2月 ニート、書く気がしない
鍵が開く音がすると、俺は笑顔で晶子ちゃんを迎える。
「おかえり、晶子ちゃん!」
「ただいまー。今日も忙しかったよ」
「まあまあ、とりあえずスーツ着替えて。夕飯の買い出し、冷蔵庫に入ってるよ」
「ありがと。ちょっと休んだら作るから、ちょっと待っててね」
「はーい」
俺は晶子ちゃんが部屋着に着替え始めるのを横目で見ながらテレビに向き直る。放り出されたストッキングが気になるが、晶子ちゃんに引かれるので素知らぬ振りをする。
そのまま外出できそうなくらいの、ブランド物みたいな上品な部屋着に着替えた晶子ちゃんは、あくびをしながら冷蔵庫を開けて、オレンジジュースをがぶ飲みする。それが晶子ちゃんにとっての気持ちを切り替える方法であることらしいのは一週間もしないうちにわかった。晶子ちゃんは、オレンジジュースの紙パックを冷蔵庫に戻すと、食材を取り出して料理に取り掛かった。
事前に今晩のおかずは何がいいか聞いておいて、俺が昼間にバイトがてら買って来たニンジンやジャガイモや肉が切られていく音がする。鍋の中で油を纏って炒められる音がする。いい匂いがする。十分火が通ったら、水をいっぱい入れてかき混ぜる。最後に投入されるのは、そう、カレーのルウだ。今晩の夕飯は晶子ちゃん特製「スーパーで売ってる食材で作る普通のカレーライス」だ。
「
「いや、カレー多めがいい」
「もう、贅沢だなあ」
「白米食えるだけでも俺には贅沢だよ」
「ご飯もカレーもいっぱい食べていいよ」
「やっほー!」
「今日ね、すっごい変なお客さんが来てさ、私が応対したんじゃなかったんだけど、隣で見てても笑っちゃって」
晶子ちゃんは職場であった面白い話や、上司や同僚への愚痴などを俺に話しながら山盛りのカレーライスと、多分女子にとっての普通盛りのカレーライスを食卓に並べる。俺はスプーンと昨日の残りのおかずなどを出して晶子ちゃんを手伝いながら話を聞く。
「何それ、超面倒くさいじゃん!」
「でしょー? 本当に、私じゃなくてよかったって思った」
二人一緒にいただきますを言って食べ始める。
「休憩の時に桜井さんと爆笑してさ、その時その変なお客さんの相手した伊藤さんが休憩室入ってきて、すっごい気まずかったの!」
「ヤベエ……! カレー超うめえ!」
「よかった! うん、おいしいね! それでね、桜井さんが――」
晶子ちゃんはよく喋る。帰ってきて話し相手がいるだけでも気が紛れるようだ。晶子ちゃんの話は面白いけど、時々すごい愚痴が飛び出してくる。俺なんかに話しても何も解決しないが、話すことですっきりするらしい。こんなクズな俺でも役に立つこともあるのだ。
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