第4話 幸運探偵とアイドル 4
次に入ってきたのはゆりさんです。
「じゃあ、そこに座って、名前と最場さんを発見する前後に何をしていたか教えてください」
さっきと変わって、進行は鷹子さん。
霧野さんは鷹子さんに任せて、部屋の隅で俯いてしまっています。
「はい、名前は
「その、金森さんと茜崎さんというのは?」
「前にこのプロダクションに来た時に知り合った二人で、それから何度か来るうちに仲良くなったんだ。二人はこのプロダクションのアイドルで、今日は二人もここで撮影をするからってことで、ここに来る前に、時間ができたら遊びに行くよって連絡しといたんだ」
さすがは大手のプロダクションということで、やはり多くのアイドルがここに在籍しているようです。
「その二人とは何分くらい一緒にいたんですか?」
「えっと、会いに行ったら二人もちょうど休憩の時間になってて、それから三人でカフェスペースでおしゃべりしてたから…多分、二十分くらいかなぁ」
「二人とはその後すぐに別れたんですか?」
「そうだよ。二人は三つ上の階で撮影してたから、そこのエレベーターで私だけ降りて、二人と別れたんだ」
「それで、それからは?」
「えっと、二人にバイバイって言ってから、楽屋まで一本道の廊下を通ってたら、向こうからかりんが来るのが見えて、そしたらちょうどトイレからさつきも出てきて…」
先ほどから楽しそうに話していたゆりさんですが、やはりショックを隠しきれないのか、少し声のトーンが落ちます。
「それから、マネージャーが倒れてるのを見つけて…かりんに探偵さんを呼んできてって頼まれたけど、どこにいるのかわからなかったからとりあえずエレベーターで一階まで降りて、そこで走って探してたら見つけたんだ」
「なるほど。ありがとうございます。次に、事務所に届いた脅迫状について何か心当たりはありますか?」
「うーん。マネージャーは悪質はファンの嫌がらせだって言ってたけど、私たちのファンにそんなひどいことをする人なんていないと思う。私たちに届いたファンレターとかはマネージャーがいつも確認してるけど、私たち宛にそんなのが届いたことなんて、今までなかったし」
あれ?と疑問に思った私はつい口に出して訊いてしまいます。
「マネージャーさんに、脅迫状を見せて貰ってないんですか?」
「うん。事務所のポストに入ってたのをマネージャーが見つけたらしくて、その日のお昼に事務所に来た社長と話してるのを聞いたんだ。でも私が『見せて』って頼んでも全然見せてくれなくて…」
「そうなんですか」
「ありがとうございました。これで以上なので、八代社長を呼んできてくれますか」
「うん。わかった!」
と言ってゆりさんは出て行きました。
「……」
顎に手を当てて、鷹子さんがじっと何かを考え込んでいるようです。
「何か気になることでもあったんですか?」
「少し、ね」
珍しく言葉を濁してしまう鷹子さん。
こういった時は特に集中している時なので、これ以上は話しかけるのを控えておきます。
「霧野さん、ちょっといいですか」
「なぁに?」
鷹子さんの呼びかけに、明らかに不機嫌な声色で霧野さんが答えます。
「さっきは割り込んでしまってすみませんでした。もう割り込まないので、次の聴取は頼んでもいいですか?」
「…わかったわよ」
待っていたかのように、部屋の隅の椅子から立ち上がり、元の椅子に座りなおす霧野さん。
なんだかんだで、この二人は仲が良いのかもしれません。
「失礼するよ」
そう言って社長さんが入ってきました。
「よろしくお願いします」
「それで、私は何を話せばいいのかな」
椅子に座った社長さんが言います。
「では、一応名前と、最場さんを発見するまで何をしていたのか教えてください」
「名前は八代 順三だ。私は数年前までこのプロダクションで部長を務めていたんだが、独立後もここの撮影所や設備を使わせてもらうことがよくあってね。その度に事務室に顔を出すのが習慣になっていたんだ」
「それで、今日も顔を出しに行った、と」
「ああ。しばらく事務室で昔の同僚たちと他愛のない話をしていたら、福谷君が慌てて入って来てね。最場君が楽屋で倒れてると聞き、我々も駆け付けたんだ」
「なるほど。では、次に脅迫状についてですが、最初に発見したのは最場さんだと聞いていますが?」
「ああ、間違いない。あの日は午前中に用事があってね、私は午後からの出勤だったし、もう一人事務員がいるんだが、彼女もその日は事務手続きで出かけていたから、その日一番最初に出勤したのは彼ということになる」
「なるほど。もう一つ、最場さんに藤居探偵を紹介したのは貴方でよろしかったですか?」
当の本人である鷹子さんはずっと考え事をしているようで、さっきから黙ってしまっています。
「ああ、そうだ。私は藤居君の実家と付き合いがあってね、彼女が探偵をしていることも知っていた。だから最場君に彼女を訪ねてみてはどうかと提案したんだ」
「脅迫状について、警察に相談しようとは思わなかったんですか?」
「正直、あの時は私も彼も冗談半分だと思っていたしね。業界の都合上、警察沙汰にもしたくなかったので、彼女を頼ることにしたんだ」
「それは、脅迫状の中の『秘密』に心当たりがあるからですか?」
と、踏み込んだ質問をする霧野さん。
「い、いや。心当たりは全くないんだ。なにせ私の事務所はまだまだ小規模だからね。仕事は昔の
「すみません。一つ訊いていいですか?」
と、急に割り込む鷹子さん。
先ほど「割り込まない」と約束したからなのか、一応霧野さんに確認するように尋ねています。
「…いいわよ。好きにして」
鷹子さんのマイペースは、どうやら治ることはないようです。
もっとも、私は鷹子さんのそういうところが好きなんですけれど。
「福谷さんに呼ばれて、楽屋に向かった時のことをもう少し詳しく教えてください」
「詳しく、と言われてもねえ。私が話をしていると、急に福谷君が事務室に駆け込んできて言ったんだ。『マネージャーが楽屋で倒れている』とね。それで急いで私は福谷君と一緒に楽屋へ向かったんだ。私も五十を超えた身。二階分も階段を駆け昇るのは辛くて参ったよ」
「エレベーターは使わなかったんですか?」
「ああ。事務室からならエレベーターに向かうより階段のほうが近いんだ。ほら、衣装室があっただろう。事務室はあそこの二階真下なんだよ」
なるほど。確かにあの部屋の真下なら階段のほうが近そうです。
「今回は私がバテてしまったせいで五分以上もかかってしまったがね」
「それなら、行きも大変だったんじゃないですか?」
という私の質問に対し、社長さんはハハッと笑うと
「流石に行きは向こうのエレベーターを使ったよ」
と言いました。
「なるほど、ありがとうございます。私からは以上ですけど、霧野さんはまだありますか?」
「私ももういいわ。八代さん、どうもありがとうございました」
「いや。私からも何か役に立てたのなら良かったよ。どうか、よろしく頼む」
「ええ。わかりました」
社長さんは、軽く一礼をすると部屋を出て行きました。
「それで、散々割り込んできたけど、何かわかったのかしら?」
「いえ、まだ何も。でも何か取っ掛かりになりそうなものは見つかった気がします」
鷹子さんと霧野さんが話していると、数回のノックの後に宮古さんが入ってきました。
「霧野さん、被害者の最場さんですが、手術は成功し、今は意識の回復を待っている状況だそうです」
宮古さんの報告に私は安心しました。
鷹子さんと霧野さんも心なしか安堵しているようです。
「それと、凶器のナイフについてわかったことを報告します」
「何か妙な点でもあった?」
「いえ、特には。付いていた指紋も被害者のものだけでしたし、握り柄にまで血痕が飛んでいたので、加害者は十中八九返り血を浴びているとは思うんですが…」
「確かあの三人の衣装と、八代社長が着ていたスーツは、鑑識に回してたわよね」
「はい。しかし、そのいずれからも血痕は検出されず、その他不信な点もなかったとのことです」
「……」
鷹子さんが、また黙って考え込んでしまったので、私が発言してみます。
「あの、もしかして血がついた服は着替えたんじゃ…」
「いえ、その可能性は低いわね。衣装はこの日の為に作ったものだと言っていたんでしょう?同じものを用意できるとも思えないし、第一あんなドレスみたいな衣装を着替えてる時間なんてないわよ」
と、霧野さんに否定されてしまいます。
「逆に言えば、普通のスーツを着ていた八代社長になら着替えるチャンスはあるかもしれないけれど、あの年齢で階段を何度も駆け登ったりできるとは思えないし、第一福谷さんや澪川さんと鉢合わせずに事務室と楽屋を往復するなんて不可能よ」
どうやら、八方ふさがりになってしまったようです。
「まぁ、派手に血痕が飛び散った形跡もなかったし、返り血を浴びていない可能性も0ではないけれどね」
「最場さんはどの部分を刺されていたんでしたっけ?」
鷹子さんが久しぶりに口を開き、霧野さんに尋ねます。
「えっと、左の側腹部よ。…つまり左の脇腹ね。角度によってはもしかすると犯人の顏を見ているかも知れないから、最場さんの回復を待って聞くということもできるけれど……」
霧野さんが資料を見ながらそう答えます。
鷹子さんは「ありがとうございます」とお礼を言いながらドアを開けます。
「ちょっと中を周ってきます。何か新しい発見があるかも知れませんし」
「あ、私も一緒に行きます」
私は小走りで鷹子さんの後についていきます。
そうして私たちは取り調べ用の部屋から出て行きました。
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