幸運探偵 富士鷹

立井 将

第1話 幸運探偵とアイドル 1


「―なるほど。つまり、その日あなたが出社した時に、ポストに入っていたこの脅迫状に気づいた、ということですね」


「はい…。あ、申し遅れました。私、八代やしろ芸能事務所でマネージャーをしております、最場さいじょうと申します」


と言って、今回の依頼人であるマネージャーさんが鷹子さんに名刺を差し出しました。


鷹子さんがそれを受け取った後、こちらも、と名刺を出そうとすると、何かに気づいたように鷹子さんが一言。


「あなたは運がいいですね。丁度、最後の一枚でしたよ」


「はい?」


思わず素っ頓狂な声を上げてしまうマネージャーさん。


「この事件、富士鷹探偵事務所の藤居ふじい 鷹子たかこにお任せください」






さち、お茶を」


「は、はい」


鷹子さんに言われて、私はお茶をれに行きます。


私、蛍原ほたるばら さちはこの探偵事務所の所長兼探偵である、鷹子さんの助手を務めています。


助手、と言えば聞こえはいいかもしれませんが、実際にやっていることといえばこうやってお茶を出したり、買い出しに行ったりなど雑用が多いです。


ただ、鷹子さんのあまり目立ちたがらない性格もあって、依頼が来ることも稀なので、普段雑用が多くなってしまうのも仕方のないことなのですが。



「お茶をお持ちしました」


「おや、こちらの方は?」


マネージャーさんが私のことを尋ねます。


そういえば、さっきは鷹子さんの陰にいたので、真面まともに対面するのは初めてでした。


「鷹子さんの助手をしています。蛍原 幸でっ、あっ」


挨拶を噛むと同時に、マネージャーさんに出そうと持っていた湯呑みを滑らせ、派手にこぼしてしまいます。


「すっ、すみません!」


「いや、こっちには大してかかってないから。それより君の方が…」


「だ、大丈夫です」


「幸、タンスの中のタオルを持ってきて」


「は、はい」


鷹子さんがわざわざ「タンスの中から」と指定したのは、私に濡れた服を着替えさせるためでしょう。


そう。お茶をこぼしてしまった私ですが、なぜかのです。


私は、生まれつき「不幸体質」というものを持っていて、どうやら不運を呼び寄せてしまう体質のようなのです。


折りたたみ傘を持って出かければ雨なんて全く降らず、電車に乗れば必ず一度は止まってしまい、財布を落としたことなんて数え切れないほどあります。


さらに、たちの悪いことにこの不幸はしばしば周りを巻き込んでしまうらしく、私と長く、そして深く関わった人ほど、その影響を受けやすいのです。


例えば、私は実の両親の顔を知りません。

私が産まれてすぐに事故で亡くなったそうです。


その後、私は親戚の家に引き取られましたが、その家で不幸が相次ぎ、私は別の家に引き取られました。


しかし、その家でも不幸が起こり、私は「不幸をもたらす子」として、物心つく頃には親戚中をたらい回しにされていました。


そして最終的にたどり着いたのが、鷹子さんの家でした。


鷹子さんは藤神社という神社の一人娘で、周りからは「幸運をもたらす福女」とされていたのです。


当時の私の両親は、「不幸をもたらす」私を「幸運をもたらす」鷹子さんで相殺しようと神社に私を預けたのでしょう。


果たしてそれは上手くいきました。


鷹子さんが側にいる時だけは、周りを巻き込むような不幸は起こらなくなっていました。


さっきのように、私一人が被害を受ける不幸は今でも度々起きますが、それも慣れてしまいました。



さて、着替えを済ませ、タオルを持って給湯室へ。

テキパキとお茶を淹れなおして、再び運んで行きます。


「先ほどはすみませんでした」


「いえ、どうもありがとう」


「それで、お話の続きですが、ポストに入っていたのはこの紙一枚だけだった、と」


「はい。恐らく夜のうちに誰かがポストに直接入れたんでしょう…」




タオルでテーブルの上を拭き、お茶を出し終えた私は、ひとまずやることを終えてしまいました。


ここでは探偵の助手と名乗っている私ですが、本業はただの高校生です。

本物の探偵の助手さんはどのようなことをしているのか、さっぱり見当もつきません。


給湯室から戻った私は、とりあえず鷹子さんの後ろに控えてお話を聞いておきます。



「え?身内に脅迫状を出した人がいる可能性が高いって、どういうことですか!?」


と、マネージャーさんが驚きの声を上げます。


「いいですか。まず、この脅迫状の本文は『お前の秘密を曝露ばくろされたくなければアイドルたちを解放しろ』でしたね?」


「え、ええ。だから私と社長は悪質なファンの嫌がらせだろうと思っていたんですが…」


「普通はそう考えますが、この脅迫文は筆跡を隠すために、主に新聞紙の切り抜きで作られています。ただの嫌がらせのためにそこまでするでしょうか?」


「し、しかし、前にファンレターを送ったことがあって、それと照合されたくなかった、とか…?それに、新聞紙の文字で脅迫文を作るってドラマやなんかでよく見るじゃないですか。それを真似したのでは?」


「確かにその可能性もありますが、根拠はそれだけではないんです」


「え?」


「この脅迫文の文字の中で、『曝露』の二文字だけが新聞紙ではなく、雑誌から切り取られているんです。恐らく、持っていた新聞紙に使えそうな文字がなかったので、手近なものから切り取ったのでしょう」


「手近なものって…?」


思わず、私が口をはさんでいてしまいます。


それに答えたのは鷹子さんではなく、マネージャーさん。


「『曝露』なんて文字がこんなデカデカと載っている雑誌なんて、ゴシップ誌くらいしかない…」


「そう。ただのファンが嫌がらせのためだけに、わざわざ雑誌を切り刻むなんてことをするとは思えないんです。業界の関係者なら、ゴシップ誌のたぐいは一通りチェックされているでしょうから」


「なるほど…」


「と言っても、証拠があるわけではないので、ただの推測なんですけどね」


鷹子さんの推理に、私もマネージャーさんも息を飲んでしまいます。


「それで、失礼ですが、この『秘密』というのに心当たりは?内容からして、あなたや社長さんなど、事務所のスタッフに宛てたものだと思うのですが」


「うちは、スタッフといってもマネージャーが私一人以外は社長と事務員が一人だけの、小さな事務所なんです。個人的な隠し事の一つや二つはあるでしょうが、こんな脅迫状を送られるような秘密なんて、ないと思いますけど…」


「そうですか。失礼いたしました」


「い、いえ。疑うのが探偵の仕事でしょうからね」



「以上で私の推理は終わりです。証拠が少ないので、犯人を突き止めるには至りませんでしたが、いかがでしょうか」


「いえ、とても素晴らしい推理でした」


「本当は社長さんや、アイドルの皆さんからも直接お話を聞きたいんですけれどね」


「それでしたら、今度プロモーションビデオの撮影があるんですが、もしよろしければ見学にいらっしゃいますか?今回のお礼も兼ねて。助手さんも一緒に」


「え?私もいいんですか?」


突然のお誘いに驚いてしまいます。

確かにテレビなどでよく目にするアイドルさんたちを間近で見れるのは嬉しいんですが、本当にいいんでしょうか?


「ええ、もちろん」


「では、お言葉に甘えて一緒に行きましょうか。幸」


「は、はいっ!」


嬉しさのあまり、声が上ずってしまいました。


「うふふ」

「フフッ」


鷹子さんだけでなく、マネージャーさんにも笑われてしまいました。


でもこのように笑っている時は、想像もしていなかったのです。

この一通の脅迫状が後にあんな悲しい事件を引き起こすなんて…。






どこまで私は周りを不幸にすれば気が済むのでしょう…

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