第2話 彼女の正体
禍々しい出で立ち。
見る者を恐怖に陥れる。
そして、それを一目見た瞬間に自分の人生が終わるのだなと、強制的に理解させられる。
圧倒的な存在感と嫌悪感。
その全てに支配しれた時ーー人間は死を迎える。
ものだと僕は思っていた。
「以上じゃ。これで分かったろう?」
「いや!分かるかっ!!」
「なんじゃ、やっぱりお前は馬鹿なのか」
「頼むから、そんな目で僕を見てくれるな。誰だってそんなざっくりした説明で分かる訳ないだろう!!」
「そうか?うーん、妾も後輩を持つ事はそうそうないからのう、と言うか初めてじゃ。説明をすると言うのはなかなか難しいものじゃな」
「はぁ!?!?」
「よし!何が分からんのか申してみい」
「全部だよっ!!」
僕達は今、学校の屋上にて会議を開いている。
あの後、何とか登校する事に成功した僕は、死神になった事以外これと言った変化もなく、同級生や担任もいつも通り僕に接していた。
一通り学校での任務を終え、皆が帰宅したのを見計らい、僕達は屋上で落ち合う。
他の教室や自宅でも良かったのかもしれないけれど、ほとんどの生徒が帰宅したとは言え、部活動に励んでいる生徒もいれば、教師の中にもいくらか残っている者もいる。
何かの拍子に、こんな非現実的な話を誰かに聞かれようものなら、僕は一気に痛くて危ない奴の仲間入り。
自宅には常に母親がいるし、それこそ神薙以外の女子を家に連れて行くとなれば、家中が大騒ぎだ。
どちらにしても、それだけは避けなければならない。
故に、一番妥当で安全な屋上を僕は選んだ。
僕が学校生活に勤しんでいる間、こいつはどうするのだろうと思っていたのだけれど、その姿を確認する限り、どうやら僕の心配は無用だったと思い知る。
「その手があったか……」
当然の事ながら、こいつが僕の前に最初に現れた時は黒い狐の姿だった。
と言うことは、どういう仕組みかは分からないけれど、人間と狐の両方の姿を、意のままに操れるのだろう。
屋上の隅に遣わなくなった机と倚子、文化祭や体育祭等で再利用出来そうな紙材や木材が、物置場の様な形で一部に纏めて置かれており、そこに隙間を縫うようにして、器用にその黒い小さな身体を丸め、気持ち良さそうに眠っていたのだった。
何となくーー何となくその姿にイラっとしている自分がいて、たたき起こすこと今現在に至るという訳だ。
当たり前の様に死神にされ、それの何が疑問なんだ?と今目の前にいる『女』は不思議そうな顔で僕を見ている。
「まず、順を追って説明してくれ。目的を果たす為に死神になった。だけじゃ誰も理解も納得も出来る訳ないだろ?そもそも、何で僕じゃなきゃ駄目なのか、その主っていうのと、お前は自分を死神と言うが具体的に何者なのかーーあと、一番気になってるのが、お前がさっき言った『敵』って言葉だ」
「お前は欲張りじゃな。欲深い男は嫌われるぞ」
「ほっとけ!!」
全く見当違いも良い所だ。
僕は欲張りでもなければ、嫌われる事なんて……いや、ここは否定出来ないか。
「そうじゃのう、まず一つ言えることは、妾も尊人も異端である。という事じゃな」
「はい!?」
さっそく、僕のささやかな願いは打ち砕かれた様だった。
こいつは僕の事を散々馬鹿にするけれど、知能レベルで言ったら僕の方が上じゃないのか!?
と思う程、先ほどから会話がまともに出来ない。
「妾はの、お前と一緒で元々は死神ではなかったのじゃよ。いや、お前よりは近しい存在だったのかもしれんがの。妾は人間の巫女と妖狐との相の子……半妖だったのじゃ」
「は、半妖?」
俄には信じがたい、思いも寄らない話し。
漫画やアニメでしか耳にしたことのないフレーズに、僕は思わず声が上ずってしまった。
「嘘ではないぞ、現にお前の前に姿を現した時も、妾は狐の姿をしていたであろう?」
あぁ、だからか。
見たこともない黒い狐の姿だったのは、妖怪の狐の影響だったのか。
「妾は、ある村の一部に建てられた神社に住んでおった。当時としは珍しく、歩き巫女としてではない、古き名残が残った、代々たった一人しか継げぬ、悪しき者から村を守る巫女の一族だったのじゃよ。じゃがな、悪しき者。と一言で言っても何が悪で何が善なのか……それはその代によって見解は変わってくる。もちろん、先代の思想を継承し続けているからこそ、代々成り立ってきたのじゃが……妾の母上は少々変わり者でな」
まぁ、お前を見てる限り、相当の変わり者だったんだろうななんて、容易に想像出来る。
出来るのだけれど、そう突っ込めないのは、話を進めて行けば行くほど、狩華の表情に変化が現れ始め、出会ってまだ数時間だけれど、見たこともない様な悲しい表情をするものだから。
「天災や人災が続けば何かと、目には見えぬ妖怪や、悪霊のせいにする巫女達の考えに、ほとほと嫌気がさしていたらしいのじゃ。と言うのもな、妾の母上は歴代の巫女の中でもずば抜けて霊感が備わっておってな、本来ならば訓練が必要なのじゃが、母上は訓練せずとも、人ならざる者が見えておった。昔から友人は妖怪と言っても過言ではない位、妖怪達とは密な関係だったのじゃよ。じゃから、全てが妖怪達のせいではないと分かっておった」
妖怪が友達って……またそれもすごいな。
「妾の父上とは、幼少の頃からの仲での、
お互い将来を約束していたのだけれど……」
「どうした?」
そこで狩華の言葉が詰まる。
「ごめん、僕お前にそんなつもりで……」
「良いのじゃ、お前にきちんと話すには、妾の生い立ちを話さなければならない。もし、説明を求められたときに妾は話せると、主様に約束してきたのじゃ」
「そ、そうか」
狩華には狩華なりの覚悟があっての事らしい。
この状況で説明を求めない奴なんて、恐らく一人もいないだろうけど、なかなか説明をしたがらなかったのは、この事があっての事かもしれない。
だとしたら、僕はきちんとその話に耳を傾けなければならなかった。
「妾の母上は、自由がままならぬ時代の割には自由奔放で、それでも巫女としての仕事は決して手を抜いたりしない。プロフェッショナルな気持ちで臨んでおった。何かあればすぐに村人の元に飛んでいったし、他愛ない世間話なんかも進んでしておった。今までの巫女と違い、村人達と絆を深めていった。それもこれも全てを妖怪達のせいにしない様に、巫女にばかり頼らず、村人達が少しでも、自分達の意思で考え行動出来る様に、母上は勤めたそうじゃ。」
僕が想像する巫女像とは、随分違うのだな。
狩華の口調からすると、恐らくすごく昔の話なんだろうから、何となく昔は巫女や神に仕える者に対しては、もっと神秘的で神々しいまでの振る舞い、扱いをするものだと思っていたけれど。
最も狩華の母親以前の巫女達は、そう言う振る舞い、扱いだったのかもしれない。
あぁ、でも歩き巫女となると、少し印象は変わってくるが。
「そんな母上の影響か、周りの者達も何でもかんでも妖怪達のせいにすると言う風潮も、徐々にではあるが、薄れていったのじや。まぁ実際悪さをする妖怪もいるのじゃがの、そこは母上がその者に自分の名を出せば事は済む。母上と父上の事は昔からその村に住む妖怪達の間では周知の仲だ。しかも、悪さをする妖怪というのは低俗な妖怪ばかり、位が高ければ高いほど妖怪は悪さをしないものなんじゃよ。低俗な妖怪が、父上である妖狐の許嫁の名を持つ巫女が現れたら、それはもう敵わんからの。まぁそれでもお痛みをするようなら、その時は母上がキツイお灸を据えてな。どちらにしても、悪さをする妖怪にとって良いことはないのじゃ。そもそも、天変地異程のものを起こせる妖怪や悪霊など、そう多くは存在しない。その殆どは神の行いだという事を、当時の村人や歴代の巫女は知らなかったのじゃよ。まぁさすがの母上も、そこまで知っていたかは分からんのう」
確かにそれは聞いた事がある。
例えば嵐の様な荒れ狂う天候が続く時は、神様が人類に対して、その身勝手さに怒っているからだ、とかなんとか。
でもそれは、昔の人が作った俗説の様なものだと思っていたけれど、本当にそうだったのか……。
「そして、母上は妾を身籠もった。もちろん相手は妖怪。いくら妖怪達に対する警戒が薄れてきたとは言え、聡明な母上は父上が妖怪である事を伏せ、妾を産んだのじゃ。妾の一族は何というか……巫女の血を引いた女子が産まれれば、相手に対して、産まれや、育ち等さほど煩くなくての。『悪しき者から村を守る』なんて言っておきながら、その貞操観念はなんなのじゃ、と言いたくなるのじゃが」
それは最もだった。
代々続いていく家系って、結構そういう仕来り?みたいなのに厳しそうなイメージもあるのだけれど、やはり代々女性一人しか受け継げないから、なりふり構っていられないのだろうか。
やはり、僕の想像する巫女の世界とは随分違う。
「元々妖狐である父上は、変化を得意とする類の妖怪じゃ。妖狐は妖怪の中でもトップクラスを誇る地位の高い妖怪でもあるし、気品や知的さが備わっておったのじゃろうな。周りの者は、どこか育ちの良いお坊ちゃんだと思って疑わなかったそうなのじゃ。時期を見て、妾や父上の事を話そうと母上は思っていたそうなのじゃがな、人一人の意識を変えることは容易でも、それが村人全員となるとそう容易ではない。ほんの一部でも不信感を抱くものがおったら、それは次第に周りに感染していくものじゃ。母上はなかなかその時期を見出せずに、それでも数年は穏やかに暮らせてはいたのじゃが……ある日、父上が夜中に一度自分の住処に戻る際、人間の姿から狐の姿に戻る所を、通りすがりの村人数名に目撃されてしまったのじゃよ。今でも不思議じゃ、普段そんな失態を犯す様な者ではなかったのじゃが、真夜中というのと、人間界に馴染み過ぎていたのかもしれんな。その後は火を見るより明らかじゃ」
僕はそこで気付く。
狩華がスカートの裾をしっかりと握り締め、そこにはいくつかの水滴が落ちていた。
「真夜中じゃと言うのに……巫女がいなければ何も出来ない連中なのに……母上は村の連中に散々尽くしてきたのに……手のひらを返すのは一瞬じゃった。あまりの熱さに何事かと、目が覚めると辺りは火の海じゃったよ。慌てて飛び起き、境内を出ようにも既に火の手が回っておって、とてもじゃないが『人間』の姿では逃げられなかった。母上と父上を呼ぶのじゃが二人の姿は見当たらない。普段は禁じられていたのじゃが、どうにも耐えきれなくて妾は妖狐の姿になり、なんとか外に出られたのじゃ。その瞬間激しい痛みを感じた。腹を矢が貫通しておったのじゃよ。見れば母上も身体のあちこちに矢が刺さり、息絶えておった。妾は何が何だかさっぱり分からなくての、必死で母上の元に駆け寄ろうとするが、まだ子供じゃった妾はその一撃で殆ど動けんようになってしまったし、すでに意識は朦朧としとった。ただ村人達の、信じてたのにだとか、裏切り者だとか、悪魔の使いだとか、散々な罵声を浴びせられながら妾は息絶えたよ。何も出来ずにな」
一瞬、僕の背筋が凍りつく。
最後の何も出来ずにな。という言葉に妙な寒気を感じた。
「尊人、妖狐が一晩にして一つの村を消し去った、と言う言い伝えがあるのを知ってるかえ?」
「い、いや。聞いたことないけど」
「そうか。もうこの時代には、その様な古い言い伝えら残っておらんのかもしれんな。まぁ、そういう言い伝えがあったのじゃよ。それが妾の父上の事なんじゃけどな。村に戻って来た父上は、母上と妾の姿を見て事情を知ると、鬼のように荒れ狂い村の人間達を全滅させた上に、村そのものを消し去ったそうなのじゃ。そして、自分のせいで大切な家族を失った父上は、自ら姿を消し、その後の消息は誰も知らない」
「……死んだのか?」
「さぁ?それは記述には載っておらんかった。父上のように、時折人間の姿で生活しておる者も少なくはない。じゃからその様な書物が残っておったのじゃろうけどーーそれを書いた者を探すのは骨が折れるし、そもそも妖怪は何百年、何千年、それ以上生きる者も多い。その中でも妖狐は長生きじゃからのう、もしかしたらまだ生きているのかもしれんが、会いたいとは思わんな」
「そっか……。」
「妾は悲しかった。少なからず母上の思想、信条を信仰してくれてる者はおったはずじゃのに、誰も救いの手を差し伸べてくれなかったのか……と。死んでも尚、その悲しみは癒えることはなかったよ」
先ほど狩華が言った、不信感の伝染。
まさにそれなのだろう。
信じていたからこそ、信じたかったからこそーーそれは大きな怒りに繋がった。
相手を殺してしまう程、憎むべき存在になってしまった。
もしかしたら、その村人達は妖怪と関係を持っていた事に恐怖し、おののいたのではなく、隠されていた事に傷つき、絶望したのかもしれない。
信じていたのに、裏切られた。とはそう言う事ではないだろうか?
その場にいて、見聞きした訳ではない僕は、勿論そんな事軽はずみで狩華に言える訳もないのだけれど。
何となく、今の僕には村人達の気持ちが分かる気がした。
僕もーー大切な人を傷つけてしまったから。
一つ気になるのは、狩華がまるでその一部始終を見てきたかの様に語っている事。
「なぁ、随分詳しく話してくれたんだけれども、何というか、お前はまるで物語を話すように、客観的に話している気がするのだが……」
我ながら酷い言いようだ。
人の壮絶な過去を、物語や客観的にだなんて、デリカシーがなさ過ぎる。
自分の言葉のボキャブラリーのなさに、ほとほと嫌気がさす。
だが、狩華はあまり気に止めなかった様で、再び淡々と話し始めた。
「妾が死神として転生した後、父上の古い友人と名乗る者に出逢ったのじゃ。死期を迎える妖狐であった。父上と同じ黒い狐の姿の妾を見て、もしやと思い話かけてきおったそうじゃ。妖狐の中でも黒い妖狐と言うのは、父上の一族だけじゃったらしいからの。死神として現れた妾に驚いてはおったが、その者に全てを聞いた。じゃが、書物を書いたのはどうやら別の者らしく、その者もその後父上がどうなったかは知らんらしい」
「そうなのか……」
「最期の言葉はあるか?と聞けば、助けてあげられなくて、申し訳なかった。何とか村人達を止めようとしたのだけれど、力及ばず……本当にすまなかった。と頭を下げられたよ。人間の姿では妖狐の時の1/10も力を発揮出来ない。止めようにも一人の力では村人達の波に押し返されてしまう。かと言って妖狐の姿になる訳にもいかない。その者の苦悩は認めるが,正直今更頭を下げられても、と言う思いと、やはり止めようとしてくれた者はおったけれど、同族か……と言う絶望。全てを知った所で、今となってはどうする事も出来ない。返す言葉もないままにあの世に送ったよ」
『たられば』の世界。
過ぎた過去に想いを馳せても、その過去が覆る訳でもない……。
「妾はの、死んだ後に主様に出逢ったのじゃ。まだ子供じゃった妾を、自分の子供の様に可愛がってくれた。主様は身体の自由が利かぬのじゃ。恩に報いる為、妾が手となり足となれる様に、眷属の死神にしてもらい、力を授かったのじゃよ。」
そう言う狩華の瞳には、もう涙は溢れていない。
先ほどの涙は、僕はてっきり辛く悲しい過去を振り返っているからだと思っていたけれど、実のところ自分の非力さに悔しくて涙していたのかもしれない。
父親の様な偉大な力があれば、母親を守れたかもしれない。
まだ幼かったとは言え、一撃の矢では死ななかったかもしれない。
半分は父親の血が流れているのに、何も出来なかった自分が今も許せなくて。
そして、恐らくこの口ぶりからすると、彼女は自分と同様に、事の発端となった父親の事も許してはいないのであろう。
それこそ、『たられば』の世界なのだけれど。
「死神になるのには、素質が必要なのじゃよ。妾の矢で心臓を射貫いたからと言って、誰彼構わすまずなれる訳ではない。もちろん、妾の他にも死神はおるがの、もしそうなってしまっては、死んだもの全員が死神となって、世の中の近郊が崩れてしまうであろう?世界は死神だらけになってしまう。妾は半分とは言え強力な妖怪の血を受け継いでおる。お前は主様の影響を色濃く受け継いでおるのじゃ」
狩華の過去の話から一転、まるで頭を殴られたような衝撃。
「ちょっと待てよ!僕はお前の様な壮絶な過去もないし、ごく普通の高校生だ。どこの誰かも分からない主様の影響をって言われても、何にも心当たりはないぞ!」
やはり人違いなのか!?と思ってしまう。
人違いで死神なんで、笑えなさすぎる。
「じゃ、じゃあさっきお前が言ってた妖狐も死神になったのか!?」
「いや、あの者は死神にはなっておらぬ。素質はなかったからな」
「いや、だって妖狐って強力な妖怪なんじゃねぇの!?」
「じゃから、そうは言っても誰彼構わずなってたら、世界は死神で溢れてしまうと申したであろう。死神と言っても、神なのだぞ?神になれる素質があるかどうかだけの話じゃ!!」
「いきなり逆切れ!?!?」
先程のしんみりとした空気はどこへやら……。
だとしたらだ!尚更心当たりはないぞ。
僕の家系はごく普通の家系だし、何度も言うように僕はごく普通の高校生だ。
これと言った新興宗教もないし、そもそも人間だし。
「少なからずとも、人類は主様達の影響を受けておるのじゃが、それはほんの僅かで皆無に等しい。尊人程に影響を受けておる人間はまずいない。主様がやっと見つけたと申しておった。お前の両親ーーいや、この場合母親はどこ出身だと聞くべきか」
「え?確か東京だったと思うけど……」
「本当か?」
「何で嘘つく必要があるんだよ」
「ほむ、なるほどな」
眉と眉の間に皺を作り、片方の手は反対の肘を摑み、もう片方の手は顎先に持っていき、まるで大袈裟に考え事をする格好で、何やらブツブツと独り言を言っている。
「まぁ、時期に分かるじゃろ。とにかく!これで妾が何者か、お前が主様に何故選ばれたのかは分かったな!!」
いや、狩華の事は良く分かったよ。
辛い過去にも関わらず、至極丁寧に話してくれたと思う。
けど、何故僕なのか?という点については、何の疑問も解決していないぞ?
むしろ、謎は深まるばかりじゃないか!
こんな事ではまだ納得は出来ない!!
そう声を大にして叫びたいのだが……本当に、本当に僕は情けない。
序盤で僕はひねくれ者だから。なんて格好つけていたのは何処の誰だ!恥ずかしすぎる!!
ひねくれ者ならひねくれ者らしく、言葉でねじ伏せてみろ!!と僕に言いたい。
でも、それが出来ないのだ。
何故?目の前にいる女改め半妖改め死神様が、鬼の様な形相で僕を睨み、矢を構え、その矢で軽く僕の顎先に刺し、有無を言わせないこの状況で、反論出来る勇気僕にはない。
一言でも反論しようものなら、僕の脳天は間違いない吹っ飛ぶだろう。
僕の心臓を、寸分の狂いもなく射貫いたこの矢は、本来矢を射る体勢にはほど遠い、顎に向かって軽く構えた、とても体勢が取れてるとは言えないこの状況でも、狩華は華麗なまでに吹っ飛ばしてくれると確信出来る。
自然と僕は狩華を見下ろす形になり、中腰の様な状態で、その下にいる狩華を見下ろせば、当然の事ながら狩華は僕よりも低い位置にいて、片膝を立てている体勢だ。
そしてその体勢は、不覚にも僕の邪な気持ちを刺激する。
今、自分が丈の短いワンピースを着ていることを、忘れているのだろうか。
スカートの中が、恥ずかしげもなく披露され、女子の下着を見るのなんて、小学校の体育で男女共に着替えを一緒にしていた時が最後ではないだろうか?
もちろん、突風に煽られ、事故として目撃しかけたーーなんて事は、さすがに17年間生きていればあるのだけれど、こうも堂々と見せられてしまうと、この緊迫した状況で、恐怖に襲われてはいるものの、この見下ろすという体勢が非常によろしくない。
それでも、僕の今の状況が一変する訳でもなく、邪な気持ちをどうにか振り払い、思考を元の観点に戻す。
心臓は狩華に奪われているから、脳天を吹っ飛ばされても死にはしないだろう。
けれど……その脳は再生するのだろうか?
再生した所で、機能はするのだろうか?
もしかしたら、吹っ飛んだまま生活する事になりはしないだろうか?
汗が止めどなく出てくる。
身体の震えも感じている。
どうやら、死神になっても五感はある様だ。
この通り、恐怖も存分に感じる事が出来るらしい。
自分のこれからに関わる大切な事なのに、こんな脅しに屈しるなんてっ!!
そもそも、お前さっき、その主様にきちんと説明出来るって約束したんじゃないのかよ!
ちくしょうっ!!
本当に僕は……駄目な人間だ。
もう、人間でもないのだけれど。
「っ分かったよ……。分かったから、それ、どけてっ」
やっと、声を絞り出す。
「男に二言はないな?」
「あぁ……」
「なら、良い」
スっと矢が僕の顎を離れ、緊張していた身体は一気に脱力に襲われ、その場に手をつく。
軽い動悸に目眩。
額から流れる汗がポタポタと、屋上の地面を濡らしていく。
「心臓に悪い……」
「ほう、この状況でギャグを言うとは、その不様な有様は演技かえ?」
「う、うるさいな、誰だってあんな風に矢を向けられたら、こうなるだろう」
「尊人、その様な不様な有様を晒すのは、面白いから妾としては大いに賛成なのじゃがな、これからはその様な事では困るぞ」
「お前……本当酷い奴だよな、色んな意味で」
「ん?何の話じゃ?」
「何でもない……」
話したら話したで、今度は本気で矢を撃たれかねない。
「先ほども申した通り、目的を果たすには、まず力を付けなければならない」
「そうだよ!その目的って言うのと、主様の話がまだ終わってないぞ!」
すると、今度は神妙な面持ちで狩華が言う。
「すまない。主様と目的の事に関しては、お前が力を付けてからではないと話せないのじゃ。でも、約束は必ず守る!話せる時が来たらきちんと話すから、その時まで待ってはくれないだろうか……」
「その時が来なかったら?」
「それは、お前が死ぬ時じゃ」
「えぇ!?」
またも予想外のお言葉が……。
結局、生きたくば従えって事か……。
あぁ、僕は確かにろくな人生歩んで来なかったけれど、まさかこんな事になるなんてなぁ。
従わなければ死ぬ。
従えば、命を奪われる危険性はまだ、少なくとも低くなる。
良く分からないまま、従わなければならないと言うのが癪だけれど、必ず話してくれると言うのであれば、従うしかないか。
このまま意地を張って、狩華に殺されても、神薙に会えなくなってしまうもんな……。
先ほど、危険な状況下にも関わらず、下心を一瞬でも覗かせてしまった僕としては、ここで神薙に想いを馳せるのは、どうかとも思うのだけれど……。
「……分かった」
「本当か!?」
「この場合、従う他選択肢はないだろ。全く駆け引きにもならない。僕はお前に心臓を握られているからな」
「ありがとう!尊人!!」
か、可愛いじゃないか、コノヤロ-。
不覚にも、先程まで鬼の形相で僕の事を脅していた人物を、可愛いと思ってしまった。
でも、この狩華。
顔は非常に整っていると思う。
贔屓目なしに見ても、綺麗な顔立ちをしている神薙が、クールビュティーと例えるならば、狩華は目鼻立ちがハッキリしていて、どちらかと言うとロリ顔だ。
そのロリ顔で、妾口調。
一部のマニアには、たまらない代物だろうな。
「その代わり、必ず約束してくれ。力を付けたらその目的と、主の話をする。そして、その目的を遂げたら僕を人間に戻すと」
「あぁ、約束する。女に二言はない」
「それと!こんな良く分からないまま僕は死神にされて、良く分からないままお前に従うんだ!何があっても、僕の命だけは保証してくれ!」
明らかになったのは、狩華の辛くも悲しい過去だけの様なもので、後は本当に有耶無耶のままだ。
本来なら、こんな馬鹿げた話、乗る方も方だと思うけれど、心臓が狩華の手の中にある以上、従う他ない。
だとすれば、最低限これらの事を守る義務は、狩華にだってあるはずだ。
「あぁ、お前の命はこの妾が必ず守る。案ずるな、妾はこう見えても相当強いからの。お前を守る事位朝飯前じゃ」
本当かどうかは分からないが……まぁ腕は僕自身で確証済みだし、何が起こるか分からない以上、狩華をここぞ!とばかりに頼り、信じよう。
「それで、力を付けるってどうすれば良いんだ?」
「お?急にやる気じゃのう?」
当たり前だ。
力を付けなければならないと言うのなら、早いとこ力を付けて、早いとこ目的を達成して、早いとこ人間に戻りたいんだ。
しかし、ここで僕はある事に気付く。
「なぁ、僕って死神なんだよな?何で普通に他の人に見えてるんだ?お前は僕にしか見えないんだろ?」
そう、僕は今日死神になってから登校している。
死神になって登校なんて、恐らく……いや、絶対に僕が人類初に違いない。
その学校生活は、いつも通り何の不自由もなければ、滞りなく終える事が出来た。
まるで僕が、人間であるのが当然かの様に。
「そうじゃの、妾は尊人の死神じゃから尊人にしか見えておらん。お前は何というか……死神であるには間違いはないのじゃが、ほら死んではおらんだろ?」
確かに、心臓は狩華が持っているから、半死状態?って事になるのか?
「まぁそうとも言えるが、どちらかと言えば昔の妾と一緒で半妖に近いかの。半死神ってやつじゃ。死神の研修生じゃな!」
何ドヤ顔でそれだ!みたいなポーズしてるんだよ。
「じゃから、お前は周りの者にも見えるし、触れる事も出来る。その逆もまた然りじゃな。ただ、霊感が強い者なんかは、何か変だな?位には思うだろうが、お前が半死神状態になっていると気付く者は、誰もおらんから安心せえ」
「そういうもんなのか」
「いや……」
ここで、一瞬狩華の顔色が変わった。
そして、先程の様にまたブツブツと何かを言ってから、ポケットから取り出したそれを僕に渡す。
「何だこれ?」
「玉の小固めじゃ。早い話、まぁ御守りみたいなものじゃ。」
「へぇ」
深い深い葵で、綺麗な海の底を連想させるような、それでいて、見る者を不思議な気持ちにさせる、丸い小さなな玉。
「良いか、それを肌身離さず身に着けておけ。家の中でも、風呂に入る時でも、寝る時でもじゃ。」
「えぇ!?」
「それが、お前が死神状態になっている事を隠してくれる。例え、どんな強力な霊力の持ち主でも、それを身につけておる間は絶対にバレん。念には念をだ」
「いや、でも風呂と寝る時位は……」
「お前を狙う輩は多いのじゃぞ?死んでも良いなら妾は構わんが」
おいおい、また物騒で謎めいた事をさらりと言うな!!
狙う輩って、また一つ謎が出来ちゃったじゃないかよ!
「良いな!!分かったら、とりあえずここを出よう」
急に焦りの色を見せる狩華。
気付けば、辺りはすっかり暗くなっている。
「そうだな、こりゃ早く帰らないと、見回りのおっさんに見つかったら大変だ」
時間の感覚が全くなくなっていた。
死神になっているせいなのか?
辺りが暗くなっても、視界に不快を覚える事もなく、もうすぐ夜を迎えようとしている事に全く気付かなかったのだ。
「そうではない!……妾とした事が、少々はしゃぎ過ぎた様だ。初めての後輩に浮き足立ってしまった」
え?あれとか、あれとか、それとか……妾さんからしたら、じゃれついていたつもりだったのでしょうか?
だとしたら、先が思いやられ過ぎる。
「お前門限でもあるのか?まぁ死神に門限っていうのもどうなんだろうな。それとも僕の心配してくれてるとか?それなら心配には……」
「戯け!そうではない!!ここは学校じやろ?ただでさえ厄介な場所なのに、夜ともなれば寄ってくるのじゃ」
「寄ってくるって……」
夜の学校で寄ってくると言えば、もしかしてーー。
「お化け?やだ!狩華ちゃん、死神様なのにお化けが怖いのー!?」
「馬鹿者が」
死神と言ってもそこは女子なのだろうか。
意外と可愛い所がーーいや、こいつ死神以前に半妖だよな?
そもそも、そっち寄りではないだろうか。
半妖で死神でお化け怖いって。
どんなシュールなギャグよ。
だとしたら、こいつは何にそんなに焦っているのだ?
「はぁ、お前が馬鹿なおかげで鉢合ってしもうた。しかも、これまた見事に化けたものじゃのう。少々骨が折れるわい」
そう言う狩華の視線の先には、闇の中でもハッキリと分かる黒。
そこには僕の背丈よりも少し小さい、円形の黒がある。
だけど、ただの円形ではない。
その円形が、波を打つ様に動いているのが分かる。
その中は、渦巻いてるいる様な模様があり、動きと共に形状を変えている。
ドロドロとした感触が連想出来るそれは、お化けーーではない。
これは言われなくとも分かる。
だけど、その異様な『物』は、異常なまでの不気味さを醸しだし、その姿はまさに化け物。
のそのそと次第にこちらに近づいてくる。
逃げようにも、屋上の玄関を遮るようにしてそれはあるものだから、逃げられない。
波打つ動きは止まることなく、それどころか、そのものの大きさ自体がどんどんと大きくなり、少し離れた位置から見ても、僕の背丈を優に超えてしまっていた。
大きくなればなるほど、『うー』と低い地響きの様な声ーーそれを声と言って良いのか分からないのだけれど、声が僕の身体に響く。
「な、なに、これ」
「人の念の権化じゃ」
「は、はい?」
「しかも、これは負の念じゃの。やはり、学校という特性上仕方ないとは思うが……はぁ」
先程の焦りとは一転、出逢ってしまった途端にこの面倒臭そうな態度。
しかし、僕には何が起こっているのか、全く分かるはずもなかったのだ。
「尊人、詳しくは後で話す!いきなりじゃが力を付ける為の実戦じゃ!少々順序が異なるが、まぁそれも良いじゃろ。準備せえ!!」
「えぇぇぇぇっ!?!?!?」
ちょっと待て待て待て!
力を付けるって、そういう事!?!?
思いっきりRPG方式なの!?!?
いや、何となく『敵』って言葉を聞いてから、何となくは想像してたよ?
でもさ、こういうのってちゃんと装備揃えて、村のお偉いさんの話聞いて、クリスタルの力で魔法が使えて、とかそういうのがセオリーでしょ!?
いきなり鍋の蓋すら持ってない僕が、何をどう準備して戦えっていうのさ!
「いや、無理だよ!何だよいきなり!!」
「じゃから、早く帰ると申し立たじゃろうが!それをお前は、妾を茶化す様な事ばかり言ってもたもたしておるから、こうなったのじゃぞ!!」
うわぁ、自分の非を棚に上げてきたよこの人!
人じゃないけど!!
「それこそ、お前がもっと早く気付いてれば、こんな事にはなってなかったんじゃねぇの!?」
「何じゃと!?妾に向かってその言いよう!!」
年甲斐もなく、死神二人が言い争っていると、先程までのろのろと動いていた化け物が、一瞬の内に上に飛び跳ね、僕に向かってくる。
「気を付けろ尊人!そいつに飲まれれば、死神と言えどただでは済まない!」
「どうしろって言うんだよ!」
びしゃぁ!!と音を立てて地面に落下した。
間一髪の所で僕は後ろに飛び跳ね、難を逃れる。
どうやら、見た目通り液体の様で、ドロドロとした作りらしい。
「まず、武器を頭の中でイメージし、念ずるのじゃ!!」
「はぁ!?何だよそれ!!」
「何でもよい!!出でよ武器!とか、武器よ来い!とか、言いながら念じてみろ!そうすれば武器は召喚されるはずじゃ!!」
そんな事いきなり言われたって、はい分かりましたって出来る方がおかしいだろ!!
しかも、この状況下で念じるも何も……。
僕があまりにも、もたついていたのか、それとも化け物の動きが速かったのか、いつの間にか、落下して横にでろんと広がった姿を、元の形状に戻していた化け物は、確実に僕を狙っている事を確信する。
再び僕に向かってきていたのだ。
ただ、違うのは先程とは比べ物にならない程の速さ。
いきなりその速さは反則だろ!
これは流石に避けきれない。
人間の条件反射ーーとでも言おうか。
もう駄目だと、半ば諦め両腕を頭に回し、その場に蹲ってしまった。
狩華は、ただでは済まないと言っていた。
どれ程の傷を追うのだろうか。
どれ程の痛みを伴うのだろうか。
狩華が言うのだから、本当にただでは済まないのであろう。
僕は歯をぐっと噛みしめながら、出来るだけ頭を両腕で隠す。
その行為に意味があるのか分からないけれど、すぐに来るはずの、恐らくは痛みを僕は覚悟した。
ーーけれど、その痛みは訪れる事はなく、代わりに頭上で『ジャッ』と音がした。
僕の心臓を射貫いたそれと、良く似た音だったけれど、それよりももっと、液体が何かを貫通する音。
それと共に、悲鳴にも似た叫び声の様なものが、屋上に響き渡る。
「尊人には手出しさせんぞ」
はっと顔を上げると、やはり狩華が化け物に向かって矢を放っていたのだ。
「あれ?」
狩華だけれど、そこにいるのは狩華じゃない。
巫女装束を身に纏い、構えている弓矢の両端の弧を描いている部分に、刃が埋め込まれた様な仕様になっていた。
間違いなく、先程まではなかったその刃。
そして、弓矢の大きさも一回り位大きくなっている様に見える。
「尊人、こいつは妾が引き付けておく。早く準備せえ!!こんなにも愚図とは思わなんだぞ!!」
また怒られた。
そして、酷い事を言われた。
「お前なら大丈夫なのじゃ!恐らく矛の様な武器を召喚出来るはず!とどめは取って置いてやるから、しっかりせえよ」
何を根拠に……。
でも、矛かぁ、それは格好良いかも!
狩華がさり気なくくれたアドバイスのおかげで、イメージし安くなった。
よし!僕だってやってやる!!
「僕の武器……僕の武器……僕の武器」
頼む!出てきてくれっ!!
念じる事数分、次第に両手が熱くなってきたのが分かる。
もう少しだ!
この間も、狩華は僕をかばいながら化け物と戦っている。
でも、少しでもこの意識が違う方向に飛ぼうものなら、それこそ武器が生み出せなくなる様な気がして、とにかく集中力を途切らせない様に、ひたすら自分の両手だけを見つめた。
物凄い集中力と精神力を要する作業。
RPGも伊達ではない。
瞬間、あの時の様な身体の熱さを感じる。
死神になる瞬間に感じた熱さ。
それが両腕を駆け巡り、両手で止まるとふわっと丸い白い光が、両手の上に浮かび上がる。
次第に光が、物体へと形を化えていく。
額に汗が浮き上がるのを感じている。
初めて手にする武器。
狩華が言うには、矛の様な物と言っていた。
果たして、そんな危ない物、僕に扱えるだろうか?
生まれてこのかた、包丁ですらまともに握った事がない僕だけれど、武器を手にしなければ死神とは言え、無力なのかもしれない。
ましてや僕は、死神というよりは半死神、半人間なのだから。
ともすれば、是非とも強力な武器をこの手にっ!!
「きたっ!!」
徐々に形作っていた白い光が、ぱぁん!と弾けた瞬間、神々しくも、さぞ強力そうな矛が僕の両手の上に今……あれ?
僕の目が確かなら、これは何をどう見ても、まず矛ではない。
うーん、これは見たことがあるけれど、何て言うんだっけ?
いや、そもそもこれは武器として成り立つのか?
僕がこれを格好良く、それっぽく振り回したら、もしかすると狩華の士気はあがるかもしれない。
だがしかし!士気を高めた所でどうなる!!
僕はこれで戦う事は愚か、身を守る事すら出来ないのではないか?
と言うか、僕はこんな物、全くイメージもしていなければ、念じてはいなかったし、矛の様なものとはこれの事なのか!?
駄目だ、どんなに頭をフル回転させた所で、使い道が振り回す事しか思いつかない!!
「狩華-!どうしよう!!」
「なんじゃ!情けない声を出しおって!」
狩華は僕に背を向けたまま、そう言い放つ。
僕は、いつから情けないキャラになったのだろう。
「武器は出たのか!?」
「出たんだけど……」
歯切れの悪い僕に嫌気がさしたのか、チッと舌打ちをしながら、一瞬だけ僕に目を向けると、流石の狩華も驚いた様で……。
「な、なんじゃそれは!!」
「分かんないよ!!頭の中でちゃんと念じたけど、矛じゃないじゃないか!!」
「そんなはずは……主様の影響を受けているお前なら、矛じゃないにしても、似たようなものが召喚出来るはずなのじゃが、それじゃあ、まるで采配じゃないか!!」
そうだ、これは采配だ!
「どうすれば良い!?」
「尊人……お前本当に愚図だな」
明らかに呆れかえっている狩華。
「酷いっ!!」
どうしよう、どうすれば良い?
先程から見てるに、恐らくこの化け物には物理攻撃が効かない。
狩華の攻撃は、弓矢から繰り出される物理攻撃だ。
その両端に構えている刃もまた然り。
弓矢と刃を駆使して、化け物のドロドロとした形状を粉砕したり、真っ二つに切る事は出来ても、化け物自体を抹殺する事は出来ない。
とどめは残しておく、何て言っていたけれど、あの武器ではとどめは愚か、重傷を負わす事も出来ないのではないか。
事実、どんなに狩華に射貫かれようが、切られようが、あの化け物はその瞬間から再生を繰り返している。
僕の『力をつける』と言うのが、戦って経験値を得るという、RPGの様な仕組みだとしたら、ああ言った物には魔法が効くのがセオリーだ。
心なしか、狩華にも疲労の色が見え初めている気がする。
早くなんとかしないと……狩華が物理攻撃しか出来ないのなら、僕がなんとかっ!
考えろ!考えろ!!考えろ!!!清水川 尊人!!!!
僕の武器が、全くの予期していなかったこの采配が召喚されたという事は、きっと何か意味があるんだ。
一尺ほどの朱色の柄に、黄金の総。
この総は、細長い厚紙で出来ている。
紙……武器としてはこれ以上、心許ないものはないのかもしれない。
「尊人!!まだか!!」
うるさいな!今考えてるんだよ!!
狩華ーー狩華ーー巫女装束……。
いや、そうだ。
確か、陰陽師には紙を使役する術があったはずだ。
紙だって武器として使える!!
采配を化け物に向かって構える。
意識を総に集中させ、武器を召喚した時の様に頭の中でイメージする。
「我に仕えし古の物よ、炎の力を纏いて、ここに示しさん!!」
ぱっと口をついて出た言葉。
まるで自分ではない様な感覚。
何なんだ……これは。
その瞬間、一方向に垂れていた総が、ばっと一本一本全てが広がり、大きな円状になると、その中心から信じられない程の炎が化け物に向かって吹き出した。
「くっ……。」
たまらず片手で持っていた柄を両手で持ち直し、下半身に力を入れる。
「な、何だよ、この火力はっ……!!」
「尊人!!」
采配から吹き出している炎は、見事に化け物の中央に命中し、次第に炎が化け物を飲み込んで行く。
先に聞いた悲鳴とは比べ物にならない程の悲鳴と共に、その全てを燃やし尽くされ、そして消滅した。
「き、消えた……。」
自分でも、何が起きているのか分からない。
分からないことは、分からないままなのだけれど、更に分からない事が上書きされ、何が分からないのか分からなくなりそうだ。
放心状態の僕に、突如後頭部に衝撃が走る。
「いってぇ!!」
どうやら、狩華が僕の頭を叩いたようだった。
「こんの、馬鹿者!!!妾も共に焼き殺すつもりかぁっ!!このノーコン野郎がっ!!!」
「あぁ!?」
本当にこいつは……。
いっその事一緒に燃えてくれれば!なんて思いが僕の脳裏を一瞬横切る。
だ、駄目だ!僕の心臓はこいつの身体の中にある。
そんな事したら、僕は焼身自殺をする様なものだ。
「な、なんだよ!仕方ないだろ?初めてなんだから、コントロールも何も……そもそも、お前の巫女装束を見て陰陽師を連想し、この采配から良く攻撃方法が思いついたと、お褒めの言葉があっても良いんじゃないのか!?」
「なんじゃ、お前は褒めてもらわないと何も出来んのか。それに、それは妾のおかげではないか。むしろ、妾に感謝の言葉があっても良いのじゃぞ。深々と頭を下げるのであれば、妾としても許してやらない事もないがの」
「飴と鞭って言葉知らねぇのかよ!って、何で僕が!?」
「妾の時代には、必要ないものじゃからの」
「今は平成の世だよ!!」
「ふん!ゆとりが」
「ああ!!今全国のゆとり世代の方々を敵に回したぞ!!しかも、今僕くらいの世代はさとり世代って言うんだ!覚えておけ!!」
「必要ない!お前の馬鹿が移るわ!」
「んだとぉ!?」
「良いか!?お前がどう頑張った所で、妾には敵わぬのじゃ。食ってかかるだけ無駄じゃぞ」
「んな事言って、お前苦戦してたじゃねぇかよ!強いんだなんて言って、天下の死神様も大した事ねぇな!」
どうだ?これでぐうの音も出ないだろ!
「尊人……」
え?何?何その哀れむ様な目は!?!?
「お前、何にも分かっておらんのだな。はぁ、お前は愚図だけでなく馬鹿だけでなく哀れな奴だったのじゃな」
「何でそうなりますかね!?」
「人の念が凝り固まった物と言うのは、本当に厄介ものなのじゃよ。特に負の念はな。もちろん、あの様な形状をした物を相手にするにあたって、物理攻撃が意味を持たん事は、初めから分かっておる」
そうなのか?
「お前とは経験が違うのじゃ。そんなもの、見れば分かるわい。じゃが、お前なら妾がやらずとも、然るべき方法であの物を対処してくれると踏んでおったんじゃがのう。まさかこんなに時間がかかるとは……。見当違いも甚だしい。いい加減痺れを切らして、妾がとどめを刺す所じゃった。妾は初めて心から、やはり人違いかもと思ったよ」
「ふ、ふざけんなよ!!なんだよ!それ!!じゃあ、お前が初めからやれば良かっただろう!!」
「それをしたら意味がないじゃろ。お前の力を付ける為の試練じゃ。」
「見せて覚えさせるって言葉知らねえのかよ。どんな新人も、右も左も分からない状態で、さあどうぞ?なんて言われても、出来ないのが普通だ!!」
よって、僕は愚図でも馬鹿でも哀れでも何でもない!!
「……まぁそれも、先の口から出た言葉で確信したがな。それにしても……主様の影響を受けているというのにお前は……」
口から出た言葉?
ああ、あれは『僕の』言葉じゃない。
「少々ニュアンスが違えど、あれは主様が昔使っておられた言葉じゃ。今では聞く事も出来んがな……」
「そ、そうなのか?」
「あぁ、じゃからお前はやはり、主様の影響を大いに受けておる。ひとまず、主様の間違えではなかった事に、妾としても胸を撫で下ろしておるよ。」
「そ、そうか……」
もう、何も言えなくなってしまう。
やはり、ひねくれ者キャラは返上しなければならないのだろう。
まぁ、ひとまず人違いでなくて良かったのだけれど。
こうして、僕の死神としての第一歩が始まる。
狩華の言う事は、あまりにも漠然としていて、信用するに足らない部分だらけなのだけれど、今の僕としては、従うほかないのだから。
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