第6話 俺には作家の才能がない

「オメエの小説は、毎度おんなじ内容ばっかりじゃねーか。ブスが男に振られてギャーギャー泣きわめくだけの小説なんか、おらぁ二度と読みたくもないね!」


 W大の柳田やなぎだが怒鳴った。それまで穏便に進んでいた『大中小クラブ』の月例会――という名の飲み会の場が、一瞬にして固まった。


「ちょっと柳田さん、いくらあなたが会長だからって、それは言いすぎ! トンちゃんに謝りなさいよ!」


 さっそく、A大の菅沢すがさわ真帆まほが噛みついた。普段はおとなしいのだが、言うべきことはハッキリと言う性格だ。


「会長どうこうは関係ないね。トンの作品がつまんねーから、俺はそう指摘しただけ。こんなこと、『大中小クラブ』の40年の歴史のなかじゃ、何千回もあったはずだろ?」


『大中小クラブ』は正式名称を『大学中心小説クラブ』といい、都内近郊にある大学の文芸部を横断する連合サークルだ。それなりに歴史と伝統があり、多くのプロ作家も輩出している。その第40代会長が、柳田である。


 柳田にこき下ろされたトンちゃんこと東原とうはら敏美としみはM大の2年で、本気で作家を目指している。その作品は描写もストーリー展開も見事で、『大中小クラブ』では断トツのトップ――つまり、天才だった。しかし残念ながら、外見には恵まれていない。


「人の作品をけなすだけじゃなくて、評価しあって切磋琢磨するのが月例会本来の目的でしょう!」


 真帆の怒りは収まらない。居酒屋で人目もはばからずに大泣きしているトンちゃんの肩を抱いて、柳田をにらみつけている。


「だから、俺はその切磋琢磨のネタを投下したんじゃねーか。トンみたいなブスがいくら美辞麗句を並べ立てて恋愛を書いたところで、ひたすら重いだけで進歩がねぇのさ。だったら、そのままずっと暗い沼にハマってりゃいいんだよ」


 真帆と柳田の睨み合いは、しばらく続きそうだった。仕方なく、この場にいるメンバーのなかでは年長の俺が割って入った。


「柳田さん。大中小クラブは文芸サークルだから、作品についての批評は本音で語っていいし、そうするべきだと思う。でも、今のあなたの発言はトンちゃんへの個人攻撃でしかないよ。そんなものを聞かされたメンバーも気分を害されたわけだから、謝罪か撤回をすべきじゃないかな?」


 この提案は、メンバーたちの賛同を得られた。柳田は素直に受け入れ、真帆もほこを収めてくれた。


 しかし、そんな状況の月例会が盛り上がるはずもなく、そのままお開きになった。居酒屋を出て駅に向かって歩いていると、真帆からのLINEが入った。


<さっきはありがとう。今からお茶でもしませんか?>

 俺は、誘いに乗った。


          *


「トンちゃんは自殺願望がある子だから、それが心配だったんです」

 喫茶店で向き合って座ると、真帆が言った。照明の当たり方が絶妙で、整った顔立ちが余計に美しく見えていた。


「だよね……」

 その話は、俺も知っていた。トンちゃんの手首に何本もの傷痕があるのを、いつだったか見てしまったことがある。


「でも、柳田さんにキッパリ言ってくれてスッキリしました。私、マジでムカついてましたから」


 これがきっかけで、俺は真帆とつき合うことになった。


 それから俺は何度も真帆に会い、書きかけの作品を見せ合ったり、プロットを語り合ったりした。真帆は少年少女の成長譚を描くのが得意で、特にカートの世界を題材にした『チェッカー』という長編は、かなりの出来栄できばえだった。


「俺、カートのことなんて何も知らなかったから、興味深く読んだよ。スポ魂の王道みたいな感じで、ラストも感動的だった」


 しかし、真帆は首を横に振った。

「私、親の影響で子どもの頃にカートをやってて、全日本の大会で優勝したこともあるの。そのときの経験を書いただけだから、あんなの駄作よ。内容ゼロ」


 そんな謙虚さも、真帆の魅力の一端だと思えた。俺は真帆への思いをつのらせ、「一緒に旅行に」と誘われたときには頂点に達していた。


          *


 行先は長野の温泉地に決まり、俺はレンタカーを借りた。人生初、女性とふたりきりの一夜を過ごして東京に帰る車中で、真帆は意外な事実を口にした。


「トンちゃんと柳田さん、つき合ってるの。それも、あの日から」

「マジ?」

「まさに『事実は小説より奇なり』でしょ?」

「それで、トンちゃんの自殺願望も収束するといいけど……」


 車は、いくつものカーブが続く峠道を下っていく。真帆が「もっと飛ばして!」とあおるせいで、俺もアクセルを深めに踏み込んでいた。


「トンちゃんみたいな天才は、死んじゃダメ。生きて、もがき抜いて傑作を書き続けるべきなの。でも、あなたや私みたいな凡人は、こうするしかすべがないの――」


 言った瞬間、真帆は助手席から手を伸ばし、絶妙のタイミングでサイドブレーキを引いた。スピンした車は横Gに耐え切れずに横転し、そのままガードレールを突き破って谷底へと落ちていく――


「才能のない人間に、生きる資格はないのよ!」


 真帆の叫び声が、俺が聞いた最後の音声になった。

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