9月 ニート、一次審査も通らない

 はっきり言って、俺は一ヶ月以上複雑な心境に飲み込まれていた。六月に書いた駄作をダメ元で送った新人賞の一次審査の結果が九月末に発表されるのだ。絶対に無理だ。落ちているに決まっている。結果がわかっているならそれでいい。次の作品はいい仕上がりになっている。もう少し手直しをすれば完成だ。だから、その前に書いた作品のことなんか忘れちまって、この作品に全身全霊をかけるべきなのだ。

 だけど、イマイチ気分が乗らない。怖いんだ。落ちるのが。どんなに駄作だとわかっていても、応募した以上は可能性がゼロではない。一次審査をまぐれで通ることだって、あり得る。いや、内部でどんなやり取りがされて通過作品が選ばれているのかは知らないけど。

 部屋を占拠していた俺のタイピングのカタカタという音がなくなると、実に静かなものだった。指先が強張ってミスタイプが多くなったし、一文一文を捻りだす時間も長くなっている。ヒロインは相変わらずかわいいが、主人公の心境を描き出すことができない。強敵と戦っているのは俺と同じ境遇だ。だけど、主人公は特別な能力を持っているし、数々の苦難を乗り越えて、どんなに辛い修行にも耐えて、鍛え上げられた歴戦の覇者だ。俺とは格が違う。こんなレジェンドの気持ちを、どうしたら俺がわかるようになるのだろう。はあ、緊張する。わからない。ラスボスを目の前にして、この主人公は何を思うか? 武者震いがする? 逃げたいと思う? もっと修行しておけば……と後悔する? 勝つにはどういう戦いをすればいいか考える?

 わからないまま、一次審査の発表の日が来た。俺の作品の名前はなかった。

 それはわかってたよ。あんなストーリーじゃ、読者の心を掴むなんて無理だ。だから執筆時間を削ってまで働いて、慣れない仕事をしながら他人と関わって、新しい作品を一から考え直して、ここまで来たんじゃないか。

 俺はすぐにノートパソコンに向き直って、点滅する棒線を見つめた。棒線の点滅する間隔はまるでハザードランプだ。俺の人生、現在危険な状況です、と告げているみたいに。

 エンターキーを何回か押して、すぐバックスペースで元の場所に戻す、を数回繰り返した。何かしていないと落ち着かなかった。でも、アイデアは何も出てこなかった。完全敗北を前にした主人公の気持ちなら、今の俺なら書けると思う。でも、ラスボスに完全敗北したらダメじゃないか。それじゃ、今までの件は何だったんだよって思うだろ。読後感が最悪だ。

 待てよ。逆の発想だ。ラスボスに負けて終わる作品があって何が悪い。実はラスボスは主人公が思うほど悪いキャラじゃなくて、和解して終わるなんてのもアリか? いっそ、ラスボス視点での最終決戦にして、ラスボスの勝利を華々しく書いて終わりってのも意外性があって面白いかもしれない。

 俺はノートパソコンを操作して少し前のページまで戻った。どこかから書き直さないとその展開にするには無理がありすぎる。少しだけ元気が出てきた。俺の目はノートパソコンの隅から隅を縦横無尽に駆け巡った。

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