第5話 幸運探偵とアイドル 5
「鷹子さん、どこに向かうんですか?」
私は隣を歩いている鷹子さんに尋ねます。
「まずは、福谷さんが話していたというトレーナーさんに会いにいきましょうか」
私たちはトレーナーさんに会いに、一階下にあるレッスンルームに行くことになりました。
「ここですね」
エレベーターで一つ下に降りて、廊下を進んだ先にレッスンルームはありました。
場所で言うと、先ほどの楽屋のほぼ真下でしょうか。
中に人がいる様子だったので、鷹子さんがノックをして入ります。
「すみません。トレーナーさんはいらっしゃいますか?」
中を見ると、ジャージを着た女性の方と、私たちと同じくらいの歳の女の子が二人いました。
「私がトレーナーの青村ですが」
とジャージを着た方が言います。
「今から二時間ほど前に、福谷かりんさんとPVの撮影について打ち合わせをしていたとお聞きしたんですが」
鷹子さんが話し始めると、女の子二人もこちらの会話に入ってきます。
「あの…もしかしてゆりちゃんが言ってた探偵さんですか?」
「先ほど、救急車やパトカーも来ていましたし、やっぱり何かあったんでしょうか!?」
髪にゆるいウェーブがかかった子と、ポニーテールの子がそれぞれ質問をしてきます。
「貴女たちは?」
「あっ、すみません。私、このプロダクションに所属しているアイドルの金森 ゆきこと言います」
「同じく、茜崎 なつのです!」
彼女たちの名前には聞き覚えがあります。
確か、ゆりさんがマネージャーさんを発見する前に会っていたお二人です。
ウェーブ髪の子がゆきこさん、ポニーテールの子がなつのさんというそうです。
「私は藤居 鷹子と言います。こちらは助手の…」
「蛍原 幸です」
鷹子さんに振られて、私も名前を言います。
「それで、確かに私は探偵をしていますけど、どなたから聞いたんですか?」
「ゆりちゃん、澪川 ゆりちゃんから、さっきお話してる時に聞いたんです。『初めて探偵さんに会った』って。それでその人は、『私たちと同い年くらいの助手さんを連れている』とも言っていたので、もしかして、と思ったんです」
「なるほど。そういうことだったんですね」
「あの…もしかして内緒だったりしました?」
「いえ、大丈夫ですよ。ただ、私のことを知っている人は少ないので、少しびっくりしただけです。それで私に何か聞きたいことでもあるんですか?」
「そうでした!あの、先ほど救急車や警察の人が来ていたみたいなんですが何かあったんでしょうか?」
「もしかしてゆりちゃんが巻き込まれているんじゃ…」
「あー、私もトレーナーさんにお話を訊きたいので…。それじゃあ幸、頼めますか?」
といきなり私に振る鷹子さん。
「ええっ!?で、でも私、どこまで話していいのか分からないんですけど…」
自分で言うのもなんですが、私は人と話すのがあまり得意ではありません。
それに事件や捜査の内容は話してはいけないこともあるのではないのでしょうか?
「遅かれ早かれそちらの二人にもお話を聞くつもりだったので、その点は大丈夫ですよ。ついでに幸がお話も訊いておいてくれると助かります」
「ええっ!?」
再度、私は戸惑ってしまいます。
しかしこれでも私は鷹子さんの助手を自称しているので、ここで何もしない訳にはいきません。
私は、意を決してお二人に話を訊くことにしました。
「実は…」
私は慣れないながらも、どうにか伝わりやすいように考えて、お二人に事件のことを説明します。
お二人は
「そんなことがあったんですか!」
「ゆりちゃんたちのマネージャーさんには会ったことがありますけど、とても優しそうな人だったのに……」
「それで、お二人は直前までゆりさんと一緒にいたそうなので、具体的に何をしていたのかお訊きしたいな、と」
「具体的に、ですか…。確かあの時は、ゆりちゃんから『時間ができたから会おうよ』ってメッセージが来たので、『ちょうど私たちも休憩中だから一階のカフェスペースでおしゃべりしましょう』って返したんです」
「私たちがエレベーターに乗ろうとしたら、エレベーターでゆりちゃんとばったり会ったんです!」
「それで、そのままカフェスペースに行って、そこで二十分くらいはおしゃべりしてたかなぁ」
「その時に、探偵さんたちのこともゆりちゃんから聞いたんです!」
「それからはどうしてたんですか?」
「お互いに、『そろそろ時間だね』ってことになったから、三人でエレベーターに乗って、ゆりちゃんとは五階で別れたんです」
「そのあと、私たちは撮影の続きをしていたんですが、撮影がそろそろ終わるというころにスタッフさんたちがざわざわし始めたんです!撮影はすぐに終了してしまいましたし、スタッフさんたちに尋ねても詳しいことは教えてくれず……。会話の端々から、どうやら救急車や警察の方が来ているようなのはわかったんですが…」
「私たちも気になったので、いろんな人に聞いて回っていたんです。それで今はトレーナーさんに何か知らないか聞いていたんです」
なるほど。といっても私には、ゆりさんの証言に矛盾がないことくらいしかわかりませんでしたが。
「ありがとうございました」
さて、鷹子さんはどうでしょうか。
「…はい。ありがとうございました」
どうやら、鷹子さんもちょうどお話が終わったようです。
私たちはお三方に挨拶をしてレッスンルームから出ました。
「幸、そちらはどうでした?」
「どう、と言われても……。ゆりさんの証言に矛盾がなかったことくらいしかわかりませんでした…」
「いえ、それがわかれば充分ですよ。こちらも、福谷さんの証言に矛盾は無いことがわかりましたし」
それでは、何もわかっていないのと一緒なのでは?
という意見は飲み込みます。
これだけでも、鷹子さんには何かが掴めたのでしょう。
「それで、次はどこに向かうんですか?」
「次は、事務室に行きましょうか」
そうして、私たちはさらに降り、プロダクションの三階にある事務室に来ました。
「すみません、どなたかいらっしゃいますか?」
「はい、何でしょうか?」
応対してくれたのは、八代社長と同じくらいの年齢の男性でした。
「私、富士鷹探偵事務所で探偵をしています、藤居 鷹子といいます。こちらは助手の…」
「蛍原 幸です」
と、先ほどと似たやり取りをします。
「私は
「八代芸能事務所の最場さんが刺された事件について、霧野刑事の許可を得て捜査をしているんですが、先ほど八代社長とお話しされていたのはどちらの方でしょうか?」
「それならちょうど私ですね。挨拶程度の会話であれば他のスタッフにもしていましたが、主に会話していたのは私だと思います」
「では、貴方にお訊きしますが、八代社長はこちらのプロダクションに来た際にはいつもこうして挨拶に来ていたんでしょうか?」
「ええ。彼は私の元同期でしてね。このプロダクションを辞めて独立した後も、ここを訪れた際には欠かさず挨拶に来てくれますよ」
「なるほど。主に、どのようなことを話されていたのでしょうか?」
「まぁ、近況報告などの他愛のない話ですよ。所属しているアイドルの子たちはどうだとか、最場君は元気にしているかとか」
「八代社長だけでなく、最場さんともお知り合いなんですね」
「ああ、言ってなかったかな。最場君もね、元はこのプロダクションの社員だったんだよ。ここではスカウトやオーディション関連の仕事をしていたんだが、その腕を見込んだ八代が、独立する際に最場君をマネージャーとして引き抜いていったんだ」
社長さんがここの元社員だったのは聞いていましたが、まさかマネージャーさんまでここの元社員だったなんて。
「ちなみに、八代社長はアイドルの方は引き抜いて行かなかったんでしょうか?」
と、少しつっこんだ質問をする鷹子さん。
「ああ。八代は最場君に全て任せるつもりだったようだよ。最場君も、今までマネージャー業はあまりしていなかったから、初めて自分が担当するアイドルを自分でスカウトするとあって張り切っていたね」
「そうだったんですか。他に何か話されていたことはありましたか?今日お話されたことでなくてもかまいませんが」
「そうだね…、やっぱりほとんど世間話が多かったよ。たまに業界の話もするがね。どこどこのタレントが最近人気があるとか、最場君が『仕事を取ってくるのに苦労する』とぼやいてた、とかね」
「八代芸能事務所はけっこう苦労されていたんでしょうか?」
「いや、経営上は特に問題はなかったようだよ。今のは言葉の綾というか、最場君はマネージャーとしてはまだ新人だからね。八代も彼もこの業界にある程度コネクションを持っているとはいえ、八代の事務所はまだ知名度があるとは言えないからねぇ」
と鷹子さんの言葉を否定する松西さん。
八代さんだけでなく、マネージャーさんもコネクションを持っていたんですね。
ここではスカウト関係の仕事をしていたと言っていましたけど…。
そう私が
「ああ。丁度良かった。今、君と最場君の話をしていたんだよ」
「そうだったか。私も少し藤居君に話があったんだ」
入ってきたのは八代社長でした。
「あら、何でしょうか。八代さん」
「ああ、先ほど警察の方から、最場君の手術が成功したと聞いてね。できれば様子を見に行きたいんだが、一応疑われている身。念のため君に付き添いを頼めないかと思って探していたんだ」
「そうなんですか。私も付き添いたいのは山々なんですが、
「わかった。もし、私に聞きたいことがまだあれば聞いてくれ。早く解決するならば
「ありがとうございます。では早速ですが、あなただけでなく最場さんもこの業界にコネクションを持っていたんですね。彼はこの千本木プロダクションではスカウト関係の仕事をしていたと聞いたんですが」
私の呟きが聞こえていたのか、鷹子さんは真っ先にそのことについて訊きました。
すると、松西さんが「それなら私から説明しよう」と言いました。
「八代が独立する時に、最場君をマネージャーとして引き抜くと聞いてね、私が持っていたコネクションのいくつかを彼に教えたんだ。といっても、どこそこのテレビ局はここと長い付き合いだから名前を出せば好意的にしてくれるとか、どこそこのスタジオはある程度融通を利かせられるとか、その程度だがね。確か、八代も含めて何人かの社員で教えたんだったかな」
「ああ、そうだったな。彼にはとても感謝されたよ」
とここまで言って、八代社長が思い出したように言いました。
「そういえば、感謝のついでに最場君が言っていたよ。『紹介してもらったテレビ局に大学時代の後輩がいた』とね。面白い縁だと思ったものだ」
「それ、どこの局だかわかります?」
と、鷹子さんが尋ねます。
「ええと確か、そう、マックステレビだと言っていたかな」
「そうですか。ありがとうございます」
鷹子さんはそうお礼を述べるや
「八代さん、松西さんも、ありがとうございました。大変参考になりました。それでは、失礼いたします」
と言って事務室から出て行こうとします。
「あ、ああ。もういいのかね?」
「ええ。幸運にも、真実はもう見えかけています」
と言って事務室を立ち去る鷹子さん。
私も「失礼しました」と言って事務室を出ました。
「真実が見えてる、って本当なんですか?鷹子さん」
事務室を出た廊下で、私は鷹子さんに尋ねます。
「ええ。正確には、見えかけている、ですけどね。恐らく、次に行く部屋を見れば、全てがわかるはずです」
「それってどこなんですか?」
「それは……」
「ここです」
そう鷹子さんに言われたのは衣装室の前でした。
「でも、ここが事件と何か関係があるんですか?」
「私の推測が正しければ、ここに手掛かりが残っているはずなんです」
と言って、手袋は手に嵌めドアを開ける鷹子さん。
私も鷹子さんから渡された手袋を手に嵌めます。
「では入りましょうか」
と言われて私と鷹子さんは衣装室に入ります。
「それで、何を探すんですか?」
「それはですね、――の――です。それがどこかにあるはずなんです。あの時、あの人はそれをこの部屋以外の場所に隠す時間はなかったはずですから」
鷹子さんから言われたものを聞いて、私もなんとなくの予想はついてしまいます。
「わ、わかりました」
十五分も探しているとそれは見つかりました。
「鷹子さん、これ、ですよね」
「ええ。ありがとう、幸」
「でも、どうしてこれがこんなところに…」
「それはまた後で説明しますよ」
衣装室を出た私は、鷹子さんから真実を聞きます。
「そんな、ことが……」
「ええ。これが『真実』」
「でも、どうして……まさか、私の『不幸』がまた……」
そう言いかけて、泣きだしそうになってしまう私の肩を、鷹子さんがそっと撫でます。
「『さっちゃん』、いつも言っているじゃないですか。確かに今回のことを止められなかったことは不幸かもしれません。でも、それがさっちゃんのせいだなんで、私は一度も思ったことはありませんよ。それに、今回はたまたま不運が重なってしまっただけです。最場さんも、そしてあの人も、きっとそう思っているはずです」
そう言って私に微笑みかけてくれる鷹子さんの顔を見て、涙が溢れてきてしまいます。
「鷹子、さん……うっ、うぅ……」
「さっちゃん」
涙が止まらない私を、鷹子さんはそっと抱きしめてくれました。
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