戦神にして死神現る

 「神衣と神器!?」

 僕はつい最近まで、ごく普通の高校二年生だった。

 昨日、あまりにもそれとはかけ離れた死神が、僕の目の前に現れ、あろう事か僕は死神にされてしまった。

 正確には、半死神と言った方が良いのだろうが。

 その死神は、僕にある目的を達成させる為に、半ば強引に僕の心臓を奪い、死神の世界へと誘った。

 その目的を達成させる為には、死神としての『力』が必要なんだそうな。

 力を付けるーーいわば経験値を得る、とでも言おうか。

 それは、戦闘を重ねる度に経験値をもらい、ある一定のラインまでいくとレベルアップすると言った、思いっきりRPG方式そのものだ。

 経験値を得る為、それも半ば強引に僕は、昨日バトルデビューを果たすことになる。

 それは予期せぬ事態だったのだけれど、自分がもう人間のそれではないと思い知るのには、充分だった。

 たった一日ーーいや、半日であっけなく、僕は僕じゃなくなってしまったのだ。

 狩華がいつも着ている洋服。

 こいつは巫女と妖狐の子供で、生まれもうんと昔のはずなのに、何故か今時の服装をしている。

 その今時のスタイルには、不釣り合いの弓矢。

 この弓矢で、僕の心臓は奪われてしまったのだけれど、てっきり僕は、いついかなる時でも、この姿が常と思っていたのだ。  

 狩華が化け物と対峙する際、いつもの服装とはかけ離れた、それこそ、巫女の娘である事を証明するかの様に、巫女装束を身に纏い、弓矢も一回り大きくなり、その仕様も変化していた。

 その全てが何を意味するのか、考える暇もなく、僕は初めての戦いに身を投じていた訳なのだけれども。

 「そうじゃ。あの巫女装束は神衣(じんい)と言って、あの武器は神器(じんぎ)という。まぁ武装じゃな」

 こいつは、自分が知っている事は、相手も知っていて当然。と勘違いしているのだろうか。

 当たり前だろ、と言わんばかりの態度をする事が多々ある。

 それがまるで、僕は無知な人間だ。と言われている様で、どうもいけ好かない。

 僕がいまいち理解出来ないでいると、面倒臭そうな顔をして。

 「武装とは、その者自身と身につけている物を強化する様なものじゃ。いくらお前でも、三種の神器というのは聞いたことはあるじゃろ?」

 物凄く有名な、それこそファンタジーやゲーム、漫画なんかにも使用されているものが数多存在する。

 そこそこ年齢を重ねている人ならば、聞いたことがあるのではないか、と言うくらい有名な代物だ。

 「妾達のはな、そこまで大それたものではないけれど、神が使用する防具と武器という事で、そう言われておる。死神だけでなく、神ならば皆持っているものだぞ」

 「でも、巫女装束とは言っても、普通のとは少し……いや、だいぶ違うと思うのだけれど」

 一見すると、確かにそれは巫女装束なのだが、襟元にはレースが、袖には大小様々の薔薇の刺繍、袴の中央は短くなっていて、膝上十㎝位の短さになっている。 

 中央から端に向かって、袴の裾が徐々に長くなっていく感じだ。

 「白衣の襟元と、袖の装飾は完全に妾の趣味じゃ。妾は昔から薔薇が好きでのう。可愛かったであろう?切袴は、通常の長さじゃと戦闘には不向きじゃからの。妾のは動き安い様に、中央の部分を短くしておる」

 可愛かったであろう?と聞かれても……。

 確かに、狩華が今羽織っているデニムのジャケットにも、大小様々な薔薇が刺繍されているのだけれど。

 「ちょ、ちょっと待て、そんなに自分の思い通りに具現化出来るものなのか!?」

 そもそも僕は、武器の召喚で躓いている。

 「ふむ、そうじゃな。死神になりたての頃は、不慣れ故、はっきりと明確にイメージしたものじゃ。とは言え、今もある程度イメージをしなければ、神衣も神器も召喚出来ぬからな。自分の神器と神衣の形がはっきり定まったら、イメージすると言っても、そう難しくはあるまい」

 そんな簡単に……。

 普通の人間と半妖の差が、初めから出てしまっているのだろうか。

 「でも、弓矢の仕様が変わったのは?」

 「じゃから、武装じゃと申しておるだろう。戦闘以外では通常の狩り仕様の弓矢で事足りる」

 この『狩り』と言うのは、死神界では人間の魂を、死者の住む国ーー黄泉の国へ送る事を指す。

 これも、先程聞いたばかりの知識なのだけれど。

 「じゃあ、戦う時は変身するっていう解釈で良いのか!?」

 「まぁ……近からず遠からずと言った所じゃが、お前がそれで納得出来るのなら、もうそれで良いわ」  

 「うわー、投げ出したよこの人」

 「なぁ尊人、妾は喉が渇いたぞ?」

 こいつは……!!

 絶対に自分の外見の良さを自覚している思う。

 そして、僕がどんなに悪態をつこうと、神薙一筋だろうと、断れないのを分かっていて、こういう上目使いをしてくるに違いない!!

 「分かったよ、じゃあ場所を移そう。でもまだ聞きたい事があるんだ、飲み物は奢ってやるから、ちゃんと話しを聞けよな!」

 「はぁ、本当に欲深い男じゃ」

 うるせー、聞こえてるぞ。

 とは言え、さすがに昨日と同じ轍を踏む訳にもいかない。

 狩華の一声で、昨日に引き続き会議場となっていた屋上を後にする。

 辺りは朱く染まっていた。

 「……夕焼け」

 またしても、僕は空の色の変化に気付けずにいた。

 この死神の瞳というのは、案外不便かもしれない。

 あと一時間もしない内に、辺りは暗くなるだろう。 

 学校で過ごす、例えば授業を受けている時や先生の話しを聞いている時の一時間は、非常に長く感じるけれども、こうして会話をしている時の一時間は、やけに短く感じる。

 それが、自分にとって重要な事だったり、興味のある話しなら尚更だ。

 もしかしたら狩華は、一刻も早く僕をここから遠ざけるために、さりげなく見計らったのではないだろうか。

 以外と思慮深い奴なのかも……。

 そう思い、ちらりと隣にいる死神の顔を盗み見ると、眠そうに欠伸をしている。

 「でも、何処に行けば……」

 「妾、良い所を知っておるぞ」

 ーー嫌な予感しかしない。









 風がーー初夏である今の季節。

 夕暮れになると、場所によっては少し冷たく感じる。

 ここは、まさにその場所と言って良いだろう。

 こういう所は、夏場だろうがなんだろうが、暗い時間は涼しいイメージがあるが。

 僕達は、石段で出来ている階段を登り終え、その正面に立つと、風がふわぁっと吹いた。 

 狩華の長い髪を後方へと流し、その風に吹かれながらも、真っ直ぐに前を見据えているその瞳は、一体どれだけのものを見てきたのだろう。

 見た目は、僕より少し上くらいのお姉さんにしか見えないのに、遠い昔から存在している死神。

 僕を初めての後輩とも言っていたし、そもそもそんな簡単には、人間から死神にはなれないとも言っていた。

 だとすれば、気が狂いそうな時間を、狩華は独りで過ごしていた事になる。

 狩華の言う主様の存在が、せめてもの心の支えか。

 しかし、その主とやらは、どうやら身動きが取れない状況下にあるらしい。

 だからこそ、文字通り手となり足となり、眷属の狩華が代わりにこうして動いている訳で……どう見積もったって、狩華が独りでいる事には違いない。 

 孤独の中で、過去に想いを馳せ、何に絶望し、何を諦めてきたのだろう。

 そして、今狩華の見つめる視線の先には、朱い鳥居が立派に構えられている。

 どんな想いで、ここに来たのか……。

 僕の嫌な予感は、外れてくれたけれど。

 「行くぞ」

 「あ、あぁ」

 女性としては、背は高い方かもしれない。

 それでも、その後ろ姿はとても華奢で、こうして見ている分には、そこら辺にいる女子となんら変わりはない。

 けれども、迷いなく歩を進める狩華は、やはり本当に強いのだろう。

 力がではなく、心が。

 僕が狩華の立場だったら……。

 子供の頃に無残な死を遂げ、死神になってからはずっと独り。

 きっと、僕には耐えられない。

 無限にある時間の中で、間違いなく孤独に押し潰されてしまうだろう。

 いや、過去の恨みで、それこそ気が狂い、自滅しかねない。

 「なぁ、大丈夫なのか?その……ここは」

 「なんじゃ、神社も知らんのか?」

 そこそこの大きさを誇る神社。

 僕の住んでいる場所から少し離れた、入り組んだ道の先に、その神社はある。

 都内と言っても下町風情溢れるこの街には相応しい、木々が生い茂り、豪華絢爛とまではいかないものの、圧倒的な存在感を醸し出している。

 表参道を通り、賽銭箱のすぐ裏手には、畳が敷き詰められた、ご祈祷等をしてもらう拝殿がある。

 その手前、左右一対の狛犬に「よっ!」と狩華は声をかけると、拝殿に入るやいなや、ごろんと寝そべり、思いっきり伸びをしていた。

 やはり、妖狐の影響なのか、時折猫っぽさを感じさせる仕草をする。

 何だよ、せっかく心配してやったのに。

 「僕達死神だろ?こんな神様が集うような場所に入って良いのか?」

 正直、神社はあまり来るところではないのだけれど、死神になって来るのなんて初めだ。

 悪い事をした子供の頃を思い出す。   

 なんだかそわそわして落ち着かない。

 居心地が良くないとでも言おうか……。

 「死神も立派な神だぞ」

 「いや、まぁそうなんだけどさ。何というか……」

 「尊人、お前何か勘違いをしているだろ」

 寝そべりながら、僕に向かって言う。 

 「な、何だよ勘違いって」

 「死神を、悪の権化か何かと思っていないか」

 「さすがに、そこまでは思っていないけれど……。でも、やっぱり死神って神様って認識はあまりないし、他の神様は漫画なんかでも、綺麗に描いている事がほとんどだ。死神は基本装備が骸骨だろ?だから、あまり良い神様な気はしないというか……」

 「戯け!!お前は本当に何も知らなんのじゃな!!」

 いきなり狩華が起き上がると、思いっきり僕の頭を叩いた。 

 「いってぇな!!お前すぐ叩くのやめろよな!!」

 「お前が馬鹿すぎるからじゃ!!」

 「うるさい!お前なんか会話もろくに出来ないじゃないか!!」

 「何じゃと!?妾を馬鹿にするとは良い度胸だ!なら、どちらが優れているか、拳と拳で語ろうじゃないか!!」

 「暴力反対!!!」

 何だろ、こいつは言葉のチョイスが少々複雑だな。

 僕は、戦闘する意思はない事を意味する、両手を高らかに掲げると、首を思いっきり左右に振った。

 「ふん!腰抜けが」

 いや、お前絶対手加減しないじゃん。 

 それに、拳と拳でなんて言っておきながら、ちゃっかり弓矢を召喚しちゃってるあたり、言葉の意味が分かっているかどうかも怪しい。

 ここに来る前に買った、僕は炭酸水を狩華は緑茶を飲みながら、しばしの間沈黙が訪れる。

 その沈黙を破ったのは、狩華だった。

 「尊人、良いか。良く覚えておけ。確かに死神は、一般的に良い印象を持たれてないのは知っておる。じゃがな、死がなければ生もないのじゃよ。輪廻転生って言葉は知っておるじゃろ?死んだ魂が生まれ変わり、新たな生を受ける。生と死は常に隣り合わせじゃ。死神なんていかにも、おどろおどろしい名称じゃから、分かりやすく骸等がモチーフにされがちじゃが、場所によっては、生と死を司る神として崇め奉られておるのじゃぞ。死神の中にも色んな奴がおるのは、まぁ確かじゃが。人間もそうじゃろ?じゃが、思想は違えど、死神はそんなに悪い神じゃないのじゃよ。何も命を取って食おうという訳ではなく、時期を迎える者の魂を、黄泉に送るだけなのじゃから」

 狩華に出会ってまだ二日目だけれど、僕が培ってきた常識を、ことごとく覆される。

 狩華の手前、かなり、やんわりと言ったけれど、正直死神なんて嫌悪感しかなかった。

 実際に目にした事なんてなかったのに、世に蔓延るイメージそのままに。

 禍々しく、恐ろしい。

 だから狩華が死神だ、なんて言われても信じられなかったんだ。 

 何にも知らないのに、そりゃ狩華が怒って当然だよな。

 「ごめん、僕……」

 「ふん、まぁお前がそう思うのも仕方がないし、悪く言われるのは慣れっこじゃ。じゃがな、これからは偏見で物を言うのは良くないぞ。お前も一応神の見習いなのじゃから」

 「あぁ……そうだな」

 それは、お前が強引にそうしたんだけどな。

 だけど、全くもって狩華の言うとおりだった。

 神薙にも、同じ様な事を何度か言われたっけ……。

 僕はやはり、もっと知らなければならない。

 狩華が現段階で言える範囲の事は、理解しなければならないんだ。

 人間に戻る為にも……。

 「なぁ、さっきの話の続き良いか?」

 「どの話しじゃ?」

 持っていた炭酸水を、一口含む。

 「神衣と神器の召喚についてなんだけど、お前は具現化出来る上に、さも簡単に召喚してるように見えるんだ。僕がさっき変身する感じなのか?って言ったのは、そういう意味だ。特に普段仕様の弓矢だって、さっきも気付けば手に持っていたし、今はもう既にないだろ?本来ならばそんな簡単に出来るものなのか?」

 まるで、必要に応じて、見えない引き出しにそれを出し入れするように。

 僕はイメージしていたものが召喚されず、時間も狩華を基準にするとしたならば、かなりかかったと言える。

 「そもそも、お前は最初から弓矢や、巫女装束をイメージしていたのか?だとしたらお前それって……」

 「別に自分に対しての戒めではないぞ」

 僕の思っていた、けれども口にするのは躊躇われる事を、狩華は意図もたやすく言葉にした。

 「先にも申したが、神衣も神器も最初に妾が、はっきりとイメージしたものじゃ。神衣に関しては、そうじゃのう。妾は母上を尊敬していたし、巫女の見習いではあったけれど、生きておれば、妾も母上の様な巫女になっていたから、と言うのが答えじゃな。神器は……他に思い当たる武器がなかったからじゃ。威力は身をもって知っておるし、飛び道具としても便利じゃろ?それぞれの仕様に関しては、この間の様な戦闘を重ねる内に、ああなった」

 「その戦闘と言うのは、良くある事なのか?僕を狙う輩もいるとか言ってただろ?」

 「死神はその性質上、自分の意図とは関係なく、良くない物が寄って気安いものじゃ。昨日のは負の念の権化じゃったが、それが悪霊や質の悪い妖怪の時だってある。妾は生まれが生まれなだけに、特にそういう輩が寄ってくる。全く戦闘には無縁の者もおるぞ?色んな奴がおるからな。戦闘を好まん奴は、上手く交わしておるのじゃよ」

 妾には、そんな必要ないのじゃがな。と続ける。

 そういう言い方は、まるで狩華が好き好んで、戦闘に身を投じている様に聞こえるのだけれど……。

 交わす事が出来るのであれば、無理に戦わなくても良いのに。

 わざわざ危ない目に、自分から遭いに行くなんて。

 「妾程、いちいち相手にしてる者の方が少ない。死神の本来の目的は、戦う事ではないからな。まぁ、一人戦闘狂の死神を知っておるが……。妾の場合は何というかーー使命感みたいなものかの。悪霊が寄ってくれば、巫女として放っておく訳にもいかぬし、妖怪となれば、妖狐として見過ごす訳にもいかぬ。じゃから、無駄に場数は踏んでおるのじゃ」

 巫女であり妖狐であり死神である。

 全く、肩書きの多い奴だ。

 「ずばり!神衣と神器の召喚は、一言で言えば練習あるのみじゃな!!」

 思った以上に、普通の答えが返ってきて期待外れも良い所だった。

 「ただな、何故お前の神器が采配だったのか……。そもそも、お前の場合は特例で、神器を召喚するにあたって、実はイメージせずとも召喚出来たはずなのじゃがな」

 はい?

 それ、今までの説明台無しですよ?

 「昨日も申したが、お前は主様の影響を多大に受けている、異端の者じゃ。妾も半妖であるから、異端ではあるけれど、妾の比ではない。ともすれば、矛の様な物が召喚されるはずなんじゃが……恐らく、これには主様も驚いておられると思う。全くの想定外じゃ」

 「ちょっと待て待て。色々突っ込みたい所だがな、何にもイメージしなくても召喚されたはずって言うなら、今までの説明は何だったんだ?」

 「お前が、神衣と神器について、妾に説明を求めてきたからであろう?」

 ……うん。

 「じゃあ、何故あの時、あんな風に言ったんだ?」

 頭の中でイメージし、念じろ。と狩華は確かに言った。

 狩華の言うことが事実だとしたら、その行為は全て無駄だったって事になる。

 「いやぁ、雰囲気作りも大変じゃった」

 「……」

 「お前を戦わせるには、そう気持ちを焦らす方法が一番手っ取り早いと思ってな」

 「ふざけるな!!それで僕がやられてたら、どうしてたつもりなんだ!!」

 散々人の事を煽っておいてそれはないだろ!

 冗談にも程がある!!

 「妾がいるのに、そう易々とやられる訳がなかろう。ド阿呆が」

 こいつはやっぱり死神だ。

 間違いない。

 そして、やっぱり死神が神様な気がしないのも、間違いない!!

 「じゃが、さすがに召喚された武器が采配だった時は、かなり焦ったのう」

 焦ったのかよ。

 「僕は誰かさんのせいで、最初から焦りっぱなしだったよ」

 嫌みのつもりで言った。

 少しは僕の気持ち分かったか!!

 「お前の情けない声を聞いた時も焦ったのう。本当にこれは人違いかと思ったわ」

 っく!!痛いところを突かれた!!

 あんな情けない声出したの、子供の時以来だよ。

 全く、消し去ってしまいたい黒歴史が、一番知られたくない相手に、知られてしまったのかもしれない。

 「ちなみに、お前を狙う輩と言うのは、人間から死神に転生するなんて、それはもう奇跡みたいなものじゃからの。だから、どんなにお前が馬鹿で、情けなくて、哀れな奴だとしても、人違いな訳がないのだが。じゃから、何とかしてお前を配下にしようとする輩がいると言うことじゃ」

 「な、何で!?」

 だから、そうサラッと物騒な事言うなって!

 「何度も申しておるが、人間から死神になると言うのは、主様の多大なる影響を受けている者か、主様が死後認めた者でないと、死神にはなれぬ。これが何を意味するか分かるか?」

 「いや、全く……」

 「最初に、妾はこの弓矢で射貫いたからと言って、誰彼構わず死神になれる訳ではないと申したであろう?それは生きながらにして、死神になれる訳ではないと言う事じゃ。矢で心臓を射貫かれた瞬間、その者の魂は肉体を離れ、黄泉の国へ向かう。お前以外はな」

 あ……。

 確かに、僕は狩華に心臓を奪われてはいるけれど、こうして生きている。

 「……って!そう言うのは最初に言っといてくれないかな!?!?」

 「じゃから、そうそうなれるものではないと、申してたではないか!!」

 「いや、そうじゃなくて!生きながらにしてとか、その辺の件だよ!!」

 確かに、確かに狩華はそんなニュアンスの事は言っていた。

 だけど、それはあくまでもニュアンスであって、それ以上でもそれ以下でもなく、ニュアンスには変わりないのだ。

 だから、会話もろくに出来ないって、さっき言ったんだよ!!

 「そんなお前を配下に置けば、主様の動きを封じる事が出来る。何をしても、手も足も出せないって事になるのじゃ。もちろん、それは主様の眷属である妾にも有効じゃぞ?あぁ、手も足も出せないって言うのは、主様の力が及ばなくなると言う意味で、肉体的に動きを封じるという意味ではないぞ。肉体的と言うのであれば、眷属である妾じゃな」

 「分かってるよ!僕はお前が思っている程馬鹿じゃないんだ」

 「えぇ!?!?!?!?」

 「いや!えぇ!?!?!?」

 室内に木霊する『えぇ!?』の文字。

 本当に、僕は昔から頭の作りには少々自信があるのだ。

 神薙ほどではないけれど、成績だって常にトップクラスだし、校内での立ち位置だって、勉強も運動も出来る清水川 尊人だ。

 まぁ、それでも僕が霞んでモテない理由としてあげられるのは、神薙のせいなのだけど……。

 僕以上に、勉強も運動も出来る神薙 ひかり。

 面倒見も良く、人当たりも良い。

 そして、見た目からも分かる優等生ぶり。

 しかし、そんな自分を奢ることなく、まさに名前の通り光の様な存在で、老若男女問わずモテる、とは神薙を置いて他にはいないんじゃないか?とさえ思える。

 ただ、それが偽りの光なのだと言う事は、僕以外誰も知らないのだけれど。

 まぁそんな光が、常に僕に付きまとっているのだ。

 彼女に対する後ろめたさと、密かな想いが、僕を影にしている所以だろう。

 中学の頃から、あいつは僕に付きまとっているから、僕のこのキャラはその頃から形成されたと言っていい。

 だから、狩華といると、どうもペースが狂うのだ。

 いや、この二日狂いっぱなしなのだ!!

 あんな情けない姿……誰にも見せられない!!

 こいつが、僕以外の人間と会話が出来ない事だけが、せめてもの救いだ。

 「なぁ、神衣っていうのは?」

 狩華と話すのに疲れ始めた頃、僕は次に聞きたかった事を、手短に伝えた。

 つい先程、知らなければならないのだ、と強く決心したのに、もう心が折れそうだ。

 こんなに声を張ることなんて、何年ぶりなのか……。

 「神器というのは、神の武器というのはもう理解したな?神衣というのは、神の防具じゃ。これも神器と同じで召喚するものじゃな。やり方も一緒じゃ」

 「いや、そうじゃなくて。お前の話からそれは何となく分かっていたよ」

 「おぉ!そうじゃったか!!」

 こいつ、絶対わざとだな。

 わざと、僕を馬鹿なキャラにしようとしてるんだ!!

 「そうじゃなくて、僕の神衣はやはり決められているのか?」

 神器が、本来であれば僕の場合矛の様な物だった様に、神衣もまた、それの様な物と決まっているのか、そこが気になっていた。

 昨日神器を召喚した祭に、神衣は召喚されていなかった。

 言ってみれば、僕は化け物に対して丸裸同然だったのだ。 

 あの時は、そんな余裕もなかったし、神衣の存在すら知らなかった。

 だから、僕のイメージが及ばず召喚されなかったのか。

 しかし、僕は矛をイメージして念じていたにも関わらず、その手に召喚されたのは采配だ。

 そもそも、その主とやらの影響を僕は受けているのだから、イメージせずとも、武器よ来い!とか何とか念じさえすれば、自然とそれに見合った物が召喚されるはずだった。

 まぁそれでも召喚の仕方は、どっかの誰かが、練習あるのみ!!とか言ってたから、それは練習しなければならない様なのだけれども。

 ともすると、神衣に対しても一筋縄ではいかない様な気がしているのだ。

 しかし、狩華は固まったまま動かない。

 「狩華?」

 僕が名を呼ぶと、漸く自分の失態に気付いたのか。

 「しまった!神器の事しか主様に聞いてこなかった!!」

 やっぱり、お前は僕より馬鹿だと思うんだ。

 呆れて物も言えずにいると、僕のポケットから、携帯の呼び出し音が鳴る。

 画面には、神薙からのメールが受信された文字が写し出されていた。

 「悪い、お前にはちゃんともっと聞いておきたいんだけれど、今日はこれで帰るよ」

 「そうか」

 なんだろ、もう少し申し訳なさそうにしても良いと思うのだけれど、まあ、お前はそういう奴だよ。

 「気を付けて帰れよ」

 「あぁ」

 「夜道は寄って気やすいからの。妾はもう疲れたから寝るぞ」

 ここにいる神様には許可を取ったのかよ。

 「まぁ、神衣の事は心配いらんじゃろ。どんな物が召喚されるかは分からんが、神器同様、イメージせずともお前の場合召喚されるわい。次に備えてせいぜい練習しておけ」

 何て無責任な!!

 僕を守ると言ったのは、どこのどいつだ!! 

 久しぶりに心の底から腹が立つ!!

 練習って言ったって、どこでんな事するんだよ!!

 僕は、拝殿前に置いた靴に向かって、ずんずんとわざと音を出し歩き出した。

 どうか、この怒りが少しでもこいつに届きます様に!!

 「じゃあな!」

 「尊人」

 「な、何だよ」

 突然声色が真剣みを増し、さっそく願いが叶ったのか!?と少し驚いて後ろを振り向くも、狩華は僕に背を向けた状態で寝転んでいるので、その表情から意図を汲み取る事が出来なかった。

 「先程の……気遣い、心痛み入る。ここが神社だったからじゃろ?妾を気にして。じゃが、ここは聖域じゃ。ここにいる限りは夜がきても、悪しき者が寄ってくる事はない。聖域の中には入れないからの。何かあったらすぐここへ駆け込め」

 「お前は、助けてくれないのか?」

 「すまぬが、妾は少し疲れた。慣れない事をしているからかの。しかし、本当に危なくなったら妾の名を大声で叫べ。妖狐の姿になればお前の家までだって、ここから10秒足らずで行けるわ。お前を守ると言う約束は必ず守る」

 もしかすると、狩華の言うことは本当なのだろう。

 ずっと、長い間独りで過ごしてきた。

 誰かとこうして語らうことや、物事を教えたり、共に行動したりする事もなかったはず。

 誰かと何かをする、と言うのは、思いの外疲れるからな。

 その証拠に、僕の返答を待たずして、すやすやと眠り込んでしまった。

 本当にこれで声が聞こえるのか?僕が声を上げる間もなくやられてしまったら?と、一抹の不安を抱きながらも、起こさぬ様に、そっと拝殿を後にする。

 まぁ今の僕は、そうそうやられる身体ではないのだろうけど。

 神社を出る前に一礼をし、狩華が眠る神社を背にした。 

 しかし、人を見下したり馬鹿にしたりしたと思えば、さっきみたいに急にしおらしくするものだから、本当に調子が狂う。

 神社から我が家まで、距離にしておよそ二十キロの道程。

 だけど、死神である今の僕には大した距離ではなかった。

 元々根が真面目な僕は、狩華の言うとおり神器と神衣を召喚するにあたって、イメージトレーニングをしながら帰ることに決めた。

 と言うのも、不慣れな事をする自覚はあるので、下手に召喚しようものならば、その後の近い将来がどうなるか分からない。

 一応僕は、死神でありながら人間でもあるので、周りの人間からは当然の様に、その存在を確認出来る立場にいる。

 と言うことは、召喚された神器や神衣も見えるーーんだと思う。

 恐らくは、召喚している姿でさえ……。  

 万が一、そんな姿を見られようものなら、どんな騒ぎになるか、容易に想像出来る。

 よって、イメージトレーニングだけに留めようと決めた。

 「おや?これはこれは、見ない顔ですねぇ」

 神社を出て、イメージトレーニングしながら、視線を右往左往させる事数分、聞き慣れない声に、一瞬自分の事を言われてると認識出来なかった。

 「そこのあなたですよ。学生服を着た、新人なのかな?死神さん」

 歩を進めていた足は、ぴたりと動かなくなり、瞬時に凍り付く。

 身体の穴という穴から、僕の水分が奪われていくのではないかという位、汗が止めどなく溢れてくる。

 今、間違いなく『死神』と言った。

 聞き間違いなんかじゃない。

 声をした前方に視線を戻すと、そこにはまさに好好爺と言った老人が一人。 

 老人だけれども、とてもおしゃれで、頭には白いハットまで被っている。

 その身を包む白いスーツは、僕より小さな背丈でも充分に着こなしていて、中には薄いピンクのシャツを着ている。

 右手には、これまたおしゃれな猫足の杖を所持、左手で白いハットを軽く押さえ、僅かに上半身を前方に折る形を取って、恐らくは僕に会釈をしてくれているのであろう。

 玉の小固を持っている限り、人間に僕が死神である事を知られる事はないと、狩華が言っていたんだ。

 だから、寝るときもお風呂に入る時だって、言いつけ通り肌身離さず持っていたのに!

 簡単にバレているじゃないか!!

 この狭い路地には、僕とその老人しかいない。

 人違いで挨拶している可能性は限りなく低いし、ましてやハッキリと僕に死神と言ったんだ。

 人違いなはずがない。

 開いているの開いていないのか、はたまた皮膚のたるみで開けられなくて糸目なのか、それは分からないけれど、それでも目には見えない瞳が、僕を捉えて離さないことが、ひしひしと伝わる。

 「えっと……」

 この場合、何と答えるのが正解なのだろうか。

 この好好爺が何者なのか?

 物凄く霊力の強い持ち主なのだろうか。

 でも、見ない顔と言っていた。

 それは、どういう意味なのだろうか。

 「ふふふ、そう構えなくても大丈夫ですよ。いやぁ、私は元気が有り余っていそうな若者を目にすると、声を掛けずにはいられないのですよ。私にはもうその若さがないですからね。驚かせてしまって、すみません」

 なんだ……僕の思い過ごしだったのか?

 今目の前にいる人物から放たれる威圧感からか、すごく怖い『何か』を感じ取ったのだけれど、腰も低いし、口調も穏やかだ。

 もしかしたら、冗談が好きな人で、会話の取っかかりとして、あんな事を言ったのかもしれない。

 「そ、そうなんですか。こんな時間にお散歩ですか?」

 「えぇ、まぁそんな所です。あなたはこんな時間に帰宅ですか?」

 「はい、ちょっと用事がありまして、学校が終わってから、寄り道をしてました」

 「その、学校帰りに寄り道という言葉が、とても懐かしいです。私も昔はこう見えてやんちゃだったんですよ」

 ははは、と小気味良く笑う老人を見て、ほっと胸を撫で下ろす。

 それから、僕らは立ったまま他愛ない会話を続けた。

 老人の若い頃の話しや、僕の学校での出来事、最近あった面白い話し等、その老人の話しぶりがとても魅力的で、僕はすぐに心を許してしまった。

 最初にどうやって声をかけられたかなんて、すっかり忘れて。

 「はぁ、やはり若い者と話しをすると、こちらも活力を貰える。ありがとう。あなた、名前は?」

 「僕は清水川ーー清水川 尊人です」

 「……ほう」

 「僕もすごく楽しかったです!初めて会った人とこんなに話しが盛り上がるなんて、初めてですよ。おじいさんのお話が魅力的でついつい。あ、そう言えばおじいさんの名前、聞いても良いですか?」

 僕は、何にも学習していなかった。

 何気なく足下に目を向ける。

 今僕は、狭い路地の街頭に照らされた壁のブロックに寄りかかる様にして立っている。 

 対して老人は、杖を所持しているにも関わらず、しっかりと自分の両脚で地面を踏み締め、僕の目の前でにこにこと微笑んでいる。

 もろろん、僕が外灯の下にいるという事は、老人も漏れなくそこに当てはまるわけで、外灯に照らされた僕は、その足下には当然の様に影が出来ている。 

 影の数は一つ。

 僕の足下から。

 じゃあ、この老人のは?

 「え?」

 「あなたと話しが出来て、本当に楽しかった。ありがとう。私の話が魅力的と言うが、君も負けず劣らず魅力的でしたよ?そうそう、私の名前でしたね。人に聞く前に、まずは自分から名乗る。これは基本でした、失礼」

 そして、名を告げられた僕は、狩華の言う通り、やはり馬鹿なのかもしれないと悟る。

 「お、オーディン?」

 

 

 

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕、死神始めました。 深咲 柊梨 @mashusaki0713

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ