再会

第8話 酷暑

 いつもなら朝一番でハロワにいって、運が良ければ日雇いの仕事にありつける。が、今日は完全に出遅れた。もう仕事はない。

 第二のコース、つまり図書館で涼んで、その足で配給食を取りに行ってアパートで食う、というのもダメだ。今月の配給券は使い切った。

 図書館へ行くにはこの公園から長い坂を登らないといけない。体調不良でなんかふらふらするし、また警備員にからまれるのも疲れる。


 俺はできるだけ周囲に人がいないベンチを捜してポケットから虫眼鏡を取り出す。

 頭上の太陽はほどなく焦点の温度を十分に上げ、煙草に火を付けた。これが最後だ。

 久しぶりの紫煙が鼻孔を打った。混ぜものをしてやがる。オガクズでももっといい香りがするだろう。思わず盛大にくしゃみをした。おまけに炎天下にいながら寒気がする。

 しばらく前から時々咳が止まらなくなっていた。

 多剤抵抗性結核という単語が脳裏をかすめる。咳に始まって、あとは高熱とめまいが続く。舌と首筋に赤い斑点が出たら手遅れだ。効く抗生物質はもう存在しない。

 できるだけ人混みを避けている。このところ市場にも行ってないし、そもそも買うものがない。



 俺は就職に失敗した。

 第一候補で狙っていた水力・地熱系の電力会社には就職できなかった。なんと倍率は七百倍で、期待していなかったが正直こたえた。大学にはいって最初の二年、なげやりだったのが原因かも知れない。今はどの企業も成績重視だった。体力だけのやつらは動員隊を出たのをひろってくればいいし。

 とうとう就職の見込みがないまま卒業した。補欠採用の時期もまもなく終わろうとしている。

 卒業してから四ヶ月と二週間。ほぼフリー。

 一度レールをはずれるとまっとうな職に就くのは難しい。田舎に引っ越した親もまだ元気だが仕送りも途絶えがちだ。その上、無職者には最小限の配給しかない。

 このままだと無条件で動員隊送りだ。どっかの山んなかで勤労奉仕ってのもな。

「ヤバいよな」 

 長めの頭髪を通り過ぎて汗がこめかみを伝っておちる。

 俺はあごに手をやった。ざりっとした無精髭が伸びている。石けんを切らしていたので、しばらく剃っていない。

 その上、服は配給品の半袖シャツ、色は緑、しかも形容しがたい迷彩系とくれば、ああ定職に就いていないんだなと周囲にシグナルを送ることができるわけだ。

 今も砂場で遊ぶ幼児の母親が露骨に警戒している。

 警官の職質も結構ある。俺は犯罪者かよ。まあ、予備軍と言うところかも知れない。

 先週なんか読書中の俺に予告もなしに、図書館の警備員が金属探知機で検査をはじめやがった。完全な嫌がらせだ。

 この公園にも無職シグナルは蔓延していた。おまけに、二人ばかり俺と同じ服を着たまま熱射病にやられたのか倒れている。

 俺はとおりすがりに、ちらっとその顔を眺めてみた、なんか子供みたいな寝顔だった。まだ二十代の後半くらいか。

 気の毒だとは思わなかった。なぜかはわからないが言葉が枯れて出てこない。

 やかましい蝉の鳴き声を背後に俺は公園の出口に向かった。

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