11月 ニート、バイトが続かない

「佐久間さん、もうそろそろですよ」

 俺ははっとして声を掛けた相手に目を向けた。おそらくリクルートスーツだろう黒服に身を包んだやっぱりこれも大学生の短期バイトの同僚が、教卓に座って居眠りをしていた俺を起こしてくれた。名札を見て俺はその同僚の名前を確認する。

「田中くん、すまん。ありがとう」

「あと十五分で国語のテストの終了時間ですから、アナウンス、頼みますね」

「了解」

 俺達は模擬試験を受けている中学生に聞こえないように小声で会話をしている。中学生は机に顔を近づけてカリカリと答案用紙を埋めていっている。俺にもこんな時期があったなあ、と回想しようとするが、できない。俺は高校受験の時、家から近くて偏差値も大して高くないところを受験して、易々と受かってしまったから、必死に勉強した覚えがない。大学受験も、担任の薦めで受けた推薦入試に合格してしまったから、いわゆる秋ごろからの受験シーズンというものと無縁だった。

 真剣そのものの中学生と己を重ねられるとしたら、ラノベを書いている時の俺はこのくらいの集中力でやっていると思う。最近は、構成なんかもちゃんと考えてから書き始めるようにして、急に思いついたアイデアをそのまま書き散らすことをしなくなった。とりあえず、メモ用紙にあらすじやキャラクターの特徴なんかを書き出して、どんな話の流れなら面白いか、どういう書き方なら読者を引きこませることができるかなど、自分なりに考えて、設計図的なものを完成させてから余裕をもって書き始める。そうすると、焦りや不安は消えるし、根拠のない自信による高揚感も収まる。俺だって、そう何度も同じ失敗を繰り返したりはしない。徐々にだが、成長しているのだ。

 そうせざるを得ないのは、状況のせいでもある。生活費のためにバイトを増やせば、その分、自分の自由にできる時間は減る。効率的に執筆する方法を編み出さないと、応募締め切りに間に合わせることができなくなってしまう。土日は試験監督のバイト、時々、昼間にポスティングのバイト、夜は週三で居酒屋のバイト。それだけで生活リズムみたいなものはできてくる。手が空いた時のチャンスを逃さず、自分が一番乗っている時に書いている時の多幸感は半端じゃない。部屋で一人きりになってもちっとも寂しくないし、むしろその孤独が俺をキャラクターの方へと向けさせ、軽やかなタッチでタイピングが進んでいく。深夜だったとしても関係ない。どうせ午前中に用事などないし、眠くなってどうしようもなくなったら書くのをやめればいいのだから。俺がどんな生活をしていようと他人には関係ない。飯も食ってる。人とのコミュニケーションもしている。これのどこに不備があるだろうか。これで俺がラノベ作家としてデビューできれば申し分ないのだが……。

「佐久間さん! 佐久間さん!!」

 遠くで物音と誰かの叫び声がした。俺は何があったのか状況を判断しようとするが思考が働かない。体が自由に動かせない。何だろう。わからないけど、何か異常事態が起こっているという認識だけは確かだった。

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