等の作った独特の長剣を構える。リーシュとリザードマンは、互いに剣を向き合わせている。
リーシュが振り返り、俺を見た。
「詠唱してください!! 私が時間を稼ぎます、から――……」
だが、リーシュには大きな誤算があった。剣を抜いて、俺を護るように壁となっているリーシュをすり抜け、そのまま俺はリザードマンの群れに突っ込んでいく。
「…………えっ?」
既に背後に居るリーシュが、呆然とそんな言葉を呟いた。
両の拳は燃え上がり、俺の身体に炎を纏わせる。反撃しようと俺に向かって剣を振り下ろすリザードマン、その懐に入って奴が俺を斬るよりも速く、その腹に右の拳をめり込ませた。
「まず一匹…………!!」
微かな振動。リザードマンの眼球が飛び出しそうな程に大きく広がり、血を吐くよりも早く、上空にぶっ飛んだ。
力の差を思い知らせる、というやつだ。俺に向かって飛び掛かろうとしていたリザードマンの二体が、堪らずその場に足を止める。燃え上がった拳の炎は足にも伝達し、目的を変更する動きの一環で、立ち尽くしているリザードマンに後ろ回し蹴りを放つ。
衝撃は一度。……しかし、奴にとっては信じられない程、重い一撃だろう。
残った一匹は、俺に背を向けていた。……逃がすかよ。その後ろに仲間が控えている事は、俺も知っているんだ。まあ、剣を得意とする連中はどの道、出て来る以外に術を持たないとは思っているが。
その背中に、強烈なヤクザキックをお見舞いした。
「ギャオオオオ――――――――!!」
情けない呻き声が漏れる。……過去何度、俺がリザードマンと戦ったと思っているんだ。その剣技も得意な間合いも、心得ている。
…………そうして、戦闘は終了した。
リーシュがすっかり戦意を喪失して剣を降ろし、俺の事を目を丸くして眺めていた。
丁度良い。俺の良い自己紹介になるだろう。……一応、リーシュは俺の初めてのお客様だからな。ここでその実力をアピールしておくに越した事はない。
俺はリーシュに背を向けたまま、言った。
「嘗て……魔導士業界で、『如何なる魔法も全て飛ばない』と呼ばれた魔法使い見習いがいた。広く噂になったから、お前も知っているだろう……奴は『飛ばない魔法』のスキルを磨き、そして、新たな境地を見出した」
あまり、良い噂ではないけどな。だが、それさえもアピールポイントにしてやる。今となっては、これは既に俺の強み。『魔導士と言えば』の型から外れた、新しいスタイルと言っても良い。
「それが、この俺。ゼロ距離魔法の専門家、『零の魔導士』グレンオード・バーンズキッドだ」
不敵な笑みを称え、俺はリーシュに振り返った。リーシュは剣を柄に戻し、両手を胸の前で合わせた。そして、深々とお辞儀をし――――…………
「ごめんなさい、知りません」
泣くぞ、俺。
不敵な笑みを称えたまま、制止した俺。残念な事に腰から上体を折ったまま、顔を上げないリーシュ。……肩でスケゾーが笑いを堪えているのが、非常に、ああ、非常に腹が立つ。
何でだよ。一時期、セントラル・シティ中で話題になった話なんだぞ。……こいつセントラルの剣士じゃないのかよ。おかしいだろ。ちゃんとセントラル・シティ繋がりだと聞いた上で話したのに。
格好付けてしまった事を激しく後悔しつつ、俺は何事も無かったかのように歩き、リーシュの肩を叩いた。
「さあ、村に行くぞ。顔を上げるんだ」
顔を上げたリーシュに、俺は満面の笑みで対抗する。
こうなりゃ流す。それしかない。
「あっ、ご主人」
俺はスケゾーが何かを言う前に、スケゾーの首根っこを掴んだ。
「…………!! …………!!」
許せ、スケゾー。口が軽くて頭が悪くて空気の読めないお前に、今、何かを喋られる訳には行かないんだ。
「あ、あの、ありがとうございます、魔導士様」
「よせよ気にすんなって。さ、早く行って解決しようぜ。な?」
「――――はいっ!!」
俺は天使のような微笑を浮かべた。リーシュは目を輝かせて、少し頬を赤らめながらも、俺に付いて来る。
やれやれ。まあ、この場にリーシュ一人だったのが幸いしただろうか。沢山人が居る状態でこんな事をやってしまったら、俺は恥ずかしい所の騒ぎではなく、魔導士引退宣言をしなければならない所だった。
本当に、さっさと行って片付けて来よう――――…………
腹に激痛を感じた。その時には、既に俺は血を吐いていた。少し表情の明るくなったリーシュが、次に発見した俺の変化に、顔色をがらりと変える。
俺は膝を突く。
鳩尾の辺りを、矢が貫通していた。
スケゾーが俺の手から逃れる。……どうやら、憤慨しているようだ。
「ご主人!! 何スか!! だから言おうと思ったのに!!」
しまった。……そうか。スケゾーは余計な一言を言おうとしたのではなくて、身の危険を伝えようとしていたのか。
どうやら、頭が悪くて空気が読めなかったのは、俺の方だったらしい。
いや、付かねえだろ、区別。……前科もあるし。
「きゃあああああ――――――――っ!! 魔導士様――――――――っ!!」
リーシュが叫んだ。
しかし、リザードマンに弓矢。……聞いた事の無い組み合わせだ。この山での戦闘歴は長いから、すっかり意識からは抜けていた。……相手がゴブリンなら、まだ考える事もあったかもしれないが――……もしかして、手を組んでいるのかもしれない。
イレギュラーだ。あまり考えたくはないが、この山に何かの異変が訪れているのかもしれない。リザードマンの数といい、五年間俺が生活してきて一度も見た事の無い光景が、こう何度も訪れると違和感を覚える。
俺は手を振って、リーシュに言った。
「あー大丈夫だよ、この程度の傷じゃ俺は死なねえから。…………おい、おま…………」
思わず、言葉を止めた。
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