第∞話  ????????

 月夜は、人間だけのものでは無い。むしろ、そもそも人間の物ではない。

 彼は、しばらく顔を見ない、からかい甲斐のある家政婦のことが気になって、その屋敷に忍び込んでいた。

 広大にして、厳重警備。しかし、その離れの周囲だけは、逆に恐ろしさを感じるほどなんの警戒もされていなかった。おそらくは、意図的に作られた警備の隙なのだろう。

 かれが探しているのは、男装を趣味とする、白衣を好む女性だ。どこからどう見ても男にしか見えない、似合うからという理由で男装を趣味にしている変わり者。そのうえ吸血鬼で年齢不詳、という部分は彼も同じだが。本人の言葉を本気にするなら、彼の10倍以上は年を取っているらしい。

「くーぐーら君。こんな時間になんの用かな?忘れ物を届けに来たにしては、遅すぎる、と思うけど」

 確かにこれなら。正規の警備システムを、全て取り去っていても問題はないだろう。

 感知式、魔女の自動魔法。何処で引っかかったのかはわからないが。離れに近づく一歩手前で、彼は火球に取り囲まれた。いや、もはや火の壁と言ってもいいだろう。

「えー?こんな時間って。吸血鬼ぼくらにとっては、むしろこっちの時間の方が本番じゃない?」

 どことなく、その喋り方、挙動、何より雰囲気に、ブランと共通するものを感じるのは。多分気のせいだろう。

 にい、と笑って牙を見せた彼の周囲から、火の壁が消える。

警告はしとくよ、くぐら君」

 その壁の向こう側に立っていたのは、尖った帽子に黒いマント。服はどう見てもフリルとレース過多なゴシックドレスだが、誰もが一目瞭然に彼女が魔女とわかるだろう。

 彼女は、らしくもなく、幼い顔を、威嚇する猫のようにゆがめていた。

「ブランをおもちゃにしようとなんてしたら、絶対に許さない」

「ふぅン。じゃ、言わせてもらうけど。それが、彼女の意志になったとしたら?」

 今日のところは、来た道を帰ろうと振り返った背中に、ノワが言う。

「そうなったら、後悔するのは君だよ?って、これも、言ったっけ」

 憐れむような、声と目線に、狗々螺くぐらは牙を覗かせる口で不敵に笑う。

「望むところだよ。むしろ、自分も殺して相手を殺す。それくらいの執着と狂気あいじょうがあってこそ、燃えるものだよ」

 お互いにね、と。

 闇に消えた真意は、わからない。




 ノワの帰る扉の奥で、ふわりと甘い匂いが溶け出した。

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致死量の砂糖菓子 アヴィ・S @avidstrega

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