おれがシンボル

真中

第1話

「この場所には目印がない。」


おれはいつものように思った。

此処は普通の交差点で、目の前にこうえんがあることもあって老若男女様々な人が通る。しかし、何も目立つものがない。

渋谷ではハチ公、と言うように待ち合わせですぐに思い付くモノがないのだ。


面白くない。不愉快でさえある。

そもそも。

そこにおれの存在の欠片さえ思い浮かばれないのはどういうことだ。

気に入らない。嗚呼、気に入らない!


口だけで言うのなら誰にでも出来るのだ。

おれは他の奴らとは違うと言うところをハッキリと見せ付けてやろうと思った。


まず、服を脱ぎます。


以上。

これ以上なくシンプル。


おれに何かを取り付ける必要はない。

おれがおれである以上、完成尽くされているため、全裸が至高にして最上。


周りの黄色い歓声がたまらない。

歓声と言うより悲鳴?

なんというか周りがどんどんやかましくなり、終いには赤いランプが回転をしながら近付いてきて…。

その赤いランプはおれを目指してやって来た。


やった、まず第一関門突破だ。

おれは至福を感じた。そしてそのままその赤いランプの持ち主ーーーパトカーに乗って事情聴取の場へと向かった。


なあ、知っているか。

調書はほんとに洗いざらい吐かされる。

何故、こんなことをしたのか。

どうしてやめようと思わなかったのか。

そういう性癖があるのか。


しかし英雄は誤解されるものだ。

それを乗り越えていかねば、念願など成就されないに決まっている。


指紋を登録され、二度と過ちを犯さぬよう何度も誓約書を書かされながらおれは決意を改める。


「罪にならぬように目立てば良い。」


翌日、おれは葉っぱ一枚を股間にあてがい、万歳を続けると言うポーズで公園の前に立っていた。


それは昨日の反省をいかし、局部を隠しながらも前衛的なポーズとはかくや、ということを考案した最上のポーズだった。


目の前を通る人々はおれを見ぬようにしながら、また家族連れは「見ちゃ行けません!」と良いながら、そして小学生はゲラゲラと指を指して笑いながら。


おれは確かに此処に存在し、人々の記憶に留まり続けるだろう。


そのポーズを続けて小一時間。

見覚えのある綺麗な女性が横切った。

隣には爽やかな男性が居り、二人は軽やかに歩きながら談笑している。


あれ…あの子は。

そうだ、元カノだ。


「私、完璧な人が好きなの。その人そのままを尊敬できるような無欠な人が良いわ。」


そう言ったのは彼女だった。

おれの間違った情熱はここに端を発していたんだっけ。


すごく幸せそうな表情をしていた元カノはややあってこちらに気がついた。

醜悪なものを見る目でぽつりと呟く。


「キモ。死ねば良いのに。」


彼氏は同調する様子で笑っている。


おれは確実に人々の記憶に留まり続けるだろう。

英雄は…誤解されるものだ…。


だから…こんなことへっちゃらだ。


へんてこなポーズのままおれは慟哭した。

そして誰かが呼んだのだろう、警察のお世話になるのだった。

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おれがシンボル 真中 @marakayan

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