第3話 幸運探偵とアイドル 3


それは、私たちがプロダクション内のカフェスペースで休憩をしていた時のことでした。


「たっ、探偵さん!」


向こうの方から、衣装を着たままにもかかわらず走ってきたゆりさんが叫びました。


「何かあったんですか?」


鷹子さんが慌てて駆け寄りながら尋ねます。


「まっ、マネージャーさんが、楽屋でっ、倒れててっ!」


どうやら走ってきたことに加えて、突然のことにパニックになっているようです。


「っ!急いで楽屋に向かいましょう!」


「は、はい!」


「澪川さん、すみませんが、楽屋まで案内してもらえますか?」


私たちは、この迷路のような建物内でぶらぶらと歩いていたため、楽屋までの最短距離がわかりません。


そこで走ってきたばかりのゆりさんに案内をお願いします。


ゆりさんは、息を整えながらこくこくと頷いてくれました。


「こっちです!」






私たちが楽屋の前に到着すると、ちょうど廊下の向こうからかりんさんと社長さんが走ってきました。


楽屋の入り口ではさつきさんが力なく座っていました。


「橋村さん!最場さんは…」


鷹子さんの声にビクッと反応すると、さつきさんはゆっくりと右腕を上げて、楽屋の中の一点を指差しました。


「最場さんっ!」

「最場君っ!」


その先に見えたのは、血を流して倒れている、マネージャーさんの姿でした。






「ー被害者は最場さいじょう 吉郎よしろうさん。貴方あなたが社長を務めている八代芸能事務所のマネージャー。で、間違いないですね?八代…」


八代やしろ 順三じゅんぞうと言います。確かに彼はうちのマネージャーの最場君で間違いありません」


「で、第一発見者が…」


「私たち…です」


と、かりんさん。


アイドルのお三方は、見るからにショックを受けているようで、元気がありません。


「で、貴女たちですか」


「はい。今回も運悪く、事件に遭遇してしまったようです」


先ほどから話している刑事さんは、霧野きりの かなえさんと言って、この地域を管轄している女性の刑事さんです。


今まで私たちが事件に巻き込まれる度にお世話になっていますが、鷹子さんが探偵なので仕方ないといえば仕方ありません。


「それで、マネージャーは無事なの!?」


と、霧野さんに詰め寄るかりんさん。


「か、かりんちゃん…」


「かりん、落ち着いてって」


「でもっ!」


取り乱した様子のかりんさんを、さつきさんとゆりさんの二人がなだめます。


「…最場さんは、現在手術中で、まだ油断はできない状態だそうです」


「…っ!」


霧野さんの説明に、言葉を失ってしまうかりんさん。

それだけ、彼女とマネージャーさんの関係は深かったのでしょう。


「大切な方がこんな状態の時に申し訳ないんですが、一人ずつ詳しいお話を伺えないでしょうか」


「我々を疑っているんですか?」


「いえ、あくまで参考人として、です。捜査にご協力いただきたいんです」


「私たちも一緒にお話を聞いても構いませんか?」


「…はぁ。どうせ貴女は言っても聞かないでしょう。その代わり、貴女たちにも話を聞かせてもらいますからね」


「ええ。もちろん」


ほとんど強引に事情聴取の同席を取り付けた鷹子さん。


こんなやりとりをほぼ毎回のように行っているため、いつしか霧野さんは拒むのを諦めてしまいました。


というか、いつも思っているのですが、これは私も同席していいんでしょうか?という私の疑問に対し、鷹子さんは


「当たり前じゃないですか。私の助手なんですから」


本当に鷹子さんにはかないそうにありません。






「犯行があったのは、貴女たちが被害者と別れてから第一発見者の彼女たちに発見されるまでの約三十分の間ね。凶器は側に落ちていたナイフ。少しクリームが付いていたから被害者はそのナイフでケーキを切り分けていたんでしょう」


「…そんなに教えちゃっていいんですか?」


「どうせ、貴女は根掘り葉掘り聞くでしょう!?後で教えるの面倒なの!」


事情聴取用に、と貸してもらった空き部屋で声を荒らげる霧野さん。


こうやって捜査内容を鷹子さんに話すのも定番化してしまっています。


「あ、あのー」


と、恐る恐る入って来たのは宮古みやこ 康成やすなりさん。


霧野さんの部下の刑事さんです。


「被害者の携帯電話に通話記録が…」


「時間は?」


「今からおよそ一時間前ですから、皆さんが被害者と別れてから二十分後くらいですね」


「掛け直してみましょう」


と言って、霧野さんが手袋をはめた手で宮古さんから受け取った携帯を操作します。


『はい、マックステレビの蔵馬くらまですけどー。どうしたんすか、最場さん。気が変わったとか?』


電話口から向こうの声が私たちにも聞こえるということは、どうやら霧野さんはスピーカーにしていたようです。


「すいません、こちら白水しろみ警察署の者なんですが…」


『警察!?最場さんに何かあったんですか!?』


「最場さんは何者かに刺されて今意識不明の重体なんです。どうやら刺される直前にこの携帯で貴方と話していたようなので、お話を聞きたいのですが…」


霧野さんが電話相手から情報を聞き出していきます。



「…どうもありがとうございました」


「少なくとも彼はシロ、ですかね」


電話を切った霧野さんに鷹子さんが言います。


「ええ。相手はマックステレビのプロデューサーだったけれど、本人は最場さんとの電話を切ってからこの電話が掛かってくる直前まで会議中。内容もただの仕事に関するものだそうよ」


「マックステレビからこのプロダクションまで五キロはありますから、まず犯行は不可能ですね」


電話相手から犯人に繋がる情報はほぼ無しのようです。


「さて、彼女たちの準備も終わっているころだろうし、呼びに行きますか」



霧野さんが連れてきたのは衣装から私服に着替えたさつきさん。


どうやら彼女から最初に話を聞くようです。


「そこに座ってもらえる?」


「は、はい」


霧野さんが差したパイプ椅子に座るさつきさん。


私と鷹子さんは霧野さんの横に立っているのですが、霧野さんとさつきさんが机を挟んで向かい合って座っているため、なんだか面接をしているように見えてしまいます。



「まずは名前と、最場さんを発見するまで何をしていたのか話してください」


「名前は橋村はしむら さつき、です。あの時は…その…」


「何?言えないこと?」


さすが霧野さん。私と同い年くらいの女の子にも容赦がありません。


というか、恐らくさつきさんは恥ずかしいのだと思います。


「い、いえ。えっと…お、お手洗いに行ってました」


「ずっとトイレに行ってたの?」


「い、衣装を汚さないように気をつけていたんです。本当はそういうのは衣装を着る前に済ませなきゃいけないんですけど…」


「なるほどね。続けて?」


「えっと、お手洗いから出たらちょうどかりんちゃんとゆりちゃんが左右から来て、一緒に楽屋に戻ったんです。そうしたらマネージャーさんが…。私、びっくりして立てなくなっちゃって…」


「かりんちゃんとゆりちゃんが探偵さんや社長さんを呼びに行ってる間に救急車とかを呼ぼうと思っていたんですけど、結局何もできずに座っているだけでした…」


「…ありがとう。じゃあ次なんだけど、最場さんを刺した犯人に心当たりは?」


「いえ…。マネージャーさんにあんなことをする人なんて心当たりは…。マネージャーさん、私たちだけじゃなくスタッフさんとかにも優しいですから」


「わかったわ。ありがとう」


「あのー、私からも質問いいですか?」


と割り込む鷹子さん。


霧野さんは渋々というような様子で会話の主導権を鷹子さんに渡します。


「先ほど、かりんさんが特に取り乱していましたけど、最場さんとかりんさんの間には何かあったんですか?」


「いえ、特には…。でも私が社長にスカウトされて事務所に入った時には、もうかりんちゃんがいたので、多分私たち三人の中でマネージャーさんと一番付き合いが長いのはかりんちゃんだと思います」


「なるほど…」


「もういいかしら?」


「ええ、大丈夫です。ありがとうございました」


と言って、さつきさんに会釈をする鷹子さん。


「あ、い、いえ!こちらこそ!」


なぜかさつきさんまで慌てて立ってお辞儀をしてしまいます。


「ふふっ」


その微笑ましい様子に、さつきさん以外の三人が笑ってしまいます。


「じゃあ質問はこれて終わりよ。次の人を呼んできてくれるかしら」


「は、はい」


と言ってさつきさんが出て行きました。




次に入ってきたのはかりんさんでした。

さつきさんと同様に衣装から私服に着替えています。


「じゃあそこに座って、まずは名前を教えてくれる?」


福谷ふくたに かりん、です。あの、さっきはすいませんでした。気が動転してしまって…」


おそらく、先ほどかりんさんが霧野さんに詰め寄ったことを言っているのでしょう。


「別にいいのよ。じゃあ最場さんを発見する前後、何をしていたのか教えて」


「えっと、あの時はこのフロアの一階下あるレッスンルームで、トレーナーさんとプロモーションビデオで踊るダンスのことを相談してました」


「撮影前なのに、まだ相談とかするんですね」


と口を挟む鷹子さん。


「振り付けとか結構直前に変えることもあるから…」


「それで?」


会話の主導権をなんとか取り戻そうとする霧野さん。


「えっと、大体二十分くらい話してから戻って、そうしたら楽屋の前で二人に会ったから一緒に入ったら、中でマネージャーが倒れてて…」


この辺りのことはどうやらさつきさんと一緒のようです。


「さつきはその場で立てなくなっちゃったみたいだったから、ゆりに探偵さんたちを呼んでくるように頼んで、私は社長を探しに行った。一応さつきに、入口で誰も入らないように見張っといてって頼んだけど、多分聞こえてなかったと思う」


「なるほどね。じゃあ次は事務所に送られてきた脅迫状について、何か心当たりはない?」


脅迫状や私たちが受けた依頼については既に霧野さんに話してあります。


守秘義務もあるので最初はどうしようか迷っていた鷹子さんでしたが、社長さんから捜査協力のためなら、と許可を頂きました。


「マネージャーは悪質なファンの嫌がらせだ、って言ってたけど、私はそうは思わなかった。マネージャーはそんな恨まれるようなことをする人じゃないし」


「最場さんのこと、随分信頼しているんですね」


、会話に割り込む鷹子さん。


霧野さんがこちらを向きますが、鷹子さんはどこ吹く風で私は苦笑いするしかありません。


「私は、マネージャーに直接スカウトされたんだ。テレビで見るアイドルに憧れてて、でも踏み出す勇気がなかった私に、マネージャーはそのきっかけをくれた。だから、マネージャーにはとても感謝してる」


「なるほど。お二人はそれほど深い絆で結ばれてる、ということですね」


「ちょっと言い過ぎかもしれないけど、まぁそんなところ」


「ご協力、ありがとうございました」


と、勝手に話を切り上げてしまう鷹子さん。


ここから霧野さんの表情は見えませんが、おそらく見ない方がいいでしょう。


「じゃあ、次の人を呼んできてくれるかしら」


と、鷹子さんが言います。


霧野さんは…どうやら諦めてしまったようです。


「はい。あの、探偵さん」


ドアの前で帰り際にかりんさんが振り向いて言います。


「何でしょう?」


「犯人、絶対に捕まえてください」


「ええ。もちろん」


そう頷く鷹子さんの姿は、眩しく見えるほどに凛としていたのでした。

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