10月 ニート、奨学金が返せない

 悪いことが立て続けに起こっていることはわかっているし、これはある程度予測していたことなのだ。だから、変に騒がないし、冷静にここは自分の状況を振り返ってみようと思う。

 十月になって、奨学金の返済が始まった。

 返済方法は、登録されている口座から自動的に毎月一定額が奨学金財団に振り込まれるというものだ。俺が借りていた奨学金の月ごとの額は八万円。それをわずかな利子付きで約十年間かけて返済するので、これから月約四万円が自分の金ではなくなるということだ。俺のバイト代の約半分が俺の収入ではないということになる。

 ATMの前で預金通帳を開いて愕然としているみすぼらしい若い男がいたら、それは俺だ。お客のおばちゃんが無理矢理俺をどかしてATMを操作し始める。

 溜息はつかない。黙々と通帳と財布をトートバッグに入れ、銀行から出た。家までの道を歩きながら、バイト先に電話を入れる。

「お電話ありがとうございます。○○酒場◇◇店です」

 電話を取ったのは同時期に入った男子大学生の……名前は忘れてしまった。

「お疲れ様です。佐久間です」

「ああ、佐久間さんっすか。お疲れ様っす。店長ですか?」

 店長が電話口に出ると、俺はなんとかシフトを増やしてもらえないか掛け合った。そろそろ仕事にも慣れてきたし、金が入り用だということも正直に話した。

「そうは言ってもね、人は今のところ足りてるし……ちょっと今は無理かな」

「はあ、そうですか」

「別に、バイトなんだしさ、兼業とか気にしなくていいよ? こっちに支障が出ない程度だったらね」

「え? いいんですか?」

「いいよいいよ。だってさ、君が金なくて衰弱してる状態でさ、うちで働いてる時に突然倒れたりして、店の責任にされたらこっちが迷惑だからね」

 そ、そういうものなのか? 俺は若干疑問に思ったが口には出さなかった。

「ありがとうございます!」

「あくまでも、うちに支障が出ない程度にだからね。オーバーワークで倒れられても困るから」

「わかってます! ありがとうございます! 俺、頑張ります!」

「うん、じゃあ、程々にね。それじゃ。はーい」

 電話は店長から一方的に切られた。

 兼業か。ラノベを書きつつ、居酒屋バイトを続け、もう一つバイトを増やすとなると、どんなものなら可能だろうか。短期バイトをするか? 試験監督のバイトならほとんど座っているか教室をうろついているだけだから楽そうだ。ポスティングも自分のペースでできるし、歩きながらラノベのことを考える余裕もある。コンビニに再チャレンジするのもいいかもしれない。居酒屋で賄いが出るのと同じで、コンビニなら廃棄する弁当がもらえる。一日一食でも食べる物に困らないのは大変に良いことだ。バイトをしている今の俺ならすぐに雇ってもらえるだろう。

 俺は最初の面接に落ちたコンビニに何気なく入って履歴書とボールペンを買った。ここじゃなくたって、この辺にはコンビニなら余るほどあるんだよ!と、会計をしている店員に心の中で悪態をついた。

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