第2話

 時制は不様に混乱していた。街はまたひとつ死体を調達した。誰もが知っていた。あれは名前を持ちすぎた女だった。生まれたときには二つの名前を持っていた。時とともに名前は幾何級数的に増殖した。鴉だけが全ての名前を記憶していた。

 朽ちかけた工場が蒸気を吹き上げた。淀んだ空気が生を補給した。

 写真家は無数の写真機を使い分けた。

 AはPLAUBEL makina 67

 BはNikon FM2

 CはLeica M6

 日が傾いて街が歪んだ。長い夜の訪れが近づいていた。蜥蜴は叢を這っていた。乾いた草の切先が表皮に無数の傷をつけていった。傷からは粘りつく油が浮きだしていた。

 容疑者なし。

 被害者無数。または特定不能。

 打ち棄てられた保線小屋でG氏は画布に向かっていた。存在しない女の首の陰影に執拗に筆を入れていた。

 

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蜥蜴の時制 Watari K Silence @watari-k

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