魔王なんて必要ない

@kisugi

プロローグ

 世界は大きく分けて二つある。

 地上と魔界。二つの世界は互いに干渉することなく長い歴史を刻んできた。

 しかしある日、魔王サタンは地上世界に侵攻を開始。圧倒的な魔族の軍勢は瞬く間に地上世界を手中に治めていった。

 地上世界はこのまま魔王の手によって蹂躙されてしまうのではないか。地上の人々は生きる気力を失いかけていたその時、突如として魔王は侵攻を中断。地上の約80%を支配したまま、魔王は沈黙を続けて15年が経過した。

 何故という疑問と安心。しかし、またいつ訪れるか分からない災厄に怯えながら、地上の人々は今も生活を続けている。


 ここは魔界の中心。

 煮えたぎるマグマに囲まれた魔王城の中、魔王サタンの息子として僕は産まれた。

 父の跡を継いで魔界を治め、行く行くは地上世界全てを支配する為に、厳しい教育を受け立派な魔王に……なる予定だった。


「もう無理! 我慢できない!!」


 城の外にまで響かん勢いで僕は叫んだ。

「毎日毎日毎日毎日、魔訓ばかり読んだり、デーモンと模擬戦したり! 飽きた!」

 この怒りを地団駄という形で床にぶつける。ちなみに魔訓とは魔界教訓語録の略であり、魔界のルールがびっしりと書かれた書物だ。これで地上の勇者一人や二人撲殺できそうなくらいの分厚さはある。

「サタルニアス坊っちゃん! お気を確かに!」

 執事のドラキュラが僕をなだめるが、今回ばかりは我慢の限界だ。

「こんな城、僕は出ていく! 魔王なんてやっていられるか!」

 王の間にある玉座。禍々しいその玉座に座った親父に向かって言い放つ。

 魔王と言っても所詮は生き物だ。いわゆる肩書きのようなもので、名乗るだけなら誰にだってできる。

 しかし親父は違う。その才能は本物であり、絶対たる力を持ってこの魔界をたった一人で治めてしまった。その才能に魅せられた種々雑多な魔族達は、魔王サタンを崇拝している。一睨みすれば辺りは凍り、咳払いすれば辺りは火の海。そんな噂は山のように聞いてきた。まさに魔の王に相応しい。


……というのは世間一般的な話だ。僕にとって魔王である親父は、

「ん? 何か言ったか、息子よ。今この漫画という書物を読むのに忙しいのだ。癇癪なら後でいくらでも聞いてやる」

 ただひたすら堕落に勤しむ駄目親父でしかない。例え過去に魔界を統べる偉業を成したのだとしても、15年前に圧倒的な軍勢を持って地上を蹂躙したのだとしても。

 僕の目には堕落王サタンにしか映らない。

「魔王なんて、親父なんて……。大嫌いだッ!!」

「サタルニアス坊っちゃん!!」

 親父が侵攻を止めた理由は僕が産まれたからだと執事から聞いた。僕のことを思っての判断なのだろう。しかし、僕が見たいのはもっと勇ましい魔王の姿だ。今の親父は違う。

 王の間を飛び出し、城の宝物庫を目指す。

そこにある秘宝を使えばこの城から瞬く間に逃げ出せるはず。親父が地上侵攻の際、ある村から奪い取った秘宝だそうだ。

「あった!」

 見た目は片手サイズの小さな赤い宝石だが、コイツを握り締めて祈れば、行きたい場所へ瞬時に移動できるそうだ。

「僕がいなければ親父だって、きっと……」

 行きたい場所なんて特に無い。ただここじゃないどこかへ行きたかった。

 赤い宝石を握った手の内が暖かくなり、隙間から光が漏れだした。次の瞬間、僕の視界は真っ白になり。


 意識が途切れた。

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