第6話 幸運探偵とアイドル 6


私たちは、霧野さんたちがいるであろう部屋まで戻ってきました。

事情聴取用に、とお借りした部屋です。


「遅かったわね。それで犯人はわかったの?あんまり言いたくないけれど、こっちはほとんど手掛かりナシなんだけれど」


「ええ。真実は全てわかりましたよ」


「なら犯人を」

「なので、容疑者の方たちは全員解放して構いませんよ」


言いかけた霧野さんを遮るように鷹子さんが言います。


「はぁ?」


「ですから、彼らの容疑は晴れました。なので解放して構いません。早く最場さんのところへ行きたいでしょうから」


「あのねぇ、どういうことなのかもう少し詳しく…」


「ええ。霧野さんには後で必ず教えます。だから、今は私を信じてください」


鷹子さんのその真剣な言葉を聞くと、霧野さんは渋々納得したように言います。


「…わかったわよ。ただし、後で必ず教えなさいよ」


「ありがとうございます」






霧野さんから「容疑が晴れたので帰ってよい」ということを告げられた八代社長とさつきさん、かりんさん、ゆりさんの四人はそれぞれホッとした様子で帰宅の準備を始めます。


「八代さん、これから病院へ向かうんですか?」


鷹子さんが、八代社長にそう尋ねます。


「ああ。といってもすぐにとはいかないがね。まだ終わっていない手続きや挨拶が残っているのでね。それを終わらせてから、ということになる」


「そうですか。それなら少しをお借りしてもいいですか?」


「あ、ああ。本人が構わないならいいが…」


「ありがとうございます。あ、私たちは三人で先に病院に向かっていますので」


「ああ、わかった」






プロダクションの駐車場で、私たちは鷹子さんを待ちます。


「お待たせしました。さあ乗りましょうか」


「……」


無言で車に乗り込む彼女。

普段、私は助手席に乗りますが今回は彼女を気遣って、後部座席に乗ります。


「じゃあ、出発しますね」


しばらく、車内は静寂に包まれます。

信号で車が止まると、鷹子さんが話しかけます。


「さて、今ここには私と幸、そして貴女の三人しかいません。録音機の類も無いと誓います。ここでなら話してくれますね」











「福谷 かりんさん」










「最場マネージャーを刺したのは、貴女ですね?」


「……なんで私だと思ったの?」


青信号で車が出発します。


「最初におかしいな、と感じたのは貴女と澪川さんの証言を比べた時です。貴女と澪川さん、橋村さんの三人が最場マネージャーを発見する前、貴女は四階にあるレッスンルームに、澪川さんは一階にあるカフェスペースにいました。そしてお二人ともそれぞれ二十分ほど過ごしています。なのに、お二人が楽屋に戻ったのはほぼ同時。これはあまりにも不自然すぎます」


「でも、それくらい誤差の範囲じゃないの?」


「いえ、この食い違いはもう一度起きています。貴女たち三人が最場マネージャーを発見した後、貴女は三階にある事務室に、澪川さんは私たちを探しに一階まで向かっていました。なのにまた楽屋に到着したのはほぼ同時。やはり不自然です」


「……」


先ほどとは違い、今度は黙ったままでいるかりんさん。


「つまり、貴女の行動はこうです。トレーナーさんと別れた貴女は、他の二人よりも少し早く楽屋に到着していました。そこで最場マネージャーと何かがあり、貴女はマネージャーを刺してしまった。恐らくその時、エレベーターの方から澪川さんの声が聞こえたのでしょう。貴女は咄嗟とっさに楽屋から出て、廊下の陰に身を潜めました。そして、何食わぬ顔で他の二人と合流したんです」


「でも、警察の人の話じゃ、マネージャーを刺した犯人は返り血を浴びていたんでしょ?さすがに二人に気づかれるんじゃない?」


「いえ。簡単には気づかれませんよ。なぜなら貴女がその時に着ていた衣装は黒だったんですから」


「それでも、その衣装は警察の人が調べて何も出なかったんでしょ?」


「ええ。ですから貴女は最場マネージャーを発見した後、澪川さんに私たちを探してくるように頼んだんでしょう?自分は事務室に行くふりをして衣装室に行って着替えるために」


「あははっ。衣装を着替えただなんて、探偵さんは面白いこと言うんだね。言っておくけど、あの衣装は今日のために新しく作ってもらったものだから二着目なんてないよ。確かにあの衣装室には昔の衣装とかもあるけど、デザインが違うからすぐにバレちゃうし。第一、あんなドレスみたいな衣装を一人で着替えてる時間なんてなかったよ」


「別に私はあのドレスのような衣装を着替えたなんて言ってませんよ」


「じゃあ、私は何を着替えたって言うのさ!」


「それは、これですよ。幸、見せてあげなさい」


鷹子さんに言われて、私はが入っている箱を取り出し、蓋を開けます。


「…!」


「…警察の方はこうも言っていました。『握り柄に血がついているが派手に血が飛び散った形跡はない』と。運のいいことに、貴女が返り血を浴びたのはその部分だった。衣装の一部である、その黒い手袋に」


「……」


「貴女は最場マネージャーを刺してしまった。そして運悪く、手袋に血が付いてしまった。しかし、不幸中の幸いなことに、貴女の手袋は黒。見た目で簡単にはわかりません。それでも警察が来て手袋を調べられればすぐにわかってしまう。だから貴女は衣装室でを着替えることにしたんです。手袋だけならば多少リボンの長さが異なる程度で、デザインにほとんど違いはありませんでしたから」


「……」


また黙ったままでいるかりんさん、でしたが


「…そう、マネージャーを刺したのはわた、」


「と、ここまでが私の推理です」


言いかけたかりんさんと言葉を、鷹子さんが遮ります。


「でも、これでは動機がわかりませんでした。なぜ、貴女はマネージャーを刺さなければならなかったのか」


「それはっ!」


「周囲に聞く限り、最場マネージャーの人柄に問題は無く、貴女たちアイドルと最場マネージャーの関係も良好。貴女は特に最場マネージャーに信頼を寄せていた…」


「だから、アイツは!」


「ここで貴女に、ある事実をお伝えします」


何度もかりんさんの言葉を遮る鷹子さん。

そうです。かりんさんにまだ伝えなければならないことがあるんです。


「最場マネージャーには、蔵馬という大学時代の後輩がいたそうです。そしてその蔵馬さんは現在、マックステレビでプロデューサーをしています」


「…それがなんだっていうの?」


「最場マネージャーは学生時代、蔵馬さんを大変気に入っていたようで、お二人の仲はとても良かったそうです。最場マネージャーは今でも、蔵馬さんと二人で話す際は、彼を大学時代のあだ名で呼んでいるそうです。蔵馬クラマを並び変えて『マクラ』と…」


「えっ!?」


と、かりんさんは驚きの声を上げます。


「やはり、貴女は知らなかったようですね。私もこのことを聞いた時、ある仮説が思い浮かびました。『福谷さんは勘違いをしていたのではないか』と」


「そんな…まさか…」


「事務所に脅迫状を送ったのも貴女ですね?」


「そう、だよ……。ちょっと前からマネージャーが電話してるときに『マクラ』って言葉が聞こえるようになって、マネージャーに聞いてもはぐらかされるし…。だから私、あんな手紙を送って様子を見ようと思ったんだ…」


「それでも最場マネージャーの様子は変わらなかった、と」


「うん……。それで今日、また電話で話しているのを聞いて……今度は『マクラをよろしく』って言ってて……。私は…そんなマネージャーに失望して……でもっ!」


「それは、貴女の勘違いだった…」


かりんさんは、まだ現実が受け入れられないという風に顔を覆って、泣き出してしまいました。


「…そんな貴女に朗報です。先ほど最場さんが意識を取り戻したようですよ。貴女と、話したいことがあるそうです」


「えっ?」


「先ほど直接電話をして確かめました。警察の方に取り次いでもらって。少々強引でしたけどね」


「きっと、私を責め立てるつもりなんだよ。私の勝手な勘違いでこんな目にあって…。私、どうなっちゃうのかなぁ……」


「…どうなるかは直接話して決めればいいんじゃないですか?はい、病院に着きましたよ」






鷹子さんが、あらかじめ病院に話をしていたようで、面会時間ギリギリにも関わらず、私たちはすんなりと中に入ることができました。


最場さんの病室に着き、鷹子さんがノックをすると、中から「どうぞ」という声が返ってきました。


「最場さん、福谷さんを連れてきましたよ」


「ああ、ありがとうございます」


「さあ、福谷さん。こちらへ」


私は、ドアのところで立ったまま入ろうとしないかりんさんの手を取って、「行きましょう」とうながします。


私に連れられて、ベッドの横に立っているかりんさん。

そのかりんさんをじっと見つめる最場さん。


先に口を開いたのはかりんさんでした。


「あの、マネージャー…」


「かりん、本当にすまなかった!」


しかし、最場さんの謝罪がそれを遮ります。


「な、なんでマネージャーが謝るのさ」


「今までマクラ…蔵馬の話を黙っていてすまなかった!そのせいでお前に心配をかけたみたいで…」


「あ、謝らなきゃいけないのは私のほうだよ!私の勝手な勘違いでマネージャーを傷つけて……」


「いや、俺が悪いんだよ。俺が、変にサプライズにしようとしたから…」


「サプライズ…?」


かりんさんだけでなく、私も首をかしげます。


「ああ。すまないがちょっと俺のスーツを取ってくれないか」


そう言われて、私はかけてあったスーツを取って、最場さんに渡します。

最場さんは受け取ると、内側の胸ポケットから一枚の紙を取り出しました。


「蔵馬とはこれについて話してたんだ」


「これって…」


「ああ。お前たち『トリプル☆スター』のための企画だ。まだ詳細は決まっていなかったから詳しくは話せなかったんだが、俺は企画そのものをサプライズにしたくてな…本当に、すまなかった」


「…マネージャー……うっ、うう……」


病室には、かりんさんのすすり泣く音だけが残りました。




こうして、不運なすれ違いから起きた悲劇は、幕を閉じたのでした。






後日。


「かりんさん、あまり重い罪にならなくて良かったですね」


「ええ。彼女はまだ未成年ですし、最場さんからの嘆願もあったそうですよ」


あのあと、かりんさんは警察に自首をしました。

他の事務所の方にこのことを説明した時、ユニットの二人は驚いていましたが、八代社長はどこかで薄々感づいていたようです。


「あっ、鷹子さん、見てください。『トリプル☆スター』のお二人ですよ」


そう言って、私はテレビを指します。

表向きには、かりんさんは体調不良で休養中、ということになっています。

この事件がニュースや雑誌に取り上げられることはありませんでした。

聞くところによると、どこか大きなプロダクションからの圧力があったとかなかったとか。


「ええ。『トリプル☆スター』、これから有名になっていくといいですね」


「それは鷹子さんも、ですよ」


結局、この事件はおおやけにならなかったため、探偵藤居の名前が世に出ることはありませんでした。


これも、私の不幸のせい……なんて考えるのはよくありませんね。




鷹子さんが有名になるのには、まだまだ時間がかかりそうです。



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幸運探偵 富士鷹 立井 将 @nezu

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