蜥蜴の時制
Watari K Silence
第1話
諦念に覆われていた。街は傾いていた。G氏は言った。世界は灰色の諧調だ。果てしなく濃密な灰色を吸い込んだ。気がつくと一人称を失って立っていた。表皮を殺ぎ落とされた蜥蜴が滑らかな皮に皺を寄せた。不様な微笑みが昨日の影を映した。
写真家は足を引きずっていた。舗装の剥げた道を歩いていた。写真機はもう手にしていなかった。影を写すことに飽きていた。G氏は言った。世界は灰色の階調だ。写真家は影を求めていた。この街でも手に入らない本物の影を求めていた。錆びた鉄柱が影を落とした。かつては写真家の目を奪ったものだった。過去は褪色した光だった。それは影でも闇でもなかった。饐えた臭気が写真家を襲った。傾いた街に新しい死体が据えられた。死体の表皮を油が蹂躙していた。血液はそもそも存在しなかった。生は存在しなかった。過去は存在しなかった。死は写真家を捉えなかった。見棄てられた写真機だけが死体を見つめていた。
蜥蜴はたしかに笑っていた。
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