第2話 幸運探偵とアイドル 2


撮影日・当日



「よその撮影所を借りる、とは聞いていましたけど、まさかここで撮影するなんてね…」


私も、鷹子さんと同じことを思っていました。


ここは、「千本木せんぼんぎプロダクション」。

いくつものコマーシャルや映画などを手がけ、またアイドルやモデル、タレントの事務所も兼ねる、大手中の大手。


そんな場所をプロモーションビデオの撮影に使わせてもらうなんて、マネージャーさんが「小さな事務所」と言っていたのは謙遜だったのでしょうか。



「やあ、よく来てくれたね」


入口の近くまで行くと、四十代くらいの男性が待っていました。


「お久しぶりです。八代さん」


と、先に鷹子さんが挨拶をします。


「久しぶりだね。そろそろ一年になるかな」


どうやら、鷹子さんと男性は面識があるようです。


「そちらの君とは初めまして、だね。私は八代芸能事務所の社長を務めている、八代やしろ 順三じゅんぞうという者だ。よろしく」


「あ、えっと、鷹子さ…じゃなくて、藤居探偵の助手を務めています、蛍原 幸と申します。よ、よろしくお願いします」


「はっはっは。そうかしこまらなくてもいいよ。藤居君とは長い付き合いだからね」


社長さん、ということで変に緊張してしまいましたが、どうやら優しい人のようで安心しました。


鷹子さんは私と七つしか歳が離れていないはずですが、長い付き合いとはどういうことでしょうか。


「八代さんは、神社の寄付者の一人で、私が小さいころから度々参拝しに来てくださっていたんですよ」


私の疑問を悟ったように、鷹子さんが教えてくれました。


「さて、そろそろ行こうか。私もアイドルやスタッフに差し入れがあるのでね」


と、社長さんが手に提げていた箱を見せてくれました。

箱の形から、恐らくケーキか何かでしょう。


エントランスで手続きを済ませた私たちは、社長さんに案内されて、控え室に向かいます。

撮影所なども兼ねているためか、中の通路は複雑で、案内がなければ迷ってしまいそうです。


「そういえば、八代さんと千本木プロダクションはどのようなご関係なんですか?」


と、鷹子さんが質問します。


「ん?ああ、私は数年前までこのプロダクションで部長を務めていたんだよ。その頃の縁でね、独立した今ではよくここの撮影所を使わせてもらっているんだ」


なるほど、と鷹子さんが相槌をうちます。


その後、雑談をしながらエレベーターで五階まで上がります。


このプロダクションは二十五階まであるようなので、これでまだ五分の一しか昇ってないことになります。


エレベーターから降りて真っ直ぐ廊下を進むと楽屋のような部屋が並んでるあたりに来ました。


「さて、ここだ」


社長さんが、一つのドアをノックします。


「どうぞー」


と、中から数日前に聞いた声がします。


社長さんに続いて控え室の中に入ると、先日事務所に来たマネージャーさんと、女の子が三人居ました。


「こちら、例の件を調査してもらっている探偵さんとその助手さんだ」


と、マネージャーさんが私たちのことを紹介します。


「富士鷹探偵事務所の所長兼探偵をしています、藤居 鷹子です」


「助手をしています、蛍原 幸です。よろしくお願いします」


鷹子さんに続けて私も挨拶をします。

今度は、相手が同年代の女の子のためかあまり緊張せずに言えました。


次はマネージャーさんがアイドルの子たちを紹介します。


「こちらは、私がマネージャーをしていますアイドルユニット『トリプル☆スター』の…」


「は、橋村はしむら さつきです」


福谷ふくたに かりんです」


澪川みおかわ ゆりですっ!」


「トリプル☆スター」の三方が順に自己紹介をしました。


あまりアイドルに詳しくない私ですが、テレビや雑誌などで見たことがあります。


これから撮影があるためか、三人とも衣装を着ていました。

どうやらそれぞれ、色のテーマがあるようで、さつきさんの衣装は頭のリボンや手首のカフスは薄いピンク色。

ワンピース風のドレスのスカート部分と靴は明るい赤で、上半身部分は赤とピンクの混合になっています。


かりんさんは頭のリボンと靴が青色で、手袋が黒。ワンピース風ドレスは青と黒の混合。


ゆりさんは頭のハットが黄色と靴が黄色で、レースの手袋が白。そしてワンピース風ドレスが黄色と白の二色になっています。


どの衣装も本人たちのイメージとマッチしていて、とても輝いているように見えます。


「私、探偵さんって初めて見るんだ!ねぇ、今までどんな事件を解決してきたんですか?」


挨拶もそこそこに、ゆりさんが駆け寄ってきます。

どうやら、ゆりさんは結構活発な性格のようです。


「わ、私も気になります」


その後からさつきさんもついて来ました。

さつきさんは、少し緊張しているようですが、ニコニコとしていて、ピンクの衣装も相まってとても女の子らしく見えます。


「二人とも、あまり探偵さんに迷惑かけちゃダメだよ」


そのさらに後ろから、かりんさんが二人に声をかけます。

かりんさんは、少し鋭い目付きと黒い長髪が衣装にとても合っていて、さつきさんとは逆にクールな印象を受けます。


「ふふ、可愛らしいアイドルさんたちですね」


「騒がしくてすみません…。ほら二人とも、もうすぐ撮影が始まるんだぞ」


「はーい」

「はーい」


それぞれトーンの違った返事が微笑ましいです。


「そうだ、君らには差し入れを持ってきているんだ。撮影が終わったら藤居君たちも混ぜて、みんなで食べよう」


「ホント?じゃあ、撮影気合い入れてやんなきゃ!」


「私も頑張ってきます!」


「二人とも、気合い入れすぎて空回りしないようにね」


と、アイドルの皆さんが撮影に向かおうとした時、突然ドアが開きました。


「失礼します!」


恐らく、撮影のスタッフさんでしょうか。

マネージャーさんが、すぐさま対応します。


「どうしたんですか?」


「すみません、ただいま撮影機材が故障してしまって…直すのに時間がかかってしまいそうなんです…」


「どれくらいかかりそうですか?」


「早くても三十分は…」


「そうですか。では待ってますので、撮影が始められそうになったらまた呼びに来てください」


「わかりました。本当にすみません」


それだけ言うと、スタッフさんは出ていってしまいました。


どうやら、トラブルがあったようです。


「大変そうですね」


「いえ、撮影にトラブルは付きものみたいな物ですから」


「そうだ、昔の同僚に少し挨拶をしなければ。事務室に顔を出してくるから、最場君、後は頼んだよ」


「わかりました、社長。撮影が終わったら連絡を入れますので。ケーキは切り分けておきますね」


「ありがとう。では行ってくるよ」


と言って社長さんが出て行きました。


「ねえ、マネージャー。時間かかるなら、ゆーちゃんたちのところ、見てきていい?」


ゆりさんがマネージャーさんに言いました。


「いいけど、あまり長居はするなよ。向こうの迷惑にもなるし」


「わかってるって。じゃ、行ってきまーす」


と、ゆりさんは元気よく出ていってしまいました。


「じゃあ、私はトレーナーさんと話してくるよ。もう少し確認したいことがあるんだ」


「ああ。わかった」


今度はかりんさんが出て行きました。


「あの…」


私の横でそわそわしていたさつきさんが、マネージャーさんの元に駆け寄って行って、マネージャーさんに耳元で何かささやいています。


「…はぁ。さつき、そういうのは衣装に着替える前に済ませておけって言っているだろ」


「す、すみません…」


「仕方ないな、行ってこい。くれぐれも衣装を汚すなよ。せっかく今日のためにリニューアルした衣装なんだから」


「わ、わかってます」


少し頬を赤らめたさつきさんが、そう言ってドアから出て行きました。


閉まる直前にチラリとドアの向こうを見ると、さつきさんが向かった先にはお手洗いが。


皆さんの衣装はスカートが広がっていたので、お手洗いも大変そうです。


鷹子さんの方を向くと、マネージャーさんと衣装について話していました。


「今日のために衣装をリニューアルしたんですか?」


「ええ。今日は『トリプル☆スター』のファーストアルバムに付属するプロモーションビデオの撮影なんですが、それを記念して、デビュー当時の衣装をリニューアルすることにしたんです」


「へえ。それはすごいですね!」


「これが、リニューアル前の衣装なんですが、所々違うでしょう?」


と、マネージャーさんがカバンから写真を取り出し、鷹子さんに見せています。


私にも見せてもらうと、確かに手袋やリボンなどの小物や、ドレスの配色などが一部、先ほど見た衣装とは異なっています。


「この時の衣装をそのままアレンジしたんですか?」


私がマネージャーさんに尋ねると、


「いや。実は、今回の衣装はほとんど一から新しく作り直したんですよ。せっかくの記念ですし」


と返ってきました。


「では、この元々の衣装は事務所とかに保管されてたりするんですね」


「いえ。確かに一応保管はしているんですけど、うちの事務所はあまりスペースがなくて…」


前に「事務所が小さい」と言っていたのは、物理的な話だったのでしょうか。


マネージャーさんはそう話しながらドアを開きました。


「あそこに衣装室があるんですが、そこでこのプロダクションのものと一緒に保管してもらっているんです」


開いたドアから私と鷹子さんが顔を出すと、先ほど見たお手洗いとは反対のほうに倉庫のようなドアが見えました。


恐らくそこが衣装室なのでしょう。


「衣装室、なんてあるんですね。やっぱり、プロダクションが大きいといろんな部屋が必要になるんですね」


と言ってしまってから、私はマネージャーさんに失礼なことをしてしまったと思いました。


「あ、す、すみません!」


「ははは、構いませんよ。確かにうちは大きくありませんが、私はそれで充分だと思っているので」


マネージャーさんが本当に優しい人で良かった、と思いました。


「それより、プロダクションの中を見学してみてはいかがですか?撮影が終わるまで時間ができてしまいましたし、入館証を提げていれば、特に何も言われないでしょうから」


「いいんですか?」


「ええ。ただ、関係者以外立ち入り禁止の所もありますので、そういった場所にはお気をつけてください。もし迷ったりトラブルがあった場合は、連絡をいただければすぐに向かいますので」


「ありがとうございます。では行きましょうか、幸」


「はい!」







その後、私と鷹子さんはプロダクションの中を見て回りました。






不幸の芽が育っていることも知らずに…

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